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ペルソナ3 迷宮の妖女

作者:hastymouse
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中編

 
前書き
中編です。まあバレバレですが、少しずつ迷宮と黒髪の美女の正体が割れていきます。ペルソナ3は影時間・タルタロスでの戦闘が基本なので、話を考える時には毎回 舞台設定に苦労しますね。影時間に適応していない登場人物は出しにくいし、タルタロスの中だけではそうそう話にならないし。今回は強引にP4の世界に舞台を引っ張ってきていますが、なんとなくP5の設定も混ざって、テレビの中のような、パレスのような感じになっています。 

 
彼女が向かったその先には、『男湯』と『女湯』という暖簾のかかった入口が並んでいた。入口の間には『大浴場』という看板がある。その下には、『朝と夜で場所が入れ替えになる』という旨の注意書きが書かれていた。
彼女はその前に立ち、これまでになく真剣な目つきで考え込んでいる。
『彼』はたどり着いた場所の意外さにしばらくあっけに取られていたが、気を取り直して「えーと、ここって風呂場? ここに来ようとしてたの? 」と訊いてみる。
「さっきの場所を見ていたら、急に『この先がお風呂場だったな』って思い出したの。頭に浮かんだとおり進んでみたら、思った通りここにたどりついた。」
振り向いたその顔からは虚ろな表情が消え、替わりにどこかやわらかい雰囲気のものが浮かんでいた。とにもかくにも記憶の一部が戻ったようだ。そしてこの場所が分かったということは、つまり『彼女はこの迷宮に何か関係がある存在だ』ということになる。
「他に何か思い出したことは?」
「それは・・・まだこれだけ。」
『彼』は彼女の答えにうなずくと、『男湯』と書かれた暖簾をくぐって中に入ってみた。彼女も黙って後をついてくる。中はスリッパを脱ぐために一段上がっており、さらに奥へ進むとそこには広い脱衣所があった。
壁沿いにロッカーが並び、5人ほど座れる洗面スペースの前は大きな鏡になっている。脇には浴用タオルが積み上げられた棚もある。壁に取り付けられた扇風機が首を振りながら風を送っていた。
「まるで温泉旅館だ。」
『彼』がそういうと、「温泉旅館・・・」と彼女がつぶやくように繰り返えした。
大鏡の反対側にある すりガラスの扉を開けてみる。横開きの扉はカラカラと軽い音を立てて開き、中からむっとする温かい湿気が押し寄せてきた。
中にはたっぷりと湯を張られた大きな湯舟があった。ちょろちょろと音を立てて、壁から湯が足されている。広い洗い場には複数の水栓とシャワー、それに加えてイスや桶が並んでいた。どう見ても旅館の大浴場だ。しかしどこにも窓がないところが不自然で、やはり重苦しい閉塞感があった。
これはどういうことなのか と考えつつ脱衣所に戻ると、そこに彼女の姿は無かった。
廊下に戻ったのかと思い、後を追う。
脱衣所の入り口の段差の脇に、脱いだスリッパをいれる棚があった。
入ってきたときには気づかなかったのだが、その棚の上には先ほど見たのと同じ黒い和服姿の童女の人形が置かれていた。但し、こちらはガラスケースには入れられていなくて、むき出しの状態でこちらを向いて立っている。
(こんな湿気の多いところで大丈夫なのかな?)
と不審に思いながら暖簾をくぐって外に出た。
廊下に出て見回すと、またしても足早に遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見つけた。
何事かと気になり、急いでその後を追う。
「どうしたの?」
『彼』が追いついて声をかけても彼女は足を止めなかった。
「こっち」
そう言って、目的地がはっきりしているかのように角を曲がり進んでいく。
ある扉を抜けると、周りの雰囲気が一気に変わった。廊下の幅が旅館のそれではなく、民家のサイズになっている。
先ほどまでのでたらめな廊下や部屋の並びから、ごく普通の家の間取りになっていた。
やがて彼女はひとつの扉の前に立ち止まると、しばらく戸惑ってから慎重にドアノブを捻って開いた。
中を覗き込むと、机があり、本棚があり、壁には学校の制服がかけられている。床には青みがかった毛足の短いカーペットが敷き詰められ、机の横の壁には草色のカーテン閉まっていた。
イスの背には赤いカーディガンが掛けられており、そして机の上に赤いカチューシャ置かれていた。
「ここって、もしかして・・・」
『彼』が問いかけると、彼女がコクンとうなづいた。
「そう、私の部屋・・・。」
女子高生にしては、よく整理整頓された落ち着いた部屋と言えよう。几帳面な性格なのかもしれない。
『彼』は何も言わずに足を進めると、まず気になった草色のカーテンを開けてみた。
しかしそこには何もない。ただ壁があるだけだ。
「君の部屋では何もない壁にカーテンを掛けているの?」
「そんな・・・まさか・・・そこには窓があって庭が見えているはず。」
彼女がめずらしく動揺したように言う。
「つまりここは君の部屋にそっくりだけれど、本当の君の部屋じゃない、ということだね。」
