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MOONDREAMER:第二章~

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第五章 ローズ味
  第2話 トンネルを抜けた先は……

 楓は尚も迷う事なく、境界の内部をどんどん進んでいった。そして、何事も終着点というものはあるのである。
 ここも例外ではなかった。境界の内部の通路は、ある一点で途切れていたのだった。
 それが示す事は一つであるのは楓にはよく分かるのである。その事が一体何を意味するのかを、楓は言葉に紡ぐ。
「……ここが、出口って事ですよね♪」
 そう迷う事なく楓は結論付けるのだった。後は、事の成り行くままにその身を預けるだけである。
 その想いを胸に、楓は自らの手を何もない道の途切れた場所へと差し伸べるのだった。
 すると、それを合図にしたかのように、何も無かった空間にここへ来る時と同じような裂け目が出現したのだった。
 だが、その中に見えているのは今回の場合逆で、境界の外に存在するまともな場所であるようだ。──どこかの森と判断する事が出来るだろう。
 しかし、それがどこであっても楓には関係のない事であった。どこだろうと、勇美がいればそれでいいのだから。
「待っててね、お姉ちゃん」
 もう一度自分に言い聞かせるように言うと、楓はその身を外へと向かう裂け目へと乗り出したのだった。
 そして、彼女の視界は白一色に染め上げられた。

