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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
スー
  目指せ大山脈

「大山脈越える、とても寒い。アープの塔、とても遠い。ちゃんと装備、整える」
 次の日の朝。昨日ユウリとジョナスが戦った場所である里の入り口に再びやって来た私たちは、大山脈へ向かう準備の確認をしていた。
一足早く確認を終えたジョナスは、昨日と同じ上半身裸の上に、獣の皮で出来た上着を身に付けているだけであり、とても防寒対策を整えた服装には見えなかった。おまけに背中には武器である長槍を背負い、肩には植物のツルで作った縄と携帯用の水、小さく巻いた厚手の布をぶら下げているのみで、必要最低限の荷物でももう少し持っていくだろうと思わせるような格好だった。
「あのさ、ジョナスの方こそ荷物それだけでいいの? それに私たちに比べて大分薄着に見えるけど」
 私が素直に感想を述べると、ジョナスはキョトンとした顔をした。
「私、これでも暑いくらい。ミオたち、ここの土地、慣れてない。だから心配」
 環境によって同じ人間でもこうも違うのだろうか。ちなみに私たちの服装はというと、いつもの服にテドンでも使っていた厚手の外套を羽織っている。さらに鞄の中にはジョナスの奥さんが用意してくれた動物の毛皮で作ったフードが入っている。
「でも、ジョナスさんの奥さんのお陰で、いろいろ助かりました」
「それならよかった!」
 ルカが素直にジョナスにお礼を言うと、ジョナスは軽快に笑った。
 そう、昨日あれからジョナスの家に一泊することになったのだが、まさに驚きの連続だった。
 なんとジョナスの奥さんは、私と同い年だったのだ。いや、誕生日を考えたら、私の方が上なだけど。
 おまけにジョナスはなんと、奥さんの四つ上、つまり二十歳だったのだ。ユウリと並んで立っても、どう見てもユウリより一回り以上年上に見える。
 さらに驚いたことに、家にお邪魔したとたん出迎えてくれたのが、二、三才くらいのかわいい女の子。……ジョナスの娘さんだったのだ。
 もうこのあたりから、ちょっとやそっとじゃ驚かなくなったのは言うまでもない。
 けれどなんだかんだで、私たちはそれぞれ束の間の休息を楽しんだ。私は同い年の奥さんと女の子同士色々な話をしたし、ルカは娘さんに気に入られ、家にいる間ずっと彼女と遊んであげていた。ユウリはジョナスと気があったのか、ずっと魔物との戦い方や武器のことについて熱く語っていた。彼が同年代の同性とあんな風に夢中になって話をしているのを見るのは、初めてかもしれない。
 そんなこんなで、スーの里での一夜はとても楽しくて穏やかな一時だった。だからこそ、これから向かうアープの塔への旅は余計に長く感じられる。
「皆準備は整ったようだな。じゃあジョナス、案内を頼む」
「わかった。皆、私についてくる」
 ユウリの指示にジョナスが大きく頷くと、いよいよ出発することになった。
 今回向かうアープの塔は、エドが馬になってからはすっかり魔物の巣窟になってしまい、ここ何年も人が訪れたことはないと言う。賢者としてエドがその塔に住んでいたときも、スー族の間ではよそ者がやってきて得体の知れないことをやっているという噂が立ち、お互い交流がなかった。だが、エドが馬になってスー族の里を訪れたとき、山の神様と勘違いした一人のスー族が彼を崇め奉った。以来誤解が解け、偉大な賢者と知っていながらもなお、彼を尊敬し里の一員として共存している。
 なのでジョナスを始め、スー族の人たちは皆エドに協力的だ。というより、スー族は基本的に一度信頼した人にはとても親切で友好的なのがわかる。ユウリを強者と認めたジョナスはもちろん、アナックさんや他の人たちも、いつの間にか彼を歓迎している。
 ちなみに昨日、里の入り口でジョナスが警戒していたのは、昔エジンベアによって侵略されたからだそうだ。なので見知らぬ旅人に突然戦いを挑むというのも、その話を聞いたら納得できた。
「この辺り、魔物多い。気を付ける」
 周囲を警戒しながら、ジョナスが声をかける。するとしばらくして、彼が警告したとおり数匹の魔物が私たちの前に立ちはだかった。
 だが、レベル三十を越えた勇者とスー族の戦士がいるこのパーティーの前では、魔物の攻撃など無力である。ほんの一瞬で、全ての魔物が斬り伏せられた。私が拳を振るう出番すらない。ルカに至っては、今何が起こったのかすら理解できない状況だ。
「さすが、ユウリ。私とアナック認めた、強い。里の者、こんなに早く魔物倒せない」
 ユウリの動きを目に留めたジョナスが、感嘆の声を上げる。
 ジョナスに誉められてまんざらでもない表情を見せるユウリは、ちらりと私の方を見て、
「お前もこいつに誉められるくらい素早く魔物を倒してみろ」
