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七年も

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第三章

「俺はな」
「ご自身で言われますね」
「実際にそうだからな、前に風呂に入ったのは半年前だ」
 その頃だというのだ。
「それからずっと褌もだ」
「替えておられませんか」
「気が向けば風呂に入るし着替える」
 その様にするというのだ。
「俺はな」
「それで七年です」
 悪魔は微笑んで述べた。
「我慢されますと」
「俺は大金持ちか」
「一生。しかも魂もいりません」
「西洋の悪魔は魂を欲しがると聞いているが」
「これは賭けで契約ではないので」
 だからだというのだ。
「ですから」
「魂はいらないのか」
「左様です、如何でしょうか」
「返事はだ」 
 堀田はすぐに返事をした、その翌日。 
 彼は自分の家に来た前川に鍋を振舞った、そして彼が持って来た酒を共に飲みながらそのうえで話した。
「断わった」
「断わったのか」
「ああ、七年風呂に入らなければ大金持ちという話をな」
 それをというのだ。
「はっきりとな」
「断わったか」
「そうした」
「勿体ないな」
 前川は鍋の中の肉を食べつつ応えた、肉は鶏肉である。ぼろぼろの鍋の中にあるが味は実に美味い。
「それはまた」
「いいさ、俺が大金持ちになってもだ」
 共に鶏鍋を食べる前川に話した。
「故郷の親も困ってないし兄弟姉妹もな」
「それぞれか」
「困ってないからな」 
 暮らしにはというのだ。
「戦争が終わってすぐは違ったがな」
「あの頃は流石にな」
 前川もその頃のことを思い出して語った。
「皆大変だったからな」
「しかし今はな」
「皆困ってないしか」
「金に汚くない」
「親御さんも兄弟姉妹もか」
「誰もな、だからな」
 それでというのだ。
「俺も金はいいさ」
「必要なだけあればか」
「だから断った」
 金のことはというのだ。
「別にいらないしな、それにな」
「それに?」
「俺は入りたくないから入らないんだ」
 風呂にというのだ。
「気が向いたら入る」
「そうしているな、確かに」
「掃除も着替えもな」
 そういったものもというのだ。
「気が向いたらな」
「しているか」
「だからな」
「七年はか」
「そんな期間決められてなんてな」
 そうしたことはというのだ。
「やれるか、気が向いたら七年も入らないが」
「それ位するな、お前は」
「しかし気が向いたらな」
「入るな」
「毎日でもな」
「そうだよな」
「髭だって剃る」
 髭は殆どない、髪の毛はぼさぼさだがそちらはかなり薄い。
「そうする」
「あくまで気が向いたらだな」
「気が向いてるから書いてるしな」 
 仕事の話もした。
「そっちはずっと気が向いてだ」
「書いてるな」
「大学の頃からな、それじゃあな」
「これからもだな」
「そうしていく、気が向いたらな」 
 その時はというのだ。
「風呂もな」
「入るか」
「そうするな」
 前川に酒を飲みながら述べた、そうしてだった。
 二人で共に飲んだ、そして。
 堀田は気の向くままに生きていった、風呂もだった。
「昨日入った」
「半年ぶりだな」
「そうした、あと今度新幹線が完成するな」
「そうだな」
「それも乗るか」
「気が向いたからか」
「そうするな、気が向いたことをする」
 この時は前川の家でそこに行く途中で買ったたい焼きを共に食べつつ話した。
「それが俺だからな」
「新幹線にも乗るか」
「そうするな」 
 たい焼きの中の餡子の味を楽しみつつ話した、その目は明るく澄んでいた。そこに暗いもの悪いものは何もなかった。


七年も   完


                     2021・11・16 
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