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MOONDREAMER:第二章~

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第五章 ローズ味
  第19話 幻想郷の嘘吐き者:後編

 楓の背後を取ったと思われた正邪であったが、彼女のフライパンによってその目論見は阻止されてしまったのであった。
「何っ!?」
 驚かすつもりが逆に驚かされてしまった正邪。そこには悔しさよりも驚愕の念が多く籠められていた。
 だが、気を持ち直して正邪は楓に問う。
「……何故この鏡のフィールドでは弾が跳ね返るって分かったんだい?」
「何となくだったんですけどね。だって意味もなく一面鏡張りにする必要なんてないじゃないですか」
「まあ、確かにそうだな」
 楓の言い分には、正邪も同意する所であった。何の考えもなしにフィールドを作り替える訳もないのだから当然であろうと。
 しかし、世の中にはカードゲームでの勝負なのに筋肉ムッキムキに変貌するという無意味な事をした者もいるのであるが。しかも二名程存在していたりする。
 それはさておき、これで正邪の目論見が潰えた──訳では断じてないのである。そして、正邪は得意気に楓に言ってのける。
「いや、今のは見事だよ。でもこっからのはどうだろうね?」
 そう言うと正邪は両手一杯に大量の妖弾をこしらえたのである。後はこれをどうするかは言わなくても分かるだろう。
「それじゃあ、喰らいな!」
 そして正邪は有無を言わさずにその無数の妖弾を両手を振りかざして放り投げたのであった。
 それを楓は巧みに身をこなして避ける……が、後に待っている事は言わずもがなであろう。
「おや、さっきの事を忘れてはいないよな?」
 正邪は粘着質な笑みと共に楓に言ってのける。その間にも彼女の放った妖弾達は楓の背面の鏡の壁へと接触したのだった。
 そして、事態は起こるのである。ものの見事に鏡面に当たった弾々は次々に反射を起こしたのである。
 当然それらは楓目掛けて返ってくるのであった。
(さて……楓はここでどう出るかよね)
 そう思いながら華扇は事の成り行きを見守る事とする。
 先程は弾が僅か一個であったが為に楓はフライパンの一翳しで反射攻撃を防ぐ事が出来たのだ。だが、今回の無数の反射に対しては一体どうするつもりであろうか。
 華扇がそう想いを馳せる内にも、反射弾の群れはグイグイと楓へと肉薄していったのだ。
 そして、いよいよ妖弾の群れが楓の喉笛に喰らい付こうとした所で、彼女は口を開いたのである。
「……【鉄壁「フライパネイトディフェンサー」】」
 そう静かに呟くように紡がれたスペル宣言。
 その次の瞬間には楓の眼前に再びフライパンが形成されたのであった。
 それも、今度は一つではなく複数のフライパンが出現したのである。要は、目には目を、数には数をといった所であろう。
 そして、その楓の目論見はどうやら成功のようであった。敵が反射させた無数の弾は、これまた無数に繰り出されたフライパンによりことごとく弾き飛ばされてしまうに至ったようだ。
「……っ」
 これには正邪とて予想外のようであった。故に彼女は無言で唾を飲み込む事しか出来なかったのだから。
 この見事な攻略を見せた楓は、やや彼女らしく尊大な態度で以て正邪に言う。
「どうですか正邪さん♪ このスペルは初めての試みだったんですけど、かなりうまくいったみたいですよ♪」
 そんな楓に対して、漸く正邪は気を取り直しながら言葉を返していく。
「やるね。初めてのスペルでこの快挙とはね」
 そう言って正邪は楓の健闘を称えるに至ったのであるが、彼女とて譲りっぱなしの態度のままではいなかったのだ。
「でも……この鏡のショーはまだ終わっていない事を忘れてはいけないよ」
 そう言うと正邪はもう一回懐からスペルカードを取り出したのである。そして、これで三回目となるスペル宣言を行う。
「【逆符「イビルインザミラー」】」
 宣言後、正邪はニンマリと笑みを浮かべると、そのまま溶けるようにその姿を消していったのだった。
「!?」
 これには当然楓は驚く事となる。無理もないだろう。弾が反射するのと戦っている相手の姿が掻き消えるのとではその驚きの度合いは違うというものなのだから。
 対して、華扇はこの正邪が繰り出したスペルのからくりを一足先に理解したようであった。その辺りは、やはり幻想少女としてのキャリアの違いというものであろう。
