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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン40 幕開け、あるいは幕引き

 
前書き
失踪はしてません……気持ちだけは。
嘘です生意気言いました申し訳ありません完全に大遅刻です(時候の挨拶)。

リアルタイムで半年かかったラストデュエルですが、こうしてようやくその末路を皆様にお届けすることができました。

前回のあらすじ:一応3人とも1ターンは回りましたね……そこで更新止まって3か月空いてるのが論外なわけですが。デュエルの最中に途中で切ったくせにそこからリアルタイムで時間を空けるのって割と最悪の行為だと思います。どれだけ言われても文句の言える立場ではありません。 

 
「残念だったな、爺さん。でもよ、せっかく13年ぶりのドリームマッチなんだ。そんなあっけない終わらせ方じゃなくて、まだまだアタシらと遊ぼうぜ?」
「まったく、年寄りをあまり熱くさせるものじゃないよ。ついつい年甲斐もなく張り切っちゃうじゃないか、糸巻の。それと若いの、ほんの少しだけ命拾いしたね。カードを1枚セットして、ターンエンドさね」

 ターン終了の宣言とともに先ほど星遺物を巡る戦いによって除外されていたイゾルデがメインモンスターゾーンへと帰還し、長い長い1ターンが終わりを告げた。
 今の猛攻の代償として老人の手札は2枚、それもそのうち1枚は見えているインスタント・ネオスペースのみだが、場には依然としてイゾルデ、そして攻撃力4200ものグランドマン……さらに、その正体を明かさない伏せカード。
 並び立つ英雄を前に、糸巻の機転によってかろうじて敗北を避けた鳥居がカードを引くためデッキトップに手をかける。その前にちらりと糸巻の方を見るが、視線に気が付いた意固地で姉御気質なこの上司は肩で息をしながらも気にすんな集中しろといわんばかりに軽く手を振ってみせた。
 言いたいことはいろいろとあったが、どれも糸巻の意思に反するだろう。すべて堪えて劇者の顔に戻り、カードを引く。

「『さあ始まりますは第二幕。ついに姿を現した英雄の中の英雄、グランドマンの猛攻を前に、どう立ち向かうか魔界劇団!まず取り出しましたるは魔法カード、名推理!こちらは今宵のお客様にも参加していただき、その答えによっては今後のストーリーが大きく変化いたします。ご準備のほどはよろしいですか?』」

 名推理。相手プレイヤーがレベルを1つ宣言し、ついでプレイヤーがデッキの上から通常召喚可能なモンスターが出るまでカードを順にめくっていく。もし最初に出たモンスターのレベルが宣言通りならばそのカードは墓地へ、しかしそれ以外の数字が出た場合はそのめくられたモンスターが特殊召喚される。
 もっともそんな説明、この老人には必要としないのだが。

「ふむ、では……おそらく魔界劇団のレベル分布から考えれば、4を宣言するのが最も特殊召喚の確率を抑えられるだろう。だが、ひひっ。上振れを引かれたらたまったものじゃないからね、ここは7を宣言させてもらうよ」
「『ありがとうございます、ご老体。では、宣言されたレベルは7!それでは皆さんご注目、私のデッキから出てくるカードは……』」
「待った待った、もうひとつ保険をかけさせてもらうよ。名推理にチェーンする形で手札から、増殖するGの効果を発動。このターン若いのが特殊召喚するたびに、私もカードを引かせてもらう」

 抜け目なく増殖するGを切ったことで、彼の言うとおり最低限の保険がかけられる。もしレベル7であるビッグ・スターかメロー・マドンナがめくられた場合はそもそも特殊召喚自体が行われず、他の団員が出たとしてもドローが可能。どちらに転ぶのを狙うかは微妙なところだが、そんなことはおくびにも出さずデッキトップからカードを引き抜いた。

「『それでは気を取り直しまして1枚目……あーっと、出た、出ました!意外や意外予想外、なんとデッキトップでは、すでに出番を今か今かと待ちわびていた演者がスタンバイしておりました!それではその名を高らかに呼びましょう、彼の持つレベルは4!ステージの上に登場です、魔界劇団カーテン・ライザー!』」

 魔界劇団カーテン・ライザー 攻1100

 オレンジと黄色を基調としたパラソルに手足が生えたかのような団員が、既に存在する3体の横に並んで召喚される。スポットライトに照らされて大きく傘を広げるカーテン・ライザーだが、その裏で七宝寺がカードを引くのは見逃してはいなかった。

「『そしていよいよ我らが座長、ビッグ・スターの効果を発動!デッキよりこのターンに行われる演目の魔界台本を、このターンもまたフィールドへと直接セットします……それでは皆様ご一緒に!当劇団の鉄板演目にして切り札の一幕、地上に降り立つ魔王様御一行による恐怖と混沌の笑いあり、涙ありの物語!その名は……魔界台本「魔王の降臨」!』」

 ならば、これ以上手札を増強させることは避けたいところ。そして幸いにも、今の彼の場には十分なだけの戦力が揃っている。ビッグ・スターの掲げた手の中に周囲から黒い光の粒子が集まり、それが1冊の仰々しい台本となった。魔界劇団のシンボルマークが刻まれたそれに、舞台の花形がいざページをめくるべくゆっくりと表紙に手をかける。
 魔界台本「魔王の降臨」……もはや説明不要ですらある切り札中の切り札、魔界劇団の真骨頂。攻撃表示で存在する魔界劇団の数だけ表側のカードを破壊するその効果は対象を取りこそするものの、レベル7以上の団員であるビッグ・スターが存在することによりその追加効果……発動に対して一切のチェーンが封じられる能力が生きる。

