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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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SAO編 主人公:マルバ
四人で紡ぐ物語◆レッドギルド
  第二十六話 失ったこと、気づいたこと

 
前書き
長い間更新がなかったので、埋め合わせのつもりで連続更新です。 

 
キイィン!!
アイリアの槍が敵の投げた短剣を弾き飛ばした。頭上に高く上がったそれはくるくると回転するとマルバの目前の地面に突き刺さる。マルバはそれを引き抜くとお返しとばかりに振りかぶって投げつけた。凄まじい速度で飛んでくる短剣を回避しようとするが、間に合わない。見事命中し、HPゲージが一気に黄色に染まった。
今マルバが投げた短剣は濃い緑色の液体で濡れていた。強い麻痺毒が含まれる短剣なのだろう。しかし、彼らは事前に麻痺を無効化するアイテムを使ったのか、それともデバフ対策用の特殊な装備を揃えているのか知らないが何故かデバフにかからない。対するこちらは何度もデバフになり、フウカの翼から巻き起こる特殊スキル『キュアウィンド』と各自が少量ながら持っている解毒結晶がなんとかデバフが深刻になる前に回復してくれている状態だ。

また、デバフが効かない以上に深刻な問題が、敵の防御力の低さだ。たかが『シングルシュート』でHPが8割強の状態から5割を下回るという驚異的な低さ。レベルが低くてもマルバたちが避け切れない速さの攻撃を繰り出せるのは、重い防具をほとんど付けていない点にあるのではないだろうかとマルバたちは分析した。
対モンスター戦なら敵の防御力は低ければ低いほど良いのだが、対プレイヤー戦ということは敵のHPを残り0にすることはできないからたちが悪い。もし0にしてしまったら、それは『殺し』である。この世界で人を殺すわけにはいかない。


敵の攻撃を一撃でも受けると状態異常になる可能性があるというのはかなりキツい戦いだった。戦闘は長引き、手持ちの解毒結晶はすでに底をついている。
アイリアとミズキがシリカとマルバの前でひたすら攻撃をパリィしてくれているのだが、その二人に突進してくるプレイヤーがいた。先ほどマルバが麻痺毒短剣を投げ返した男だ。HPがイエローなのでうかつに攻撃できず固まってしまったアイリアとミズキの足元をスライディングで抜けると、マルバとシリカに同時に投擲用のピックを投げつける。

しまった、と思った時にはもう遅かった。HPゲージの右に麻痺毒を表すアイコンが表示される。倒れるマルバに追撃が届き、視界の端に映るHPバーが赤く染まる。そのまま視線を下げると、そこに表示されているシリカのHPゲージの右に毒を表すアイコンが見て取れた。アイコンの右下には効果継続時間が表示され、左上には状態異常の強さがレベルで表示されているが、その強さ、なんとレベル6。おそらく現時点で手に入る最強の毒なのだろう。シリカのHPは凄まじい速度で減少していく。
フウカが鋭く鳴くと、マルバの頭上を通り過ぎ、その翼から輝く光を振りかけた。マルバの麻痺毒の効果継続時間の減るスピードが四倍程度に加速し、シリカのHPゲージが赤く染まるのとほぼ同時にマルバの麻痺毒が抜ける。

素早く立ち上がったマルバは周囲を一瞥して状況を確認した。
アイリア。現在二人を相手取って戦闘中だ。レベル3の毒を受けていて余裕は無いが、HPはまだ7割強残っている。
ミズキ。アイリアの補助をしながら一人と戦闘中。こちらは高い防御力が幸いしてかほぼ無傷である。
そして……シリカ。残りHPは二割強しかない。シリカが応戦中の敵もHPは残り一割程度。両者とも非常に危険な状況である。




……分かっていた。もちろん分かっていたのだ、シリカが危ないということは。シリカが窮地に陥っているのは麻痺毒で動けない間に見ていたではないか。それなのにすぐに助けずに周囲を確認し、『両者とも非常に危険な状況である』などと悠長に状況を整理しているのは、もちろんシリカを助けるということはマルバが殺人を犯すということに直結しているからなのだ。
このままシリカを助けるためにシリカが応戦中の男を攻撃すれば、その瞬間に男はHPを全損し死亡する。しかし、助けなければ命の破片を撒き散らして死ぬことになるのはシリカの方だ。男にナイフを突きつけて「さあ、投降しろ」などというやり取りをする暇はない。というのも、こんなことをマルバが考えているうちにもシリカのHPはどんどん減っているのだ。ほら、もうすぐ残り一割になる。忘れてはいけないのは、シリカは今も戦闘中だということだ。もしシリカが連続で攻撃を喰らったりすれば、そのHPは全損し、シリカは……

