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MOONDREAMER:第二章~

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第18話 幻想郷の嘘吐き者:前編

 楓がにとりと共に人里で化け物スイカを作ってから少ししての事。
 彼女は今、華扇とその人里へと赴いていたのであった。
「華扇さん、今日の買い出しはこれで大丈夫ですか?」
 そう言って楓は華扇へと呼び掛ける。
「ええ、大丈夫よ。それにしてもありがとうね楓。買い物に付き合わせちゃって……」
「いいえ、気にしないで下さい。これは私もやりたかった事ですから」
 そう言う楓の言葉には、お世辞の意味合いはなく、本当に彼女の本心である事が窺う事が出来るのだった。
 楓は元の自分のいた時代に戻る算段が立つまで、幻想郷に根を下ろした生活をしようと心に決めたのだから。
 それ故か、今幻想郷で買い出しを行っている彼女は非常に様になっていた。山吹色のミニ丈の和服という些か浮き世離れした出で立ちもそんな彼女の印象に拍車を掛けているかのようである。
 そんな楓を見ながら、華扇はどこか申し訳ない気持ちも抱くのであった。──これは些か彼女に良くしてもらいすぎではないかと。
 しかし、今の華扇にはこの状況をどうこうする事が出来るような要素は存在しないのである。故に彼女は楓の献身的な対応に甘んじるしかなかったのである。
 華扇がそのような思案をしている中であったが、一通り買い出しの終えた一行はそのまま帰路に着こうとしていたのだが。
 その途中で楓はとある人影を発見したのであった。
「あれ、華扇さん。あの人は……」
 そう言葉を発した楓に釣られて、華扇はその言葉の先にいる人物へと目を向けた。向けたのだが……。
「楓……あの者には関わらない方がいいわ」
 華扇はその言葉と共に早くこの場から去るように楓に促していく。
 しかし、当然楓は華扇がどうしてそのような態度を取るのか分からないので疑問を彼女にぶつける。
「? 一体どうしたのですか華扇さん?」
「それはね楓……」
 そこから楓に聞かれた華扇は説明を始めていくのだった。
 曰く、その者はかつて幻想郷を弱者がものを言う世界に創り変えようとして転覆を計ったのだと。
 加えて、その為に必要な打ち出の小槌を扱えるとある小人に嘘を吹き込み自身に協力
するように仕向けたとも。
 つまり、その者は異変を起こしやすくしてある幻想郷から見ても些か『ハメを外した』存在であると華扇は楓に告げたのだった。
 そして、その者の名は『鬼人正邪』である事も。
 その事を聞きながら、さすがの楓も呆気に取られてしまったのだ。幻想郷での経験の浅い彼女とて、その者が行った事の大きさは馬鹿にならない事は何となく分かったのだから。
「そういう訳よ楓、だからあの者とは極力関わるのはやめた方がいいわ」
「……」
 そこまで華扇に言われた楓はそこで思案する。
 確かにその者は幻想郷のレベルから見ても大それた事をした。しかし、楓はある一点の事実に目を向けたのであった。
 それは他でもない、今彼女自身が未だにこうして幻想郷で過ごす事が出来ているという事実である。
 もし、幻想郷から見ても相見えぬ程の重罪ならば、『追放』という手段はある筈であると楓は思い至るのだった。
 楓が暮らす現代では、不祥事を行った著名人が世間にその事を知らしめられてその地位を剥奪される事が後を立たないのだ。
 だが、当の正邪はと言うと現に幻想郷に存続し続ける事が出来ているのだ。
 これは『全てを受け入れる』幻想郷ならではの事かも知れない。しかし、幻想郷を望む姿勢の無い存在を幻想郷は受け入れはしないのである。その事はかつて管理者たる八雲紫が月の民が幻想郷に戦争を仕掛けかねない思想を持っているが故に、わざと侵略行為に当たるような行為を行い、月の穏健派である綿月姉妹のヒーロー性を生み出して存続させる事で幻想郷を護ろうとした出来事からも窺えるだろう。