「今のフィールドに攻撃表示の魔界劇団は4体、そしてビッグ・スターの効果に同名ターン1の縛りは存在しない。仮にこの伏せカードで私がそれを凌いだとしても、私がドローすることにさえ目をつぶればビッグ・スターを素材に適当なモンスターをリンク召喚してから、改めてペンデュラム召喚による展開を行うことでもう1度魔王の降臨をフィールドにセットするところからやり直そうというわけか。このターンにメロー・マドンナのペンデュラム効果を使っていないのも、それを行うと魔界劇団以外の召喚が封じられてしまうから。このわずかな時間でそこまで考えるとは……なるほど、伊達じゃない」

 グランドマン、そしてイゾルデ。いずれも耐性を持たないモンスターばかりを従える七宝寺にとって、それを指を咥えてただ見ていることはこのターンでの死を意味する。並のデュエリストであれば、耐えきることは不可能だったであろう。しかし伝説と呼ばれた男は、それを通しはしない。

「ならばだよ?ひひっ、こうしてみようか。永続トラップ、王宮の勅命!」
「『ぐわっ!?』」
「げっ!?」
「名推理を通して油断したかい?生憎だが、私もあの時はドローがしたかったんでね」

 伏せカードが表を向いた瞬間、鳥居のみならず糸巻までもが苦渋の声を漏らす。王宮の勅命……互いのスタンバイフェイズごとに700、この3人バトルロイヤルでは1周2100ポイントと決して安くはないライフコストこそかかるものの、フィールドに存在するあらゆる魔法カードを一切のチェーンブロックすら組まず強制的に無効化する効果はそのリスクを補ってなお余りあり、チェーン不可の魔王の降臨でさえも紙と化す。
 だが、両者が唸ったのはあのカード1枚によって自分の受ける影響の強さからだけではない。

「爺さん、本気か?」

 1ターン目から七宝寺は融合、そして星遺物を巡る戦いと魔法カードを連発してこの盤面を作り上げてきた。彼の得意とするE・HEROは融合テーマ、魔法カードとは切っても切れない縁がある。
 確かに魔界台本どころかペンデュラム効果まで取り上げられた鳥居に対しては、これはきわめて有効な選択だろう。だが、これはバトルロイヤルなのだ。糸巻のデッキもその中核にはアンデットワールドや命削りの宝札といった強力な魔法カードの存在があるが、それでもメインデッキのパーツ全てが罠モンスターであるバージェストマに対しては碌な拘束力がない。それをすべて切り捨てるかのようなこの王宮の勅命という選択に、糸巻が信じられないとばかりに問いかける。

「そんなに驚くことはないだろう、糸巻の。これでも、この爺いは用心深いのさ」
「『……なんですって?』」

 顔中に深く刻まれた皺を一層深くしてにやりと笑う老人に、今度は鳥居が問いかける。含みのある言い方に、本能的な警戒心が働いた。

「考えてもごらん、若いの。この私は、13年前の正式発表以前から『BV』に誰よりも近い所にいた男だよ。なぜ、この13年間がそうじゃないと思えたんだい?」
「おい待てよ爺さん、まさか」
「ねえ、糸巻の。各地で行われた裏デュエルコロシアム、どうしていち地方のカードショップ店主に過ぎない私が把握できていたと思う?情報網も何もない、あれは全て元を辿ればこの私が、七宝寺守が胴元さ。可哀そうなことをしたデュエリストたちにせめてもの生活の糧を与え、デュエルモンスターズの恐ろしさを定期的に見せることで各国を委縮させ、そして私自身が「BV」開発のための戦闘データを取る……この一石三鳥を得るために開催し、同時にある程度の情報はデュエルポリスに売り込みそれを壊滅させることで世論やデュエルモンスターズ撲滅派の政治家どもへのガス抜きを行いつつテロリスト側の増長を防ぐ。このバランスを取り続けるのは、随分苦労したものだよ」
「そんな、自分勝手な都合だけで……!」
「そう熱くなりなさんな、糸巻の。それに、そう大きく出れる立場じゃないはずさね。なにしろ私が定期的にマッチングした試合の情報を流してあげたからこそ、デュエルポリスだって飯が食べれていたんだからね」
「ふ……」
「ふざけんな!」

 息つく暇もなく明かされた真実に、呆然としてから強く拳を固める糸巻。だが彼女の口から罵声が飛び出すより先にそれよりも早く、そして深く激昂した鳥居がごう、と響き渡るほどの大音声で叫んだ。
 予想外の出来事に口をつぐむ糸巻に目もくれず、演劇者としての仮面が外れるほどの怒りの感情を隠そうともしないとおよそ普段の彼らしくもない姿をあらわにしたまま、変に力がこもるあまり小刻みに震える指で老人を指し示す。

「アンタが……アンタのせいで!アンタは確かにデュエルポリスとテロリスト、その両者だけならバランスをとっていたかもしれない。だがな、デュエルモンスターズ界はそれだけじゃなかったんだ!」

 13年前のあの時、全てが狂った瞬間からずっと積もり続け、しかしそれを吐き出すことなく自分の中に呑み込んできた感傷。完璧に隠し続けてきたはずのそれが、今になって時を越え彼の中から溢れつつあった。止められない、止められない。

