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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  ベルリン その6

 
前書き
誤字報告などありましたら、気兼ねなくお願いします
 

 
 同日、夕刻迫る議長公邸の一室に男が二人居た
椅子に反り返る男は、目の前の初老の男に尋ねる
「貴様に、通産官僚としての率直な意見を聞きたい」

 新しく議長代行に就いた男の問いに、アーベル・ブレーメは応じた
「先ず、海軍の戦艦整備計画は頂けん。
今更BETA対策とは言え、塩漬けにしていた戦艦を再設計して建造するなぞ、国費の無駄だ。
費用対効果を考えれば、ケーニヒスベルクのバルチック艦隊でも借りた方が安い」
彼は(あえ)て、カリーニングラードではなく、旧名のケーニヒスベルクの名称を使う
敗戦の結果、奪取されたあの東プロイセンの地に居座るソ連艦隊
役に立たない無用の長物という内心からの不満を込めて、そう言い放った
「俺も其れが出来たなら、お前を呼ばんよ」
男は彼の方を一瞥する
彼の瞳は、眼鏡越しではあるが血走っており、憤懣(ふんまん)遣る方無い様が見て取れた
「であろうな。
誰が、こんな馬鹿げた青写真を描いたか……」
 ソ連の弱体化を受けて、人民海軍は嘗て国防軍時代に計画されていたフリードヒ・デア・グロッセ級の建造を実施しようとしていた
地域海軍というより、沿岸海軍に近い人民海軍にとって、戦艦は扱いに困る存在
経済規模や人口比から考えて、軽武装の哨戒艇や警備艦(フリゲート)の運用ですら、相応の負担を強いた

 アーベルは、この無計画な軍拡を危惧した
(いく)ら、米国の援助が見込める可能性が出てきたとはいえ、捕らぬ狸の皮算用にしか過ぎない
あの1970年代初頭までのソ連からの潤沢な支援を受けて居た時であっても、軽武装の海軍の維持は困難を極めた
戦艦運用のノウハウや人員、今から新艦建造などをすれば、国内経済にどの様な影響が出るか
ただでさえ、国有企業のトラバントは何年も納期を待たせている状態
10万の国家保安省職員が1600万の住民の不満を抑え込んではいるが、何時どの様に爆発するか、解らない……
保安省、前衛党、其の物の力の裏付けは、()(まで)駐留ソ連軍有っての物だ
それが完全撤退した際、この国の国民が食料品や日用品などの耐久消費財不足に何時まで我慢できるであろうか……
 ソ連での物不足は著しく、市中では無計画のデモや暴動が多発していると聞く
我が国の場合は、人口も少なく、国土も手狭だ……
何より、同じベルリンの中に離島の如く西側社会の西ベルリンがあるのだ
壁を挟んだとはいえ、住民はその生活実態をよく知っている
幾ら、統計や数字を操作しても、その事実は変えられない
現に、ドイツマルク一つをとっても東西で交換レートが5倍の差が開いている
(1978年当時、一西ドイツ・マルク=115円)
高々、市民が日常生活や食事の際に25マルク使うだけでも苦労するような経済規模でしかないのだ……
 
 アーベルの口から嘆息(たんそく)が漏れる
「私も、君が言う様に国家保安省(シュタージ)連隊強化(わがまま)と謂う形で第四軍(おにもつ)を手に入れても、ドイツ経済にとっては何の利益も無い。
それをこの様な形で実感するとは、情けない事になった物だ」
議長代行は、その言葉を肯定する
タバコに火を点けながら、呟いた
「な、解っただろう。
俺も、あの馬鹿共には手を焼いてたんだ。
連中に近いお前さんが諦めてくれれば、大勢は動く」
ガラス製の灰皿を、彼の前に差し出す
懐より赤白の特徴的なパッケージのタバコを取る
黒文字でマールボロ(Marlboro)の文字が見える
資本主義の代名詞の様な商品
コカ・コーラやマクドナルド等と同様に商業広告で世界中に販路を広げた
《カウ・ボーイのタバコ》などと喧伝して西側では売られていたのを彼は思い起こす
「君は、是を何処で……」
男は悪戯っぽく笑う
「何、食料購入の際、連中が茶菓子と共に俺に置いてたのさ。
段ボール10箱程在るから、その辺にばら撒けってことだろう」
段ボール10箱……
それを聞いて唖然とした
一箱1万本だと計算すれば、標準的な20本入りで50カートン
マールボロは、ソ連国内では通貨代わりに闇で流通している人気商品
モスクワ辺りで交通警官に捕まった際は、このタバコ一箱で軽い訓告やお目こぼしで済む《商材》
それを、挨拶代わりに持ち込む米国の(いや)らしさと物流の凄さ
彼は改めて、その国力差に打ちのめされるのであった