「そうみたいね。」
彼女は力なく同意した。
「何か少し思い出した?」
「うちが老舗の温泉旅館だったってこと。さっきお風呂場を見ていて思い出したの。それから自分の部屋のことも・・・。」
「少しずつ記憶が戻ってきているみたいだね。・・・名前は?」
彼女が首を横に振る。
焦っても仕方がないだろう。順に記憶をたどって行けばいい。浴場が引き金になったように、また何かがきっかけで他のことを思い出すこともあるに違いない。
彼女は部屋の中を確認するように見てまわっている。
『彼』も周りを見回してみた。この迷宮が彼女の家を模したものだというなら、ここに何かヒントがある可能性はある。
ふと彼女が何かに目を止めたことに気づいた。視線をたどると、本棚に写真立てが飾られていた。そこには赤いカーディガンを着た彼女が、緑色のジャージを着たショートカットの少女と、その少女が抱きかかえている犬と一緒に写っている。
写真の中の彼女は、『彼』が会ってからの思いつめた暗い表情とは違い、屈託なくうれしそうに笑っている。これが本来の彼女の表情なのだろうか。
「これは?」
「・・・私の王子様。」
「え? 男の子?」
驚いて訊き返すと彼女が首を振る。
「ああ・・・でもわからないの。・・・私が困ったとき、いつも助けてくれるのが彼女。私にとって王子様みたいな人。・・・なのにそれ以上思い出せない。」
感情があふれ出したような泣きそうな声だった。あきらかに彼女の様子が変化してきつつあった。どうやらこの異常な出来事は、彼女の内面に大きく関わっているようだ。
しばらく彼女の様子を見守っていたが、それ以上に何か思い出すこともなく、『彼』はひとまず写真を棚に戻した。
そして本棚の脇のカレンダーに目を止めて、思わず眉をひそめる。
「2011年? ・・・えっ、2年後?」
カレンダーの年が、彼のいた現実世界と合っていない。
ここが異界だとすれば、時間も狂っている可能性がある。もし彼女が本当に実在する人間だとすれば、『彼』のいる現実ではまだ中学生という可能性もある。
何か別のヒントを求めて、さらにじっくりと部屋を見て回る。
並んだ文庫本の上に乗せられた旅行雑誌が気になり手に取ってみた。中のページに付箋が貼られている。
広げてみると「天城屋旅館」という文字が目に飛び込んできた。老舗の温泉宿と書かれている。これが今いる温泉旅館なのだろうか。
彼女にもそのページを見せてみると、彼女はそれを食い入るように見つめて「あまぎや・・・」と旅館の名前をつぶやき、さらにその後 少し目を細めて「あまぎ・・・ゆきこ」と続けた。
「それが君の名前?」
「わからない。ただ頭に浮かんできたの・・・。」
無理に問い詰めても意味は無さそうだ。それ以上は追及せずに記事に目を戻した。
風呂や食事についての紹介記事だけで特にめぼしい情報は無かったが、その最後に「美人女子高生若女将が歓迎してくれる」という記載を見つけた。おそらくこれが彼女のことなのだろう。
「少しわかってきたよ。このおかしな迷宮は、君の家である天城屋旅館が元になっていることは間違い無い。最初は間取りがでたらめだったのに、君が何か思い出すごとに現実の間取りに近づいて変化してきているようだ。そして、この部屋のリアリティは、君が一番馴染んでいる場所だからだ。」
彼女がうなずいた。
「わかる気がする。なんだかこの部屋が一番落ち着く。」
「そこで疑問なんだが、これだけ再現されていながらなぜ窓がどこにもないのだろう。まるで牢獄だ。僕らはこの建物に閉じ込められているようだ。ここから出てはいけないように・・・。」
「そう、私はどこにも行けない。この家に閉じ込められているから・・・。」
思いつめたような表情のまま彼女がそう漏らした。そういえば、先ほどもそのようなことを言っていた。
「それはどういう意味? また、何か思い出した?」
「わからないの。私は外に出たい。でも出たいと思っているのにこの家から出られない。なんだかそんな気がする。」
この迷宮に彼女の内面が影響しているのだとしたら、どうもその辺に原因がありそうだ。
(まさかと思うが、彼女は監禁でもされていたのだろうか・・・。いや、学校に通っていると言っていたし、制服もあった。友達と写真を撮ったりもしている。もしかすると、もっと精神的なことで家に縛られていたのかもしれない。)
少しアプローチを変えてみることにした。
「出入り口と言えば玄関は? ・・・案内できる?」
「・・・できる・・・と思う。」
少し考えた後、こわばった真剣な表情で彼女がうなずいた。
「じゃあ、念のためにそこを確認してみよう。」
二人で部屋を出ると再び元来た方に戻る。歩きかけて、隣の部屋の扉が開いていることに気づいた。
(さっきまで閉まっていなかっただろうか?)
不審に思って覗いてみると、6畳ほどの部屋にいろいろなものが詰め込まれている。まるで納戸のようだ。
中に置かれている茶箪笥の上に、またあの黒い着物を着た童女の人形があった。なぜ同じ人形が、こうもあちこちにあるのだろう。
やはりケースには入れられていない状態で、むき出しのままこちらを向いている。まるでこちらをじっと見ているかのようだ。
なんだか人形に見張られているような嫌な感じがして、『彼』は部屋の扉を閉めた。