(さて……楓はここでどう出るかね)
 そう思いながら華扇は事の成り行きを見守る事にしたのだった。
 そして、突如として立ち向かうべき敵の姿が見えなくなった楓は驚いていた。
「これは、どういう事なのかしらね?」
 だが、驚きはしつつも取り乱しはしていないようであった。何故ならこれも相手のスペルの効果なのだから。故に絶対にタネというものが存在するだろうと。
 そう思いながら楓は意識を集中する。焦る事はないと。
 そんな楓に対して、姿を眩ませた正邪は刻一刻と楓に迫っていたのだった。そして、難なく楓の背後を捉える事に成功する。
 後は、そこから奇襲を仕掛けるだけなのである。それを正邪は実行に移す。
(その首もらった……とか言ったらガトチュエロスタイムの人みたいだね。状況的にも)
 そんな下らない小ネタを脳内で思い浮かべながらも、正邪は淡々と楓への奇襲を精密な機械のように行おうとする。
「そこっ!」
 だが、そこで突如として楓が振り返り包丁からエネルギーの刃を放出したのであった。
「!?」
 これには、『鏡の中から』攻撃に移ろうとしていた正邪は驚いてしまった。気付かれてしまったのかと。
「くっ! 攻撃は中止だね!」
 そう言って楓の背後の鏡面に映っていた正邪の姿は、その攻撃を取りやめて防御の体勢に入ったのであった。
 そして、楓の放った斬撃は鏡によって弾かれて砕けてしまい、正邪は事なきを得たようだ。
「やっぱり鏡の中でしたね」
 そう言って楓はしたり顔となりながら『鏡の中の』正邪を見据えてみせた。
「クッ……」
 思わずそう漏らしながら、正邪は再び鏡の中へとその姿を消す。
 一旦ここは撤退だろう。だが、彼女にはまだ自分が有利だという算段があったのだった。
(果たして、『これ』はあいつにとってどう出るんだろうねぇ……)
 そう思いながら正邪は悠々と姿を眩ました状態でのたまいながら移動を行っていた。
 一方、一見正邪のこのスペルのからくりを見破ったかのように見えた楓。だが、彼女はここで重要な事項にぶち当たっていたのである。
「私はああ言ったけど、それは実際はどうなんだろう?」
『それ』が問題なのであった。確かに楓は『鏡の中だったんですね』とは言った。
 しかし、現実面において鏡には中など存在しないのだ。そんな事があってはとある人が言ったファンタジーやメルヘンの産物であり、至って非現実的なのである。
 故に、楓はもしかしたら正邪は今、鏡に映る映像となって移動していると考えるのが現実的だと考えるのだった。そして、彼女の対処法もその『映像』と化した正邪への対抗手段を取るのが正しいのであろう。
 だが今は取り敢えず、再び正邪がその姿を鏡に現す所を待つのが先決だろう。その時が来るまで正邪はひたすら意識を集中するのだった。
 そして、遂にその時は来たのだった。楓の立つ側面に存在する鏡に、再度正邪はその姿を発現したのだ。
「次は外さないよ♪」
 そう言って正邪は先程のように敵が反撃の姿勢を向ける前に先手必勝だと言わんばかりに妖気の弾をその手に込めると、ぬるりとその手を鏡から生やしたのであった。
 そして──その瞬間楓の結論は決まったのである。
「【空符「幻想みじん切り」】!」
 そう宣言しながら楓は両手に持った包丁に霊気を込めて──鏡の『中』へとその刃を次々と振りかざしたのであった。
 これは幻想の産物である霊気を込めた攻撃である。故に現在『鏡の中の世界』にいる正邪に対してもしっかりと通ったのであった。
「くぅあぁーーっ!!」
 そして、いつの間にか滅多斬りにされてしまった正邪は堪ったものではなかったのだった──それも『鏡の中の世界』という非常識な空間に身を置いていて安心しきっていた身としては相当に堪える連撃となったようだ。
 そして、今の攻撃を喰らい『鏡の世界』を維持出来なくなった正邪は鏡の中から元の世界へと抜け出したのである。
 その行動の後に、洞窟の壁面の鏡はその一生を終えたかのように粉々に砕けてしまった。
「……」
 当然この流れには正邪は意表を突かれてしまったようだ。暫し無言になっていたが、漸くその重い口を楓に対して開く。
「よくその判断に至ったね。幻想の外にいる人間が『鏡の中の世界』という概念を信じて行動に移すなんてね……」
 その正邪の真っ当な疑問に対して、既に楓は出ている答えを口にする。
「いえ、ここは『幻想郷』ですからね。外の常識の物差しで計っては駄目でしょう♪」