 対して、正邪はというと今もこうして幻想郷で暮らす事が出来ているのだ。その事が楓にとって決め手となる一つの要因であったのだ。
 そして、もう一つ重要な事を華扇は告げたのである。
 それは、正邪が目的の為に言いくるめて小人──少名針妙丸が事後の終わった『今でも』正邪の事を慕っているという事であった。
 それは、単に針妙丸が人が良すぎるからという事ではなさそうなのだから。
 彼女はかつて正邪の起こした『逆転の異変』の時、それに対峙した霊夢達とは正々堂々と戦う気概を見せた、所謂『武人肌』な性格をしているのだ。
 そこには強い意思が必要だろう。勿論お人好しな性質では務まる所ではないのだ。
 そこまで話の内容を整理した楓の行動は早かったのである。早速とばかりに彼女は正邪に接触を試みたのであった。
「あの、ちょっといいですか?」
「何だい?」
 そう呼び掛けられて、鬼人正邪はそこで振り返って言葉を返す。
 そんな彼女の容姿は、白と黒の色が混じった髪が最大の特徴であった。所謂メッシュというものに似ているだろう。
 そして、正邪は自分に声を掛ける物好きに対して訝りながら言う。
「私に話し掛けたのは、この私が天下の天邪鬼だと知っての事かい?」
「えっ? 天邪鬼というと、あのフリーザ様ボイスの猫さん?」
「……随分とマニアックな所から天邪鬼を引っ張りだしてきたねぇ……」
 この楓の痛恨のボケには、さすがの正邪も頭を抱えてしまった。
 そして、そんな楓を見かねて華扇は助け舟を出す──。
「そうよ、楓。せめて鳥嶋元編集長がモデルの一頭身とかにしておかないと……」
「そういうあんたも結構大概だよ……」
 ──否、どうやらコテコテの泥舟だったようであった。これには正邪は再び頭を抱えてしまう。
 しかし、ここで気を取り直して正邪は当面の話題へと持っていく。
「それで、あんたらはこの天下の天邪鬼のこの鬼人正邪に何の用だってんだよ?」
 そう、それこそが話題にすべき事なのである。そして、これには華扇は答えられなかったのである。何故なら……。
「そうよ、楓。一体何のつもりだっていうのよ? 私はあれ程止めたというのに」
「それはですね……」
 そう華扇に言われて考え込む様子を見せる楓であったが、実は既に答えが出ていたのである。後はその答えを口に出力するだけである。
「それは他でもありませんよ。正邪さん、私あなたの友達になりたくて声を掛けました♪」
「うわぁ……」
 この楓の言葉と清々しいまでの表情に正邪は精神を削がれるような心持ちとなってしまうのであった。何故なら彼女は素直でない者を例える時に使われる程である天邪鬼なのだから。こういうピュアな発想や表情をする者には滅法弱いのである。
「くっ……(私の)ガッツが(削がれて)足りない」
「楓さん、あまりこの天邪鬼をいぢめてあげるのはやめなさい……ぷくくっ」
 そう楓に注意を促す華扇の様子は非常に愉快だという気持ちが滲み出ているというものであった。こういう傑作な場面に出くわせるなら仙人というのも捨てたものじゃないかとも思う所なのだ。
「……はあはあ……まあ何だ?」
 余りにも天邪鬼にとっての精神的ダメージを負ってしまった正邪。だが、ここで彼女は持ち直して楓に聞き返す。
「この天邪鬼の私何かを選んでいいのかい? きっと後悔するよ?」
「いいえ、その辺は大丈夫でしょう? 現にあなたのお友達の小人さんも今でもあなたを慕っているんですよね?」
「まあ、そうなんだよな……」
 そう言って正邪は思い悩む所なのであった。どうしてあいつは一度騙した私にずっと付き添っているのだろうと。
 だが、その事はどうやら考えても答えが出そうにないので当面正邪は諦めるのであった。
 そして、今の話題である楓に意識を向け直す。
「何にしろ、友達というのは他にも出来るだろう? 敢えて私を選ばなくてもいいんじゃないのか?」
