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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
エジンベア
  ノルドの過去

 アッサラームでアルヴィス、ビビアンと別れ、今度は新たにルカが同行することになった。
 町を出て次に訪れたのは、近くの洞窟に住むホビット族のノルドさんのところである。
 カリーナさんの話によると、六つあるオーブのうち、レッドオーブを持っていたのが、勇者サイモンの仲間でもあったホビット族のノルドという人物だったそうだ。もちろん今会うノルドさんがその人と同一人物かはわからないが、聞いてみるに越したことはない。何しろオーブの手がかり自体、とても少ないのだから。
 町からさほど遠くない場所に位置しているその洞窟は、初めて来た時と変わらず静かだった。前もこうやって、誰もいないと思って勝手に中に入ってしまって怒られたのを思い出す。
「ごめんくださーい! ノルドさんはいますかー!?」
 なので今度は中に入る前に、ノルドさんの名前を大声で呼んだ。すると奥の方から、聞き覚えのある間延びした声が聞こえてきた。
「誰だぁー? わしを呼んでいるのはー?」
 声とともに現れたのは、私たちより頭二つ分ほど背の低い、髭を蓄えた小柄な男性。その姿を見た途端、久々に出会えた知己との再会に私はいっそう心躍る。
「ノルドさん!! お久しぶりです!!」
 自身を呼ぶ私の声に、ノルドさんはすぐに目を丸くした。
「おお、久しぶりだな!! 勇者とその仲間ではないか!! 元気そうでなによりだ」
 ノルドさんは私たちを目に止めたとたん、笑顔で出迎えてくれた。
「相変わらず辛気臭いところに住んでるんだな」
 洞窟の天井を見上げながらユウリが言う。
「あんたは変わらず口が減らないようだな。まあいい。それと……そのちっこい子供はドリスのところの弟子か?」
「は、はい!! お久しぶりです、ノルドさん」
「二人とも、知り合いなの?」
「師匠のお得意様だよ。時々店に来てくれて色々買ってくれるんだ」
「ドリスとは昔からの知り合いだからのう。薬とかアイテムとか、いろいろ世話になったんだ」
 どこか懐かしむように話すノルドさん。そこへ、ユウリが口を挟む。
「ひょっとして、勇者サイモンと旅をしていたときの御用達にでもしてたのか?」
 その言葉に、ノルドさんの眉がぴくりと釣り上がる。
「あんた、何故それを知っている?」
「そう答えるということは、否定はしないんだな」
 二人の間に緊張感が漂う。私とルカはハラハラしながら事の成り行きを見守っていたのだが、
「まあ、あんたらを疑う理由もないし、隠す必要もないだろう。いかにもわしは、昔サイモンと共に魔王に挑んだ者だ」
 ノルドさんはあっさりと肯定した。
「じゃあやっぱりカリーナさんの言うとおり……」
 レッドオーブを持っていたホビット族のノルドさんは、この人で間違いなかったんだ。
「俺はテドンであんたの仲間の一人である、イグノーに会った」
「イグノー!? まさか生きておったのか!?」
 期待に満ちた目でユウリに詰め寄るノルドさん。けれどユウリはその期待を打ち砕くかのように、静かに横に振った。
「俺たちが会ったのは幽霊の方だ。すでにイグノーはテドンの町とともに魔王軍に襲撃されていた」
「そんな……」
 ノルドさんの膝ががっくりと崩れ落ちる。この様子だと、イグノーさんの安否は今まで知らなかったのだろう。
「……期待させてしまってすまない」
「いや、もう二十年も前の話だ。覚悟はしていたつもりだった。だが、いざ事実を目の当たりにすると、理性が追い付かんな……」
 ノルドさんの心情が、私たちにまで伝わってくる。かつての仲間がすでに亡くなっていたと知らされて、傷つかない人などいない。
「すまん。話を進めてくれ」
 どこか無理やり吹っ切れた様子を見せながら、ノルドさんは言った。
「そのイグノーと関わりのある人からあんたのことを聞いた。レッドオーブを持っていると」
「!!」
「俺たちも今、魔王の城に向かうために、オーブを集めている。今はイグノーが持っていたグリーンオーブしか心当たりがないが、他にもあと五つあるんだろ?」
「あ、ああ……」
 オーブのことを知っているにしては、妙に歯切れが悪い。その様子に、ユウリは若干イライラしながらなおも言い募る。
「サイモンの仲間はそれぞれ一つずつオーブを持って逃げたと聞いた。あんたも持ってるんだろ?」
 その一言に、苦悶の顔を浮かべていたノルドさんはたまらず吐露した。
「すまん……! レッドオーブは、あんたの言うとおり、途中までは持っていたんだ! だが、船で逃げる最中、海賊船に襲われて、そのときにオーブも奪われてしまったんだ!」
「何だと!?」
 ということは、今ノルドさんの手元には、レッドオーブはないってこと?