「……これは一本取られたね」
 楓の出した結論に対して、正邪はまるで憑き物が落ちたように清々しく言うのであったが、やはりここは楓であり、そう易々とは晴れやかな気分にはさせてくれはしなかったのだった。
「『今明かされた衝撃の真実』ゥ~って所ですか♪」
「いやいやいや、そういう台詞は寧ろ私向けだろ……くぅっ!」
 この瞬間に正邪は悟ったのだった──ペースを完全に楓に掴まれたという事を。
 そして彼女は思う。『このままではいけない』と。勝負に挑む者としても、天邪鬼としても色々と。
 なので、正邪はここで流れを変えるべく次なる手を打つ事とする。
「そうノリに乗っていられるのも今の内さ♪ さあ次行くよ」
 すると正邪は四つ目となるスペルカードを取り出して宣言する。
「【逆符「天地有用」】」
 そのスペル発動により今度は何が起こるのかと楓は身構える。
 そんな最中、突然正邪の体が宙に持ち上げられ、その後上下が反転してそのまま天井へと『着地』したのであった。
『天地無用』。それは荷物などを上下逆さまにしてはいけない場合に用いられる注意書である。
 それに対して正邪が今使ったスペルは『有用』となっているのである。その事が意味するのは即ち、『いくらでも上下逆さまにしても良い』というのが籠められているのだ。
 そして、この現象には先程鏡のトラップを攻略した快挙を生み出した楓であっても呆気に取られてしまう程であった。
「ほええ~、これが戦闘の場を洞窟にした理由なんですね?」
「そういう事さ、屋外でこのスペルなんか使ったら空の『下』に真っ逆さまという寸法さ♪」
 どうやら正邪は再び流れを自分へと引き寄せたようだ。そして、この好機は逃すまいと捲し立てに入る。
「続いてお次はこれさ。【逆弓「天壌夢弓」】♪」
 すると正邪の右手が目映く輝いたと思うと、気付けばそこには光のエネルギーを凝縮した弓が握られていたのだ。
 しかも、それを『天地有用』にて自身の上下を反転させた上でこなしたのだから、正邪の器用さというものが窺えるだろう。
「そんじゃま、これでも喰らいな♪」
 言うと正邪は左手にも目映い光を集めると、それが今度は矢の形に作られたのである。
 そして、その矢を弓で引き絞って敵に狙いを定め、そのまま放ったのである。しかも、それを上下が逆の楓目掛けてだ。
 その変則的な攻撃に対して、楓は集中力を掻き乱されてしまっていた。そんな彼女にも容赦なく光の矢は迫る。
「これは……えっと」
 そう言って楓はその矢を避ける事に成功した。だが、それは実に紙一重での事であったのだ。
 無理もないだろう。まさか上にいる者から、『その者からも上を狙う感覚で』攻撃を受けるなどいう機会に見舞われるとは誰が予想出来るだろうか。
 そんな楓の様子を見ながら、正邪は文字通り上から言葉を投げ掛ける。
「おやおや、どうやらこのスペルには苦労しているみたいだね♪」
「ええ、まあね」
 その正邪の言葉に楓は否定する所はなかったのであった。それだけ、今の奇想天外な戦いの場は彼女……いや、他の幻想少女からしても相当戦い辛いものであろう。
 だが、今はこの状況に慣れる事が先決であるのだ。だから楓は暫しこの環境に辛抱しながら戦いを続けるのだった。
 そして、正邪の反転からの狙撃は続いていったのだった。第二矢、第三矢と次々に彼女は楓目掛けて狙撃を行っていったのだ。
 だが、辛うじて楓はそれらの攻撃を間一髪の所での回避に成功していた。しかし、それが続くのも時間の問題だろうと思われた。
 その事を感じ取ったのか、正邪はここで新たなスペルを発動したのである。
「【逆転「リバースヒエラルキー」】っと♪」
『ヒエラルキー』。それは上下社会の構造を絵にした、ピラミッド型の図の事である。
 それは、正邪がかつて幻想郷での反旗を翻した事の象徴のようである。
 彼女はかつて起こした異変は、幻想郷で強い者がモノを言うルールへの憤慨により、その立場関係を逆転させ、弱い者が権利を得てモノを言える……そんな世界を創りあげようとしたものであった。
 彼女がそうなったのは無理もない事なのだ。確かに霊夢が引き寄せる人妖達は紳士的な者が多く、余り他の者を抑圧する事はないのである。
 しかし、それは人妖全体から見れば氷山の一角に過ぎないのだ。他の名の知れない力を持った妖怪は、その力で弱い妖怪を押さえつけて支配するという──そのような横暴は現在では比較的平和な幻想郷でも存在するのだった。
