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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第2部
エジンベア
  美少女コンテスト最終審査・前編

 時刻はすでに、お昼時である。時計のないこの場所でなぜわかるかと言えば、単純に私のお腹が鳴っているからだ。
 最終審査の準備は、思いのほか時間がかかっていた。決戦の舞台はこことは違う場所であり、お城の反対側の庭に事前に設置されている。その大掛かりな装置は、一言でいえば木材と大きな布で拵えた巨大な迷路であった。
 むろん観客もそこに移動することになる。最終審査は毎年趣向が変わっており、去年はクイズ形式だったらしく、一番正解数の多い人が優勝だったそうだ。
 そして今回のこれは、どう見ても迷路である。おまけにスタートとゴールの間には水たまりや急坂、果ては大きな岩まであり、もはや美少女コンテストとはなんなのかと問いたくなる。
 ゴールの先には、トロフィーが一つ置いてあった。つまり、一番先に迷路から脱出し、ゴール出来た者が優勝者となるのだ。
 観客や出場者、関係者たちがあらかた移動し、迷路の準備が整ったところで、それまでざわついていた会場が急に静まる。
 と同時に、王宮の扉が開き、中から衛兵とともに国王様と王妃様が現れた。
 ヘレン王女の父親でもある国王様は、さすが歴史あるエジンベアの統治者なだけあって、威厳に満ち溢れていた。横にいる王妃様は国王様と比べると随分年若く、それでいてとても美しかった。ヘレン王女の艶やかな金髪と白い肌は、母親である王妃様から譲り受けたものなのだろう。
 二人はそのまま用意された貴賓席に向かい、ゆっくりと腰を下ろした。と同時に、それを見計らったかのように予選と同じ司会の人が観客の前に現れた。
「はい、お待たせしました!! これより、美少女コンテスト最終審査を始めます!!」
 わああっ!! と歓声が広がると、合図とともに私を含めた四人の予選通過者が、迷路の入り口へと歩き出す。
「審査の舞台は、見ての通り巨大迷路からの脱出となっております! 勝負は単純、一番早くゴールに着いた人が優勝となります!! では出場者の皆様、それぞれ入り口の前に立ってお待ちください!!」
 入り口は一人一つずつ、計四つある。そこから入ってゴールへと進むのだが、途中障害物があるので、迂回するか乗り越えるかして先へ進まなければならない。
 というか、皆予選で着ていたドレスのままここに来ているのだが、この格好で水たまりを渡ったり、崖のようなところを登ったりできるのだろうか? 貴族が考えることはよくわからない。
 ともあれ、ここで一番にゴール出来れば渇きの壺が手に入るのだ。気合を入れていかなければ。
 どの入り口に入るかはくじ引きになっており、ヘレン王女は一番最初、私は一番最後に引いた。ちなみに障害物の種類は場所によって違うらしい。
「はい、では、準備が整いましたので、スタートの合図をします。皆様、位置についてください」
 入り口の扉の前に立ち、深呼吸をして合図を待つ。
「それでは、スタートしてください!!」
 司会の合図と同時に、皆一斉に扉を開き、迷路へと入った。ちなみに観客席は盛り土の上に設置されており、迷路の中の様子を見下ろすことができる。もちろん観客が出場者に指示やヒントを出すのは禁止となっている。
 そして迷路に入って早々、一つ目の障害物が私の前に立ちはだかった。
「こ、これは……!!」
 その招かれざる者に私はぴたりと立ち止まる。その小さいながらも存在感のある体に、私はごくりと唾を飲み込むと、じりじりと『それ』から距離を取る。
 しまった、動いた!!
 その素早い動作に、一瞬判断が遅れた。だが、実はこっそりドレスの袖に星降る腕輪を装着していたので、気合とともにその力を発動する。
「えいっ!!」
 私は意を決して『それ』を捕まえた。その一部始終を見ていた何人かの観客が、恐怖の入り混じる悲鳴を上げる。
 そして『それ』を手にした私は、天幕で囲われた迷路の壁をめくり上げ、そっと外へ逃がしてやった。
「ゲコ、ゲコ!」
『それ』――大きな緑色の体をしたガマガエルは、私にお礼を言うように一声鳴くと、ぴょんぴょん飛び跳ねながら去っていった。
「おーっと! ミオ選手、第一の障害物であり、女性の大半が見た瞬間怖がって逃げ出すと言われる『カエル』を難なく攻略した!! さすがです!!」
 えっ、カエルってそう言う存在なの!?
 驚愕の事実に、私は愕然とする。
 私の村では作物の取れない時期など、緊急時の対策としてその辺にいるカエルを食べる習慣がある。なので私の中でカエルは、豚や鶏と同じ、食糧としての認識でしかない。けれど今は飢えてるわけでもないし、普通に逃がしただけだったのだが。
 そっか、カエルは女性が苦手なものの代表格みたいなものなのか。
 ともあれ、第一の障害物は難なくクリアできた。私は急いで先へと進む。すると、
「なんと、ここへきてシャノン選手が毛虫に阻まれ、脱落しました!!」
 ええっ、もう脱落!?