「13年前のあの日以来どこに行っても俺たちの……デュエンギルドの演劇は断られ続け、仕方なくそこらの河川敷や公園で演っても観客も、拍手も何もない。いや、それだけならまだよかったさ。石を投げられ、通報され、この町から出ていけデュエリストどもめ、だなんて唾を吐きかけられたりもした。それでも俺たちはみんな自腹で道具の手入れを続け、台本を用意し、デュエルの腕を磨いてきた。なあ、アンタにそんな気持ちがわかるか?いつの日かデュエルモンスターズのことを笑って語れる日が来たらまた復活公演しよう、そう言いながら最後の最後、どうやっても立ち行かなくなってサラ金どころかヤクザですら一銭の金すら貸してくれなくなるほど借金漬けになるまでいつの日か、いつの日かって泥をすすって生きてきた俺たちが、アンタの目には見えていたのか?」
「……」

 誰も、何も言わなかった。七宝寺は当然だが、糸巻にすら明かしてはいなかった鳥居浄瑠という男の過去。金、金、金、カネ。常に夢が金に対し敗北し続けてきた、地獄の10年弱。
 膨れ上がる一方の借金を背負うため、ある団員は家を、家財道具の全てを二束三文で捨てた。ある団員は自分の借金や違法スレスレな金稼ぎのリスクを背負わせないためにと、泣いて呼び止める妻子に本人も泣きながら離縁状を叩きつけた。
 鳥居本人が今こうして五体満足でいるのは、彼本人の意思ではない。俺が一番若いから一番高値で売れる、売れる臓器もこの通り揃ってる。俺も力にならせてくれ、そう泣き叫ぶ彼を殴り倒して止めたのは他でもないかつての彼の兄弟子、一本松一段だった。

『ユーは大きな勘違いをしている、2度とそんなこと口にするんじゃない。ミーたちの資本は、まずカードだ。そして、スペクタクルなショーを作るため舞台を駆けまわるこの体だ。その2つを守るために、ミーたちは死に物狂いでやっている。それをなんだ、売る臓器がある?もしミーの……いや、先輩方誰か1人でも耳が届くところでそんなふざけたことを次に抜かしてみろ、ユーは劇団「デュエンギルド」からは永久除名、2度とミーたちと関わり合うな。いいな?』

「それを、今なんつった?裏デュエルコロシアムを開き、デュエルモンスターズへの風当たりを強め続け、あげく言うことが『バランスを取ってやった』だと!?」

 殺気の籠った目で睨みつけ、デュエルディスクに手をかける。エンタメデュエルをかなぐり捨てた彼を今動かしているのは、積もり積もった憎しみと……その矛先をようやく見つけたという、後ろ向きで暗い歓喜だった。

「魔法カードが使えないからって、それで勝ったとでも思ったか?レベル4の闇属性ペンデュラムモンスター、ワイルド・ホープとカーテン・ライザーをオーバーレイ!」

 ガンマンとパラソル人間が共に濃紫の光となり、螺旋状に交差しながら天井まで上っていく。そして向きを変え落下した光の向かう先は、鳥居の足元にぽっかりと空いた、まるで彼の心を駆り立てるどす黒い意思を映し出したかのような深淵の穴。無音の爆発が彼の髪を逆立て、しかし爛々と不気味に輝く目だけがそのままだった。

「エクシーズ召喚、ランク4!覇者の裁きをもたらす龍、覇王眷竜ダーク・リベリオン!」

 ☆4+☆4=★4
 覇王眷竜ダーク・リベリオン 攻2500

 そして生まれたのはプラズマを身にまとう、漆黒の体にエネルギーのラインが走る龍。その一撃必殺の破壊力がまさに他者との対話の一切を拒否する、彼の勝利への渇望を現したかのようなどす黒い輝きとなって黒翼を広げた。怒りに満ちる咆哮が空気を震わせ、びりびりとその場全員の肌を刺す。

「ほう」

 圧倒的な暴力を前に、しかし老人は小さく感嘆の声を漏らしたのみだった。そしてまた、増殖するGによってその手札が増える。その余裕そうな態度から、糸巻がほかの誰にも聞かれないほど小さく舌打ちする。この攻撃は確かに通りさえすれば老人のライフを一撃で0にできる、しかし通らないだろうと確信したからだ。
 怒りによるパワーは、確かに凄まじい爆発力を秘めている。反面、それはその鋭さに比例して極めて脆いものだ。彼女はそれを、痛いほど思い知っている。そして何を言ったところで、鳥居は聞く耳を持たないだろうということも。ちょうど彼女自身が13年前のあの日、マネージャーの忠告に耳を貸さなかった時のように。

「やれ、ダーク・リベリオン!グランドマンに攻撃しろ!」

 漆黒の龍が超低空を滑空し、死神のそれを思わせる黒翼をもって英雄に飛び掛かる。ダーク・リベリオンがモンスターとバトルを行うダメージ計算前、その身に宿るオーバーレイ・ユニット1つを使用することで相手モンスターの攻撃力を0にしたうえでその元々の数値を自身の攻撃力に加算することができる。グランドマンの攻撃力は自身の効果によって発生したものであるためいくら0にしたところで吸収は不可能だが、彼のフィールドにはまだビッグ・スターとデビル・ヒールが依然として控えている。たかだが4000程度のライフなど、紙切れか何かのように吹き飛ぶ数値だ。

