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MOONDREAMER:第二章~

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第五章 ローズ味
  第11話 氷精は優秀なかき氷マシーン

 楓の相手の力をも取り込む貪欲な猛攻により、チルノはそれに抗う事も出来ずに飲み込まれて、そのまま地面に倒れ伏すに至ってしまったのだった。
「うう……」
 そして、チルノは呻きながら倒れたその身を起こし、現状を把握する。
「あたい……負けたんだね」
 言ってチルノはその場でしょげてしまう。だが、その様子を見ていた華扇から声が掛かってくる。
「いや、あなたはよく戦ったわ。だからそう気を落とす事はないわ」
「仙人……あんた……」
「『華扇』よ。私は茨木華扇。覚えておきなさい」
 落ち込み掛けていたチルノに対して、華扇はそのように諭すかのように丁寧な態度で以て接したのであった。
 それに対して、チルノはどこかこそばゆい気持ちの下に華扇に言葉を返していく。
「分かった。ありがとうね、『華扇』♪」
「ふふ、いい子ね」
 はにかみながらそう返したチルノに対して、華扇はどこか微笑ましいものを感じて心癒されるような気持ちとなるのだった。
 だが、その一方でもう一つの事も忘れてはいなかった。そのお目当ての人物の下へと華扇は歩を進めていった。
「そして楓さん。お見事だったわ。初めての弾幕ごっこなのにあなたはよくやったわ」
「華扇さん……」
 自分の側に歩み寄ってくれて、尚且つ自分の勝利に対して労いの言葉まで掛けてくれたのだ。これ程嬉しい事はないだろうと楓は胸の内が満たされる感触を噛み締めるのだった。
 ともあれ、ここに楓とチルノの二人の弾幕ごっこの雌雄は着いたのである。その健闘を見せた両者に掛ける言葉は自ずと決まってくるというものだろう。
「さて、二人ともいい勝負だったわ。お陰で私も楽しむ事が出来たわ。お疲れ様」
 実は厳密にはこの最後の言葉も上から目線の意味合いになってしまうのであるが、華扇が選んだこの言葉には決して上からの物言いの念は籠められておらず、そしてこの場にいる者達も誰一人とてその事を咎めはしなかったのであった。
 例えば、その事実は今から言うチルノの言葉からも判断出来るというものだろう。
「どういたしまして華扇。喜んでくれたようで何よりだよ。ところで……」
「今川焼ね。大丈夫よ、忘れてないから」
「そう来なくっちゃ♪」
 念願のご褒美タイムがこれから待っているのだ。これにはチルノは心弾ませずにはいられなかったのだった。
「あっ!」
 そんな最中、突然楓は声に出してそう何かを思い付いたかのように振る舞ったのである。
「どうしたの?」
 当然その楓に対して、何があったのだろうかとチルノは首を傾げながら聞くのだった。そんなチルノに対して楓ははぐらかすようにこう返した。
「ううん、チルノちゃん。この事はまた今度話すよ。今は華扇さんがご馳走してくれる今川焼を楽しみましょう♪」
「ちょっと今川焼を食べた後だと『これ』はきついからね」と楓はつけ加えて言うのであった。
「ふ~ん。何だか分からないけど、ケツにションベンじゃなければいいよ」
「ち、チルノちゃん。それこそおやつの後にはきついって……」
 こうして、楓の弾幕ごっこのシメは『クソミソ』なオチに終わったのであった。

◇ ◇ ◇

 そして、約束通り華扇から今川焼を振る舞ってもらったのがいい思い出になった弾幕ごっこから少し経っての事。
 チルノは楓との『約束』通りに彼女が住まわせて貰っている茨木華扇の庵の前へと赴いていたのであった。
 そこから先に何をするか聞かされていないチルノであったが、別段その事について訝る気持ちは起こらなかったのである。
 それは他でもない、楓の人柄に触れての事であった。人里で彼女と接してから弾幕ごっこにまで至った僅かな時間での触れ合いであったが、それだけでチルノは楓が腹の底で何かを企んで他の者を取って喰おうとするような人間とは程遠い事はよく分かる所なのだった。
 それに加えてチルノ自身の、基本的に他者を疑って掛からない純粋な性格の事もあって、彼女は疑念に感じるものを何一つ持たずに華扇の庵まで赴いていたという事である。