シリカは死んでしまう。


死んでしまう?……シリカが?シリカが死ぬ?僕はなんでシリカが死ぬかもしれないのに戸惑っているんだ?シリカが死ぬかもしれないのに?

マルバの中で、何かが音を立てて壊れた。半ば無意識的に動いた左手は文字通り必殺の『シングルシュート』を放ち、鍛えあげられた敏捷性パラメータはその速度を極限まで加速する。リズに相当強化してもらった短剣の《正確さ》とマルバ自身の持つ『クリティカル率上昇』のModの助けを借りて、マルバの手を離れた短剣は見事に敵の後頭部を突き抜けてシリカの背後の壁に突き刺さった。その姿が青く揺らぎ、直後にがしゃーんという音をたてて壊れる。しかしマルバは止まらない。右手でポーチから最後の一個の回復結晶を取り出すと、今にも消えそうなHPゲージの残り数ドットを睨みつけながらシリカに駆け寄り、早口で唱えた。
「《ヒール》、シリカ!!」


一瞬で回復したシリカのHPゲージを確認したマルバはまず安堵し、そしてすぐに人を殺してしまったことに対する強烈な後悔や罪悪感に襲われ……なかった。あるのはシリカを守れた安堵と、なんだろう……シリカを守りきれた自分に対する……誇り……?
自分が罪の意識に(さいな)まれないということに強烈な違和感を感じ動きを止めたマルバだが、ミズキの叫びがその意識を戦闘へと引き戻した。

「アイリア!!止まるな、こっちまで死ぬぞ!!」

二人の方を見やると、アイリアがこちらを振り向いた姿勢で呆然としていた。アイリアが相手にしていた二人が、動きを止めたアイリアに襲いかかる。マルバはチャクラムを放ち、敵の動きを牽制した。横一列に並んだ敵は『円月斬』の格好の的である。三人のうち攻撃モーションに入っていた二人が切り飛ばされ、なんとか躱した一人が硬直中のマルバに向かって『シングルシュート』の構えをとった。



あ、まずいな。これはまずい。
いくら攻撃力の低い『シングルシュート』とはいえ、普通に死ぬよね。僕のHP、もうレッドだもん。
僕、ここで死ぬのか。結局何もできなかったな。……いや、そういえばシリカは僕が助けたから生きていられる、僕が生きた意味はあったんだって言ってくれた。
……そっか。こんな僕だけどシリカを守れたんだ。それなら、死ぬのは怖いけど……僕は“生きた意味”を手に入れられた。それなら、もう惜しむものはない。死んでもいい。

……死ぬ?僕が?
……こんな状態で心置きなく死ねる?

…………嫌だ!!

嫌だ嫌だ嫌だ!!死にたくない!!まだ僕はやり残したことがたくさんあるんだ!!シリカと……そうだ、シリカとの約束はどうした、現実で葵を紹介するっていう約束はどうした!!それにそれに……いや、そんなことはどうでもいい!僕はシリカに伝えなきゃいけないことがあるんだ!!君が僕にかけてくれた言葉が、どんなに僕を救ってくれたのかということを!君と一緒にいてどんなに楽しかったかということを!君と出会えてどんなに良かったかということを!僕が君に抱く、この気持ちを!!シリカ、僕は君のことが……!!




