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Fate/WizarDragonknight

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ゴーレム、頑張りました

「はあ……」

 自分が通ると、高確率で雨が降る。
 そんなジンクスとも呼ぶべきものに悩んできた紗夜は、見滝原公園の遊歩道で足を止めていた。
 風紀委員であると同時に、弓道部でもある氷川紗夜。
 数日前に依頼した生徒の捜索を中断し、紗夜は日常に戻ることとなった。弓道の夏の大会に向けて、これから練習に向かうところで、土砂降りの歓迎を受けた。
 ただでさえ冷える中、家に帰るには見滝原公園を突っ切った方が速い。そう考えて、折りたたみ傘を携えて遊歩道を歩いていたのだが。
 もう足を止めて、数分になる。もうすでに公園を通らなかった方が早く帰宅できただろう。
 それでも、紗夜が足を止めた理由。公園の屋根が付いているベンチ、通称東屋と呼ばれる場所の内側。
 そこにまだ年端もいかなそうな子供がいたからだ。不健康そうな白髪の少年は、身にまとった布切れだけを纏い、野良犬のように素手で捨てられていた残飯らしきものを貪っていた。

「……」

 数秒唖然として彼を見つめていた紗夜はやがてポケットに来るバイブ音に反応する。取り出したスマホには、妹の名前が記されてあった。
 だが紗夜は、それに出ることよりも少年を観察することを優先した。
 紗夜は静かに東屋の中に入る。少年が弁当の中を粗方食べ終えた後、彼は紗夜を見上げた。

「傘……いりますか?」

 紗夜の問いに対して、少年は何も答えない。ただ、寒い空気の中、獣の唸り声のような音が少年から聞こえてきた。

「……あっ」

 思わず微笑んだ紗夜は、自らの学生カバンを下ろす。その中から、水色の弁当袋を取り出した。紗夜が今日の昼食のために用意したものだった。

「これ、食べますか?」

 紗夜の問いに、少年の目の色が変わった。

 少年が紗夜の弁当箱に手を伸ばそうと、這う。
 だが、雨音だけのその空間に、突如として着信音が鳴り響いた。
 一度は自分のものかと思ったが、自分のものとは全く異なる音。
 すると、少年は立ち上がり、布切れの中からスマホを取り出した。
 それに耳を充てながら、少年は歩き去っていく。

「スマホ……持ってたのね……」

 唖然としながら、紗夜はそんな彼を見送った。
 雨の先で、少年の通話の声など、聞こえるはずもなかった。

「ムーンキャンサーは見つからない。もうこの場所にはいない。……分かった」



「ハルトさんハルトさん!」

 ある日。
 仕事が終わり着替えているとき、可奈美が興奮した様子で男子更衣室(・・・・・)に入って来た。

「すごいすごいすごいよ!」

 可奈美は鼻息を荒くして、ハルトに手招きをしている。彼女はぴょんぴょんと跳ね、やがてその明るい顔が凍り付いていく。
 その理由。ハルトも苦笑いしながらそれを説明する。

「や、やあ。可奈美ちゃん。俺今、着替え中……」
「きゃっ!」

 可奈美ちゃんにしては可愛い声だな、とハルトは思った。
 顔を真っ赤にしながら、可奈美は両手で顔を覆っている。見ていないかと思えば、指の合間からチラチラと明らかに覗き見ている。

「えっと……可奈美ちゃん?」
「見てない。私、何も見てないよ?」
「いや、見てるの分かってるから。指の合間から目見えてるから」
「見てない。見てないよ?」

 と言いつつも、可奈美はその場から動こうとしない。

「……俺の下着姿とか、見てて楽しい?」
「見てないから……!」
「よく見るよく聞くよく感じ取るがキャッチコピーの可奈美ちゃんが何言ってるの」
「だってえ~」
「とりあえず着替えたいんだけど……可奈美ちゃん、ドア閉じてもらってもいい?」
「じーっ」
「か、可奈美ちゃん」
「ハッ!」

 可奈美は自分の顔がハルトの体に釘付けになっていることに気付き、慌ててドアを閉めた。

「せ、セクハラだよ!」
「いやさっきから何で俺が怒られてるの!?」

 だが、可奈美は顔を真っ赤にしながらドアを閉め、ドタドタと音を鳴らしながら二階へ駆けあがっていった。
 ハルトは改めて、ロッカーから私服を取り出し、慣れた革ジャンを羽織る。
 そろそろ季節的にこの革ジャンはしまわないといけないかなと思いながら、ハルトは可奈美が待つ二階へ向かった。
 途中の廊下で、これからバータイムのお勤めとなるラビットハウスオーナー、香風タカヒロとすれ違う。

「お疲れ様です。オーナー」
「お疲れ様。ハルト君」

 ハルトの会釈に、タカヒロはにこやかに返した。

「なにやら可奈美君が焦った様子だったけど、何かあったのかい?」
「いえ、何も! 何もないです!」

 ハルトは背筋を伸ばしながら、急ぎ足で階段を駆け上っていく。

「可奈美ちゃん」
「あ、ハルトさん……」

 可奈美は、ハルトの顔を見るなり、「ええっと……」と人差し指同士を突き合わせる。
 ハルトはそれを見て、「うーん」とわざとらしい声を上げた。

「俺一人が見られるってのも不公平だし、可奈美ちゃんにも脱いでもらうしかないかな?」
「えええええっ!? こ、今度こそセクハラだよ!」

 可奈美はさらに顔を赤くする。
 恥ずかしさのあまり、彼女は手に持った手拭いを投げつけた。ハルトの目元に投げつけられたそれに「ぐおっ!」と悲鳴を上げながら、それを取る。