「ま、当然通らないんだがね。ひひっ。私相手に2枚も引かせたんだ、当然だろう?手札から工作列車シグナル・レッドの効果を発動。相手の攻撃宣言時にこのカードを特殊召喚し、さらにその攻撃モンスターとこいつで強制的にダメージ計算を行わせるよ」

 漆黒の巨竜の前に、突如として赤いランプを点滅させる小型車両が割り込んだ。主の怒りに任せて突き進んでいたダーク・リベリオンはもはや止まるには勢いがつきすぎており、鋭い逆鱗がバチバチと放電しながらその車両を深々と貫く。
 ……そして、グランドマンにはその一撃が届かない。

 覇王黒龍ダーク・リベリオン 攻2500→工作列車シグナル・レッド 守1300

「そしてシグナル・レッドは、自身の効果によって行う戦闘では破壊されない」
「だったら!デビル・ヒールはイゾルデに、ビッグ・スターはシグナル・レッドを叩き潰せ!」

 座長の命に従い、2人の大型団員が一斉に飛び掛かる。先に攻撃目標へとたどり着いたのは、その巨体の分だけ一歩ごとのリーチも長いデビル・ヒールだった。

 魔界劇団-デビル・ヒール 攻3000→聖騎士の追想 イゾルデ 攻1600(破壊)
 七宝寺 LP4000→2600

 紫の剛腕が唸りを込めて振りぬかれ、金髪と銀の手、2人のイゾルデがなすすべなくまとめて片手で持ち上げられて投げ飛ばされる。力こぶを作るデビル・ヒールの手の中には、いつの間にやら一冊の本が握られていた。

「デビル・ヒールが戦闘でモンスターを破壊した時、俺の墓地から魔界台本1冊を選んでフィールドにセットすることができる。さっき使ったオープニング・セレモニーを、もう1度セットだ」

 次いで、ビッグ・スターがその長身からスタイリッシュな回転飛び蹴りをシグナル・レッドの車体に大きく空いた穴、先ほどダーク・リベリオンが深々と刻んだ傷跡へと叩きこむ。先のバトルこそ辛うじて持ちこたえた工作列車も、この追撃にまでは耐えられない。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→工作列車シグナル・レッド 守1300(破壊)

 だが、それだけだ。もう、彼にこれ以上の手は打てない。せめてもの抵抗としてカードを1枚伏せターンエンドを宣言するとともに、ビッグ・スターが呼び寄せた魔王の降臨が煙となって音もなく消えていく。ビッグ・スターが取り出した魔界台本は、もしフィールドに残っているならばターンの終わりに墓地へと送られるからだ。
 そして続いてのターンプレイヤーは、糸巻。しかし彼女がカードを引くより前に、なぜか深い微笑みと共に老人が喋りかけた。

「惜しかったねえ、若いの。今のターンは、君にとって最初で……そして、最後のチャンスだった。私に勝利する、ね」
「……?」

 名指しで呼び付けられた鳥居のみならず、糸巻もカードを引こうとしていた手を止めて耳を澄ます。聞いてはいけない、向こうのペースにはまるだけだ。そう思いつつも、老人の口調にはどこか抗いがたい雰囲気があった。

「魔界劇団-デビル・ヒール、実にいいカードだよ。先日の裏デュエルコロシアムでも大活躍だった、あれは私の記憶にも新しいよ」

 ダーク・リベリオン、ビッグ・スターと共に鳥居のフィールドを守るデビル・ヒールを指さし、賞賛の言葉を口ずさむ。先の読めない話に、困惑ばかりが深まっていく。

「戦闘破壊時の魔界台本回収効果?コストとした魔界劇団の分だけ相手モンスターの攻撃力を下げるペンデュラム効果?違うだろう、そのカードの一番の強みがそこじゃないことは若いの、君もよくわかっているはずだ。そのカードが持つ最初のモンスター効果、場に出た際に自身を含む魔界劇団1体につき1000ポイント、相手モンスター1体の攻撃力をターンの終わりまでダウンさせる効果。ヒールプレッシャー、そう君は称していたね。実際に強力ではあるが、あくまで召喚、ないし特殊召喚した際にしか発動はできない」

 そこまできて、まず糸巻がピンときた。その様子を楽しそうな眼で眺め、また口を開く。

「若いの、裏デュエルコロシアムで優勝を遂げた君の名誉のためにひとつフォローを入れてあげようかね、ひひっ。君は今、頭に血が上っている。うまく思考がまとまらないだろう?もっとも、私がそう仕向けたわけだがね。よりはっきり言ってあげるとだね……今の君のターン、君はまずリンク召喚を行えばよかった。デビル・ヒールを含む組み合わせなら、リンク2でも3でも構わない。私が発動している王宮の勅命はフィールド上のあらゆる魔法効果を無効にするが、なにもペンデュラムスケールまでなかったことにするわけじゃない。スケール0のメロー・マドンナとスケール9のティンクル・リトルスター、今君が用意しているその組み合わせならばレベル8のデビル・ヒールでさえもペンデュラム召喚は可能だったはずだ、違うかね?」
「……!」

 そこまで言われてようやく、鳥居が自分のミスに思い至って息を呑んだ。
 こんな簡単なことすらも、使い手である彼自身が気が付かなかったとは。悔やんでも悔やみきれない後悔、自分自身への深い失望、絶対に負けられないこの一戦で致命的なミスをした恐怖……あらゆる高濃度の感情が一緒くたに押し寄せて、怒りと憎しみが燃え滾っていた彼の心を一瞬で暗闇の底に突き落とす。