 後は、庵の扉を叩くだけである。彼女は妖精であるが、その程度であれば人間の感性というものを嗜んではいるのである。
「楓~、華扇~。たのも~!」
 だが、やはりそこは妖精であった。人間の礼節を時と場合を考慮して使い分けるのは彼女には些か難しいようだ。
 そして、このずれた挨拶に対して中の住人はそれに応えるべく赴くのであった──そのずれた様相に合わせる形で。
「わははは~、我が道場の看板はそう簡単には渡しはせんぞ~!」
 そのノリの良い言葉と共に、華扇は扉を開けて繰り出して来たのだった。
 そんな華扇に対して、チルノは自身の能力とは別物の冷気を纏ってそれを見据えていたのである。
「……あんた、何言ってんのさ?」
「あなたがやらせたんでしょう?」
 養豚場の豚を見るような目で言ってくるチルノに、華扇は極めて理不尽なものを感じて脱力するのだった。
 だが、そこは華扇は大人なのである。故に彼女はすぐに気を取り直すとこう言うのであった。
「まあ、でもよく来たわ。歓迎するわよ。楓も待っている事だしね」
 そう言って華扇は客人であるチルノを温かく迎えたのであった。その対応にはチルノも気分が良くなる所なのである。
 何より、新しい友人たる楓のお墨付きなのだ。故に心強さすらそこには感じるものであろう。
「うん、お邪魔する事にするよ♪」
 そう言って玄関に上がるチルノは、人間の感性から見たら些か無粋かも知れない。
 だが、これは妖精たる彼女なりの敬意なのだ。その事は仙人たる華扇も分かっているようで、快く彼女を招き入れる次第なのであった。
 そして、チルノは華扇に案内される形で彼女の庵の中の通路を歩いて行ったのである。
 そうする事暫し、チルノは庵の中の客室へと通されたのであった。そう、楓が初めて来た時も最初に案内された場所である。
「ここよ」
 そう言って華扇はチルノに促した。それに応える形でチルノは行動を起こす。
「かっえで~♪ 約束通り来たよ~♪」
 そして、チルノは騒がしく障子を開けたのであった。絵に描いたような騒がしい友人の図がそこにはあったのである。
 だが、楓はそれを勘に障るような素振りは見せず、温かい目で以てチルノを出迎えたのである。
「あ、こんにちわチルノちゃん。待っていたわよ♪」
 そう言って楓はのほほんと手を振るのであった。
「あ……うん。こんにちわ」
 この楓の対応には、さすがのチルノとて毒気を抜かれてしまう次第なのであった。
 そんな二人を華扇は見据えながらこう評価する。
「うん、今回の件は楓の勝ちね」
「うっ……、でも別にあたいは勝負をしていた訳じゃないからね」
 そうチルノは正論で以て華扇に返しつつも、一方でこれは負け惜しみだと心の底で感じるのであった。
 だが、別にそのような事にはこだわってはいない楓は、実にあっけらかんとして言う。
「う~ん、私は特にそんな勝負には気に取らないかな~」
「いや、あたいが気にするんだい!」
「あ、ごもっともですね」
 楓に対するチルノの対応に、彼女は微笑ましいものを感じてニッコリとしたのであった。
「う~、楓には負けるよ……」
「光栄ですね」
 と、このように新たに生まれた親友二人は、実にまったりとしたやり取りでもって再会したようだ。
 そして、そのように緩い戯れをしつつも、チルノは弱めの頭でありつつも本題は忘れてはいなかったのである。
「それで楓、今回あたいを呼んだ理由って何さ?」
「うんそうだね。これから説明しなくちゃだね」
「そういう事ね。それじゃあ楓、この子に説明してあげなさい」
 既に楓の用意してある答えを知っている華扇であったが、ここはチルノの気持ちとなって楓に先を促すのだった。
 そんな二人に対して、楓は了承したと素直に説明していく事としたのだった。
「率直に言うわね。チルノちゃん、私と一緒にかき氷を作りましょう♪」
「はえっ?」
 その楓の答えに、チルノは思わず素っ頓狂な声を出してしまうのだった。
「どうしたの、チルノちゃん?」
 そんな反応をするチルノに対して、楓はどうしたのだろうかと首を傾げながら聞き返す。
「楓……念のために聞くけど……」
「何?」
 含みのある言い方で迫るチルノに対して、楓は至ってのんびりした振る舞いで以て対応する。
 そんな楓に、チルノは決定打となる事を言うのだった。
