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貉の団十郎

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第三章

「そのわしが団十郎だ」
「何っ、あんたがか」
「佐渡に生まれて七百年のな」
「五百年のわしより上ではないか」
「そうさ、丁度伊勢参りに行く時にあんたに会ったんだ」
「それでか」
「あんたが随分と威勢がいいんでな」
 茶屋での話を聞いてというのだ。
「それでだ」
「わしに勝負をしようと言ってか」
「こうしたのさ」
「やられた、化け比べは知恵比べでもあるが」
 それでもというのだ。
「その知恵で負けた、そもそもあんたが団十郎とわからなかった時点でな」
「負けていたか」
「完敗だ、これでは佐渡に行くまでもない」
「ここでわしに負けたからだな」
「加賀で大人しく修行をしていよう」
 達観してこうも言った。
「そうしよう」
「それでか」
「自分の妖術と頭を磨いていく」
「そうか、励む様にな」
「そうする、それであんたは伊勢にお参りするか」
「これよりな」
 幸四郎に笑って答えた。
「そうしてくる」
「そうか、じゃあその旅路を祝ってな」
「そうしてか」
「わしが負けたしな」
 それでとだ、幸四郎は団十郎に笑って話した。
「今晩はわしのところに泊まれ、そうしてな」
「そしてか」
「美味いものを食っていけ、揚げに魚に菓子にと加賀の美味いものは何でもあるぞ」
「いや、揚げは何処にでもあるだろう」
「何を言う、まずは揚げだ」
 何と言ってもという言葉だった。
「それ次第だ」
「それはお前さんが狐だからじゃないのか」
「そうでも食うであろう」
「それはな」
 団十郎も否定しなかった。
「わしも嫌いではない」
「だったらな」
「揚げも食っていけというか」
「そうだ、それで伊勢に行くのだ」
「それではな」
 団十郎は幸四郎に笑って応えてだった。
 そうして彼の家で馳走になり楽しい夜を過ごした、そのうえで伊勢にと向かい楽しい伊勢参りを経験した。
 帰りにも幸四郎のところに寄ったがもう彼は修業に入っていた。そして彼は今も加賀にいて団十郎も佐渡にいるという。この島に伝わる古い話である。


貉の団十郎   完


               2021・7・7 
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