「場には4体の魔界劇団、それだけいれば私のグランドマンの攻撃力は4200から200まで落ちることになる。例え初撃をシグナル・レッドで止めようと、ビッグ・スターとデビル・ヒールでイゾルデとグランドマンに攻撃していれば?その合計ダメージは、軽く4000を超えていたろうねえ」

 絶望が色濃く滲み出た鳥居に、駄目押しとばかりに事実を列挙するだけの言葉が重くのしかかる。
 そのまま今にもその場に崩れ落ちそうな彼を寸前で止めたのは、横にいる赤髪の上司の言葉だった。指摘された事実の大きさを前に小さく汗を垂らしながらもいつも通りに、いやいつも以上に不敵で皮肉で、そして何よりも頼もしい口の端を歪めての笑み。

「なーるほどなあ、確かに御説ごもっとも、仰る通りだよ爺さん。鳥居、お前もそこはマジで反省しとけよ……だがな。アタシは今の話を聞いて、少しばかり安心したぜ」
「え?」
「ほう?」

 すがるような視線と好奇の表情の両方に注目されながら、口の端を舐めて唇を湿らせる糸巻。そのトレードマークでもある赤い髪をかき上げ、後ろになびかせながら老人の顔をまっすぐに見据えた。

「アタシは正直なところ、ちょっと疑問に思ってたんだ。このターンの最初に爺さんがぶっこんできた特大の爆弾。確かに衝撃的な話だったのは間違いないさ、だがな、なんであのタイミングでそんな話をする必要がある?ってな」

 視線を一切逸らさず瞬きもしないまま、ひとつひとつの言葉をかみしめるように老人へと叩きつける赤髪の夜叉。グランドファザーの表情は、好奇の笑みをたたえたまま変わらない。

「なんのことはない、正体見たり枯れ尾花、さ。要するに爺さん、かなり崖っぷちだったな?手札のシグナル・レッド1枚とセットした王宮の勅命だけじゃ、鳥居がミスしない限りどうあがいてもこのターンを耐えきれそうにない。つまり、生き残るためにはなんとしても鳥居にミスさせなくちゃならない。だが、この演劇馬鹿の仮面を剥ごうってのは並大抵のことじゃない。それでもそいつを成立させるために、あれぐらいとんでもない秘密を明かさなくっちゃいけなかったわけだ。違うか?」
「……ひひっ、さすがに長い付き合いだけのことはあるね、糸巻の。できれば老獪、と言って欲しいものだがね」
「はっ、物は言いようだな?老害、の爺さんよ。なんてことはねえ、自分が負けそうだからってなりふり構わなくなってきてるだけじゃねえか。なあ爺さんよ、アンタが他に切れる手札は何がある?『BV』の生みの親、裏デュエル界の実質支配……まったく、大した爆弾2つも抱え込みやがってよ。だが、もう手品のタネは切れたろう?」
「……」

 沈黙は、肯定の何よりの証拠だった。こちらの動揺をもう1度誘えるような事実の持ち合わせは、いかに化け物じみた老人といえどもこれ以上は存在しない。探偵の真似事も、もう終わりだ。大きく鋭く息を吸い、裂帛の気合と共に宣戦布告の声を張り上げる。

「さあ爺さん、ここからは正真正銘の2対1だ。アンタには長年のよしみもあるが、それ以上にアタシには全プロデュエリストとデュエルモンスターズ界を代表して、この13年間の恨みを晴らす義務がある!遠慮せずに数と……」

 ここでわずかに言葉を止め、横で糸巻の大見得に呑み込まれていた鳥居と目を合わせる。全くなんて顔してやがる、そう心の中で苦笑した。こういうのは本来、お前の役目だろうが。アタシみたいな時代遅れのロートルに、看破と論破なんて知性派な真似させるんじゃねえよ。

「数と、質。この2つをもって、完膚なきまでにぶちのめしてやるぜ!」

 言われた鳥居が、ぎょっとして目を見開く。数と、質。その言葉の意味するところが分からないほど、彼は馬鹿ではない。
 糸巻太夫と、鳥居浄瑠。2対1という数で七宝寺を上回り、そのデュエリストとしての質ですらも伝説と謳われた老人を凌ぐコンビ。そこまで言わせてなお立ち直れないようでは、彼もそこまでの人間だろう。それだけの覚悟をもって、糸巻はそう言い切った。

「なかなか大きく出たねえ、糸巻の。じゃあまずは、そんな糸巻のがどう出るか、じっくり見せてもらおうじゃないか」
「ああ、そうしてやるよ。アタシのターン!」

 ある意味では、今回のバトルロイヤルという形式のおかげで助かったともいえる。糸巻はカードを引きながら、そんなことを心の片隅でふと考えていた。おかげで自分が戦うこの1ターンの間、鳥居には誰にも邪魔されずに今かけた発破を呑み込んで自分の中で折り合いをつける時間が与えられる。
 とはいえ、あまり状況はよろしくない。糸巻の手札は、これで3枚……しかしそのうち1枚はデュエル開始時から存在する魔法カード、命削りの宝札だ。展開を優先したために先のターンには使えなかったこれが、今も手札で無意味にくすぶり続けている。

