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冥王来訪

作者:雄渾
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ミンスクへ
  我が妹よ その2

 
前書き
この話から試験的にルビを入れました 
今後、ルビを入れれたほうが良ければ、難字や外語の説明で行おうかと思います 

 
 政変の報に接したのはワルシャワ入城後であった
まだポーランド側での報道はないが、噂話では広まっている様子
現地語が出来ない彼等には、詳しい内容は分からなかったが、委員長が辞職したらしいことは漏れ伝わって来る
ユルゲンは悔やんだ
あの父が如く、数か国語を自在に操り、市井の人々から本音を聞けたらどれだけ良かったか……
しかし今の立場は、人民軍中尉
無闇に聞けば、彼等も訝しがって話はしない
もどかしい気持ちになる
本音を言えば、誰が首脳になってもドイツはソ連の隷属の下
ソ連は、彼等なりにドイツに気を使ってはいるが、WTO(ワルシャワ条約機構)から離れるようなことをすれば許しはしない
嘗て、アーベルやシュトラハヴィッツが話していた様に、ソ連が軍事行動をする危険性は十二分にある
己が都合で、傀儡政権(かいらいせいけん)の首を挿げ替える事さえ、(いと)わない
いずれにせよ、社会主義の一党独裁体制下では、憲章や法典に定められたプロレタリアの自由も平等もない
5年前のソ連留学の時、ソ連軍は味方ごと核爆弾で焼いた
BETAを倒す為には、市民の死すら厭わないあの醜悪(しゅうあく)な政治体制……
二百機の戦略爆撃機に、千発の核弾頭を装備し、カザフスタン西部を核飽和攻撃(かくほうわこうげき)で焼いた
あの悍ましい光景が、鮮明に蘇る
核による遅滞戦術……
中共ではハイヴ攻略まで取られていたと聞く……
 自らが推し進める《光線級吶喊(レーザーヤークト)》戦術
これは正しいのであろうか…
闇雲に兵を損耗させるだけではなかろうか…
やはり、(かつ)てシュトラハヴィッツが提唱していた諸兵科連合部隊による運用で戦うべきか……
 様々な思いを逡巡(しゅんじゅん)させていると、心配そうな顔つきでヤウクが話しかけて来る
いつもの勤務服ではなく、深緑の綿入れ野戦服を着こみ、頭には防寒帽
手には、磨かれたアルミ製のマグカップを二つ持ち、中には湯気が立つコーヒー
「飲めよ。寒いだろう」
(かぐわ)しい豆の香りがする
息を吹きかけ、冷ましながら、静かに口に含む
これは代用コーヒーではなく、本物だ
「どこで手に入れた」
「母が工面(くめん)してくれたのさ……」
ふと、満天を仰ぐ
月明りに照らされた木々の間を、飄々(ひょうひょう)と寒風が通り抜ける
降り積もった雪には、幾つもの足跡と何列もの(わだち)……
彼はヤウクの言葉を聞いて、在りし日の家族を思い起こす
まだ父が健在で、愛しい妹が幼子であった頃、美しい母は傍にいてくれた
だが、(さび)しさから間男に走り、生き別れる
異父弟も、もう入学する頃合いであろう
自然と目が(うる)み、涙が流れ落ちる
 脇に居るヨーク・ヤウクを、まじまじと見る
彼の生い立ちは、自身より壮絶だった
ソ連の為に志願して、あの《大祖国戦争》(独ソ戦のソ連側呼称)を戦った祖父に待っていたのは国外追放であった
17世紀にドイツから移住したボルガ系ドイツ人を祖に持つ彼の祖父母
彼等は、大粛清の折、中央アジアに強制移住させられた後、ドイツに再移住させられた
大本を辿ればドイツ人だが、言葉や宗教、習慣も違うドイツに、捨てられたのだ……
祖父は志願して、東部戦線に参加したにも関わらず、勲章も恩給一つも貰えず、弊履(へいり)を棄つるが如し扱いを受ける
その様な環境から身を起こして、空軍士官学校次席を取るのであるから、彼の努力は並々ならぬものである事が判る
やはり、家族の強い絆と深い愛の裏付けがあって、為し得たのであろう……
貧しいながらも、温かい家庭……
ヤウクが羨ましいと、心から思うた……