 そんな風潮を正邪は変えたかったのだ。それ故にかつてその計画に欠かす事の出来ない力を持った針妙丸を騙して実行に移そうとしたのだった。
 しかし、再びその計画を遂行する気は正邪にはないのである。あの後は幻想郷の者達により彼女達流のスタイルでの『洗礼』を受ける事になったので、もうそのような痛手は避けたい所なのだ。
 そして──『また』掛け替えのない友人となった針妙丸を騙す気にはなれなかったのだった。そういう心は天邪鬼たる正邪とて持ち合わせているのだ。
 しかし、弱者がモノを言う世界を完全に諦めた訳ではない……その事が今回のスペルに現れていたのであった。
 正邪はその場で四角錐の形の力場を作り出したのである。それが楓から見たら上下が逆になっているが故に、まるで金属で出来た鍾乳石の模型を彷彿とさせるものとなっていた。
 はたまた、これこそが正邪が望む多くの弱者が上に立つ構図、『逆ヒエラルキー』そのものにも見えるのだ。
「まずは、こんなもんかな?」
 それの設置を終えた正邪は満足気に言うと、一呼吸して次の段階に入った。
「じゃあ、また逆転っと♪」
 そう言って再び天地有用のスペルの効果を発動する正邪。それにより再度正邪は宙に──楓から見たら天井から落ちるような様相だが──浮かび上がり、その上下を反転させたのである。
 だが、今回はそれだけでは終わらなかったのだ。ここで楓は異変に気付く。
「あれ? 私まで……?」
 そう楓が言うように、今度は楓が宙に浮き上がり、彼女もその上下を反転させるに至ったのであった。
 そして、今は正邪が地面側に、楓が天井側への配置となったのだ。
 そんなこの変則的極まりない戦いを目の当たりにして、楓は思わずこう言う。
「まるで、グラビティーマン戦みたいだね♪」
「……まあ、それと似たようなものだな」
 突拍子もない楓のその例えにも、正邪は平静を努めながら返したのである。
 ──いかんいかん。うっかりここでペースを相手に持っていかれる所であった。そう正邪は思いながら。
 だが、敵は極めて非情なようであった。
「でも残念だね。こういう動きなのに、見えそうなものが見えないなんてね♪」
「いや、そんなの見えるようにしたらネチョになるからやめろ。というか、お前は見られたいのか?」
「うん、私はOKだよ♪ この着物を着始めてからはいつも勝負下着を着けているからね♪」
「……そんな所徹底しなくていいって」
 正邪はそんな楓に対して項垂れるしかなかったのであった。どうもやるせない心持ちとなってしまう。
 だが、今は俄然正邪が有利な状況に変わりはないのである。その事を思い出して彼女は再び強気に出る。
「いいのかい、そんな軽口叩いていて。状況は変わってはいないからね」
 そう言いながら正邪は再び弓を引き絞り、天井にいる楓目掛けて撃ち出したのである。
 それを楓は避けながら移動するも、そこで違和感に気付いた。その理由を彼女は察する。
「あ……このピラミッドのやつが原因ね」
 そう、先程正邪が天井にいた所で設置したヒエラルキー状の力場が要因であったようだ。
 この力場がエネルギーを発しながら佇んでいるのである。恐らく、これに当たったらダメージを受けてしまうだろう。
「……それで、正邪さんはまた上下を入れ替えたという事ですね」
 その事を楓は理解したのであった。要は楓の行動をこの力場で制限し、あわよくばダメージを与えるのが狙いなのだと。
「……成る程……」
 それを頭の中で整理した楓は静かにそう呟きながら、密かに相手に気付かれないように顔に微笑を浮かべるのだった。
 対して、その事に気付かない正邪は得意気に楓に向かって言う。
「ほら、気を抜いてちゃ駄目だよ。私の攻撃はまだ続いているんだからな♪」
 そう言って正邪は何度か弓による攻撃を行った後、三度互いの上下を入れ替えたのである。
 そして、再び天井側へと移動した正邪はまたしてもヒエラルキーを生成する。勿論前回のも残ったままである。こうして楓が天井側に着いた時に更に不利にする算段であろう。
 無論、正邪は弓による攻撃を続けながらその作業を行っていったのだった。やはり彼女はこういった器用な手段が大の得意なようである。
 そして、反転しては弓の攻撃、そして正邪が天井側の時はヒエラルキー設置の繰り返しが行われていったのである。
 そんな中、正邪は自身が有利に事を進めているにも関わらず、どこかこの展開に違和感を覚えていたのである。だが、それが何だかは分からない。