「このスタンバイフェイズ、王宮の勅命の維持コストとして700ライフを支払うよ」

 七宝寺 LP2600→1900

 王宮の勅命の維持コストには、払わずに自壊させるという選択肢はない。スタンバイフェイズごとにライフが1でも残る限り払い続けなければならず、その際に700未満であれば問答無用で敗北となる。すなわち糸巻たちが勝利するために削らなければならない七宝寺のライフは、事実上残り1200。
 場の状況、ドローカード、使い物にならない魔法、そして前のターンから準備しておいた墓地リソース。それらすべてを思い浮かべ、糸巻は何かに納得したように小さく頷いた。

「さあいくぜ爺さん、アタシのメインフェイズだ。墓地に存在する妖刀-不知火、効果発動!」

 星遺物を巡る戦いによってその力のほとんどを失い、薙刀を地面に突き立て肩で息をする麗神。その背後に音もなく、炎に包まれた妖刀がふわりと浮かび上がった。

「墓地に送られて1ターン以上経ったこのカードと墓地のアンデット族1体を除外することで、その合計レベルと等しいアンデット族シンクロモンスターを特殊召喚する!アタシが選ぶのは、レベル4の不知火の武士だ」

 妖刀を包む炎が爆発的に広がり、しかし現世の炎のような熱気や爆ぜる音は一切伝わらない。この世ならざる幽炎が、人の形を取って妖刀の柄を握りしめた。次いでオレンジ色の装束が、頭頂で結わえられた髪が、その姿を描き出す。

「戦場切り込む妖の太刀よ、一刀の下に輪廻を刻め!逢魔シンクロ、刀神-不知火!」

 ☆4+☆2=☆6
 刀神-不知火 攻2500

「まだだ!この瞬間、ゲームから除外された武士の効果を発動させてもらう。墓地に眠る不知火モンスター1体、つまりこの不知火の武部を手札に加えさせてもらう。もう1回出番だ、不知火の武部!」

 不知火の武部 攻1500

 刀神と同じ流派の装束を着込む、このデュエル2度目の登場となる短髪の少女。初手と同じく、その周りをまたしても無音の炎が取り囲んだ。ただしあの時とは違い、その炎の色は妖刀のもたらす明るい色ではない。より禍々しい、静かなる青い炎。

「こいつの効果は忘れちゃいないよな?発動ターンにアタシはアンデットしか呼び出せない代わりに、召喚時にデッキから妖刀-不知火モンスター1体を手札かデッキから特殊召喚できる。手札から来い、逢魔の妖刀-不知火!」

 逢魔の妖刀-不知火 攻800

「そして、逢魔の妖刀の効果を発動!このカードをリリースすることで、不知火含む除外されているアンデット2体を効果を無効にし、守備表示で特殊召喚する。今こそアタシの命に従い、冥界よりもなお遠い。異界への門よ今こそ開け!」

 二振り目の妖刀が、その刀身を中心として青い炎を爆発的に燃え広がらせる。青一色に染まった風景の中で、鳥居の目には唯一そんな炎の輝きにも染まらない糸巻の赤い髪だけがひときわ目立って見えた。

「帰ってこい、妖刀!武士!」

 妖刀-不知火 守0
 不知火の武士 守0

「待たせたな爺さん、長い長い準備もこれで大詰めだ。レベル6の刀神に、レベル2の妖刀をチューニング」

 逢魔のシンクロではない、場のチューナーとチューナー以外のモンスターによって行われる普通のシンクロ召喚。シンクロ召喚の原点に還る、糸巻の一手。

「戦場切り裂く妖の太刀よ、冥府に惑いし亡者を祓え!シンクロ召喚、戦神(いくさがみ)-不知火!」

 ☆6+☆2=☆8
 戦神-不知火 攻3000

 その右手には揺らめく妖刀を、その左手には炎の形を模したオレンジ色の剣を。銀髪に色白な肌の色も相まって幻想的な雰囲気漂わせるその剣士は二刀流を操る、不知火の火力担当。糸巻が選んだ、この場を任せるに相応しい1枚。

「戦神の特殊召喚成功時、その効果を発動できる。アタシの墓地からアンデット族1体を除外して1ターンの間その攻撃力を得る、不知火流・龍頸の太刀!」

 戦神-不知火 攻3000→5500

 左手の剣を体の前に構え、目を閉じて集中する戦神。すると何の変哲もなかったはずの剣がその内側から発光し、目も眩むような爆炎を放つ。先ほどまでの数倍の長さを持つに至った炎の刀身、そこから放たれるその一太刀はまさに一撃必殺、竜の首でさえもただ一太刀で刎ね飛ばすほどの破壊力を誇ることは容易に想像がついた。

「そして、ゲームから除外された刀神-不知火の効果を発動。相手モンスター1体を選択し、その攻撃力を500ダウンさせる」

 E・HERO(エレメンタルヒーロー) グランドマン 攻4200→3700

 それ自体が意志を持つかのように飛び掛かる火の粉がグランドマンに降り注ぎ、確実にその動きを鈍らせる。消えない炎と、堕ちた英雄。今まさに限界を超えて燃え盛らんとする炎と、傷つき揺らぐ英雄の輝き。対照的な両者を挟んで糸巻と七宝寺が、デュエルポリスとテロリストが睨みあう。
 口火を切ったのは、糸巻だった。伸ばした指をまっすぐに突きつけて、戦神へと指示を飛ばす。