「あんた……まさかかき氷ってあたいがいないと出来ないって思ってない?」
 とうとう言ってしまった。
 だが、チルノにとって言わずにはいられない事なのだった。
 それを聞いて、楓は暫し呆けてしまったが、気を取り直してこう答えるのだった。
「まさかチルノちゃん、そんな訳ないでしょう?」
「そ、そうだよね……変な事聞いてごめんね」
「うん、別に構わないよ。でもそんな話誰から聞いたの?」
 それが楓の一番気になる事であった。一体何者がそのような身も蓋もないような噂を流したというのだろう。
「う~ん。それはあの白黒の奴だよ」
「魔理沙か……」
 チルノのその人物の特徴を聞いて、華扇は思わず頭を抱えてしまう所であったのだ。
「華扇さん、知っているんですか?」
 その楓の質問に、華扇は「ああ」と相槌を打った上で答えていく。
「幻想郷では有名な問題児よ。全く、『今』になっても相変わらずのようね……」
「そうなんですか」
 華扇の、少し含みのある言い回しが気になったものの、楓は純粋に『魔理沙』なる存在と立ち会ってみたいという願望になるのだった。
 それは後々に回すとして、今は本題に向き合わなければならないだろう。
「それじゃあチルノちゃん、一緒にかき氷を作りましょう♪」
「うん、特にあたいでなければ作れないなんて考えでなければいいよ。でも、なんであたいなのさ?」
 尤もな疑問をチルノはぶつけてくる。それに対して楓はこう答える。
「いえ、単純な理由ですよ。出来立ての新鮮な氷が手に入るという事です。それがチルノちゃんがいれば可能って訳ですよ」
「なるほど~、分かりやすい理由だね~」
 楓の理屈を聞いたチルノはシンプルなものでいいなと感じたのだった。
 そこに続けて楓は言葉を加える。
「実はこれ、チルノちゃんとの弾幕ごっこをしてる時にインスピレーションを得られたんですよね」
「ほええ~……」
 楓が打ち明けたその事実にチルノは一本取られたといった心持ちとなるのだった。あの激戦の中でそのような発想を得る事が出来る楓の事を器が大きいと感じたのだ。
 そんな楓の案に乗る事は、実に良い気分がするものだと、チルノは素直な気持ちで楓に賛同する所である。
 そうと決まれば、後は『善は急げ』というものだろう。
「よしっ! それじゃああたいが特上のかき氷を振る舞うとするよ♪」
「はい、このお皿に頼むわよ」
 チルノが意気込むと、いつの間にか華扇がかき氷に適した、底が深い皿を三つ人数分用意していたのであった。やはり真面目な性格故にこういう気を回すのが得意なようだ。
 ともあれ、これで役者は揃ったのだ。後は成すべき事を成すだけであるのだ。
 いざ、自身の冷気で以て自家製のかき氷をこしらえようとするチルノ。だが、ここで彼女は思う所となるのだった。
(そうだ! 折角だから♪)
 その考えの後に彼女は閃いたのだ。その答えは『今まで自分が見せた事のないスペルで以てかき氷を作ろう』というものだったのである。
 そうこれから実行するプランを思い付いたチルノは、内心ほくそ笑むのだった。
 そして、そのプロジェクトは遂行される事となる。
「とっておきのいくわよ! 【雪兎「Kかき氷」】っ♪」
「チルノちゃん?」
 そのスペル名には楓は突っ込まずにはいられなかったのだった。何せ、自宅でノートに名前を書く事でテロ行為を行っていた天才の名言をもじったようなものだったからである。
 そんな楓には構わずにチルノはいよいよその新スペルを発動したのだった。
 それにより、急激に天井の温度が下がったかと思うと、そこからきめ細かい雪のような氷の粒が降ってきたのである。
 まさにそれは『雪』であった。しかもそれらが皿に降り積もっていくと真っ白な兎のようにふわふわの質感となっていったのだ。ここにスペル名に偽りはなかったのである。
 更には、それらの雪はまるで統制がとれたかのように正確に三人分の皿にのみ集まっていき、全くを以て周りにこぼれる事なく綺麗に盛られていったのだ。
「チルノちゃん、すごいですよ♪」
 この芸当に、楓は完全に舌を巻くのであった。こうなれば先程『新世界の神』的なネーミングにツッコミを入れようとした事自体水に流せるというものなのだ。
 だが、そううまく事が運ばないように世の中は出来ているのである。故に今回の事例もそれに当てはまるのだった。