 その尤もな正邪の問いに対して、楓はこう答えるのだった。
「勿論私は幻想郷でこれから沢山友達を作っていこうと思っています。でも、あなたとは早い内に友達になりたいんですよね……あなたは私のお姉ちゃんにどこか似ているから♪」
 そう言いながら楓ははにかんで見せた。これまた正邪にはクリーンヒットする要素であったが、ここは彼女は耐えるのであった。
 そして、耐えつつ正邪は言葉を返す。
「私に似てるって、お前も厄介な姉を持ったものだなぁ~♪」
 そう言って正邪はニヤニヤして楓をおちょくりに掛かった。しかし、すぐ後にその読みは浅はかだと彼女は後悔する事になるのだった。
「いいえ、私の自慢のお姉ちゃんですよ♪ 反骨心があって負けず嫌いな所なんて♪」
「ぐはぁ……っ!」
 楓のその真っ直ぐな物言いに、今度こそ正邪はノックアウトされるのだった。ギャグ漫画なら吐血したり、ボクシング漫画だったらマウスピースを吐き出したり……そんな辺りが今の正邪の心境であった。
「はあはあはあ……お前、やってくれるな……」
「いや、楓は別にあなたと戦ってはいませんって……」
 華扇は取り敢えずそうツッコミを入れておく事にした。そろそろこの天邪鬼の反応を見て楽しむのも飽きてきた所だったのだ。
 と、ここで楓は華扇のある一言から閃いたのだった。
「そうだ。『戦う』ですね♪」
 こうなってくれば、後の展開は想像出来るのではなかろうか。
「正邪さん、今から私と弾幕ごっこをしましょう♪ お近づきの証って事で」
 この楓の言葉を聞いて一瞬呆けた正邪であったが、すぐに自身の意識を引き戻して楓に言葉を返す。──何だか面白くなってきたじゃないかと思いながら。
「いいんじゃないか? それじゃあ、この私に弾幕ごっこを挑んだ事をとくと後悔させてあげるよ♪」
「お手柔らかにお願いしますね♪」
 そう言い合うと、自然と二人は微笑み合っていたのだった。やはり弾幕ごっこは便利な交流の手段となり得るようだ。
 だが、正邪の使うスペルカードは些か特殊なものであるが故に、このまま屋外で戦う訳にはいかなかったのである。
 故に正邪はこう提言する。
「私のスペルカードの性質上、このまま外で戦うというのはやめておくべきだから……ちょっと場所を変えてもいいかい?」
「はい、構いませんよ」
 その正邪の提案に、楓は否定する所はなかったのである。
 確かに正邪は幻想郷きっての大嘘を吐いた経歴の持ち主である。
 だが、楓には何となく分かっていたのだった。──正邪がスペルカード戦においては、嘘を吐いてまで勝負を自分の有利にしよう等とは思っていないだろうという事を。
 そして、楓は正邪に誘われるままに一緒に歩を進めていったのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、彼女達が向かった先は、何故か人里近くの洞窟なのであった。当然楓には疑問が浮かぶ。
「正邪さん、何で洞窟を戦いの場に選ぶんですか?」
 その楓の問いに、正邪は天邪鬼らしからぬように至って素直に答えていった。
「それはな、私の『全てをひっくり返す能力』を発揮しやすいように、それに加えてその能力によって危険が出ないようにするためさ」
「?」
 そのように正邪に説明されても楓には要領の得られない所であった。
 そして、それを無理からぬ事だと割りきった正邪はその話題についてはきっぱりと切り捨てるのだった。
「まあ、この事に関しては口で説明してもすぐには分かる事じゃないから、気にする必要はないよ」
 そこまで言った後、正邪は「ところで」と話題を変える事とするのだった。
「この洞窟、やっぱり洞窟だから視界が悪いとは思わないかい?」
「そう言えば……そうだね」
 その正邪の進言には楓も同意する所であった。ちなみに割りと当然の如くその横から華扇が「そもそもお前が案内したんだろう」というツッコミは、正邪は半分ほど無視する事にした。