 なんて意地悪なことを言い放った。毎度毎度よく私への軽口を欠かさないなと心底感心してしまう。
 ほどなく、大山脈と呼ばれる山道に差し掛かった。ごつごつとした岩肌と急斜面が、私たちの歩みを鈍くさせる。
「大山脈、ここから入る。 道、狭くて危険。皆、気を付ける!」
 ジョナスの言うとおり、ろくに整備されてない山道を歩くのは恐怖であった。高度が上がるにつれ道幅は狭くなり、足元の岩は今にも崩れそうだ。
 おまけにそんな中、風が強くなってきた。ジョナスによると、この辺りではよく強風が吹くらしい。私たちは早速ジョナスの奥さんに借りた毛皮のフードを身に付けて寒さを凌いだ。それでも強風を完全に防げることはなく、辺りに生えている申し訳程度の草木が荒々しく揺れているのを見るたび、自分の体が吹っ飛ばされないかと不安になる。
「ルカ。飛ばされるかもしれないから、手を繋ごうよ」
 そう私がルカに手を差し出したのだが、ルカは首を横に振った。
「どうしたの?」
 一番体も細くて小さいルカは、いつ強風で飛ばされてもおかしくない。なのに、私の手を取ることを躊躇っているようだった。
「いくらなんでも、この年で実の姉と手を繋ぐなんてあり得ねーだろ」
 ……反抗期なのだろうか。いや、こんな危険な状況の中、そんなことを言ってる場合ではないのだが。
「だったらユウリかジョナスとでも手を繋いでもらったら?」
 少し突き放すようにそう言うと、ルカはふてくされた顔で、
「別に、アネキに心配されなくても、これくらいの風なんか大丈夫だよ!」
 そう強気に言い放った。すると、前を歩くユウリがこちらを振り返った。
「おい鈍足。お前が前を歩け。お前の遅い足じゃ置いていくかもしれないからな」
「えっ!?」
 突然最後尾の私を前に歩かせるユウリ。必死に歩みを進めるルカを見送った後、ユウリは私の耳元までやってきて、ぼそりと言い放ったのだ。
「俺がルカを見てるから、お前は先に行っててくれ」
 そう言うと、私の返事も待たぬままユウリはルカの後ろを歩き始めた。彼が見ていてくれるのなら安心だろう。
 その後、途中何度も魔物に遭遇したり、ルカが崖から落ちそうになったりとヒヤヒヤした場面もあったが、何とか日暮れまでに山を越えることが出来た。
 だが、越える山はこれだけではなかった。目の前には再び標高の高い山が立ち並んでおり、とても一日や二日で踏破出来るような道程ではない。
 結局その日は一つ目の山を越えた辺りで野宿をし、翌日には再び別の山を登ることに。そうしていくつかの山々を越えること五日あまり。ようやく最後の山を降りて視界が開けた途端、その喜びを奈落に突き落とすような光景が目の前に広がった。
「あれって、川……?」
 行く手を阻むかのように視界の端から端まで伸びているのは、広大な河川だった。当然のことだが、川を渡るような橋は存在しておらず、まるでここで行き止まりだと言わんばかりの絶望感が襲いかかる。さらに辺りを見回しても、塔らしき建物は一向に見当たらなかった。
「はあ……、ジョナスの言うとおり、アープの塔ってとっても遠いんだね」
 私は一人先頭を歩くジョナスの背中に向かって大きくため息をついた。
「ミオ、疲れたか? そろそろご飯、食べるか?」
「あ、いや、別にお腹空いた訳じゃ……」
「いや、ジョナスの言うとおり、今夜はここで休もう」
 突然、ユウリが声を上げた。確かに今川を越えてしまえば、途中で暗くなってしまう時間帯だ。
「ちょうど目の前に川がある。その手前で今夜は野営しよう。ジョナス、あの川はどうやって越えるんだ?」
「あの川、見た目より浅い。一番浅い場所、あるからそこを通る」
「わかった。なら明日そこを渡るために道案内を頼む」
 なるほど、川底の一番浅い場所があるから、そこを横断するわけだ。服が濡れるデメリット等はあるが、それが一番早く渡れる方法なのだろう。
 早速ジョナスは、野宿しやすい場所を探し始め、ユウリはその辺にある長い木の枝を拾い始めた。
 五日目ともなると、皆野宿に対して慣れたものだ。私も何か使えるものはないかと辺りを見回していると、視界の端に疲れた顔をしてぼーっと立っているルカの姿が見えた。
「ルカ。疲れたならそこで休んでなよ。あ、それとも喉乾いた?」
「……おれも手伝う」
 私の言葉を無視し、ルカはユウリの近くで一緒に木の枝を拾い出した。
 ……なんだか無理をしている気がする。
 急に見知らぬ土地で、しかも人の手が入らないような場所ばかり歩き続けてるんだ。弱音くらい吐いたっていいのに。
 ジョナスの見つけた場所に移動したあと、各自夜営のための準備を進めた。その間もルカはずっとユウリの側で一緒に作業をしていた。
「もう、持ってきた食べ物ない。私、今から食糧集める。皆、ここで待つ」
「あ、待って、私も行くよ」
 ちょうど手が空いていたので、私もジョナスについていくことにした。
