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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
ミンスクへ
  下命 その2

 
前書き
小生も、チャンバラがやりたくなったので、チャンバラ回初投稿です 

 
 1978年2月、再びウクライナ派遣が下令された
第一戦車軍団ばかりでは無く、ベルンハルト中尉が所属する第40戦術機実験中隊も同様の命が下る
彼等は、寒風吹きすさぶハリコフに向かった
東部ウクライナの要衝である、この地は(かつ)て独ソ両軍が4度に渡って干戈(かんか)を交えた場所
冬季は平均気温が氷点下10度近くに下がり、寒さも身に染みる
静かに息を吐く
寒さで肺の中まで清められるような空気
市内を眺めると、まるで墓標のようなビル群が立ち並ぶ
BETA戦争が始まる前は、この街は学校や研究施設がある静かな町であったことを思い出す
わずか数年前の事とは言え、(ひど)く昔に感じる
耳付きの防寒帽を被り、将校外套を着て脇を歩くヤウクは、ずっと黙ったままだった

「なあ、あの話は本当なのか」
彼はヤウクに問うた
ヤウクは周囲を見回した後、(ささや)く様に言った
「本当さ。
ハンニバル大尉には、家族が有ったというべきかな……
今は、奥さんと息子さん二人と、週末だけ家庭生活を送る暮らしをしているらしい。
なんでも、僕の聞いた話だと、奥さんの従兄弟(いとこ)が色々な所に出入りして保安省に目を付けられているそうだ。
だから別居生活をして、大尉を庇う様な暮らしをなさっていると聞いている」
彼は、ヤウクの方を静かに振り向く
曇模様(くもりもよう)で、路面に降り積もった雪の寒さを強く感じる
「だからといって若い娘と付き合うのはおかしくないか……」
ヤウクは立ち止まって、彼の方を向く
「彼女の方から誘ったらしい事は、大尉から伺っている。
好き合った彼氏と、喧嘩別れしたそうだ。
彼の進路に関する事で反対したら、別れを切り出されて……」
彼の目を見つめる
「聞いて思ったよ。
まるで君達みたいじゃないか。
ベアトリクスの入学を最後まで反対したのは、君だろう。
君は、あの後怒って、暫く会わなかったそうじゃないか。
思い詰て、過激な手段に出るかもしれない……」
彼は静かに問うた
「どういう意味だ」
肩を(すく)めて、おどける
「何、言葉の通りだよ。
君のやり方では時間が掛かるとか言って、保安省や党中央に近づくかもしれない。
表現出来ない様な才色兼備(さいしょくけんび)と聞く
その様な才媛(さいえん)を、連中が放っておくと思う?
狙われたんだろう。
一度で、済むとは思えない……」
強い口調で問いかける
「何が言いたい……」
暫しの沈黙の後、ヤウク少尉は語った
「君が守ってやる様な姿勢や理解する行動をしない限り、彼女から見捨てられるかもしれないってことさ」
顔が紅葉し、革手袋をした拳が握りしめられる
「貴様、言わせて置けば……」
ヤウクは、彼の興奮を余所(よそ)に、話し続けた
「どちらにしても、今の僕達は、奴等から狙われている。
あの悪名高い野獣が見逃してくれるとは思えない」
無論、奴等とは国家保安省の事で、野獣とはアスクマン少佐の事である
彼が理解しているであろう事を考え、あえて説明しなかった
「あいつ等、この国をソ連の様な専制国家に変えたいのか。
スターリンが築いた《収容所群島》を、民主共和国で実現させる心算なら……」
彼は口ごもる
幾ら、屋外で盗聴の危険性は低くなったとはいえ、何処かに間者が潜んでいるかもしれない
自分一人なら、どうでも良い。
妹である、あの聡明なアイリスディナーの事を案じると、そら恐ろしくなってしまう
唯一の愛しい家族であるのだから……
 次第に日が傾き、風が強くなってくる
勤務服の上から着て居る外套(がいとう)に突き刺さる様な寒さ
足早に、宿営地に戻る
夜間に為れば、現地では賊徒が闊歩し、危険
戦地と言う事で、内務省軍(MVD直属の武装組織)も警察(ミリツァ)も引き上げてしまった
宿営地では、小銃に着剣し、ヘルメットを被った歩哨を立てている
だが、ライフルでの狙撃や、仕掛け爆弾に数度、遭遇(そうぐう)した
幸い、人的被害はなかったものの、この地の反独感情の根深さを感じる
或いは、ソ連支援の為に来た外征軍を、体制維持の先兵として、土民(現地住民)は見ているのかもしれない
宿営地に近づくと、門のところに、一人の男が立って待っているのが見える
