ジェルマ王国の末っ子は海軍大将
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第二章 青年期
第六十八話
~ゴジ達がアラバスタ王国に上陸する3日前まで遡る~
ここは東の海、最弱の海と呼ばれる世界一平和な海であるが、この海でも海賊に苦しんでいる者は多い。
しかし、そんな海賊も犇めくこの海には一流レストラン顔負けの極上の料理を出すが、海賊にも怯まずに逆に撃退してしまう凄腕の料理人達がいるという『海に浮かぶレストラン』がある。
そんな料理人達が働くレストラン、魚を模した外装が特徴のこの船の名は海上レストラン“バラティエ”。
このレストランで荒くれの料理人達を束ねる弱冠16歳の副料理長サンジは金色の髪を海風に靡かせながら船首に立って、ある船の到着を心待ちにしていた。
「女神の到着だ!」
サンジの目に飛び込んで来たのは、ピンク色の外装を持ち、多くの砲身を装備し、巨大な電伝虫の背に乗った戦艦である。
この船は“第四勢力”と呼ばれる科学大国ジェルマ王国の技術の結晶である世界最強の船と呼ばれる5隻の戦艦の一つ“女神”と呼ばれ、この海で暮らす人々にとっては希望の船であり、海賊にとっては恐怖の象徴となっている。
「待ってろよレイジュ、今日もとっておきの料理を作ってやるぜ!」
この船の船長ヴィンスモーク・レイジュけてこそサンジの待ち人であり実姉。レイジュから本日昼食を取りに行きたいと予約を受けて、厨房で待ちきれないサンジは甲板で待っていたのだ。
◇
レイジュは持ち前の桃色の髪が映えるネイビーのタイトなドレスを纏ってバラティエに入店すると、彼女の美貌で店内の視線を独り占めにする。
そして桃色の髪と特徴的なくるくる眉毛に気付いた客は一斉に彼女の名を呼ぶ。
「「「レイジュ(戦女神)様!?」」」
この海を守護するレイジュは今やこの海に住む人達からは東の海の守り神”戦女神”と呼ばれており、この海に暮らす者で彼女を知らぬ者はいない。
「ようこそ。マドモアゼル…さぁこちらの席に。」
普段ならレイジュ程の美女と会った瞬間に真っ先に鼻の下を伸ばすことで有名なこの店の副料理長サンジだが、肉親であるレイジュに欲情することはなく、ただ久しぶりに会う姉の無事な姿にただ笑顔が零れる。
黒いシックなスーツに身を包むサンジはレイジュが店に入った瞬間に腰を折って出迎えて、バラティエでも一番眺めのいい2人分の椅子が用意された机に案内しようとする。
その席は店でも一番眺めがよく、人気の席で数ヶ月先まで予約で埋まっているが、レイジュが何時に来てもいいように本日の予約は副料理長権限で丸一日キャンセルした。
さらに姉の料理を自分で作り、一緒に食事を取るために休暇まで取るという徹底ぶりであった。
「サンジ、久しぶりね。ここへ来るのも何ヶ月ぶりかしら。」
「レイジュはこの海の”戦女神”さまだからな。忙しいのも無理はない。」
楽しそうな名前を呼び合う2人の関係を訝しむ客を余所に姉弟水入らずの時間を過ごしていると、レイジュがニヤニヤしながらサンジに向けて人差し指を立てる。
「ありがとう…サンジ。急だけど席を一つ増やしてもらえないかしら?」
東の海にいるレイジュは一月くらいのペースでバラティエでの会食を取り、サンジの作った料理をサンジと二人で食べていた。
ジェルマ王国を牽引するヴィンスモーク家は家族全員忙しすぎて、未だに家族でこの店に来るという約束は果たされていないが、サンジは多くの人を救ってきた末に"第四勢力”と呼ばれるジェルマ王国や自分の家族を誇りに思っている。
「何っ!?レイジュ、誰を連れてきたんだ!まさか男か!?」
何よりもレイジュのニヤニヤした顔は、子供頃レイジュがイタズラする時にしていた笑顔だった為、大切な姉の彼氏ではないかと敵意を剥き出しにする。
「ふふっ……もっとびっくりするわよ。ねぇ、お母さん。」
「えっ!?」
レイジュが後ろを振り返ると入口からサンジが一番会いたいと思っている女性がひょこっと顔を覗かせる。
「あぁサンジ……。電話ではよく話してるけど会うのは6年振りよね?本当に……大きくなったわね。」
ソラはそのままサンジに駆け寄ると優しく彼の体を抱き締めた。