「どうした、急に泣き出して」
同輩が滂沱(ぼうだ)する様に、ヤウクは困惑した
目頭を、官給品のハンカチで抑え、下を向いた侭だ
ハンカチを取り、内ポケットへ畳むと、綿入れの腰ポケットから落とし紙を取る
鼻をかみ、眼を拭くと、彼の方に振り返った
「ああ、昔を思い出していたのさ……」
羊皮の防寒帽を被ったベルンハルトの顔は、涙で濡れ、目は赤く充血している
彼は、同輩の真横を向きながら、話し始めた
「最近の君は、感傷的では無いかい……。
妹さんが気になるんだろう。
美丈夫(びじょうふ)の君に似て、(うるわ)しい目鼻立ちと聞くし……。
色々、先々が心配なんだろう」
「ああ……、俺の取り越し苦労かもしれんが、アイツは、俺が死んだら俺を思うて苦しむのであろうと悩んでいた。
ベアトリクスも、そうだ。
時々、思うのだが、彼女達の愛は深く、そして重い。
贅沢な悩みかもしれんがな……」
彼は、冷めたコーヒーを口に含む
「ユルゲン……」
泣き腫らした顔を彼に向ける
「俺はときどき思うのさ。
あいつ等は、俺が無き後も独り身で、(さび)しく死ぬのではないかと。
変に(みさお)など立って、高邁(こうまい)な思想とやらで(おお)い隠し、国の為に(じゅん)ずる……。
そう思えてくるのだよ」
彼は、目の前の同輩に心から忠告した 
「彼女たちを幸せにするか、否かは君の行動次第じゃないかな。
有触(ありふ)れた言葉だけど、女の幸せを知らせてやる。
それを出来るのは君しか居ないじゃないか……。
何時までも逃げていないで、彼女を(めと)ってあげなよ。
君が承諾(しょうだく)しなければ、(とう)が立つまで待ち続ける」
同輩は、冷笑した後、天を仰ぐ
「貴様は、其れしか言えんのか……。
まあ、良い。
思い人など居るのか……」
彼は、満面朱(まんめんしゅ)を注いだ様子になる
「実は、まだ誰にも明かしていないんだけど、同志将軍(シュトラハヴィッツ)の御嬢さん。
可愛らしいだろう。
まるで、天女の様じゃないか」
同輩は、酷く狼狽(ろうばい)した
「お前、本当なのか……」
彼は真摯な眼差しで、狼狽する男を見る
「本当さ、あの(けが)れなき姿。
思うだけで……、十分さ。
望む事なら、妻に迎え入れたい位だよ」
「その言葉、本当であろうな」
背後から、低音で通る声が聞こえる
彼等は、後ろを振り返ると、逞しい体つきの男が、腰に手を当てている
綺麗に剃られた口髭の顔は厳しく、鋭い目付きで彼等を睨む
綿入れの野戦服上下を着た、彼女の父が居た
彼を、品定めするかの様に見つめ、黙っている
眉が動き、被った防寒帽が微かに盛り上がったかのように感じた
「今の言葉が、偽りでないのであれば、10年、いや5年待ってやろう。
貴様が、フリードリッヒ・エンゲルス軍大学を出て、佐官に昇進するのが最低条件(スタートライン)だ。
無論、この戦争を五体満足で生き残り、幕僚として活躍できる自信があって、そう抜かしているのであろうな。
戯言(ざれごと)であるのならば、この場で撃ち殺す」
腰のベルトに付けたホルスターに手を伸ばし、蓋を開けて拳銃を取り出す
銀色に輝くPPK(Polizei pistole Kriminal/刑事警察用拳銃)拳銃が握られた右手を、彼の方に向ける
弾倉は外され、食指(しょくし)は引き金から離されて伸びた状態ではあった
その姿に圧倒された彼は、確かめる余裕さえなかった
ベルンハルト中尉は脇目で、彼を見る
あの落ち葉を散らした顔色は、雪景色のように白く
灰色の人造毛の防寒帽は、汗で湿り変色している
彼は諦観(ていかん)する
深々と最敬礼をして、述べた
御嬢(ウルスラ)さんを僕にくれませんか」
少将は銃を向けた侭だ
「貴様等は、こんな所で腐って地べたを這いずり回る様な存在ではない。
相応しい働きをして、それ相応の地位に就け。
先ず、男として遣るべき事だ」
眼前の男は、同輩の方を振り向いた
「同志ベルンハルト中尉!
貴様もだ。
貴様が(ドイツ)を思う気持ちも分かる。
だが、一人の父親として、わが娘の幸せを願うのも人情。
あのブレーメの娘御(ベアトリクス)を愛しているのなら、何時までも焦がせるな。
人にも旬がある。
猶更(なおさら)、女だ……」
彼はそういうと、手に持ったピストルを拳銃嚢(けんじゅうのう)に静かに収めた
そして、背を向け歩き始めた
「明日は早い。夕刻までにはベルリン市内に入る。
良く準備をして、早く休め」
(たたず)む彼等を後にして、月明りの中を、宿舎まで歩いて行った
 
 

 
後書き
本来であれば、将官が、配下の下級将校に空砲の拳銃を突き付けるのは相応しくない行為です
ですが、物語の展開上、その様に致しました
 
このような話作りになったのは小生の力不足です

ご意見、ご批判、よろしくお願いいたします 
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