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Fate/WizarDragonknight

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”炎”

「煉獄さん!」

 倒れていく煉獄を、可奈美は支えた。だが、上着から伝わるその生暖かさは、可奈美へ自明の事実を伝えた。

「……煉獄さん……」

 無数の刀傷を見てきたからこそわかる。煉獄の右胸を貫いたこの傷は、もう助からない。
 煉獄自身もそれが分かっているのか、ゆっくりと首を振った。

「もういい。俺は……ここまでだ」
「ここまでって……!」

 美炎は、その傷跡を否定するように首を振る。

「ほ、ほら……! 呼吸を極めたら、何でもできるんでしょ? だったら、傷を塞ぐ方法だって……!」
「無い。俺はもうすぐに死ぬ。だが、今はそれより、俺の話を聞いてくれ」
「でも……っ! でも……っ!」

 美炎は首を振る。

「わたしは……結局、煉獄さんを傷つけてばかりで……!」
「なら君は、これからより多くの人々を守ればいい……命をかけて人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ。それは君たち刀使も同じだろう」
「でもっ……!」

 彼の視線を受けて、可奈美は我に返った。目に溢れ出していた水を拭きとり、彼の次の言葉を待った。

「衛藤少女。これを……」

 煉獄は、そう言って自らの日輪刀を可奈美に差し出した。

「……え?」
「死人にはもう不要なものだ。それに、俺がいた世界には、もう俺がいなくても、任せられる男がいる」
「死人って……!? 何を言っているの!? 私、受け取れないよ! だってまだ、煉獄さんの剣術に勝ててないのに!」
「サーヴァントとしてこの世界に召喚された時点で、俺はすでに死んでいる。だが、今を生きる君たちは、まだ未来がある。その未来では、君はきっと、俺より強くなる」
「……!」
「だから、これからの未来へ向かって、胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようとも、心を燃やせ。歯を食いしばって前を向け」
「……うん」

 可奈美はもう、頷くことしかできなくなっていた。
 そして、煉獄の言葉は続く。

「俺がここで死ぬことは気にするな。この体、生きている者の盾になるのは当然だ。きっと、俺の仲間たちだとしても同じことをする。生きている芽は摘ませない」
「でも……っ! でも……っ!」
「安桜少女」

 それ以上の言い訳は聞かない。
 そんな雰囲気を感じさせる勢いで、煉獄は美炎の肩を抑えた。

「この世界の未来は、君たちが人々を支える柱となるのだ。そして、きっとその未来では、荒魂の少女のように、人と怪異がともに生きられるだろう。俺は信じる。君たちを信じる。安桜少女。そして、衛藤少女……!」
「……っ!」

 もう美炎は、何も言わない。ただ、目から涙を流しながら、肩を揺らしている。
 煉獄は数度美炎の頭を撫でた後、可奈美へ目を向ける。悪鬼滅殺と記された刀を見下ろす可奈美は、その手をギュッと握った。
 黒い刀身に、赤い炎の模様が描かれた刀。しばらくそれを見下ろしていると、やがてその刀が深紅の輝きを満たしていく。

「……え?」

 日輪刀を形作る輝きは、やがて短くなっていく。それは、可奈美の体……その、刀使としての能力に適応していく。
 可奈美の写シを吸収していくように、それはだんだんとエネルギーを蓄えていく。

「これは……?」

 鈴祓い。
 神社で使われる祭礼具。赤い持ち手の先には無数の鈴が幾重にも重なっている。だが、煉獄の刀が変化したそれがただの道具であるはずがない。
 それを握った可奈美は、しばらくして千鳥を持つ手で顔を覆う。途端に、鈴祓いの音が頭に響いてくる。やがて、可奈美の脳裏には、見知らぬ姿が浮かび上がって来た。

「……っ! これは……!」

 煉獄もその様子を見て左目を大きく開いていた。だが、やがて柔らかくほほ笑んだ。

「どうやら日輪刀も、衛藤少女を認めたようだな」

 煉獄の手が、可奈美と美炎の肩を掴む。
 そして。

「後は頼んだぞ。あの荒魂の少女も。そして、これからの未来も」
「……はい」
「うん」

 強く。だけどどこか、弱々しく。
 可奈美と美炎は頷いた。
 そしてそれを見た煉獄は、ニッコリとほほ笑み。
 可奈美と美炎。そして、その背後に位置する誰か___幻覚を見ていたのか___へ、満面の笑みを浮かべて。

