ジェルマ王国の末っ子は海軍大将
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第一章 少年期
第二十八話
ゼファー率いる訓練船は海底大監獄に“牛鬼”エドワード・ウィーブルを含むウィーブル海賊団を投獄した後でマリンフォードに戻って来た。
甲板から顔を出したゼファーが港で待つ一人の女性将校に気付いて声を掛けた。
「つる…お前が出迎えとは珍しいな…」
「ゼファーなんとか帰って来これたようだね…」
港には彼等の帰還を聞いて海軍本部中将のつるが部下数名を連れて待ち構えていた。
わざわざ訓練生の航海訓練の出迎えに将校が来ることはないので、ゼファーはつるの要件はセンゴクと同様にパーフェクトゴールドのことだろうと推察する。
つるが持つ“大参謀”の異名は伊達ではなく、彼女の頭の回転の速さは”智将”と呼ばれるセンゴクを凌いで海軍随一であることは当然同期のゼファーは知っているのだ。
「まさか“牛鬼”エドワード・ウィーブルに襲われるはね…ゼファー、あんたの名声をミス・バッキンに狙われたね。」
「あぁ。俺を殺して息子の知名度をあげようって腹だったんだろう。人気者も楽じゃねぇぜ。」
「あんた等を助けたのはジェルマ66のパーフェクトゴールドだって言うのは本当なんだね?」
「そうだ。俺がこのザマでやられそうな時に空から現れて浮遊装置と加速装置が付いた靴で縦横無尽に空を飛び回り、電気に火花等の様々な特殊能力を使ってウィーブルを倒したのをこの目で見た。彼が居なければ俺達はここには居ないかもしれん。」
ゼファーは来たかと思いながら少し茶化すように失った片腕をつるに見せつけるように肩を上げると、訓練生達もパーフェクトゴールドとウィーブルの戦いを思い出しながら甲板から顔を覗かせてゼファーの言葉に頷いている。
「その事で話があるんだよ。あたしもセンゴクもゴジの正体について検討がついてる。」
「なっ……!?」
つるがゼファーに耳打ちをしていると、つるの姿を見つけたゴジが一目散に船から飛び降りてつるの目の前に音もなく着地した。
ゼファーは何とか平静を取り繕うが、ゴジの正体が既にバレていると聞かされて内心は動揺していた。
「ゴジ、おかえり。あんたは怪我がなさそうでよかったよ。」
つるはゴジの姿を見ると一瞬でいつもの優しく穏やかな顔になって彼の帰還を歓迎した。
「婆さんただいま。あぁ。爺さんが俺を庇って助けてくれたんだ。爺さんとなんか話してた?」
「後で少し話があるからゼファーとあたしの部屋においで。いいね?」
「あぁ。分かったよ。」
ゼファーは怪我の理由をウィーブルにやられたの一言で済ましてしたが、つるはゼファー程の男が片腕を失った理由がようやく分かって、ゼファーを見ると彼は気恥ずかしそうに顔を逸らした。
「それにしても……“黒腕”のゼファーもゴジの前ではすっかりただのジジイだね。」
「うるせぇよ。後でゴジと行くから先に帰って待っとけ!」
「はいよ。じゃね、ゴジまたあとで。」
「おぅ!!荷物置いたらすぐに行くよ。」
つるが海軍本部へ戻っていくのをゴジとゼファーは見送った後で訓練生達に解散を命じ、各々自宅に帰って行った。
◇
ゴジがゼファーと共につるの執務室を訪れるとその場にはセンゴク元帥も待機していた。
「やはりセンゴク、お前も来ていたか。」
「そうだ。元帥として私も聞かねばなるまい。」
センゴクはそう言ってゴジを軽く睨むが、ゴジはどこ吹く風といった具合に受け流す。
「そんな事よりもゴジ、ゼファー二人とも本当に大変だったようだね?ゴジは異動先の話は聞いたかい?」
「そうだった。婆さんありがとう。アイン姉ちゃんと婆さんの部隊に行けるなんて夢のようだ」
アイン達訓練生はマリンフォード帰還前にゼファーからそれぞれの配属を言い渡されて、アインは希望していたつるの部隊への移動が叶っていた。
海軍本部中将直下への部隊への配属はそれだけ彼女への期待が高いことを意味する。
そして、”大参謀”海軍本部中将つる。彼女の部隊は女性海兵のみで構成される部隊であり、彼女の部隊への配属が決まったゴジの当初の『女性海兵達と仕事をしたい』という夢が叶った瞬間であった。
「はぁ……あんたはブレないね。まぁ、今更他人行儀な呼び方されても気分のいいもんじゃないさね。」