「か…母さん……。」
サンジはあまりにも突然の母との再会に言葉が出ない。
「サンジ、あなた体付きもがっしりして、もう私よりも背も高いのね。」
サンジは目の前に現れた自分と同じ金色の髪を持ち、空色のドレスを着こなす幼い日に別れた時と全く変わらない美しい母を抱き締め返して涙が出そうになるのを堪えている。
「当たり前だろう……俺はもう16になったんだ。母さんも元気そうで本当によかった。」
サンジがバラティエにいる事を知ったヴィンスモーク家はサンジに連絡用の電伝虫を渡しており、基本的に無口な父と違って母とはよく話をしているが、あの日から1度も会った事はなかった。
「あはははっ!びっくりしたでしょ…サンジ?内緒にしてたかいがあったわ♪」
レイジュは抱き締め合う2人を見ながらながら久しぶりに見る息子の顔を見て泣いている母の顔と目に涙を浮かべて涙を流すのを堪えている様子の弟の顔を見て、してやったりという顔をしている。
もはや涙を堪えるのが限界なサンジは恥ずかしさを誤魔化すように母の元を離れる口実にレイジュに食ってかかった。
「レイジュ、てめぇいい歳してこんなイタズラしてると嫁の貰い手がなくなるぞ!」
「はぁ?いつもいつも女に鼻の下伸ばしっぱなしのあんたにだけは言われたくないわよ。」
バラティエにいる客達は副料理長であるサンジが東の海の“戦女神”レイジュといがみ合ってる姿に唖然となる。
コックたちの喧嘩や海賊との喧嘩を目当てにこの店に来る客もいるが、これは些か予想外過ぎて付いていけない。
「このバカレイジュ!」
「泣き虫サンジ!」
サンジとレイジュが両手を掴みあっておデコを付き合わせていがみ合ってる2人の姿をソラは楽しそうに眺めているが、それを看過出来ない人物がいる。
「うるせぇぞ!チビナス。他の客に迷惑だろうが!そちらのお嬢さん方もそんなとこで長々と立ち話されても困る。さっさと早く席に付いてくれ。」
天井に届きそうなくらい高いコック帽を頭に被ったこの店の料理長ゼフが“追加の椅子”を手に現れて、サンジが案内しようとした席に置いてサンジを怒鳴り付けるが、ゼフの声色はどこか優しさを帯びていた。
「クソジジイ!?」
「全く…チビナス!!てめぇはエスコートもろくに出来ねぇのか?だからいつまで経っても半人前なんだ!」
「ちっ……クソジジイが!?分かってるよ!さぁ、二人ともこっちだよ。」
ゼフに促されたサンジは憎まれ口を叩きながらも指示に従って2人を席に案内するが、ソラはサンジについて行かずにゼフの前に立って腰を曲げて深々と頭を下げる。
「オーナーゼフ、私はサンジの母のソラと申します。息子がいつもお世話になっております。」
「い…いや、こちらこそ。チビナ…いや息子さんには…えっ〜…世話を焼いて…いや焼かされて…?ん?」
ゼフは海賊上がりの自分に今や"第四勢力"と呼ばれるジェルマ王国の王妃が頭を下げていると言う事実に珍しく狼狽えている。
サンジに女は何があっても蹴るなという紳士道を叩き込んだのはゼフであるも、男社会で生きてきた彼は女性に対する免疫は低くソラの対処に困っていた。
「なんでも嵐の日に海に投げ出されたサンジのために海へ飛び込んで息子を助けて下さった上で料理まで教えて下さっているとか…本当にありがとうございます。これお口合えばいいんですが……」
「こりゃ…どうも……。それよりも早く席に……。」
ソラは何度もゼフに頭を下げるので、ゼフは勢いのままヴィンスモーク家の家紋の入った酒を受け取るも、何度も自分に頭を下げ続けるソラに対する対処に困っていた。
サンジは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらもその様子を見て2人に慌てて駆け寄る。
「母さん、止めてくれよ!」
ソラは初めてサンジが嵐の海に投げ出されたと聞いた時のこと思い出して泣きそうになるので、サンジは慌てて母の背中を押して席まで誘導して座わらせた。
「でも、サンジが嵐の海に投げ出されたって聞いてお母さん心臓が止まるかと思ったわ…慌てて調べたらオーナーゼフが助けて下さって一緒にレストランをしてるって聞いたのよ。ちゃんとお礼をしないと…あれ?オーナーゼフはどこに?」