全てのものがスローモーションに見える。叫ぶミズキが見える。固まったままのアイリアが見える。硬直しているマルバには何もできないうちに、男の手からゆっくりと放たれる短剣は……その手から離れないうちに、青く揺らぎ、その持ち主ごと細かい砂のようなポリゴンの欠片と変わり、宙に散った。
ゆっくりと視界を横に振ると、『シングルシュート』の発動後の態勢のまま、いつも通りの真剣な瞳で、宙に拡散する男を睨みつける……シリカがいた。




その後の記憶はない。ただ、気づいたら宿屋にいた。肩に重さを感じる。何気なくそちらを見ると、マルバに寄りかかるような態勢のシリカがいた。
シリカがぽつりと言葉を漏らした。
「人を……殺しちゃったんですよね。わたしたち。」
「そうだね……。僕たちはこの世界を甘く見ていたのかもね。剣を握った時に、人を殺すことになるかもしれないなんて考えなかったもんね。……僕たちは人を殺す覚悟を持たずに人を殺す道具を手に入れたんだ。いつかこうなるかもしれないなんて考えもしなかった。……覚悟が、足りなかったのかな。」

マルバは言葉を切った。何も言わないシリカの頭を、先程人を殺した左手でなでる。
「……なんでかな。僕は後悔していない。それだけじゃない。罪悪感を感じないんだ。人を殺したっていうのに、その手で君に触ることができるし、それがおかしいとは感じない。……ははは、どこかおかしくなっちゃったのかな、ずっとこんな殺し合いの世界にいたせいで。」

シリカが突然マルバに抱きついてきた。顔をマルバの胸に押し付けて、その存在を全身で感じようとしているかのようだ。驚いたマルバも抱きついたシリカもしばらく無言だったが、やがてシリカがその態勢のままゆっくりと話し始めた。
「……わたしも、です。マルバさんが死んじゃう、って思ったとき、あの人を殺すことに戸惑いはありませんでした。マルバさんがいなくなるなんてわたしには耐えられない。……わたし、マルバさんを守れて本当に嬉しかった。マルバさんを助けられた自分が誇らしく思います。罪悪感なんてこれっぽっちも感じてない。わたしも、この世界に来て大切な感情を失くしちゃったのかもしれませんね。」

でも、とそこで言葉を切ると、マルバに抱きついたまま顔だけマルバに向けた。
「でも……わたしはこの世界で失った感情よりもっと大事なことを知りました。……マルバさんがこの世界に生きているということです。わたしはあなたに出会えて本当によかった。この世界に来てよかったと思います。たとえこのままこの世界で死ぬことになったとしても、わたしはきっと茅場さんを恨んだりしないと思います。あれだけたくさんの人が死ぬ原因になった茅場さんに……わたしは感謝しているんです。彼がいたから、あなたに出会えた。
……わたしは、マルバさんが好きなんです。」

そこまで言ってから、シリカは頭をマルバの肩に預けた。
「……なんでかな。わたしはマルバさんのことをなにも知らないのに、なんでマルバさんが好きなんて言えるのかな。現実で会ったことのない人なのに。ゲームで、アバターを通してやりとりしているだけなのに……なんでマルバさんのことが好きなんて言えるんだろう。何も分からないのに……なんでマルバさんが好きだってことだけは分かるのかな……!」

耐えられなくなったようにマルバもシリカをきつく抱き返した。
「……さっき死にそうになった時、これで死んでもいいって思ったんだ。僕は君を守れた。君が生きていることが僕の生きた証だ。君が生きる限り、僕は君の中にずっと生き続けることができる。それでもいいって思った。……でもさ、すぐに『僕はまだ死ねない』って気持ちに変わったんだ。それは君がいたからだよ。君が僕を弱くしたんだ。君と一緒にいたい。ずっと、ずっと一緒にいたい。君のぬくもりが欲しい。これからも、君の側で君をずっと守っていきたい。
……大好きだよ、シリカ。」 
 

 
後書き
うおおおおおお告白シーンktkr!!
って叫びたいですが、どうもシリアスなシーンなのでそこまでテンションが上がらないですね。

評価が上がってきて嬉しい限りですが、もしよろしければちょこっとでも感想も頂けると励ましにもなりますし、気になる点は積極的に直していくのでぜひお願いします。



はい、恒例の裏設定コーナーです。
状態異常アイコンは、HPバーの右にこのように表示されます。

Lv.2
  ●
   36

これは強さがレベル2の●という状態異常にかかっていて、その状態から回復するのに約36秒かかることを意味しています。
この36秒のカウントダウンですが、状態異常回復時間に関わるスキル・アイテム一切ナシの状態で36秒という意味なので、『瞑想』や『キュアウィンド』や対応するスキルModで加速したりできます。 
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