海軍見習いになっても自分を婆さんと気軽に呼ぶゴジに呆れながらもそんなゴジを愛おしく思いながら嘆息する。
「おつるちゃん!そんな話をする為にゴジとゼファーをよんだわけじゃないだろう?」
センゴクがこの場へ来たのはゴジがジェルマ王国の第五王子であり、パーフェクトゴールドなのかどうかの一点のみである。
元々センゴク自身がゴジに問いただそうとしたが、つるに上司である自分に任せるように諭されてこの場に来たのだ。
「センゴク、あんたはホントせっかちだね。ゴジ、ウィーブルは強かったかい?」
「だから、ウィーブルと戦ったのはパーフェクトゴー……。」
「爺さん!」
つるの誘導尋問とも取れる言い回しにいち早く気づいたゼファーがゴジを庇うべく答えようとするが、ゴジに阻まれる。
「ありがとう。もういいよ。兄さん達がジェルマ66として活躍した同時期にパーフェクトゴールドが現れたから当然、俺の正体に気付くさ。そうだよ。婆さん、ウィーブルは強かった。俺の力じゃ勝てねぇからこれを使った。」
ゴジは帰りの訓練船でジェルマ王国が本格的に動き出したことを知って喜ぶ一方でいずれ自分の正体に気付く者が現れる事に気付いていたのだ。
「なっ……!?」
「これは形状記憶鎧レイドスーツ。俺はこれを使うことで一瞬の内にパーフェクトゴールドに変身できる。」
ゴジはつるに聞かれて”5”と書かれた金色の缶を取り出しながら、あっさりと自分がパーフェクトゴールドである事を認め、センゴクは空いた口が塞がらないという具合に驚いていた。
「頭も切れるって噂も本当のようだね?では”元”ジェルマ王国 第五王子ヴィンスモーク・ゴジ。詳しい話を聞かせてくれるかい。」
つるが頭に”元”とつけた事にゴジはほくそ笑む。
「なるほど廃嫡された事も知ってるのか?流石大参謀だな。」
ゴジをジェルマ王国のスパイかもしれないと疑っているセンゴクとは違い、ゴジと接する機会の多いつるはこう解釈している。
『通常廃嫡された王子というジェルマ王国の国家機密と呼べるべき身分は国益に関する事も多く、気軽に話してよいものでないから黙っていただけである』
ゴジの反応を見てやはり自分の読みが正しかったことが分かり話の続きを促した。
「センゴク、前にも言ったはずだよ。あたしの能力に誓ってゴジは悪い子じゃないとね。ちゃんと聞けば話してくれるのさ。ゼファーはジャッジに面倒を頼まれんだね?」
「そうだ。」
ゼファーはゴジが自ら認めるなら仕方ないといった感じでつるの話に深く頷いて同意する。
「むぅ……。」
センゴクは改めてつるが”大参謀”という異名を持ち、女だてらに海軍本部中将として君臨しているのは伊達ではないと思い知らされた。
「あぁ。実は━━。」
ゴジは自身と姉兄達の能力やジェルマ王国と経つ前に父と話した新たな国策について全てを正直に話した。
◇
全てを聞き終えたセンゴク達は様々な感想を持ちがら、センゴクが重い口を開いた。
「ゴジ、お前の兄達はお前を凌ぐ力を持つというのは本当か?」
センゴクはハンデ戦とはいえクザンを降した戦闘力さらにゼファーが勝てなかった〝牛鬼〟に勝ったゴジより強い子供がいるなど信じられることではなかった。
対するゴジは兄姉達の力に絶対の信頼を寄せているから断言する。
「そうだよ。兄さん達は強さは俺が保証する。だからさ……支部で手を焼いている海賊がいるならジェルマを頼ってほしいんだ。ジェルマ王国の船は赤い土の大陸を上り、海王類の巣になってる凪の帯も気にせず進む事が出来るんだ。」
「確かに支部で手を焼く海賊は多い。”悪政王”を討てる力があるなら頼もしいことこの上ないね……。ところでゴジ、この国策を提案したのはあんだだね?」
ゴジはつるの一言でハッとなり、目を見開く。
「本当にすごいな。婆さん……なんでそう思ったんだ?」
「それはあんたがここにいるからさね。」
「くはっ!ホントに”大参謀”は伊達じゃねぇな。」
ゴジとつるの話についていけないセンゴクがイライラしながら説明を促した。
「ゴジ、おつるちゃんどういう意味だ?説明しろ。」
「簡単な話さ。この国策は海軍が手を焼いている海賊の情報を知る必要がある。海軍側にその情報をジェルマ王国へと送る内通者と呼べる存在が不可欠なのさ。今まで”戦争屋”としてところ構わず武力を振りかざしていた今の国王ではこの国策はまず思いつかないだろうからね。ならばこんな大胆な国策を思いつきそうな知恵者といえば、今、ジェルマ王国に海賊達の情報を流すように促しているこの子だけだろう?」