「……可奈美ちゃん、もしかしてこれってさっきまで鍛錬したあと汗を……」
「うわあああああっ! 投げるもの間違えた!」

 可奈美は階段から飛び降り、ハルトの手から手拭いを奪い取る。
 さらに茹蛸(ゆでだこ)のように赤い顔で、可奈美は手拭いを抱き寄せる。

「や、やっぱりセクハラだよ!」
「そんな、ひどいっ! さっき思いっきり俺の大事なものを見られたのに!」
「えっ……ええっ……!?」

 ハルトの反撃は想定していなかったのか、可奈美は目を白黒させた。
 ハルトは得意げになって続ける。

「昨今は男女平等って謳われているのに、こういう時」
「ハ~ル~ト~さ~ん……!」

 可奈美が呪ったような声で訴えかける。
 ハルトは笑顔で誤魔化しながら、頬をかく。

「可奈美ちゃんも結構、可愛いところあるんだね」
「ひどいっ! ……って、その為に呼びに行ったんじゃないんだよ! ハルトさん、こっちこっち!」

 可奈美はハルト手を引き、いつも使っている部屋のドアを開けた。
 見慣れた、ラビットハウスでハルトが借りている寝室。太陽の光が差し込むそれは、もはやハルトにとって親しい場所になっている。
 だが、一か所だけ、ハルトにとって見知らぬものが置かれていた。

「これは……?」

 箱。
 黒い側面と、その中心には赤いルビーを思わせる装飾。どこから調達したのか、金色の装飾の中心に埋め込まれたルビーの宝石は、とても美しく思える。
 触ってみると、それは木や石でできたものとは違うように見える。この材質は、おそらくハルトが持ち合わせている魔法石。

「すごいでしょ! ゴーレムちゃんが作ったんだよ!」

 可奈美が箱に顔を近づける。
 すると、箱の蓋が開く。無数の穴が開いた上蓋の底に気を取られていると、箱の中にいた使い魔、バイオレットゴーレムの存在に気付くのに遅れた。

「ゴーレムが作ったの?」

 ハルトの問いに、ゴーレムが両腕を上げながら応える。

「すごいよね! ハルトさんの指輪の箱だよ! ほら、指輪を入れて入れて!」
「う、うん」

 ハルトは試しに、ホルスターに付いているルビーの指輪を外す。折角ならばと、ハルトは上蓋の底に付いている窪みに指輪を嵌めた。カチッという音とともに、指輪は上蓋にぴったりと収まった。

「おお、いいね。これ」
「でしょ!」
「でも……」

 ハルトはキラキラした顔の可奈美、頭をクルクルと回転させ続けるゴーレムを見比べながら頬をかいた。

「ぶっちゃけ、指輪ってピンポイントに必要になるから、ここに収納しておくことができない……」

 可奈美とゴーレムが同時に凍り付いた。

「まあ、寝るときとかの収納は便利だけどね」

 ハルトはすぐさまフォローする。

「ほら、指輪って基本的には自作だからさ。新しい指輪を作るとき、結構整理整頓できるのは助かるかも」

 すると、可奈美は目を輝かせ、ゴーレムもクルクルと頭を回転させた。

「やった! ほら、ゴーレムちゃんも、これきっと、喜んでるよ!」
「確かに楽しそうだよね」

 ハルトは上蓋からルビーの指輪を取り外す。そのまま手慣れた動きで腰のホルスターに戻し、洋服ダンスにかけてあるヘルメットを手に取った。

「ハルトさん? こんな時間にどこ行くの?」
「見滝原南」

 あっさりと答えたハルトの言葉に、可奈美は顔を青くした。

「何を言っているの? 今見滝原南に言ったら、今度こそフォーリナーと本気の戦いになっちゃうよ?」

 フォーリナー。
 あの美しくも危険なサーヴァント。蒼井晶に辿り着くには、彼女との戦いを避けては通れない。

「確かにそうだけど、でも蒼井晶のことが心配だし」
「でも、彼女のことは紗夜さんだって諦めるしかないって話してたよ? 依頼だって取り下げるって言ってたのに、どうして?」
「……蒼井晶は、聖杯戦争の参加者から生き残ったんだ。ちゃんと、元の生活に戻してあげたいよ。たとえ、またフォーリナーと戦うことになったとしても。……可奈美ちゃんは来ないでね。これはあくまで、俺の我儘でしかないから」
「ううん、私も行くよ」

 すでに私服に着替えて戻って来た可奈美が、千鳥を持ってハルトの前に立つ。

「可奈美ちゃん……」
「私だって参加者だよ。ハルトさんと同じくらい、この戦いを止めたいって思ってるよ」

 可奈美はハルトへ千鳥を突き出す。間近に見る彼女の愛刀は、紅の鞘が良く目立つ。

「もう一度言うけど、これはあくまで俺の我儘でしかない」
「だったら、付いて行きたいっていうのも私の我儘だよ」

 可奈美が言い切った。
 だが、ハルトはそれでもと首を振る。

「……俺がここにいない間、ファントムが来るかもしれない。特にガルーダは、可奈美ちゃんに懐いているし」
「それは……」
「可奈美ちゃんは一人でも十分強いでしょ? だから……俺は蒼井晶を助けたいから、こっちは任せたいんだ」
「……うん、分かったよ」

 可奈美は渋々頷いた。 
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