 今回の聖杯戦争における、最強の剣士。あらゆる聖杯戦争において、重要な役割を担ってきたセイバーのサーヴァントは。

 その炎の目を、永遠に閉ざした。



「煉獄さん? 煉獄さん!」

 美炎は、大声でその名を叫ぶ。
 だが、眠るように目を閉じた煉獄は動かない。
 彼の命の炎が途切れた。それを証明するように、美炎の手に刻まれた令呪が、みるみるうちに薄くなり、消えていくのが見えた。
 可奈美は口をきっと結びながら、美炎の肩を叩く。

「美炎ちゃん」
「だって……わたし……! 煉獄さんに、大変なことを……!」
「美炎ちゃん!」

 可奈美は叫ぶ。

「煉獄さんが言ったでしょ? 私たちは、今ここで、未来を守るためにも戦わなくちゃいけないんだよ!」
「可奈美……」

 美炎は可奈美と、そして目を開かない煉獄を交互に見やる。
 やがて、煉獄の体から、輪郭が失われている。その体はだんだんと粒子のように消えていく。

「信じるって、言ってくれた……だったら、私たちは、それに応えよう!」
「可奈美……」

 虚ろな顔で、可奈美を見上げる美炎。今の彼女の姿は、先ほどからほとんど変わっていない。異形の眼差しを宿す髪、黒く変色した腕。同じく黒い着物と注連縄という、美炎にはマッチしない外見はより彼女の異質さを際立たせていた。
 だが、ただ一か所。顔だけは、可奈美が知る美炎のままだった。

「可奈美は、どうして?」
「美炎ちゃん?」
「どうして、そんなに前を向けるの? 煉獄さんが、亡くなったのに……そんなに……!」

 美炎の声は、震えていた。
 これまで、幾度となく荒魂と戦ってきた、刀使の美炎。だが、目の前で見知った人がその命を散らすのは、見たことがないだろう。
 煉獄の体が、完全に消失したのと同時に、可奈美は鈴祓いを握る力を強める。

「私がここに来てから五か月だけど……その間、ずっと聖杯戦争が続いていた。その間も、色んな人と出会って、色んな人と別れてきた……」
「……」

 可奈美の脳裏に、見滝原に来てからの記憶が想起されていく。
 望まぬ剣の戦いを強いられた暗殺者。
 剣を通じて仲良くなったのに、その手にかけることとなった少女。
 何よりも大切な記憶から再現された、一番助けたい少女。
 誰も、助けることができなかった。そして、それぞれの戦いの中で出逢い、手を取りまた離した。

「だからさ。何となくだけど、煉獄さんが言ってたことも分かるんだ。どれだけ苦しくても、未来のために生きなくちゃいけないって……」
「未来のために……」
「私達は、煉獄さんの分も……そして、今まで倒れてしまった、救えなかった参加者の分だって生きなくちゃいけないんだ」
「……うん」

 美炎は首を振って、頷く。
 その時。

『チョーイイネ キックストライク サイコー』

 その音が、可奈美たちの注目を集めた。
 見上げれば、八本の仇敵の顔面へ、赤い魔法使いが蹴りの必殺技を放っていた。八つの属性が同時にウィザードに命中し、爆発を引き起こす。