「なっ……ならばゴジ、貴様はジェルマに情報を流すために海軍へ侵入してきたのか?」
つるの説明を聞いたセンゴクの質問にゴジは少し困った顔をする。
「いや……これは俺自身を信じてもらうしかないんだけどさ。俺がここにいるのは俺の夢のため、そしてその夢を叶えてくれた家族や国民達の最善となるのような国策を提案しただけだよ。」
「ちょっとお待ち……ゴジ、あんたの夢ってのはまさか……。」
つるはゴジの夢に検討がついてしまった。
いつもデレデレとした顔で女湯に入ったり、女性海兵達を見かけては嬉しそうに近寄って世間話をし、さらにつるの部隊に配属されたことを知ったゴジは『夢のようだ』と言ったのだ。
「流石は婆さん、俺の夢は綺麗な女性海兵達と楽しく仕事をすることだ!」
声高々と力強く宣言したゴジを見た三人は唖然となった後、この場に張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れる音が聞こえた。
「「がははははは!!!」」
センゴクとゼファーは全ての男が抱きそうなあまりにストレートすぎるゴジの夢を聞いて我慢ならずに笑いだし、つるは呆れていた。。
「はぁ……やっぱりかい……。」
つるはゴジを自分の部隊に入れたのは失敗ではないかと思い初めて深く息を吐く。
「でもさ……ここに来て爺さんと会って、仲間達と体を鍛えて海へ出て、本物の海賊に会ってもう新しい夢が出来た。」
「「「ん?」」」
ゴジの語り始めた新たな夢が気になった一同は彼に注目する。
「俺は最強の海兵になる。」
「最強だと?」
センゴクはゴジの言う最強という意味を問いただすが、船でゴジの夢を既に聞いているゼファーは黙ってゴジの姿を目に焼き付ける。
「あぁ。ジェルマが動き出した以上、あの国を出た俺はもうレイドスーツには頼れない。もっと鍛えて俺自身が強くなる。強くなって俺の名を聞けば全ての海賊が畏怖し、海賊に怯える人が聞けば希望を与えれるようなそんな海兵になりたい。」
先程まで”大参謀”や”智将”と知恵比べをしていた少年とは思えない真っ直ぐな目をしながら”夢”を語るその姿を見てセンゴクは目頭が熱くなるのを感じる。
「なるほど……確かにそんな海兵がいれば最強だが、簡単な話ではないぞ?」
「だろうね……。センゴクさんや爺さん、婆さんでもなれてなかったんだ。だからさ……俺を見ててよ。」
「何?」
「俺がセンゴクさん達の憧れた最強の海兵になってやるよ。」
ゴジが今語った夢は海兵であれば誰しもが抱いたであろう夢。しかし、声高々に絶対の自信を持ってその夢を言える者がいるだろうか?
「「なっ……!?」」
「ふっ……。」
ゴジの自信に満ち溢れた姿にゼファーは頼もしいと笑みを浮かべ、センゴクとつるは空いた口が塞がならいといった表情をした後で、改めてゴジの顔を見ると嘆息する。
「はぁ……。そうだな、私も新しい時代に賭けてみるとしよう。」
センゴクはあの日模擬戦でクザンを圧倒したゴジを初めて見た際に感じたこの子ならば、この大海賊時代終わらせることが出来るかもしれないというワクワク感に満ち溢れていた。
その気持ちがあの日以上にセンゴクの胸中に溢れてくるのを感じる。
「ならばジェルマ王国との話は私が引き受けよう。ゼファー、貴様はあの国の国王と懇意だったな。取り次げ!」
ゼファーは目頭を押さえる涙脆い同期生を横目に見ながら笑みを浮かべる。
「ふん。あぁ……任せろ。」
自分達の想いが次の世代に受け継がれていくのを感じて老兵の出来る事は彼等の背中を押すことだけである。
センゴクは目頭を押さえながらゼファーを伴って執務室から出ていった。
決していい歳して泣きそうになった顔を子供に見られたくないとかでは決してない…………。
「爺さん、センゴクさん?」
そんな二人の背中をポカンとした顔で見送るゴジの肩を優しくつるが叩いた。
「あたしは幸せもんだね。あんたの夢が叶うところを一番近くで眺められるんだから。」
「へへっ!あぁ。特等席で見せやるよ!」
つるは満面の笑みで答えるゴジの顔を見ながら、海軍に新たな風が吹くのを確かに感じたのだった。
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