「まあ、ちょっと悪かったな楓。ここじゃないと私の能力を発揮しづらいが故なんだよ。前のように輝針城のような代物はそう簡単には用意出来ないしな……」
 そう言って正邪は思い出す。あの時は打ち出の小槌の力を悪用して好き放題やったものだと。
 その事を後悔する気は正邪には無かったが、あの頃から自分も些か丸くなったものだと感慨に耽る所であった。
 それはそうと、今の目的はこの薄暗く視界の晴れない洞窟の中での視界確保をどうするかというものであるが。
 その点については正邪は全くを以て問題としてはいなかったのだ。そんな正邪に対して楓は疑問を投げ掛けてくる。
「正邪さん、一体どうするつもりですか?」
「まあ、そう焦りなさんなって♪」
 そう言って正邪は一呼吸置くと、次の瞬間にはこうのたまっていたのだった。
「お楽しみは、これからだ!」
「その名はファントム!?」
 どこぞのモノを盗らない怪盗デュエリストだよと楓は被りを振るうのだった。
「それで、挙げ句の果てにプリズムリバーの三人のいずれかに変身可能とか!?」
「いや、さすがにそこまでは出来ないって。つか、いくら三人だからってあいつらを巻き込むなって」
 予想以上に食い付く楓に対して、正邪はこのままでは収集がつかなくなるからと、ここでこの話題を切り上げる事とする。
 そのまま、正邪は本題へと切り出していく。
「気を取り直して……見せてやろうじゃないか、この洞窟を一瞬で明るくする様を♪」
 そう言うと正邪は懐から一枚のスペルカードを取り出したのである。
 そして、後はご察しの通りであろう。──そう、スペル宣言である。
「【逆転「夜でも明るい暗がり」】♪」
 その直後であった。瞬く間に薄暗い洞窟は屋外とみまごう程に明るくなり、視界が晴れたのであった。
「うわあ……」
「……これは驚いた」
 この展開には楓のみならず、華扇ですらも意表を突かれる形となったのであった。
 当然その様子を見ていた正邪は気を良くするのである。
「どうだい、驚いたかい?」
 その問いに答えたのは華扇であった。
「いや、見事よ。あなたがいつの間にかここまで腕を上げていた事には驚きね」
「幻想郷で顔の利く仙人さんにそう言ってもらえるのは悪くないものだねえ」
 そう言いながら正邪は悪戯っ子のようにはにかんで見せるのであった。その様子を見ながら楓は「やっぱりこの人は純粋な人だね」と改めて思う所なのである。
 そう楓が、正邪が知れば脳から全身が溶けてしまうだろう事を思っているとも露知らず、正邪はここで本題に入るのである。
「これで、洞窟内での視界確保には問題なくなったろう? そういう訳で、ここいらで始めるとしますか?」
「そうですね」
 そこに両者とも異論はなかったのであった。そして互いに了承を取り合った二人は洞窟内というイレギュラーな舞台での戦いに赴くのだ。
 そして、とうとう勝負の火蓋は落とされたのである。
「それじゃあ始めようか。まずは私から行くべきかな?」
 そう先陣を切るのは正邪であった。
 彼女がその結論に至った理由は、まずは他の者のように楓に対して先手を取るのは天邪鬼として他人に倣うようで癪……そう思いながらもだからといって易々と相手に先手を譲るというのもやはり天邪鬼としてしっくりこないという想い──要は正邪の考えすぎによるものであった。ちなみにこの結論に至るまでの所要時間は僅か0.5秒であった。さすがは天邪鬼である。
「それじゃあ小手調べと行きますか【欺符「逆針撃」】っと♪」
 そう軽快に宣言するや否や、正邪の先手のスペルカードは発動されたのであった。
 それにより、正邪から針型のエネルギーが放出されていき、その行き先は勿論楓である。
「させません」
 だが、無論楓はそう易々と敵の攻撃を受けてあげる腹積もりなど存在しなかったのである。故に彼女は回避行動を取る事とする。
「こうやってかわすんですよね♪」
 そう言って楓は今まで見てきた弾幕少女達の身のこなしを見よう見まねで、それでいて得意気に再現してみせたのだ。
