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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第七十六話 懺悔

宇宙暦 795年 8月 27日  第一特設艦隊旗艦 ハトホル  ジャン・ロベール・ラップ



「どういう事なんだ、ヤン。何故ヴァレンシュタイン提督がフェザーンに行く?」
俺が詰め寄るとヤンは後ずさりながら困ったように頭を掻いた。
「だからさっきの合同会議で彼が説明したように軍の極秘作戦……」
「そんな事は聞いていない!」

俺が声を荒げるとヤンは押し黙った。そして困ったように隣にいるワイドボーンへと視線を向ける。こいつに口を開かせると厄介だ。
「俺はお前には聞いていないぞ、ワイドボーン」
口を開こうとしたワイドボーンが苦笑を浮かべるのが見えた。ザマーミロ、訓練の時のお返しだ。

つい十五分ほど前まで第一特設艦隊旗艦ハトホルの会議室で第一特設艦隊司令部とヤン、ワイドボーン両提督との合同会議が有った。その席でヴァレンシュタイン提督が軍の極秘作戦でフェザーンに行くと告げられた。そのため訓練はチュン参謀長が司令官代理として指揮を執ると……。

会議終了後、ヤンを捕まえると自分の部屋に引き摺りこんだ。俺はヤンと二人で話したかったのだが、どういうわけかワイドボーンも一緒についてきた。相変わらず空気が読めないというか 厚かましいというか、だから俺はお前の事が嫌いなんだ!

「狙いは分かる、分かりすぎるほどだ。フェザーンに圧力をかけることで亀のように首を引込めている帝国軍を引き摺り出そうと言うのだろう。だが何故ヴァレンシュタイン提督なのだ。危険すぎるだろう」
「……」
ヤンもワイドボーンも渋い表情をして答えようとしない。

「フェザーンには帝国の高等弁務官府も有る。ヴァレンシュタイン提督が来ていると分かれば何をしてくるか分からんぞ。フェザーンが点数稼ぎに提督を帝国に売ると言う可能性もある。敢えてルビンスキーに接触しなくともフェザーンを利用して帝国に圧力をかける方法は他にも有ったはずだ」

そう、いくらでも有るのだ。艦隊の訓練をフェザーン近辺で行うだけでも良い、三個艦隊、五万隻の艦隊がフェザーン近辺で訓練すれば十分に圧力になるだろう。後はフェザーンの弁務官府に任せれば良い。

「お前ら、提督を利用していないか?」
「利用?」
ヤンが困惑したように呟きワイドボーンと顔を見合わせた。

「おかしいだろう、前回の戦いでは提督が帝国軍に対して謀略を仕掛けた。そして二階級昇進させて二万隻もの艦隊を率いさせている。どう見ても帝国の目を故意にヴァレンシュタイン提督に向けさせようとしているとしか思えない。そして今度はフェザーンへの潜入だ、俺には提督を利用しようと考えているとしか思えんな」
ヤンとワイドボーンが顔を顰めた。

「いいか、利用されるのは提督だけじゃない、第一特設艦隊二万隻、二百万人の将兵も利用されるという事だ。わざわざ寄せ集めの艦隊を作ったのもそれが理由か? 利用というより貧乏くじを引かせようというのだろう、損害担当艦隊を一個編成したってわけだな、第一特設艦隊は帝国軍の眼の前にぶら下げたニンジンか!」

「ちょっと待ってくれ、ラップ。第一特設艦隊の設立には俺もヤンも絡んでいない」
大分慌てているな、図星か、ワイドボーン。
「だが上層部はそう考えている、そういう事だろう。違うと言えるのか、ヤン、ワイドボーン?」
二人がまた渋い表情をした。

「分からんよ、俺達には。お前さんの言う通り、そういう狙いも有るのかもしれないが上層部がヴァレンシュタインを高く評価しているのも事実なんだ。第一特設艦隊の司令官にしたのも正規艦隊の司令官では風当たりが強いだろうと配慮したとも考えられるしな……」
ワイドボーンの言葉にヤンが頷いている。本気で言っているのか? ワイドボーンを睨むと奴が俺から視線を逸らした。

「実際、俺達よりもヴァレンシュタインの方が上層部とは強く繋がっているんだ。お前さんが言う様な単純な話じゃない、上層部が一方的にヴァレンシュタインを利用しているとは言えない……」
不機嫌そうな、何処か自嘲を含んだ口調……。

「だが今回のフェザーン行きは明らかに危険だ、そうだろう」
「ああ、その通りだ。俺もヤンもフェザーン行きは危険だと止めたんだよ」
「……」
今度はワイドボーンがイライラと頭を掻き毟った。本当か、それとも演技か。