ソラは座ったまま周りをキョロキョロとして、先程までいた目の前にゼフを探すも、ゼフは既に逃亡に成功して、厨房に逃げ込んでいた。
「まぁまぁ、せっかく店に来てくれたんだからさ。まずは俺の料理を食べてくれよ。俺は本物の料理人になったんだ!」
料理を振る舞いたくてワクワクした顔を浮かべるサンジを見て、ソラはくすりと笑う。
「ふふっ。楽しみね。」
「すっげぇ〜うめぇのを作るから待ってろよ。」
サンジはそう言って席を離れて意気揚々に厨房に入っていった。
◇
レイジュとソラに対するもてなしの全てを予定通りにサンジが一人で料理から給仕までを行った。
東の海だけでなく、偉大なる航路にもその名が轟きはじめている有名なレストランである海上レストラン“バラティエ”。その副料理長の渾身のフルコースを心ゆくまで堪能したソラとレイジュは食後のワインに舌鼓を打っていると、サンジが彼女達の席にやって来た。
「お客様方、当レストランのフルコースはいいかがでしたか?」
サンジはコックとして食後のワインを楽しんでいる二人の前に来て深く腰を折って挨拶すると、レイジュが笑顔で答える。
「ありがとうコックさん。今日のはいつにも増して凄く美味しかったわ。」
レイジュは暇さえあれば一人でバラティエを訪れて食べているサンジの料理に何時もよりも気合いが入っているのを感じたが、それも無理はないだろうと微笑んでいる。
ソラは満面の笑みで手をパチパチパチと叩きながらサンジを見上げる。
「サンジの料理すごく美味しかったわ。貴方は食べなくていいの?料理冷めちゃうわよ。」
彼女らのテーブルにはまだ誰も手を付けていない前菜からデザートまでのサンジの手作りのフルコースが誰もいない席に並んでいる。言わずもがなサンジの席である。
ソラとレイジュは前菜からデザートまで出された料理を食べ切るタイミングでサンジにより皿を交換されて、出来たての料理が振る舞われて、今、彼女達の席にはワイングラスしかない状態である。
「俺も今から食うよ。」
サンジは自分の席に着いて自分の作った冷めた料理に舌づつみを打つ。
当然冷めた料理は出来たての物よりも味は落ちるが、サンジにとっては、客の喜ぶ顔を見たあとで食べる自分の料理は格別ですらある。
「チッ…あのクソ野郎共が…」
そんな中、サンジは厨房から顔を覗かせている仲間のコック達の視線に気付いて悪態を吐く。
レイジュはサンジの視線を目で追って悪態に気付く。
「そんなこと言っちゃダメよサンジ。皆さん、弟といつも仲良くしてくれてありがとうね…ん〜チュッ!」
レイジュはサンジを軽く叱った後、厨房から顔を覗かせるコック達に目掛けて投げキッスを送る。
「「「おねぇ様!!愛してます。」」」
「誰がおねぇ様だ。姉さんをてめぇらみたいなクソ野郎共にやるかぁ!!」
コック達はレイジュの投げキッスを受けて目をハートマークにして揃って答えると、サンジの飛び蹴りで全員が厨房の奥まで蹴り飛ばされた。
「ふふっ……。」
成長したサンジはレイジュを名前で呼んでいるが、感情が高まってレイジュの事を昔のように『姉さん』と呼んでいる事に気付いてない。
逆にレイジュは久しぶりに姉と呼ばれて嬉しくなって微笑んでいる。
「「「サンジ、てめぇ何してくれてんだ!!」」」
しかし、コック同士の喧嘩や海賊の撃退すらも日常茶飯事。というかこの店の名物である海上レストランバラティエの血の気の多いコック達の黙ってはおらず、各々武器を手に取る。
武器といってもここはレストランである為、一般的な武器とは趣が異なる。巨人族のお客様の為に用意した身の丈程もある大きなフォークやスプーン、ナイフという食器。そして牛刀等の調理道具である。
「おぉぉぉ。今日はコック同士での喧嘩だ!」
「副料理長〜頑張ってぇ!」
「パティ、今日こそ男を見せてくれ!」
客達も待ちに待ったと言わんばかりに店内のボルテージは最高潮であり、サンジも両手をポッケに入れたまま片足を振り上げて海上レストランバラティエ名物の一つ“コック同士のマジ喧嘩”が始まろうとしていた。
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