 そして、楓のその行為は見事に功を成したのであった。彼女は至って身軽な振る舞いで迫り来る針を避けてみせ、後にはそのままの勢いで通りすぎる針の群れがあったのだった。
「うん、うまくいったみたいだね♪」
 初めてうまくいったと言える弾幕の回避行動に、自分の事ながら楓はご満悦の様子となるのであった。
 だが、これは何が起こるか分からない『弾幕ごっこ』なのであり、今回の正邪との戦いも例外ではない所なのであった。
「その身のこなしは見事だよ。でも、これで終わると思って貰っちゃ困るってものだよ♪」
 そう言うや否や、正邪はパチンと指を鳴らして見せたのである。その次の瞬間に『事』は起こったのであった。
「!?」
 咄嗟の判断でその事に気付いた楓は、迷う事なく『もう一回』回避運動を試みていたのである。
 そして、そこを先程楓の側を通過して行った筈の針の群れが再び襲い掛かったのである。正に間一髪という所のようであった。
 その楓の的確な判断には、さすがの正邪とて舌を巻く所のようだ。
「お見事だよ、楓。良くこの事が分かったね……」
「それはスペル名が気になっていたんですよね。『逆』って言うからには、きっと何かがあるって思ったという訳ですね」
「スペル名か。痛い所を突かれたね。こればっかりは嘘をつく訳にはいかないからねぇ……」
 と、正邪はそのように『してやられた』といった風にのたまうしかなかったのであった。
 だが、彼女は気を取り直す事とする。いくら攻撃の仕様が読まれたと言っても、それで相手が攻略出来るかどうかは別問題であるからだ。
「今回のはかわされたけど、お次のはどうかな?」
 そう言うと正邪は人差し指をクイッと引き寄せるように動かして見せた。すると針の群れは統制の取れた軍隊のように宙で整列をするのだった。
「次はどうなるか……分かるな?」
 針の群れを率いて楓を包囲した正邪は、犯人の逃げ場を奪った警官のような心持ちで得意気になる。
 そして、後はこれで終わりだと言わんばかりに仕事を仕上げるかのような感覚で告げる。
「やりな、我がしもべたち!」
 そう言って正邪はその指を楓に向けたのであった。後は言わずもがな、標的への攻撃だけであるのだ。
 だが、楓はその状況を目の当たりにしても慌てる様子はなかった。……些かそういうシチュエーションも定番となってきた気はするが。
「そっちが『誘導』なら、こっちも『誘導』と行かせてもらいますよ♪」
「?」
 その楓の振る舞いに正邪は一体彼女はどう出て来るのかと訝る。そんな正邪に楓は自分の用意した答えを提示するのであった。
「行きますよ。【磁符「冷蔵庫の工作員」】です♪」
 その宣言の後に、楓の両手から放出された物……それは無数のボタン型磁石であった。
 ──成る程つまり、金属である日用品の冷蔵庫でメモ紙等を張り付ける任務をこなす代物であるマグネット達なのである。
 そして、正邪はそこで気付く事となる。磁石となれば……。
「っ!? まずい!」
 だが、どうやら正邪の判断は一歩遅かったようであった。何故なら既に彼女は攻撃命令を出していたからである──そう、『金属』である針達に。
 そして、正邪の意思に反して射出される針の群れ。この好機を逃す楓ではなかったのであった。
「今ですね」
 そう楓は言うと、両手にしこたま溜めたボタン磁石を一気に前方へと放出を行ったのである。
 次々に打ち出される磁石。そして、その後に続く展開は見えていたのだった。
 それは予想通りの光景であった。打ち出された磁石が金属製の針を続けざまに引き寄せていったのだから。
 それは見事な程にガチガチと音を立てながら磁石はその磁力で針をかき集めていったのだ。
 そして、後にはハリネズミのように針の塊となった磁石のみが存在していたのである。その後それらは役目を終えたかのようにボトボトと地面へと落ちていったのだった。
「……」
 その様子を正邪は無言で見据えていたが、やがて口を開く。