「そんな目で見るな、本当だ。だがヴァレンシュタインは俺達の言う事を聞かないんだ。既に決まった事だと言ってな」
処置なし、そんな感じでワイドボーンが首を振った。

「既に決まった? どういう事だ、それは。お前達は事前にヴァレンシュタイン提督と話し合ったんじゃないのか」
俺の質問に二人の顔が益々渋いものになる。

「俺もヤンも決定事項を告げられただけだ。この件はヴァレンシュタイン、シトレ元帥、トリューニヒト委員長の間で決められたらしい」
「らしい?」
二人が渋い表情で頷く。

「シトレ元帥から俺達に告げられた事はヴァレンシュタインがフェザーンで軍の極秘作戦に従事するという事だけだ。ルビンスキーと接触すると言っているが具体的にどうするのか、何をやるのかは我々には何も知らされていない……」

ワイドボーンが俺に笑いかけた。冷笑? それとも嘲笑か……。あまり感じの良い笑いではない。
「ラップ、言っただろう? 俺達よりもヴァレンシュタインの方が上層部との繋がりは強いと」
「……」

「ヴァレンシュタインが第一特設艦隊の司令官になったのも、元はと言えば彼の進言が原因なんだ」
「どういう事だ」
俺の質問にワイドボーンが溜息交じりに答えた。

「今のままじゃ帝国軍とは戦えない、艦隊司令官を入れ替えろ、そう言ったのさ」
「あの噂は本当なのか……」
ヤンとワイドボーンが頷く。いくら英雄と称されているとはいえ、亡命者の意見で艦隊司令官の首がすげ替えられた……。

「モートン提督、カールセン提督が正規艦隊司令官になったのがその第一弾、俺達が第二弾さ。そうじゃなきゃ三人も二階級昇進するはずが無いだろう。戦闘詳報を偽造してまで俺達を昇進させたんだ」
「……」
戦闘詳報を偽造……。言葉の出ない俺にワイドボーンが言い募った。

「分かるか、ラップ? 首になった司令官は皆トリューニヒト委員長と親しい人物だった。俺達が昇進したって事はシトレ元帥だけじゃない、トリューニヒト国防委員長もヴァレンシュタインの意見に同意したって事だ」
「……」

「俺の見るところ、今の同盟の軍事を動かしているのはシトレ元帥でもトリューニヒト国防委員長でもない、ヴァレンシュタインだ。今回のフェザーン行も上からの命令ではなくヴァレンシュタインがそれを望んだからだと判断すべきだろう。俺達を責めるのはお門違いだ」

部屋に沈黙が落ちた。ワイドボーンは不満そうに、遣る瀬無さそうにしている。どうやら嘘は吐いていないようだ、まあヤンも居るのだ、嘘を吐いても直ぐばれる事だが……。

「二人とも随分信頼されているんだな。ずっと一緒に居たんだ、もう少し信頼関係が有るのかと思ったが」
俺の皮肉にヤンとワイドボーンが顔を顰めた。

「色々と有るんだ、お前には分からんだろうがな。そうだろう、ヤン」
ワイドボーンの苛立たしげな口調にヤンが嫌そうな表情をした。
「なんでそんな事を……。ラップ、ヴァレンシュタイン提督には帝国軍の挑発以外に何か狙いが有るのかもしれないよ」

「狙い? 何だ、それは」
ヤンが首を横に振る。
「それは分からない、彼は滅多に心の内を見せる事は無いからね。しかしあそこまで自ら行く事に固執するんだ。何かが有るのかもしれない、私達には分からない何かが……」
そう言うとヤンは溜息を吐いた。

妙な感じだ。この二人はヴァレンシュタイン提督と共に第六次、第七次イゼルローン要塞攻防戦を戦ったはずだ。三人のチームワークで第六次イゼルローン要塞攻防戦を切り抜け、七次イゼルローン要塞攻防戦では勝利を得た。今回も合同で訓練を行っている。それなのにまるで連携が取れていない、どういう事だ……。



宇宙暦 795年 8月 27日  フレデリカ・グリーンヒル



第一特設艦隊旗艦ハトホルから私達が乗った連絡艇が発進した。ヤン提督は座席シートに憂欝そうな表情で座っている、そして時々溜息を吐く……。合同会議までは何ともなかった。おかしくなったのは第一特設艦隊のラップ少佐との話し合いの後だ。一体少佐の部屋で何を話したのか……。