「あたいがエルサです」
「…………」
 その迷言に楓は絶句するしかなかった。
 まず、チルノは普段『です』等という口調は使わないが故に、この時点で違和感がある。
 そして、チルノは氷の能力を持ちはすれど、断じて『雪の女王』というようなタマではないのだ。それならどちらかと言えばレティ・ホワイトロックの方がおあつらえ向きというものだろう。
 最後に、この台詞の口調は寧ろ新世界の神のライバルの方だという事である。
 これらの事実を脳内で反芻しながら、楓は実にやるせない何かを感じてしまうのだった。
 だが、ここは楓は大人なのである。例え肉体年齢的にはまだ14歳であろうとも、精神年齢的にはしっかりした大人なのだ。
 だから彼女はすぐに今の状況を察するに至ったのである。例えチルノが口でふざけてはいようとも、仕事はきっちり真面目にこなしたという事が。
 見れば、三人の皿には見事な細かい氷が山のように盛られていたのだった。その様相は正に『大雪山』と形容するに相応しいだろう。
「チルノちゃん、すごいよ~♪」
「えっへん。ざっとこんなもんだい♪」
 楓から称賛の言葉を受けて、チルノは得意気に胸を反らしたのだった。そこに華扇も言葉を挟む。
「ああ、私から見ても見事な芸術性だったよ……断じてあなたは雪の女王ではないけど」
「こら仙人、一言余計だよ!」
「いや、ごめんごめん。あなたの今回の活躍は見事なのだから、どうか気にせずに胸を張っていいわよ」
「そうかい。それならいいけど」
 華扇に諭されるように言われて、チルノは満更でもなさそうな振る舞いをした。
 こうしてチルノの役割はここで一段落したのである。後は画竜点睛は彼女の招待主である楓の役割だったのだ。
「チルノちゃん、いい仕事しましたよ。だからここからは私に任せてね♪」
 そう言って楓はチルノのここまでの奮闘を労いながら微笑みを見せたのだった。
「それじゃあ、突然ですが二人とも」
「「?」」
 ここで話題を振られて、何事かと首を傾げる二人。だが、何となくその答えは分かっているのだった。
「お二人とも、氷に掛けるシロップのお味は何がいいですか?」
 かき氷となれば、当然それが話題となってくるだろう。いくら何でも細かくしたとはいえ、氷をそのまま食す等無粋にも程があるのだから。
 そう思いながら二人は口々に楓に対して自らの要望を述べていく。
「私はいちご味がいいわね」
「あたいは……そうだね、レモン味がいいな♪」
「承りましたぁ♪」
 二人の要望に対して快くそう答える楓。だが、ここで華扇はハッと思ってしまった。
 それは他でもない、華扇の自宅にそのような代物は用意されてはいなかったという事である。
 だが、かき氷を作ると聞いていた華扇には全く用意がなかった訳ではない。彼女はそれのトッピングとしてあう小豆を用意していたのだ。
 だが、楓にリクエストを聞かれて咄嗟に答えたいちご味のシロップ等は断じて持ち合わせてはいないのである。
 さて、これは自分のミスでありどうしたものかと思案を始めた華扇に対して、楓は心配ご無用と言わんばかりにこう言うのだった。
「華扇さん、お気遣いありがとうございます。ですが心配には及びませんよ。既に『用意』は出来ているのですから♪」
「?」
 その意味深な楓の振る舞いに、華扇は当然首を傾げる。
 そのようにして華扇の注目を一身に浴びた楓が次に起こした行動はこうであったのである。
「【掛符「雪山に掛かる虹色のハーモニー」】♪」
 楓がここで行ったのは、何とスペル宣言であったのだ。これには二人は驚く。
「楓さん……?」
「あんた、何をしようってのさ?」
 当然だろう。かき氷の出来上がったこの状況で、更にスペルカードを使うような局面などあるものだろうか。
 だが、そんな二人の疑念の視線をものともせず、楓はその意味深なスペルの発動に踏み切ったのだった。
「まずは華扇さんは……いちご味でしたよね?」
「あ、ああ」
 楓にそう聞かれて、戸惑いながらも自分のその決断は間違ってはいない為に自信を持って華扇は言い切る。そして、楓は次の段階に移る。
「そして、チルノちゃんはレモン味だったよね?」
「うん、そうだよ」
 このようにして二人に再確認を取ると、楓は両手を目の前に翳して見せたのであった。