 しかもその言い方だと、たった一匹しかいないように聞こえるんだけど?
 みんな虫とかカエルに免疫がないのだろうか?
「隣のマギー選手は、なんとかネズミから逃れて第一の障害物はクリアです!!」
 マギーのところはネズミかぁ……。ネズミも調理法によっては……って、今はそんなこと考えてる場合じゃなかったんだった。
「ヘレン殿下は目の前にある大きな水溜まりを越えなければなりません!! ……おおっと!! 偶然落ちていた防水ブーツを履いて、難なくクリア!!」
 ……なんだかヘレン王女だけ簡単そうな気がするのは気のせいだろうか?
 ともあれ私の方も急いで進んでいくが、この迷路自体もなかなか凝った造りになっているのか、途中行き止まりに突き当たったりして、なかなか前に進めない。
 そうこうしているうちに、ようやく第二の障害物が見えてきた。
「これは、坂?」
 坂というより、ほぼ垂直な壁に見える。その壁にはところどころにこぶし大ぐらいの石が埋め込まれていて、いかにも上ってくださいと言わんばかりの存在感を放っている。
 おそらくこの石に手を掛けて登るのだろう。とは言えこれは、普通の女の子にはなかなか厳しい試練だといえる。
 けれど、日頃魔物を倒すために鍛えている私にとっては、むしろ絶好のトレーニングだ。私はひょいひょいと、難なく崖を登っていく。上に登った後は、今度は同じように崖を降りていく。登り降りするよりも、ドレスに引っ掛からないようにするのが大変であった。
「なんと、ミオ選手、第二の試練もあっさりクリア!! 快進撃が続きます!!」
 司会のノリノリな口調に、私も絶好調の気分だ。このまま行けば、一番に到着できるかもしれない。
 すると、今度はすぐに次の障害物が立ちはだかった。
 それは、通り道を完全にふさぐかのように置いてある大きな岩だった。私の背丈ぐらいはあるだろう。
「ミオ選手、続いて最後の第三の障害物までやってきました!! ですがこれはただの大岩ではありません!! 大岩の形を模したただの張りぼてですので、簡単に動かすことができます! 問題はこの大岩をどうやってどかして先へ進むかという、実は頭を使う試練なのです!!」
 なるほど、そういうことなら、とりあえずここから動かして……。
 ……。
 どういうことか、大岩はピクリとも動かない。
 もう一度気合を入れなおして押してみるが、
「せーのっ、ふんっ!!」
 ……。だめだ、やっぱり動かない。本当に張りぼてなの?
「……変ですねえ。確かに昨日の準備の段階では張りぼての方を用意したはずなんですが……」
 司会の人の言葉に、観客の方でもざわめきが起こる。
 ひょっとして、本物の岩!?
 まさか、準備している間にすり替わったとか?
 いや、それはただの推測でしかない。それに、わかったところで私の前にあるこの大岩は簡単には動いてくれないのだ。
「ああっ、そうこうしている間に、マギー選手も第二の試練のツルツル床で脱落したー!!」
 とうとうマギーも脱落してしまった。というか、コンテストにしては、障害物が過激すぎない?
 私が疑念を抱いていると、再び司会の声が聞こえてきた。
「その隣では、ヘレン王女がついに第三の障害物である暗闇の部屋を突破しました!! あとはゴールまで到着するのみ!!」
 ――嘘!? いつの間に全部の障害物をクリアしたの!?
 まずい、このままでは、ヘレン王女が先にゴールしてしまう。この岩を押している時間なんてない。
 そうなると、やることは一つ。
 私はためらうことなく、大岩の方に向き直ると、その大岩に向かって正拳突きを放った。
「はっ!!」
 ドゴッ、とすさまじい破壊音が聞こえるが、それでも私の一突きでは力及ばず、身長ほどもある大岩は真ん中に少しヒビが入るだけで、壊れそうな気配はない。
 なら、もう一度!!
 何度も繰り返して岩を破壊しようとするが、なかなかうまくいかない。いつの間にか観客も、固唾を飲んで見守っている。
「あら、随分野蛮な音が聞こえますのね!?」
 遠くから、ヘレン王女の声が聞こえてきた。
「そんなことをしなくても、もうすぐわたくしがゴールに到着するのですから、無駄なことはおやめになったほうがよろしいですわよ?」
 そう言って高笑いを上げるが、それどころではなかった。右の拳はすでに血まみれになっており、もはや美少女コンテストとは真逆の姿になっていた。
 でもあともう一発打ち込めば、割れるかもしれない……!! そう確信した時だった。
「きゃああっ!! 魔物よーっ!!」
 魔物!?
 その一声に、この場にいた全員が凍り付く。
「何でこんなところに魔物が!?」
 私が疑問の声を上げている間にも、あちこちから叫び声や悲鳴が聞こえてくる。けれど、肝心の魔物は見当たらない。
 ふと、地面に黒い影が現れた。上空を見ると、空に何十匹もの魔物が飛んでいるではないか。
「これって……どういうこと?」
 私はただ、茫然とその光景を眺めるしかなかった。

 
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