「ハルトさん!」

 必殺技を破られたウィザード。変身を解除しながら、そのまま入口近くまで突き落とされていった。
 生身の姿になり、勢いよく激突したハルトは、そのまま吐血した。

「ハルトさん、大丈夫?」

 ハルトに駆け寄る可奈美。頷いたハルトは


「ああ。大丈夫……あれ?」

 ハルトは、可奈美を。そして、美炎を確認する。だが、キョロキョロと周囲を探し出した。

「……煉獄さんは?」

 ハルトの問いに対して、可奈美が出来る返答は沈黙。
 それを見たハルトは、ぞっとして左右を見渡す。
 だが、それに対して可奈美の返答は沈黙。

「そっか……」

 ハルトは深く頷く。数秒だけ沈黙を守った後、再び変身しようと銀のベルトを出現させた。つまみを操作し、お馴染みの音声が流れだす。

『シャバドゥビダッチヘンシーン シャバドゥビダッチヘンシーン』
「変……っ!」

 だが、指輪をベルトに入れようとしたところで、さらにハルトの体が悲鳴を上げた。
 力が抜け、そのまま倒れ込む彼を、可奈美が支えた。

「っ……! ごめん……!」
「ハルトさん、体……っ! 大丈夫!?」
「大丈夫……じゃないかな……?」

 思えば、美炎の暴走、トレギアの邪魔。可奈美と煉獄がそれに奮闘している間、彼は一人でヤマタノオロチと戦っていた。
 流石にもう限界だろう。

「大丈夫だよ。ハルトさん。後は、私と美炎ちゃんで戦うから」
「可奈美ちゃん……? ……分かった。後は、頼んだよ。この儀式は……もう、終わらせよう!」
「うん!」

 可奈美は強く頷き、美炎の隣に並び立つ。

「美炎ちゃん……行ける?」
「うん。大丈夫」

 美炎は涙を拭い、ヤマタノオロチを見上げる。
 地上を目指す大荒魂は、咆哮を上げながら進撃を続ける。
 大荒魂と対峙しながら、大荒魂の体となった美炎と肩を並べる。

「可奈美」

 騒々しい音を立てているヤマタノオロチ。
 だが、隣の美炎の声は、やけにはっきりと聞こえた。

「この戦いが終わったらさ……わたし、多分管理局に戻るよ」
「うん」
「でもさ、その前に……もう一回、立ち合い、やろう」
「美炎ちゃん……!」
「あ、これフラグとかそんなつもりじゃないからね? わたし、ちゃんとあのでっかいヘビをやっつけて、コヒメも取り戻して。そういう未来しか見てないから!」

 美炎は、胸に手を当てた。
 大荒魂としての彼女の姿が、あとどれくらいの時間保たれるかは分からない。
 だが、美炎ははっきりと言い切る。

「煉獄さんが、命がけで助けてくれたんだ。だからわたしも、絶対に命をかけてでも、コヒメを助ける!」
「うん! 行くよ……! 美炎ちゃん!」
「うん!」

 そして。
 可奈美は、左手の鈴祓いを鳴らした。

 チャリン。チャリン。

 響く鈴の音。それに合わせて、どこからともなく和音が聞こえてくる。
 それに合わせて、可奈美は動きを続ける。一拍。また一拍。リズミカルなタイミングを合わせて、ずっと舞い続ける。
 やがて、鈴祓いは、それぞれの動きに合わせて金色の光を放ち始める。同じく金色の粒子がその内部より振り落とされ、可奈美の周囲へ蓄積していく。
 やがて円形の光を作り上げたそれは、可奈美の体に集っていく。
 そして。

祭祀礼装・禊(さいしれいそう・みそぎ)!」

 白と金。二色の光が、鈴祓いより放たれた。
 光は渦となり、地下を彩っていく。マグマさえも塗り潰す輝きのそれが、だんだん立体を持ち、可奈美の衣服となる。
 和服をモチーフにした礼装。その下地は赤く、白い和装にはところどころに金色の注連縄が使われている。そしてその頭部には、金色の冠が付けられていた。

「……これは……」

 可奈美は、自らの姿を見下ろした。黒いグローブのそれは、ただの布地のようでも、計り知れない力を内側から感じた。

「行くよ。美炎ちゃん」

 可奈美はそう言って、並ぶ美炎へ拳を突き出す。

「コヒメちゃんを助けよう!」
「うん! なせばなるっ!」

 そう啖呵を切った美炎もまた、可奈美に拳を突き合わせる。
 それは、可奈美にとって全ての始まりともいえるあの日。岐阜羽島で、美炎と交わした約束と同じだった。
 ただ一つ異なること。
 あの時は生身で交わした約束。だが今回は、可奈美は祭祀礼装、美炎は大荒魂の姿を纏っている。
 白と黒。清めと穢れを背負った、真逆の性質を持つ二人の刀使は。
 八つの頭を持つ巨大蛇の大荒魂へ___神話の時代より蘇りし八岐大蛇(ヤマタノオロチ)へ向かっていった。 
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