◇ ◇ ◇

「んっ……」
 先程純白の抱擁を受けた楓であったが、徐々に今彼女が置かれている状況が見えて来るのだった。
「ここは……どこかの森のようね……」
 楓もそう認識する通り、今彼女がいる場所は周りが木々で囲まれた、まごう事なき森の中であったのである。
 そして、当然そのような場所は彼女が過ごす現代日本では田舎や山奥に行かなくてはお目に掛かれないような代物であるのだった。
 その事からも、ここは日常とは掛け離れた特異な場所である事を彼女は察する所なのである。
 だが、だからといってここで立ち往生していても仕方のない事であろう。すぐにそう思い立った彼女は、まずは行動だと考えるのであった。
 まずは、この森を抜けて人のいる場所を目指す。そして、そこで勇美の事について情報を集める。
 それらの事を、ものの短時間で楓は脳内で纏め上げたのであった。やはり、彼女は何かと優秀なようである。
 そんな思考を巡らせる彼女の耳に、がさりと何か物音が聞こえたのだった。
「?」
 一体何だろうと思い、意識をその物音がした場所へと向けると……そこには四足歩行の獣が現れていたのだった。
 野生の狼であろうか? だが、その毛並みは紫と緑の混じった禍々しい色彩であったのである。そのような生物は現代日本、いや、世界中を探してもどこにも存在しない所だろう。
 その事から、楓はすぐさまこの生物がまともな自然の摂理に乗っ取って生まれた存在ではない事を察知するのであった。
 そして、その獣は一匹ではなく三匹で現れていたのである。──勿論、それらの存在は楓に牙を剥く気満々のようだ。
 だが、楓は決して慌てる事は無かったのである。確かに相手は普通の野生動物ではなく、しかも自分を襲おうとしているのだ。
 しかし、楓も実は『普通の』女子中学生とは違う存在なのであった。
 そんな事とは露知らず、禍々しい狼の一匹は足を踏み込むとその勢いに乗せて一気に楓目掛けて飛び掛かって来たのだった。その様は、絵に描いたように口からよだれを飛び散らせながらであったので、その凶悪な見た目に拍車を掛けていた。
 そして、その一匹はとうとう楓の元へと瞬く間に肉薄していったのだった。そして、今にもその喉笛を噛み切られそうになる楓。
 だが、楓は至って冷静にそれに対処したのだった。
「……ごめんね」
 そう静かに楓は言うと、おもむろに右手を前方に突き出したのであった。
 次の瞬間であった。その突き出した彼女の右手には、おたまのような物がしっかりと握りしめられていたのである。
 それを、彼女は飛び掛かって来た狼へとその動きに合わせるように振り抜いたのであった。
 そして、驚くべき事に、その行動はものの見事に肉薄してきた狼の顔面に掬い手の部分がクリーンヒットしたのであった。続いて鈍い音が狼から発せられたかと思うと、彼は勢いよく楓の元から弾き飛ばされて地面に叩き付けられてしまっていた。
 その異常事態に気付いたのか、後の残りの二匹は衝動的に行動を起こしていた。
 本能的に動く彼等にも、仲間がやられたという意識が存在したのだろう。それに対して(殺されてはいないが)敵討ちのような精神が働いたという事である。
 その瞬間、楓はその仲間意識に美しいものを感じるのであった。少なくとも、母親にはそのような精神は現われはしないだろうと。
 そう感慨に耽る間もなく、二匹目の攻撃が楓目掛けて繰り出されたのであった。
 対して、楓はその事態に落ち着いて対処する所なのだった。彼女はおたまを握った右手を掲げながら念じる。
 すると、手に握られたおたまが眩い光に包まれたのである。そして、その光が止むと、新たに楓の手には立派な作りのフライパンが握りしめられていたのだった。
 後の展開は察しやすいだろう。彼女はそのおたまよりも表面積の多い調理道具で、振り払うように狼へと当てたのである。
 それにより、これまた見事に狼はその幅広の鈍器により打ち飛ばされてしまったのだった。そして、キャインキャインと悲鳴のような鳴き声と共に、彼も地面に叩き付けられてしまった。
 残るは最後の一匹であろう。このような状況にあっても、その一匹は決して逃げる事なく楓に対して身構えたのであった。
 その光景を見て、楓はますますその姿勢に美的な感覚を抱くのだった。これも母親と比較しての事である。
 彼女なら人のためを何かと謳いながら、結局は土壇場では我が身を最優先するものであるのだ。
 生きる者としてはそれは仕方の無い事かも知れない。だが、それでいながら彼女は自分よりも他人を大切にしているとのたまい、周りの人間もそれを信じ切っているのだから手に負えないというものだろう。
 だが、この狼は違ったのである。このような境地に陥っても、最後まで仲間の事を気遣った上で行動をしているのだった。
 だから、楓の方も最後まで情けを掛けようという心持ちが強くなるというものであったのである。
 彼女は、今一度手に持った得物の『変更』を試みるのであった。そして、それは全くを以って滞りなく施行されたのである。
 彼女に新たに託された武器は、今度は包丁の形をしていたのであった。
 先程とは打って変わって殺傷能力の高い代物である。だが、断じて彼女がその狼達を殺さないという姿勢は変わってはいなかったのであった。
 グルルと喉を鳴らし威嚇する狼。彼とて今自分達に起こっている事態が極めて異常なものである事は重々承知である所だったのだが、それでも強気の姿勢は崩さない訳にはいかなかったのだ。それが過酷な環境を生き抜いてきた獣の本能と言えるものなのである。
 だが、楓の方もその威嚇には臆する事はなかったのだった。そして、言葉が通じないと分かっていながらも、彼に言い聞かせるかのようにこう呟いたのである。
「ごめんね、突然現われてあなた達を傷つける事になってしまって……」
 それは心優しい楓の本心であった。無駄な争いを嫌う彼女ならではの感情なのである。
 そして、傷つけるのはこれで最後にすると自分に言い聞かせながら、彼女は行動を起こしたのだ。
 それは、包丁をその場でなぎ払うというものであった。当然まだ飛び掛って来ていない狼とは距離があるからその攻撃は当たらない事であろう。
 だが、それは普通の包丁を使った場合であり、彼女が顕現させたそれは当然『普通の』代物ではなかったのだ。
 何と、彼女がなぎ払った包丁からは、まるで漫画かゲームのように、エネルギーで形成された刃が放出されたのであった。そして、その思いも掛けない飛び道具には当然狼も驚愕するのであった。
 そして、その非現実的な飛び道具は狙いを寸分違わずに狼へと向かって行き、見事に彼に命中したのだった。
 それにより、弾き飛ばされてダメージを受ける狼。だが、そのエネルギーの刃は切れ味ではなく衝撃を生み出す代物であったが故に、彼に切り傷を負わせる事はなく大事には至ってはいなかったのだ。
 そして、その三匹は獣の脳でありながら察するのだった──とてもこの者には自分達では歯が立たない、と。
 そして、彼等が下した結論は簡単であった。それは全員でこの者の元から去るというものだ。
 思い立ったら吉日である。彼等三匹は一切の迷いを抱かずに一斉にその場から弾かれたように逃げ出していったのであった。
「ふう……一件落着、かな?」
 自分を襲って来た獣達を一匹たりとも殺さずに追い払った楓は、そこで一息つくのであった。
 だが、この森は危険な野生動物が出る事はこれで分かったのである。故に、早くここから抜けて人の住む場所へと身を移すのが先決だと、改めて楓は自分に言い聞かせて再び歩を進めよう。
 まさにそうした所であった。そこに、彼女の耳に声が入って来たのであった。
「驚いたわ。まさか人間がここまでやるなんてね……」 
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