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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  原拠 その1

 
前書き
読者様の意見反映回 その1 

 
 軍団長に呼び出されたベルンハルト中尉は、急いぐ
腕時計を覘くと、時間は7時55分になる所であった
 
 部屋に着くと、陸軍勤務服を着た大尉が椅子に腰かけている
初めて見る顔で、恐らく政治将校であろう事が察せられる
シュトラハヴィッツ少将は、勤務服姿で椅子に座り、此方を注視している
其の横には冬季野戦服姿のハンニバル大尉が書類挟みを右脇に抱え、立っている
一同に敬礼をした後、白髪の大尉が、少将に声を掛ける
「同志将軍、同志ベルンハルト中尉への会話の許可を願います」
 彼も同様に少将に、許可を取る
「同志将軍、同志大尉への質問に応じても宜しいのでしょうか」
形式ばった手法で、尋ねる彼に、少将も同様の返答を行う
「同志大尉、同志ベルンハルト中尉への質問を許可する。
並びに、同志中尉の応対も同様の措置とする」

彼は、やや緊張しながら応ずる
「同志大尉、何でありましょうか」
勤務服姿の大尉は、胸元より合成樹脂製の眼鏡ケースを出し、老眼鏡をかける
足元から封筒を持ち上げ、中の書類を取り出し、読み始めた
「君が昨日、日本軍との会談の際に、ブルジョア社会の封建制度を肯定する発言をしたと、保安省から我が隊へ告発があった。
事実であるか、否か。答えてほしい」
彼は内心焦った
あの場には、保安省の制服を着た職員は居ず、軍人のみだった
通訳も軍で手配した人間
精々、考えられるのは敷地外に居た交通警官ぐらいだ……
 
彼は嘗てのソ連留学を思い起こした
ソ連軍の内部にはKGBの秘密工作員がおり、ОО(オー・オー)と呼ばれ、蛇蝎(だかつ)の如く嫌われていた
ヤウクにも散々留学中にそのことを指摘された覚えがある
あの独ソ戦の際も、少しでも疑惑の目で見られれば、最前線から収容所に送り込む等、恣にした
彼の国を真似た祖国(ドイツ)の監視体制を失念していたのだ。
何と脇の甘い対応をしてしまったのだろうか……

件の政治将校が、動く
長靴の音を立て、室内を歩き回る
脱いだ帽子を左脇に挟み、彼の周囲に近づく
「私としては、君の様な将来有望な幕僚が帝国主義の煽動(せんどう)に乗せられ、誤った言動が行われたという話を聞いて、俄かに信じられない。
勤務内外を問わず、革命的警戒心を維持すべきではないのか……
同志ベルンハルト中尉」

「では報告という形ですれば宜しいのでしょうか」

「軍人に求められることは、軍事上正確で適切な答えのみ。
つまり、是か非か」
半ば呆れるような形で、彼は質問を返した
叱責(しっせき)のご報告ですか……」
鋭い目付きと厳しい表情で、彼を(にら)み返す
「貴官は、小官を侮辱するのかね。
同志ベルンハルト中尉、君の対応如何によっては、諭旨(ゆし)以上の対応を検討せねばならぬ様だな」

 彼は覚悟を決める
「同志将軍。昨日の会談の際、小官の不確実な言葉遣いで、民主共和国及び国家人民軍の威信を著しく傷つける様な行動を起こしてしまいました。
ベルンハルト中尉は、以上の様に命令通り発言致します」
 
 ハンニバル大尉が尋ねた
「同志将軍。宜しいでしょうか」
少将は、机の上で手を組んでこちらを見る
「申せ」
ハンニバル大尉は彼の方を向いて、答えた
「同志ベルンハルト中尉への処分は如何様に為さるのでしょうか」
暫し悩んだ後、答える
「本来ならば懲戒処分や職責の剝奪にまで及ぶような案件ではあるが、国家人民軍記念日も間近である。
軍事パレードに、戦術機部隊の幕僚が営倉入りして参加出来ないとなれば、我が隊の恥。
職務怠慢(しょくむたいまん)とまでは看做さないが、思想的再教育が妥当(だとう)と考えている。
同志大尉、君の意見はどうだね」
少将は、政治将校の大尉に問うた

「エンゲルス全集から、『空想から科学への社会主義の発展』を読み、その感想文を一週間以内に提出する事と致す。
同志将軍、私の考えとしてはそれ位して当然だと思っています」
政治将校の判断に頷く
「同志ベルンハルト中尉へ、命ずる。
同志ヤウク少尉以下、幕僚3名と共に、エンゲルスの『空想から科学へ』の感想文を提出する事。
タイプ打ち、手書きは問わないが、凡そ3,000字以上、2万字以内の文書へ纏める事。
以上」

 退室を赦されたベルンハルト中尉は、遅れた朝食を取りに食堂に向かう
その最中、再び《野獣》に遭遇した
青白く、気色悪い顔で、此方を(うかが)
「同志ベルンハルト中尉、君はまたとんでもない行動を起こしてしまった様だね」
男は薄気味悪い笑みを浮かべる

「同志少佐、あなた方には関係のない話です。
お引き取り下さい」
そう言って、彼の脇を通り過ぎようとする
(さげす)むような表情で此方を見ながら、答える
「同志中尉、君の言動は逐一《閻魔帳(えんまちょう)》に記させて貰う。
今から、国防大臣と議長に《陳情》させて頂く積りだよ」
乾いた笑いが響く


『陳情』
社会主義圏である東ドイツにおいて民衆の声を直接上層部に届けられる唯一の手段である
間接民主制や直接民主制の選挙制度を持たぬ彼の国に有って、口頭或いは文書での陳情は、非常に重要な意思表明の手段であった
通常であれば、職場や自治体を通じて、国に提出され、苦情係で処理
遅くとも3週間前後で中間報告が返答されるシステム
彼は、通常の手段ではないことを表明したのだ
直接国防評議会に顔が利くと、暗にベルンハルト中尉に示す

しかし、このアスクマン少佐の行動は、ソ連一辺倒であるシュミットを代表とするモスクワ一派には、現政権への阿諛追従(あゆついしょう)へと映った
 彼は未だ知る由もないが、この行動は保安省内部に修復しがたい亀裂を生じさせる結果になってしまった

この一介の法匪(ほうひ)が取った自己利益の追求
それによって保安省内の内訌という地獄の門が開いてしまったのだ


後ろでは、アスクマン少佐の冷笑は続く
その声を無視しながら、ベルンハルト中尉は食堂に急いだ 
 

 
後書き
お話の展開上、漫画特有の激甘対応になってしまいました


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