 すると次の瞬間であった。辺り一面に色とりどりのエネルギー体が出現したかと思うと、それらが分かれてチルノと華扇のかき氷へと向かっていったのだった。
 それは、チルノには鮮やかな黄色、華扇には艶やかな赤色のものが飛び込んでいったのである。
「そして、私はメロン味ですよ♪」
 最後の締めに、楓のそれには緑色のエネルギーが向かっていったのだった。そして、それらはまごう事なきかき氷用のシロップそのものであったのだった。
 それを見ながら、二人はポカンと開いた口が閉じない心境となってしまっていたのであった。そして、その疑問を先に形にしたのは華扇だ。
「楓さん、これは一体……?」
 当然その疑問は起こるものだろう。だが、楓は至って平静を保ちながら言葉を返す。
「まあ、華扇さん。『食べてみて下さい』♪」
「……」
 楓にそう言われて、華扇はただ無言を貫くしかなかったのである。仙人として経験豊富な彼女とて、今の状況は異質極まりないのだから。
 だから、最早彼女は『経験する』しかないと腹を括るのだった。そして、意を決して行動に移す。
「……いただきます」
 言って華扇はスプーンを手に持ち、鮮やかな赤色が混じった氷の粒の集まりをそれにて掬って見せたのだ。それを口の前に持っていった所で、ほのかに甘い香りが鼻を支配したのである。
 それはまごう事なきいちご味の匂いである。その文字通り甘い誘惑に応えるかのような心持ちで以て、華扇はそれを口に含んだのだった。
「!」
 その瞬間、サクリと小気味良い音と食感が華扇の口に提供されたのだ。だが、それだけならただのかき氷でも出来る事である。
 そう、確かに華扇の味覚をいちご味のものが支配したのだった。それにより、この赤い液体は紛れもなくいちご味のシロップである事が証明されたのであった。
 後は、その氷と甘液のハーモニーを楽しむだけであった。サクサクとした癖になる食感、夏場には丁度良いほんのり冷たい口当たり、そこに溶け込むように訪れる甘い味が様々な感覚を楽しませてくれる。
 そして、華扇はその様子を見ていたチルノに気付き、声を掛けるのだった。
「さあ、チルノも食べて見なさい」
「でも、毒とか入ってないでしょうね……」
「まさか。楓が本当にそんな事すると思っているの?」
「だよね」
 最後の華扇のその結論が決定打となったようで、納得してチルノも自身のレモン味のかき氷に手を着けるのだった。
「んまい~♪」
 その瞬間、心地良い冷たさと、食べ応えのある氷と、甘酸っぱいレモンの味とがチルノの口の中で混じり合って彼女に喜びを提供したのである。
 その二人の様子を満足気に見据えながら、楓も自身のメロン味のそれに手を着けていく。
「二人とも喜んでくれたみたいね。それじゃあ私もいだだきますね」
 そう言って楓は緑色に染まった氷を掬って自らの口に運ぶ。
「うん、美味しいです♪」
 この瞬間、華扇とチルノが楓を傷つけないようにとお世辞を言っている訳ではない事が証明されたのだった。尤も、そういう配慮を持ち合わせているのが二人の良い所であるのだが、この場では全く野暮な心配事であったのだった。
 そして、一頻り三人でかき氷を食べた所で楓が言葉を発したのである。
「華扇さん、ごめんなさいね。折角今日の為に小豆を買ってくれていたのに」
「気にしないでいいわ楓。それはまた今度の機会にすればいいんだから」
「その時はあたいも忘れないでね。またかき氷は作ってあげるからね」
「ありがとう、チルノちゃん♪」
 このように、ほのぼのとしたやり取りが生まれている中で、華扇は密かに楓の末恐ろしさを噛み締めるのだった。
 それは他でもない、楓が自身の能力でシロップを作ってしまった事にある。
『自身の能力で味を作る』。その事例は幻想郷ではない訳ではない。
 例えば、花を持つ植物を実らせる花の妖怪の風見幽香や、豊穣を司る能力の持ち主の神の秋穣子などが出来る芸当だろう。
 だが、それは何かを生み出す副産物的な結果で以て行われるのである。しかし、今回の楓は、正に『直接』味を持つ物を作り出してしまったのだ。
 故に、これから華扇は楓の事を油断ないように見守って行こうと決心する所なのであった。
 
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