旅館の広い廊下に戻り、彼女の後について進む。場所がはっきりわかっているのだろう。歩みに迷いは無かった。
ほどなく二人は広い場所に出た。
来客用の受付カウンターがあり、その前には革張りのソファセットが置かれていて、広い玄関の たたき には黒っぽい大きなタイルが貼られている。そして両開きの玄関扉は格子状になっており、石目調のデザインガラスがはまっている。その為に外の景色ははっきり見えていないが、日の光で明るく光っていた。
框の前には高級そうなスリッパが並んでいる。
温泉宿の入口。客はここで靴を脱ぎ、スリッパを履いて中に入るのだろう。
玄関扉の外を確認するために たたき に降りようとして『彼』は足を止めた。
扉の前、たたき 部分に日本人形が置かれていたのだ。それはまたしてもあの黒い着物を着た童女の人形であった
ケースから出た状態で、まるで通せん坊でもするかのようにこちらを向いて立ち塞がっている。
彼女はその日本人形を目にすると、おびえたように息を呑んで立ちすくんだ。『彼』も何か不気味なものを感じて、手にした剣を握りしめる。人形から目を外さずにゆっくりと たたきに 足をおろし、そして彼女に手を差し伸べて一緒に来るように促す。
「行こう。」
彼女が首を横に振った。顔が真っ青になり、こわばった表情で震えている。
「外に出たいんだろ。」
彼女は力なくうなずく。
「君は『出られるわけがない』と決めつけているように見える。それがなぜだかわからないけれど、君が本当に出たいと思うのならば、僕が手を引いて一緒に出てあげる。さあ勇気を出して、一緒に外に出よう!」
彼女は『彼』の言葉を聞きながら、差し伸べられている手をその美しい黒い瞳でじっと見つめていた。それから戸惑いながらも白いたおやかな手を伸ばしてきた。そして二人の手が触れ合おうとした時だった。
【いったいどこへ行こうというの?】
突然、どこからともなく重々しい声が雷鳴のように響き渡った。 
 

 
後書き
今回の話を書くきっかけは、最近再版された「大宇宙の魔女」という本を読んだことです。これは西部劇から抜け出してきたようなアウトローを主人公にしたスペースオペラの短編シリーズです。ざっくり言うと「主人公が妖艶な美女(人外の場合も有り)と出会い、なんだかわからないもの(神や魔物)と戦い、苦戦の末に何とか生還する」という流れの話が基本形となっています。これをP3でやってみたいと思いました。主人公の出会う妖艶な美女役に雪子っぽい人を抜擢。いよいよ次回はなんだかわからないものとの対決です。 
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