 食糧調達のため野営地から少し離れた林に向かうと、ガサガサと草の擦れる音がどこかから聞こえてきた。ジョナスは音のした方に足を向けると、姿を確認することなくいきなり手にしていた斧を振り下ろした。
 ドスン、という音とともに、草むらの中から赤い液体が流れ出てきた。それが血液だということは一目見て理解できる。
 そして、ジョナスは躊躇なく草むらに手を突っ込んだ。取り出したのは一匹の大きな蛇だ。 あの一撃で頭を切り落としたらしく、首のない体だけがジョナスの腕に絡み付いている。
「すごい!! その蛇って食べられるの?」
「ああ。毒ない。味、とてもおいしい」
 見たことのない模様の蛇なので毒があるか心配だったが、地元のジョナスが言うんだから間違いない。
 それからもジョナスは次々と色んな生き物を狩って行った。しかし、蛇や蛙、鼠などならまだいい方だが、たまに大きな虫を持ってきたときは、思わず悲鳴を上げてしまった。
「そそそそれって食べられるの!? さすがにそのままは無理だよね?!」
「周りの毛と足、全部取る。そのまま食べられる。でも、嫌なら茹でて食べる」
「え、遠慮します……」
 さすがに大きな毛虫のような見た目だと食べる気が起きない。結局虫系はジョナスに食べてもらうことで納得してもらった。
 一方私は、近くに生えている木の実や植物を採取することにした。ジョナスに教えてもらううちに、食べられるものとそうでないものの見分け方は身に付けられるようになった。
 ユウリ達のところに戻ると、すでに準備は終わっていたようで、簡易テントの前で二人して何やら話している。
「随分たくさん集めてきたな。全部食べられるのか?」
「大丈夫。スー族、いつもこれ食べてる」
 ユウリが感心したように言うと、ジョナスは得意気に集めたものを広げた。
 ていうかこれ、スー族の人皆食べてるんだ……。ジョナスの娘さんが大きな毛虫を食べてる姿を想像して、私は複雑な気分になった。
 私たちはすぐに焚き火を焚いて、食事の準備を始めた。すでに辺りは暗くなり始めていたので、用意していた聖水を周辺に撒き、魔物避け対策をする。
 準備が終わったところで、早速ジョナスが手に入れた生き物を次々と解体していく。その手さばきは見事としか言えなかった。今までの野宿ではユウリが主に獣を捌いていたが、彼以上にジョナスは手馴れている仕草だった。
「随分手際がいいな。勉強になる」
 近くにいたユウリも思わず見入ってしまうほどだ。
 処理した食材を火で炙り、ほどよく焼けたところで皆に配る。私が採取した木の実や果実も均等に配った。
「いただきまーす!」
 私は串焼きにした蛇の肉に齧りついた。確かに鶏肉などより淡白だが美味しい。普段とはまた違う野営での食事に、私は感動を覚えた。
 食事を終えると、皆早々に片付け始め、夜の見張りの順番を決めることに。ルカ以外の三人で決めようとしたのだが、
「おれも見張りやります!」
 そう声を張り上げて言ったではないか。私はルカには相当負担になるのではないかと思っていたが、しばらくしてユウリが「わかった、四人で交代しよう」と言い出したので、不承ながらも彼の意見に従うことにした。
 相談した結果、ルカ、ユウリ、私、ジョナスの順に見張りを行うことに。
 後ろ髪を引かれる思いでルカを残し、私たちはテントの中に入る。するとすぐにジョナスは横になり、
「私、先に寝る。ミオ、交代の時間、起こす」
 そう言って私の返事を待たずにさっさと寝てしまった。
 うーん、私も見張りの番まで時間あるし、一眠りしようかな。でも、ルカのことも気になるし……。
 ふとユウリの方を見ると、彼はテントの向こう側に座っているルカをじっと見ているではないか。
「ユウリもルカのことが心配?」
「ー!」
 ルカに聞こえないように小声でユウリに話しかける。ユウリは視線だけをこちらに向けた。
「……初めてだろう、見張りは」
 確かにルカは今日初めて見張りをする。無表情なので感情は読み取れないが、ユウリが他人をこんなに気に掛けるのは、珍しいことではないだろうか。この大陸に来てからよく彼はルカと一緒に行動することが多かったし、何か心境の変化があったのかもしれない。
「ここは俺が見てるから、お前は先に寝てろ。時間が来たら叩き起こすからな」
「もう、物騒なこと言わないでよ」
 そんな軽口を私に言ってくれるようになったのも、ここ最近だ。文句をいいながらも、ユウリが私やルカたちに対して少しずつ心を開いてくれていることが嬉しかった。
「ありがとう。じゃあ、ルカのことはユウリに任せるね」
 そう言うと私はジョナスの隣に横になり、休むことにした。ユウリはルカの視界に入らないように身を隠しながら、自分の見張りの時間まで見てくれたのだった。

 
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