「あんた、サイモンの仲間だったんだろ? 海賊くらい一人で倒せるくらいの力はあったんじゃないのか?」
 確かに、魔王軍から逃げられるくらいレベルが高かったのなら、海賊なんて敵ではないと思うのだが……。
「とんでもない。わしらホビット族は地上や土の下なら本来の力を発揮できるんだが、海の上だとどうもうまく体が動かなくてな。船酔いもひどかったし泳げないしで、大陸一つ渡るのに相当難儀したんだ」
「な、なるほど……」
 自分も同じ泳げない者同士、その気持ちはわかる気がする。
 一方船酔いに悩まされているユウリも、ノルドさんのその理由には納得せざるを得ないようだった。
「ふん。まあ、過ぎたことを今更言っても時間の無駄だからな。それで、海賊に奪われたということは、今もオーブは海賊が持っているのか?」
「さあな。そこまでわしは知らん。やつらの行方を追うという選択肢もあったが、当時はそれどころじゃなかったからな」
「……つまり、振り出しに戻ったって訳か」
 そう言うと、大きくため息をつくユウリ。それに反応するように、ノルドさんは申し訳なさそうに項垂れる。
「すまんのう。あのころはわしも魔王を討伐する心も折れてしまってな。もう二度と前線には出ないとサイモンに訴えたほどだったんだ」
「いえ、私たちも不躾な尋ね方をしてしまってすいません」
 そう、私たちが彼を責める権利はない。もし私たちが彼と同じ状況になっても、そうならないとは言えないからだ。
「その代わり、他のオーブのことなら少し知っている。パープルオーブは知っているか?」
「ええと確か、アンジュさんて人が持ってたんですよね?」
 私が答えると、ノルドさんは大きく頷いた。
「去り際にアンジュは、わしだけに話してくれたんだ。『自分の故郷へ帰る』と。彼女の故郷はジパング。もし今も生きているとしたら、そこにパープルオーブがあるかもしれん」
 ジパング……。そう言えば、昔お父さんに自分の名前の由来を尋ねたときに、ジパングという国の言葉で、それが一番綺麗で気に入ったから名付けたんだと聞いたことがある。
 ということは、お父さんはジパングに行ったことがあるのだろうか。
「ジパング? 聞いたことのない名前だな。本当にそれは国なのか?」
「おそらく。詳しくはわしも知らん」
 どうやらユウリも知らないくらい小さな国らしい。
 私だけが知っているという小さな優越感に浸っていると、隣でルカが私を小突いてきた。
「なあ、オーブだかロープだか知んないけど、何の話してんの?」
「しっ! あとで船に戻ったら話すよ」
 事情を知らないのだから無理もないが、ルカはルカで随分マイペースだ。
「ノルドさん。仲間の中に『フェリオ』という名の武闘家もいたそうですが、その人については何か知っていますか?」
 ついでに師匠のことも聞いてみた。けれどノルドさんは首を傾げ、
「うーん、フェリオか……。あいつはもともと無口だったからな。正直そこまで深くかかわる関係でもなかったんだ。あいつが魔王軍の呪いを受けたあと、イエローオーブを持って皆と別れたことしかわからん」
「呪い!?」
 その新事実に、私は思わず聞き返す。
「ネクロゴンドで魔王軍の襲撃に遭った時、あいつは魔物の攻撃によって自身の命が少しずつ削られていく呪いを受けたんだ。瀕死状態のアンジュをかばってな。幸いアンジュはイグノーの治療で回復はしたが、フェリオの呪いだけはどうしても解けなかったんだ」
「師匠が……命を削られる呪い……!?」
 師匠がカザーブにやってきたとき、彼は「病にかかったから静養のためにここへやってきた」と、村の人たちに言っていた。当時子供だった私は詳しく聞いたわけではなかったが、魔物による呪いだなんて、村の人たちは一言もそんなことを言っていなかったはずだ。
 でも、自分が勇者サイモンの仲間であることを伏せていたのなら、あえて病気だと嘘をついていたのも納得できる。どちらにしろ、命が失われていくことに変わりはなかったのだけれど。
「お前さん、フェリオの知り合いか?」
 気遣うように私に問いかけるが、師匠の秘密を知った私の心中は、ショックよりも驚きの方が大きかった。