「お前さんは、保安省の馬鹿共が経済界を牛耳ってこの国を回そうなんて絵空事を(ユルゲン)に話したそうじゃないか。
だいぶ感化されていて、真剣になって俺に聞いてきたんだ。
この間、来た時、シュトラハヴィッツの小僧(ヤウク)と一緒に言ってやったんだよ。
手前等の父親を蔑ろにするなとな」
アーベルは右手を頬に当てる
「シュトラハヴィッツに妙齢の息子がいるとは初耳だ。
奴には10歳にならない娘だけだと思ったが……」
男は破顔し、部屋中に笑い声が反響する
「お前さんと同じだよ。
奴も、《青田買い》して、先々に備えてるんだ」
彼も追従した
「あの男がそんな事を……。
随分と速い婿探しなどをして……」
男は、彼の姿を見てさらに笑った
「なあ、可笑しかろう。
若い娘を持つ父兄の所に出向いては、娘の顔写真を見せるあの親莫迦(バカ)が……
傑作だよ」

 一頻り笑った後、男は語りだした
「このBETA戦争は、体制強化や統制で乗り切れるものではない。
如何に西側から金を無心するか、どうかだ。
ソ連の連中はそういう意味で手際が良い。
もうアラスカくんだりに遷都する心算で居る」
箱より、茶色いフィルターのタバコを取り出す
慣れた手つきで、オイルライターの蓋を親指で開け、着火
縦型の細いライターをゆっくりとタバコに近づけ、火を点ける
静かに吸い込むと、目を瞑り紫煙を、吐き出す

「奴等がどんな手を使ったが知らないが……。
(けつ)を捲って、俺達にご高説を垂れる様な事を始めた。
手前の国一つ満足に管理出来ねえ癖して、あれやこれや指図する様には俺も腹が立った。
だから、お前さんも引き込んで、《おやじ》を追い出した。
その茶坊主も俺は近々手入れする積りだよ」
彼は目の前の男に恐る恐る尋ねた
「私に、その様な事を話して大丈夫なのかね」
男は、左手の食指と中指にタバコを挟み、彼の方を(しば)し見る
不敵な笑みを浮かべる
「お前さんは、娘と息子(ユルゲン)という人質が居るから、自分の手駒だと連中は考えている。
御目出度い連中だよ」
深々とタバコを吸いこむと、灰皿に立てて消した
「党の代紋背負っている以上、手前の子飼いの部下すら守れねえ様じゃ情けねえ。
巫山戯(ふざけ)た真似をするようなら連中には消えて貰うまでよ……」

 新しいタバコに火を点けながら、男は彼に向かって言った
「話は変わるけどよ。
お前の娘御(ベアトリクス)、今度の11月23日で19になるだろ」

 彼は、組んでいた両手を解く
眼前の男は、娘の誕生日を正確に答えたのだ……
詰り、全て内情を知っていると暗に彼に答えている
これは遠回しな脅しとも取れる

「どうだ、この際あの小僧(ユルゲン)に本当の家族(むすこ)になって貰うのはどうだ。
牧師(ぼうず)でも呼んで、盛大な祝言でも挙げさせるか。
作戦がどうなるか、解らねえが、何時(いつ)までも責任(ケジメ)を取らねえのは、なあ」
彼は、再び右手を頬に当て、考え込む
「その、ミンスクを落とせば一段落着くと……」
男は左手に持った煙草を下に向け、灰皿の上に置く
再び手で摘まみ、口元に近づけると、二口程吸う
そして、天を仰ぎながら、呟いた
「甘い見立てかもしれねえが、化け物退治は、一段落は付く。
結末がどうであれ、どっちにしろ米ソの陣取合戦(れいせん)が再開するのは目に見えてる。
後片付けの方が恐ろしい。
今は形振り構わず金をばら撒いているが、それが終わった時、現状のままだったら何が残る。
不味(まず)い飯を喰って、襤褸車(トラバント)を乗り回し、()()もねえ売り子が居る商店(スーパー)に行って、小汚(こぎた)ねえ住宅に押し込まれて暮らす。
ボンの連中が流すTV映像を見てる市民が納得するか。
満足出来ねえのは、小僧(がき)でも解る」
男は灰皿にタバコを押し付ける
「東西の協力というお題目を形ばかりの物ではなく実現させて見せる。
仮に党が吹っ飛んでも、その実績があれば、俺やお前さんの事を、ボンの連中は軽視出来ねえだろう」
男は彼に首を垂れる
「お前さんが引退するのは、(しばら)く先に為りそうだ。
少しばかり老骨に鞭を打って走ってほしい」
彼は、立ち上がって、言った
「仮にも議長の任に有る者が、簡単に頭を下げるではない。
私もそうもされては、断るものも断れないではないか……」
 男は居直ると、彼に向かって言った
「そう言う訳だから、お前さんは今まで通り頼む。
俺が言ったことを上手く利用して、連中を誤魔化せ」
彼は、深く頷く
「邪魔したな」
そういうと、ドアを開け、部屋から去っていった
 
 

 
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