連絡艇の窓からハトホルが見える。第三艦隊旗艦ク・ホリンに比べるとアンテナが多い、通信機能を充実したようだ。ハトホルを見ているとヤン提督の呟きが聞こえた。
「ヴァンフリートの一時間か……」

驚いて提督に視線を向けると提督は私に気付いたのだろう、視線を避ける様に顔を背けた。“ヴァンフリートの一時間”、以前にも聞いた事が有る。あれは第七次イゼルローン要塞攻略戦でのことだった。あの時、ワイドボーン提督がヤン提督に言った言葉だった。“ヴァンフリートの一時間から目を逸らすつもりか?”……。一体どういう意味なのか、分かっているのはそれがヴァレンシュタイン提督に関係しているという事だけだ……。

ヤン提督が私を見た、そしてまた視線を逸らした。気にはなる、でも聞くべきではないのだろう、そう思った時だった。
「気になるかな、グリーンヒル大尉」
「あ、いえ」

戸惑う私にヤン提督は困ったように笑いかけた。そして笑いを収めると話し始めた。
「知っていてもらった方が良いだろう……。ヴァンフリート星域の会戦は同盟の大勝利で終わった」
「はい」
私の返事にヤン提督が頷いた。

「だが何人かにとっては勝利とは言えない結果になった」
「……ロボス元帥、フォーク中佐の事でしょうか」
「いやヴァレンシュタイン提督、バグダッシュ准将、ミハマ中佐、そして私……」

どういう意味だろう、ヴァンフリート星域の会戦は誰が見ても大勝利だったはずだ、それが勝利ではない? 決戦の場に間に合わなかったロボス元帥、フォーク中佐ならともかく、ヴァレンシュタイン提督まで? 不思議に思っていると提督が溜息を吐いた。

「あの戦いでヴァレンシュタイン提督はヴァンフリート4=2の基地に配属された。その目的は二つ、一つは彼の用兵家としての力量を確認する事。もう一つは彼を帝国軍と直接戦闘させることで帝国への帰還を諦めさせること……」

「帰還を諦めさせる……」
思わず言葉に出した。ヤン提督が頷く、でも提督は私を見てはいない。連絡艇の窓からハトホルを見ている。そして呟くように話し出した。

「そう、シトレ元帥は彼が帝国の有力者と繋がりが有ると考えていた。結局それは過ちだったが当時は彼が帝国に戻れば同盟の機密が帝国に筒抜けになると皆が心配したんだ。過剰反応だとは思わない、彼は鋭すぎた……」

ヤン提督が首を横に振っている。ミハマ中佐の言葉を思い出した。宇宙艦隊司令部に赴任した時の中佐の言葉、“とても鋭い人”、彼女はヴァレンシュタイン提督をそう評していた。私自身何度かヴァレンシュタイン提督の鋭さに驚いた覚えが有る。シトレ元帥の恐れが杞憂だと笑うことは出来ないだろう。

「その、帝国の有力者と言うのは……」
私の質問にヤン提督は一瞬口籠った。
「……ブラウンシュバイク公だ。当時、次期皇帝の最有力候補は彼の娘だった。ブラウンシュバイク公がヴァレンシュタイン提督を登用すればどうなるか……。それを皆が恐れたんだ」

溜息が出そうになった。ブラウンシュバイク公と繋がりが有る……。現在では女帝夫君として帝国の統治に関わっている。当時だけじゃない、英雄と称される現在でも公との繋がりなど到底放置できなかっただろう。帝国への帰還など論外と言って良い。

「ヴァレンシュタイン提督はヴァンフリート4=2に行くことを嫌がった。彼は帝国に戻る事を望んでいたのだと思う。しかし最終的には行くことに同意した、彼の要求を最優先で叶えることを条件に……」
「……」

「私は当時第八艦隊司令部に居た。だがヴァレンシュタイン提督の要請で第五艦隊司令部に異動になった」
「第五艦隊?」
ヤン提督が頷いた。提督の表情は暗い。

第五艦隊はヴァンフリート星域の会戦に参加している。ヤン提督はヴァレンシュタイン提督の要請で第五艦隊に異動になった……。つまりヤン提督の協力が必要だったという事だろう……。ヤン提督は憂欝そうな表情をしている。提督は協力できなかった、そういう事なのだろうか? しかし戦争は同盟の大勝利で終わっている。第五艦隊は決戦の場で活躍した殊勲艦隊のはずだ。ヴァンフリートの一時間、一体何を意味するのか……。