「バトルフェイズだ、やれ!戦神-不知火でグランドマンに攻撃、不知火流秘伝・五閃の難題!」

 炎を纏ったことで自らの背丈よりも巨大になった自らの剣を、まるで重さなど感じさせない滑らかな動きで構えた戦神が、強く一歩を踏み込んだ。と見る間にその姿はたちまちグランドマンの目前にまで迫っており、肉薄したその姿勢から炎の軌跡が5つ同時に走った。剣を振るあまりの早さに残像が生じ、一振りしかないはずのそれが5つに分裂したかのように見えているのだ。青から赤、そして白とそれぞれ炎の色も異なるそれが、同時に英雄へと襲い掛かる。
 ……だが。その5つの炎は、そのいずれも眼前の獲物には届かなかった。虚しく空を切った刃からは宿っていた炎がたちまち消えていき、元の形に戻ったそれを手に戦神が、糸巻が、同時に上を見る。

「まさか!」
「惜しかったねえ、糸巻の」

 老人の声が、無常に響く。果たして、グランドマンは上にいた。天井すれすれまで飛びあがり、背中からは先ほどまで影も形もなかったはずの純白の翼、天使の両翼が生えている。それが、英雄の飛行を可能にしている。

「E・HERO オネスティ・ネオス。このカードを捨てることで、ヒーローの攻撃力は2500アップする。この意味が、分かるね?」
「くそっ……!」

 子供に言って聞かせるような、優しさすらも感じさせる口調。そして戦場では、上空に退避して必殺の一閃を回避したグランドマンがゆっくりと反撃に打って出ようとしていた。両手の銃を構え、いまだ剣を振りぬいた姿勢から立ち直りきれていない戦神の無防備な背中に狙いをつける。

「互いのモンスターが攻撃表示だった場合、より攻撃力の高い側がバトルに勝利する。これがこのゲームのルールだよ、糸巻の」

 身を捻り体の前に剣を構えて、正義を自称する英雄の弾丸をどうにか防ごうとする戦神……しかしそれよりもなお早く、その引き金は絞られた。

 戦神-不知火 攻5500(破壊)→E・HERO グランドマン 攻3700→6200
 糸巻 LP500→0

「……残念だねえ、糸巻の。久しぶりに、真剣な勝負がしたかったんだが。先のターンにそっちの若いのをかばったせいで、たった700のダメージも受けきれないとは」
「い、糸巻さん!」

 気が付いたときには、鳥居はすでに駆け出していた。がくりとその場に崩れ落ち、膝をつく糸巻の傍らに屈みこんで肩を貸し、その体をどうにか受け止める。まるで死体を担いでいるかのような嫌な重みと感触は、それだけ彼女自身に自分の体を支える力がないことを如実に表していた。

「起きてくださいよ、糸巻さん!」
「耳元でわーわーがなるんじゃねえ、このタコ……」

 いつも通りに口は悪いが、声音にはまるでいつもの覇気がない。のろのろと、普段の彼女からは考えられないほどじれったい動きで鳥居を押しのけようとして……それすらも叶わず、むしろ中途半端にバランスが崩れたことでがくりと前につんのめる形になった。それでもまた立ち上がろうとして倒れ込み、弱々しく舌打ちする。

「はっ、ざまあないな。負けるのなんて、少なく見積もっても13年ぶりだ……アタシはこの13年間、ずっと死神に好かれてた。あんなに負けたかったのに、どうしても勝っちまってな」
「糸巻さん、無理しちゃダメっすよ……少し動かないで、しばらく」
「上司の命令だ、黙って聞いとけ。いいか、鳥居?爺さんはグチグチ言うだろうしお前もお前でどうせまたうじうじするだろうから気にすんなとはアタシも言わねえが、お前これ以上デュエルに私情持ち込みやがったら承知しねえからな」
「糸巻さ……」
「返事」

 今にも倒れ込みそうで、焦点もほぼ合っていないような目。最後の力で首を起こしたそれが、鳥居の顔をきっと睨みつけた。その迫力に負け、半ば押し切られるように首を縦に振る。

「……はい」
「よし。アンタはいつか抜かしたよな?たとえその場で骨がへし折れようが、公演中にそれを客に気取らせるようじゃ三流だ、ってよ。アタシとアンタのこの大舞台、まだ幕引きには早いからな?アタシはもう退場だが、勝手にバッドエンドなんかで締めやがった日にはブーイングなんかじゃすまないからな」

 およそ直情傾向の彼女らしくもない小洒落た激励のしかたに、自分でもらしくないとでも思ったのだろう。無理に口の端を歪めて笑みのような表情を作り、喉の奥で笑いらしき唸り声を漏らす。
 それが、今の彼女にできる精一杯だった。

「どうせ、あの爺さん相手に正面から勝とうなんて最初っから分が悪い話なんだ。だがな、アタシらに可能性があるとすりゃアンタだよ、鳥居。アンタのエンタメデュエルなら、爺さん相手にも互角以上に渡り合える」

 これまで決してかけられることのなかった、彼女が手放しでエンタメデュエルを認める言葉。その重みを受け止めた鳥居は……まず空いた左手で、ぐっと自らの目元を乱暴にぬぐった。滲んだ涙は、舞台に立つうえで必要ない。今から始まるのは鳥居浄瑠のエンタメであり、お涙ちょうだいの悲劇ではないのだから。
 その様子を満足げに見て頷いた糸巻が、行け、と声にならない声でゴーサインを出す。そこでいよいよ無理に話し続けた限界が訪れたのか、意識までもが急速に薄れていく。視覚が、聴覚が、触覚が遠く暗く染まっていく中で、最後に彼女が聞いたのは舞台の再開を告げるエンターテイナーの宣言だった。