 だが、楓はこのトリッキーな戦法に目に見えて動きが鈍くなっている事は手に取るように分かるのだった。その事から正邪はこの手段で相手を追い詰めていけばいずれは自分に勝利が転がり込んでくると確信していた。
 それは、彼女が正々堂々とは程遠いながらも、忍耐力があるからであった。こういった地道な作業は彼女が得意とする所なのだ。
 そして、一頻りそれらの作業を繰り返していった正邪に対して、突如として楓からのアプローチがあったのだ。
 彼女は、両手の包丁に霊気を籠めると、それらを上下逆になっている正邪へと放出してきたのだった。そして、その瞬間正邪は気付く。
 ──違和感の正体、それは楓がこの反転戦を始めてから攻撃を仕掛けてこなかったという事である。
 それは、てっきり楓が不慣れな戦いを強いられているから攻撃の余裕を作れないからであると思っていたようであるが、これでそれは違う事が分かったのだ。
 そして、突然の楓の攻撃である為に、正邪は普通の動きでは回避が難しいと判断したのであるが、それはあくまで『普通の』動きである。
 故に、彼女は迷わずに今彼女にしか出来ない動きでその攻撃を回避する事に決めたのだった──それは無論、上下反転である。
「漸く攻撃してきたようだけど、甘いね。反転権は私だけにあるんだからね♪」
 そう言って正邪は自分だけの特権により宙に浮き上がる。そして、そのまま天井へと移転する……事は出来なかったのだった。
「何っ!?」
『それ』に気付いた正邪は咄嗟に上を見たのである。
 そこには、彼女が仕掛けたヒエラルキーが、彼女が向かっていただろう先にびっしりと張り巡らされていたのだった。それは正に針地獄であった。
「反転は……やめだ!」
 そう言って天地有用の効果を即座に取り消した正邪は、天井に行く事なく、そのまま地面へと着地した。そして、楓も地面側まで迫っていたので、何とか着地に成功するのだった。ちなみに、彼女の大事な所は見えずに済んでいた。
「残念だったね。もう少しでサービスシーンとなってたのにね♪」
「いや、お前は見せたいの?」
 と、再びコント染みたやり取りをする二人であったが、ここで正邪は伝えなければならない事があった。
「あ、この勝負は私の負け……要は楓の知恵の勝利さ♪」
「正邪さん?」
 その突然の正邪の宣言に、楓は驚かない訳がないだろう。だが、正邪は至って平静を保ちながら言い切る。
「言った通りさ。私の負けだよ。いくら私が天邪鬼だからって、負けを認めたフリをしてまで勝とうなんて思わないさ」
「うん、正邪さんはヨックマン辺りとは違うって分かりますからね」
「それまた別次元な話だな……」
 結局最後までペースを握られたままであったが、正邪は悪い気はしなかったのであった。
 ──策士の策を利用して自身が策で勝つ。そんな様を見せた楓には清々しさすら覚えてくるのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、弾幕ごっこを終えた二人とそれを見守っていた華扇は洞窟の外へと出てきたのだ。
 洞窟内は正邪のスペルで明るくされていたものの、やはり久方ぶりの天の下の陽の光というものは格別である。
 そんな中で二人は向き合っていた。
「いや、見事だったよ。楓の戦い方」
「正邪さんこそ面白いスペルを使うのですね。楽しかったですよ。それに……」
 と、二人で健闘を称え合っている中で、楓はここで突如、妙ちくりんな笑みを正邪に向けながら迫り、
「あなたの柔らかそうなほっぺたも最高でしたぁ~♪ こんな所もお姉ちゃんに似ていてありがたいです♪」
「こ、こらやめないか!」
 突如、楓に自分の頬をオモチャにされて正邪は慌てふためいてしまうのだった。何せ、ほっぺたと勝負は全くを以って無関係なのだから。
 一刻も早くこの苦行から解放されなくては。そう思う正邪であったが、ここで異変に気付く。
「……楓?」
「……お姉ちゃん……」
 突如様子のおかしくなった楓。そんな彼女を正邪が気付いて見据えると、いつの間にか彼女はその両目に大粒の涙を浮かべていたのであった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんに……会いたい……よぉ……」
「……」
「……」
 そんな悲痛な様子を見せた楓に対して、この場にいる天邪鬼と仙人には掛ける言葉が思い浮かばなかった。
 
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