「ヴァレンシュタイン提督は戦いが酷い混戦になるだろうと想定していた。おそらくロボス総司令官は軍を把握できなくなると……。そしてヴァンフリート4=2が最終的に決戦の場になるとも想定していた。いや、正確には決戦の場にする事で自らが戦争をコントロールしようとした、私はそう思っている」
「……そんな事が可能なのでしょうか」

ヴァレンシュタイン提督は当時まだ少佐だったはずだ。しかも総司令部の参謀でもなかった……。
「可能だと思ったのだろうね。そして実際に会戦はヴァレンシュタイン提督のコントロール下に置かれた……。彼が私に望んだ事はロボス総司令官が軍を把握できなくなった場合、そして帝国軍がヴァンフリート4=2に襲来した場合、第五艦隊を速やかにヴァンフリート4=2へ導く事だった……」

ヤン提督はそれきり黙り込んだ。憂鬱そうな横顔だ、視線は小さくなりつつあるハトホルに向けられている。
「……一時間と言うのは……」
私が問いかけるとヤン提督は微かに横顔に笑みを浮かべた。苦笑? 自嘲だろうか、そして口を開いた。

「そう、ヴァンフリート4=2への移動が一時間遅れた。第五艦隊が基地からの救援要請を受け取った時、私は基地の救援をビュコック提督に進言したんだが第五艦隊司令部の参謀達がそれに反対した……。最終的にはビュコック提督が基地の救援を命じたが一時間はロスしただろう」

ヤン提督はまだ笑みを浮かべている。多分自嘲だろう、提督はヴァレンシュタイン提督の期待に応えられなかった……。ヤン提督が私を見た、そして直ぐに視線を逸らした。まるで逃げるかのように……。

「会戦後、ヴァレンシュタイン提督に自分の予測より一時間来援が遅いと指摘されたよ。そしてエル・ファシルで味方を見殺しにしたように自分達を見殺しにするつもりだったのかと非難された……」

「そんな! あれはリンチ少将が私達を見捨てたのです。提督は私達を救ってくれました。非難されるなど不当です! 何も知らないくせに!」
許せない! あの時の私達の不安、絶望を知らないくせに……。リンチ少将、あの恥知らずが逃げた時、ヤン提督が居なければ私達は皆帝国に連れ去られていた。それがどれほど怖かったか……。私の身体は小刻みに震えていた、怒り、恐怖、そしてヴァレンシュタイン提督への憎悪……。

「彼の言うとおりだ」
「提督!」
驚いて提督を見た。ヤン提督は薄い笑みを浮かべている。
「提督……」

「彼の言うとおりなんだ。私はリンチ少将が私達を見捨てる事を知っていた。そしてそれを利用した。私のした事はリンチ少将のした事と何ら変わらない……。今、リンチ少将がここに居たら私は彼と目を合わせる事が出来ないだろう、やましさからね。……私は、……私は英雄なんかじゃない!」
「……」

吐き捨てるような口調だった。ヤン提督は苦しんでいる、でも私は何も言えなかった……。どれほど提督に非が無いと私が言っても提督は納得しないだろう。それでも無言で居る事は耐えられなかった。なんとか提督を救いたい、そんな気持ちで言葉を出した。
「ですが……、ヴァンフリート星域の会戦は同盟軍の勝利で終わりました。その一時間が問題になるとは思えないのですが……」

ヤン提督が私を見て苦笑を漏らした。
「バグダッシュ准将が大尉と同じ事を言ったよ。戦争は勝った、何故その一時間に拘るのかと」
「……」

「第五艦隊はヴァンフリート4=2に停泊中のグリンメルスハウゼン艦隊を撃破した。一万二千隻程の敵艦隊の内、逃れる事が出来たのは五百隻程度だったはずだ。本来なら大勝利と言って良い、だがその五百隻の中にラインハルト・フォン・ミューゼルの艦隊が有ったんだ……」
「!」

ラインハルト・フォン・ミューゼル、ヴァレンシュタイン中将が天才だと評し恐れている人物。その人物がヴァンフリート4=2に居た、そして逃げた……。彼は今帝国軍中将になり宇宙艦隊司令長官、オフレッサー元帥の信頼が厚いと聞く。驚愕する私の耳朶にヤン提督の自嘲交じりの声が聞こえる。

「ヴァレンシュタイン中将は私達にこう言った。彼を相手に中途半端な勝利など有り得ない、だが彼は未だ階級が低くその能力を十分に発揮できない。だから必ず勝てる、必ず彼を殺せるだけの手を打った。おそらく最初で最後のチャンスだったはずだと……。そしてこのチャンスを逃した以上、いずれ自分は彼に殺されるだろうと……」
「……」