防寒帽を被り、羊皮の別襟を付けた外套を着て、腰には拳銃嚢を下げたベルト
両腕を腰に当て、周囲を見張っていた
門から数メートル先の歩哨は、自動小銃に弾倉を付け、直立している
門に近づくなり、声が飛んだ
「同志中尉、遅かったではないか」
声の主は、シュトラハヴィッツ少将
一番帰りが遅かった将校の二人を(たしな)める為に来ていたのだ
「同志将軍、少しばかり、話し込んでしまいました」
ベルンハルトは彼に歩み寄っていった
彼に向けて謝罪の言葉を伝える
彼は厳しい顔つきになると、二人に忠告した
「狙撃手は待ってくれんぞ。
奴等は、隙があれば撃ってくる。
今度出歩くときは、小銃か、機関銃ぐらい持って行け。
どんな服装をしても狙われるから、勤務服でも構わん。
連中は、軍人だと分かれば仕掛けて来る」
ベルンハルトは、彼の方を向く
「ソ連では戦術機も狙われると聞きます。
紐や針金に巻き付けた仕掛け爆弾で。
何か、刃物でも付ける対策でもせねば、ならぬでしょう」
彼は、思い出すかのように考える
「ソ連では、先んじて戦術機に炭素複合材(カーボン)の刀身を備え付けている。
ただ、その因で、(すこぶ)る整備性が落ちたと聞き及んでいる。
戦術機に、高性能アンテナを付けた君だ。
何か、考えているんだろ」
中尉は考え込んだ末、一つの答えを示した
支那(しな)や日本では、大型の刀剣を装備し、戦っていると聞いています。
ただ取り回しに困る長剣ではなく、合口(あいくち)(鍔の無い短刀)程短くもなく、程よい長さの刀剣でもあれば……」
「実はな、同様の情報はT委員会経由で、入ってきている。
新型のソ連機には、人間でいう所の山刀(なた)程度の長さの刀剣を標準装備にするそうだ」
 《T委員会》
それは、ドイツ民主共和国において戦術機導入を進めるために設置された特別委員会
ほかならぬ委員長こそ、目の前に居るシュトラハヴィッツ少将であった
「俺の所に、支那の商人が来て、刀を数振り置いていった。
ソ連でも使っているそうらしいから、それなりに評判のあるものであろう。
貴様等で好きにして良いぞ」
彼が言った「支那で作られた刀剣」、それは新型の武器
正式名称を77式近接戦闘長刀、と言い、先端が幅広の刀剣
人民解放軍の工廠(こうしょう)で作られていたとは聞いたが、実戦配備はまだであったはず
その様な物を、国外に売りさばくと言う事は、余程自信作の様だ
「同志中尉、貴様はその刀を使って、他に先んじて、サーベルの専門家になれ。
何れ、対人戦が起きるやもしれん。
そうなった時、そのサーベルが役に立つであろうと、思える。
些か、古めかしいかもしれんが、戦士たるもの剣を帯びてこそ、その姿が映える」
剣、なんという響きであろう
彼は、興奮して答えた
「つまり、BETAを断ち切る破邪(はじゃ)の剣になるかもしれないと言う事ですか」
「ああ、俺達自身はすでに、その存在自体がBETA狩りの剣其の物だ。
刀を帯びれば、文字通り、人類に仇なす魔物を狩る騎士になる」
かのワグナーが愛して已まなかった「ジークフリート」
あの英雄も、父の剣を(きた)えなおし、雄々しく龍と戦った
対BETA戦での戦意高揚(プロパガンダ)の道具として、刀剣を振るい、戦うのも悪くない
今用いている短刀では、戦車級に取りつかれた時、心もとない
長刀であれば、《光線級吶喊(レーザーヤークト)》の際、機銃弾が絶えた時、役に立つ
否、弾薬を節約して、《光線級吶喊》の際に、有りっ丈の砲弾を浴びせる様にせねば駄目だ
 彼の心は、決まった
何れ、近接戦闘は避けがたい
ならば、対人戦の訓練として、長刀を振るい、その技術を我が物にせねば、戦術機に未来はない
砲弾を打つのならば、自走砲や戦車、ヘリコプター、低空飛行の航空機で十分だ
絶妙(ぜつみょう)の剣技で、BETAを狩る
それは、極限まで鍛え上げられた衛士と、洗練された戦術機でなければ、実現不可能だ
帰国した後、早速その手法を取り入れよう
そうすれば、欧州初の剣術使いの部隊が出来る
興奮した様子で、友を連れ立ち、己の天幕へ向かった



 
 

 
後書き
小説情報に、『シュヴァルツェス・マーケン』『隻影のベルンハルト』と付けた方が宜しいでしょうか。
『マブラヴ』だけですと、『オルタネイティヴ』『アンリミテッド』『ザ・デイ・アフター』と、混同される可能が有るので。

ご意見、よろしくお願いいたします
 
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