「はい。昔、彼に武術を教わりました。でもその時は、彼が呪いを受けていたなんて知りませんでした。てっきり病気か何かかと思って……」
「そうか……。まあもともと自分のことをあまり話さん奴だったからな。お前さんみたいな弟子がいただけでも驚いたわ。……それで、あいつもやはりこの世にはおらんのか?」
「……はい。一年以上前に」
「そうか……。あいつも逝ったか……」
 そう言うと、ノルドさんは天を仰ぎ見た。いっぺんにかつての仲間が二人亡くなったことを知らされたのだ。その胸中に秘めた悲しみは一体どれほどなのだろうか。
「ノルドさん……」
「……あんたには酷なことを聞いたな」
 ユウリもノルドさんが気がかりなのか、複雑な表情を向ける。
「何、わしもお前さん方人間よりは長生きでな。人の生き死にに遭遇するのは慣れておる。事実が知れただけでも、良かったよ」
 それでも、ノルドさんの眦に光るものを見つけてしまったのは、気のせいとは思えなかった。
「急に尋ねてしまってすまなかったな。少しでもオーブの情報が聞けて助かった。礼を言う」
「こちらこそ、何も出来なくてすまん。だが、もしわしの助けが必要なら、いつでも言ってくれ。出来る限り力を貸そう」
 お礼を伝えるユウリに、ノルドさんはいつもの明朗な口調で返す。
「ありがとうございます、ノルドさん」
 私もお礼を言うと、隣にいたルカも合わせてお辞儀をした。
「邪魔したな」
「いや、あんたらならいつ来ても構わん。また来てくれ」
 そう別れのやりとりを交わすと、私たちはノルドさんのいる洞窟をあとにした。
「……」
 洞窟を出たあと、私は何とも言えない気持ちで辺り一面に広がる草原を眺めた。
 私も今、師匠と同じ道を通っている。魔王の城に近づくにつれ、それまでどこか他人事のように聞いていた魔王や魔王軍の噂が、ここへきて現実味を感じるようになったのがその証拠だ。
 この先、師匠と同じような状況に遭遇するかもしれない。その時私が判断したことが、間違いだったと後悔しないよう、ちゃんと物事を見極めなければ。
「……アネキ、アネキってば!!」
「うわっ、何!?」
「何じゃないよ。さっきからユウリさんが呼んでるよ」
どうやら考え事をしている間に、ユウリに呼ばれていたらしい。私はすまなそうに彼を見た。
「おい、鈍足。お前の師匠はイエローオーブについて何か言ってなかったか?」
「あー……、何も聞いてないよ。そもそも師匠が呪いを受けてたことすら知らなかったし」
「と言うことは、他の奴らにも話してないんだろう。ならカザーブに行っても無駄だろうな」
と、何やらぶつぶつ言いながら一人納得するユウリ。もしかして、イエローオーブを探しにカザーブに行くつもりだったのだろうか?
「ユウリ。多分イエローオーブはカザーブにはないと思うよ。だって師匠がなくなった後、師匠の家に行って遺品整理したとき、オーブみたいなものはなかったもん」
 お墓を掘り起こした時も、あったのは鉄の爪だけだったし、お母さんもオーブのことは知らないようだった。
「お前と、お前の母親以外にそいつと親しい村の奴らはいなかったのか?」
「私と同じ武術の修行を受けた人も何人かいたけど、特別仲がいいって人はいなかったな」
 話を聞き終えると、ユウリは難しい顔をしながらしばらく黙り込んだ。そして、何かを決意したように口を開いた。
「……とりあえず、イエローオーブのことは後回しだ。最後の鍵の方を優先する」
 がくっ。もったいつけて決めた割には、当初と同じ予定のままじゃない。
「……何か言いたいことがあるようだな」
「いやいやないから!! ユウリの言う通り、最後の鍵を手に入れる方が大事だよね、うん!!」
 私はユウリの冷ややかな視線に目を背けると、新たな地に向かって歩き出したのだった。
 
 

 
後書き
これにてエジンベア編、終わりです!(長かった……)

お読みくださり、ありがとうございました! 
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