必死に驚愕を押さえヤン提督を見た。提督は昏い眼をしている。
「第五艦隊の来援が一時間早ければグリンメルスハウゼン艦隊を殲滅し、逃げ場を失ったミューゼル中将を捕殺できたはずだった。だがそのチャンスを私が潰してしまった」
提督の声は苦みに満ちていた……。

ヴァンフリートの一時間、その意味がようやく分かった。ヴァレンシュタイン提督が何故ヤン提督を非難したかも、そしてヤン提督が何故反論しないのかも……。第六次イゼルローン要塞攻防戦でこちらの作戦を見破ったのはミューゼル中将だった。あの一時間が全てを変えた……。

「ですが、戦争をしている以上、勝つことも有れば負ける事も有ります。いくらなんでも一度の敗戦がきっかけでヴァレンシュタイン中将を殺すなど……」
私の言葉にヤン提督が首を横に振った。

「ヴァンフリートでは彼の副官が戦死している。ミューゼル中将の親友であり分身だそうだ。ミューゼル中将にとって自分は不倶戴天の仇であり帝国を捨てた裏切者、決して自分を許さないだろうと言っていた……」
「……」

「第六次イゼルローン要塞攻略戦ではミューゼル中将がこちらの作戦を見破った。ヴァレンシュタイン中将は要塞に取り残された味方を救うためにロボス元帥を解任した。そして味方を救うために自ら前線に出た。多分、死ぬことも覚悟していただろう、軍法会議も有った……。ミューゼル中将が居なければそんな事をせずに済んだはずだ。何で自分がという気持ちも有っただろう、だがそれでも彼は味方を救うために行動した……。私とはえらい違いだ」
ヤン提督は自らを嘲笑うかのように笑い声を上げた。一頻り笑うと昏い眼で私を見た。

「彼に言われたよ。“貴官らの愚劣さによって私は地獄に落とされた。唯一掴んだ蜘蛛の糸もそこに居るヤン中佐が断ち切った。貴官らは私の死刑執行命令書にサインをしたわけです。これがヴァンフリート星域の会戦の真実ですよ”と……」

溜息が出そうになって慌てて堪えた。何という皮肉だろう。全軍が勝利の喜びに沸く中で最大の功労者が絶望に喘いでいる。先程まで有ったヴァレンシュタイン提督への怒りは消え遣る瀬無さだけが有る。あの一時間をどんな思いで待っていたのか、ミューゼル提督を取り逃がしたと分かった時、どれほどの絶望が彼の心を捉えたのか……。

「……提督の責任ではないでしょう。提督は基地への救援を進言したのです、でも受け入れられなかった。決して味方を見捨てたわけでは……」
続けられなかった。ヤン提督がそうじゃない、という様に首を振っている。口を噤んだ私に提督が視線を向けてきた。何の感情も見えない眼だった。

「あの時、私はもっと強く主張すべきだった。それなのに私は反対されるとあっさりと自分の主張を取り下げた……。ヴァレンシュタイン提督の言うとおりだ、私は彼を無意識のうちに見殺しにしようとしたのかもしれない……」
「提督……」

止めるべきだと思った。注意すべきだと思った。でも何故か出来なかった。提督は淡々と話している。
「彼は私と親しくなりたがっていた。何度も自分は敵ではないと私に言った。でも私は彼を受け入れる事が出来なかった……。彼が怖かった、そう、私は彼が怖かったんだと思う。何というか得体のしれない不気味さ、それを彼に感じていた。いや、今でも感じるときが有る。だから私は彼を排除しようと……」
「提督、もうその辺で……」

止めようとして出した声だった。でも提督は話すのを止めない。首を横に振りノロノロとした口調で話し続けた。
「あれ以来彼は変わった。心を閉ざし他者を受け入れなくなった。そして誰よりも苛烈になった。今では皆が彼を怖れている……。私が彼を受け入れなかったばかりにそうなってしまった。私の所為だ……、私の」
「提督……」

私の声など聞えていないのかもしれない。
「彼を見ているのが辛かった。だから軍を辞めたいと思った。軍人に向いていないと言う理由で自分を欺いてね。ワイドボーンの言うとおりだ、私は無責任な卑怯者だ……」
「もうお止め下さい!」

悲鳴のような私の声だった。堪え切れなかった、もう聞きたくなかった。ヤン提督が私を見ている、何の感情も見えない顔だ。慌てて顔を背けた。
「……済まない、大尉」
私の目から涙が零れた……。





 
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