「やるねえ……小手調べだったとはいえ、こうもあっさりと攻略してくるとはね」
 そう言う正邪には余り悔しさというものは感じられなかったのである。寧ろどこか清々しい気持ちすらあるようであった。
「いやあ、この勝負は面白くなりそうだよ♪」
 そのように評する正邪には、自分のようにトリッキーに戦う者と出会えて喜ばしく思う心があるのかも知れなかった。
 だが、これはまだ勝負が始まって一回目の攻防なのである。即ち互いにとってもまだお楽しみはこれからというものであった。
 その事は正邪もよく分かっているようであるが故に、次なる手に出るのだった。──そこに下手な言葉は無粋といえるだろう。
「それじゃあ楓も次の手をお望みだろうから、続きをするとしようか」
 その言葉に続いて正邪は懐から第二のスペルカードを取り出す。
「さあ、お次はこんなのを行かせてもらうよ♪ 【逆符「鏡の国の弾幕」】っと」
「うわあ、何かメルヘンチックなスペル名だね♪」
 正邪が紡いだ第二のスペルの名称に、思わず楓は感嘆してしまうのだった。
 それは、楓とて女の子であるという事だろう。『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』といった名作には彼女とて例外なく夢中になっているようであった。
 そんな楓の反応に、これまた正邪は気を良くするのであった。──掴みは上々だなと。
 そして、その良好な流れの下に彼女は続けていく。
「さあ見てらっしゃい。メルヘンなのは名前だけじゃないからね♪」
 そう言いながら正邪は取り出したスペルカードを高らかに頭上に掲げると、それは起こったのであった。
 何と、それまで何の変哲もなかった洞窟の壁面が、みるみるうちに鮮やかな光沢を持つ質感へと変貌していったのである。
 それは正に『鏡』であった。つまり正邪は洞窟の辺り一体を鏡張りへと作り替えてしまったという事なのだ。
「うわあ……凄いです♪」
「お気に召してもらえたかい?」
 高揚した心をあらわにする楓に対して、益々正邪は得意気になるのだった。
 だが、ここは黒銀楓という存在が相手なのであった。つまり、そう丸く収まる訳がなかったのだ。
「でも……これマジックミラーじゃないですよね?」
「いやいやいや、誰も覗いてないから」
 ツッコミを入れながら正邪はやるせない心持ちとなるのだった。──こうもメルヘンさをぶち壊すような発言をしなくてもいいじゃないか、と。
「第一、普通に弾幕ごっこをやるんだから、別に覗かれて困るような事なんて無いだろ?」
「いえ、戦っている内に上半身裸になっているかも知れないじゃないですか?」
「うん、弾幕ごっこはドラゴンボールZじゃないからね!」
 そうして一頻りツッコミを入れ終えた正邪は、気を取り直して続ける事にする。
「まあ、取り敢えず弾幕のための舞台は整ったって事さ。そんじゃここからは遠慮なく行かせてもらうよ」
 再び自分のペースというものを取り戻した正邪は、そこで両手に妖気を溜めてそれを放出する。
「何の!」
 だが、その一直線上の攻撃など問題ないと言わんばかりに楓はそれも避けて見せたのである。そして、妖弾は楓のスレスレを過ぎていったのだった。
 あっさりと攻撃をかわされた正邪であったが、やはりその様子に悔しがっている所は見受けられなかった。
 そして、楓の横を通りすぎて行った弾はそのまま鏡の壁へと突撃し──勢いを殺す事なくそのまま跳ね返ってきたのであった。
「……」
 それを華扇は無言で見据えていたのである。何故ならこれは弾幕ごっこ。第三者の口出しは無用なのだから。
 そして、今正に楓の背後を取ろうと迫った妖弾に対して、楓は振り向き様にフライパンを繰り出した。
「【弾符「藍のフライパン」】!」
 その宣言と同時、跳ね返って来た弾はフライパンの裏側に弾かれ、そのまま砕けてしまったのだった。
 
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