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もう昔のこと

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第四章

「うちが車持つなんてな、テレビに冷蔵庫に洗濯機でな」
「それでよね」
「嘘みたいだ。しかし本当に買ったんだな」
「ちゃんと車見えるでしょ」
「はっきろとな。戦争前アメリカやドイツで普通の家が車に乗っていると聞いてな」
 フォードやフォルクスワーゲンのことを思い出しつつ話した。
「夢みたいだと思ったが」
「日本でもよ」
「そうだな、じゃあ今度の休み家族でドライブに行くか」
 自分が運転する車でというのだ。
「そうするか」
「そうしましょう」
 妻は夫に満面の笑顔で応えた。
「近くでもいいから」
「そうするか。戦争の時ジープが山みたいにあって驚いて」
 アメリカ軍のことも思い出して言った。
「自衛隊にジープが大量に送られてきて驚いて」
「今じゃ普通のお家でもよ」
「夢みたいな話だな、いや」
 山谷はここで自分の言葉を訂正した、そうしてこう言った。
「全部昔か。日本がそれだけ凄くなったってことか」
「そうね。もう昔の日本じゃないのね」
「車なんて滅多にない国だったのにな」
「今じゃ道に車が絶え間なく走ってるでしょ」
「乗用車もトラックもな」
 アメリカ軍のトラックの数、自衛隊に送られてきたそれのことも思い出しながら述べた。
「物凄い数だな」
「日本がそれだけの数の車を作ったのよ」
「そういうことか。本当に全部昔のことだな」
「そうよ、じゃあね」
「ああ、今度の休みな」
「車に乗って何処かに行きましょう」
「そうするか」
 妻の言葉に頷いた、そうしてだった。
 次の休み実際に家族で車に乗って外出した、それは一生の思い出になるものだった。
 自衛隊にいる間彼は休日は車を存分に使って家族サービスをすることが日課になっていた、そして定年になり。
 再就職して孫が出来てだった、第二の人生を過ごし昭和も六十年を過ぎる頃には。
 もう車は日本の何処でも人と同じだけの数で走っていた、その車を見てだった。
 彼は一緒にいる妻に言った。
「昔はこんなに車はなかったな」
「そうね、とてもね」
「日本も変わったな」
「どんどん豊かになったわね」
「最近ファミコンもあるしな」
 妻にこのゲーム機の話もした。
「孫達もやってるな」
「今大人気ね」
「昔はあんなものもなかった」
「とてもね」
「本当に何もかもが昔になったな、あの戦争もな」
 陸軍にいて戦ったそれのことも思い出した。
「もうな」
「今ではね」
「昔だな、昔の日本と今の日本は違う」
「同じ国でも」
「ああ、全く違う」
 こう言うのだった、その車達を見て。走る車はどれもが彼がはじめて買った車よりも勿論ジープよりも性能が高かった。それも昔とは違っていた。まさに何もかもが昔のことだった。


もう昔のこと   完


                 2021・6・9 
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