 一方そのころ、プラント中央部では。精密機械が立ち並ぶ箇所にはあまりにも不釣り合いな、剣戟や硬い何か、生物的なものが力づくでこじ開けられるような音があちこちで響いていた。その中心にいたのは灰色の地に紫の幾何学模様が入ったフード付きローブを頭から被り、水の膜が飛び出たデュエルディスクを構え大きく肩で息をする少年の姿だった。その全身にはローブと同じ紫色の痣が走り、眼球は白目と黒目が反転している。
 明らかに異常な状態にある彼……遊野清明はしかし、そんな異常を感じさせない意識のはっきりした声で後ろに向かい大声で問いかける。

「ねえちょっと、まだなの!?」
「もう少し粘れませんか?こちらも手一杯なんです、やってくれましたねあのご老体、こちらで設定しておいた緊急時用のコマンドがすべて強制的に遮断される……!」

 苛立ちを多分に含む声でそう返したのは、かつて『おきつねさま』の名で知られたプロデュエリスト、巴光太郎。大量の基盤とモニターにかじりつくように向かい合い、狂ったような動きで何事かを打ち込んではすぐに消去して新しいものを打ち込んでいく。しかしそのスピードとは裏腹に、状況は芳しくないらしい。
 そもそも彼らが何をしているかといえば、元はといえば巴の抱いた疑問のせいである。「BV」の融解という言葉に疑問を抱いた彼が自らの目で真実を見極めるために、ついでに何かの役に立つだろうと清明を引っ張ってわざわざ中心部まで戻ってきたのだ。
 そして、そこで彼らが見たものがこれである。

霧の王(キングミスト)!」

 主の命に応えて宝剣が降りぬかれる風切り音が鳴り、霧の魔法剣士めがけて襲い掛かってきていた古生代化石騎士 スカルキングがその鎧ごと両断される。音もなく消滅していくそれに残身する暇すらもなく、大きく後ろに振られた剣がその背後に迫っていたアークネメシス・プロートスのブレスを弾く。
 これらのモンスターは、いずれも巴がこの地での決戦のためかき集めたメンバーの愛用していたカードだ。その戦闘データが暴走しつつある「BV」の影響を受けて実体化し、動くものすべてに襲い掛からんと蠢いていたのだ。

「どうせ精霊も宿ってない、ガワだけの搾りかすみたいなもんだけど……さすがに、この量の相手を実体化で凌ぐのは……」
「仕方ないでしょう、『BV』に無理が来ているのに私がそれを使ってどうするんですか。私がこの本体をどうにか止められないかやってみる、その間に貴方がそのオカルトじみた力で周りの雑魚を相手する。そう言いましたよね?」
「そうは言うけどさあ……」

 疲弊しきった様子で巴に向き直るその背後から、床の中に潜んでいたらしいウォール・シャドウがその上半身を音もなく突き出して鉤爪を閃かせる。視覚外からの不意打ちはしかし、その体に届く前に空中で停止した。その腕に、体に、無数の蜘蛛の糸が絡みついて縛り上げ、完全に動きを封じ込めたのだ。床に潜りなおすこともできず、脱出も不可能となりぴくぴくと体を震わせるしかできない獲物の上に、その体を縛り付けた糸の持ち主である粘糸壊獣クモグスと希望織竜スパイダー・シャークが着地してその毒牙と鰭めいた爪を一斉に食い込ませる。
 軽く片手を上げて感謝の意を表し、うんざりしたように天井を見上げる清明。その先では、今も糸巻と鳥居が何かしているのだろう。

「早いとこお願いね、2人とも……」
 
 そんな切実な願いは、またしても飛んできたものの弾かれて見当違いの方向に着弾したブレスの轟音にかき消された。





「『……さあ、大変長らくお待たせいたしました。少々アクシデントにつき大変不快なお時間を取らせてしまったこと、心より謝罪申し上げます。ですがこの鳥居浄瑠、これ以降のショーをより一層素晴らしいものとして何よりのお詫びとすることを、ここに宣言いたします!エンタメデュエルショー、これより満を持しての再開です!』」

 空元気でも虚勢でもない、張りのあるよく通る声。こんな風に喉を開いて声を出すのはいつぶりだろうと、頭の片隅でぼんやりと思う。こんな基礎中の基礎を、どうして忘れていたんだろう。ここ最近彼自身がやっていたエンタメデュエルは、ほんの表面だけをなぞった真似事に過ぎない。
 久しぶりにエンターテイナーに戻った彼は、もう迷わない。退かない。惑わない。これまで相手していた彼とは一味も二味も違う心境の変化を読み取ったのか、眼前の老人の顔がやや引き締まった。
 そして最初に動いたのは、グランドマン。いつの間にか翼を収めて地に降り立っていたその姿が光の粒子に包まれ、直視することすら難しいほどに輝いていく。

「……なるほど、やってくれたね糸巻の。若いのに発破をかけるために、自分の身を犠牲にしたか。常々世代交代を口にしていた、らしいと言えばらしい話じゃないか。だがね、いくら思いが強かろうと、それだけで何ができるわけでもない。教えてあげるよ若いの、世界の広さというものを。グランドマンが戦闘でモンスターを破壊したことで最後のモンスター効果を発動、ヒーローズ・クロニクル!」
「『グランドマンの、効果……!』」
「そうさ。戦闘破壊耐性を持つ麗神に、立ちはだかる強敵とのコンボ。思えば糸巻のは、ずっとこの効果を使わせないために立ち回ってきていたからね。これまで私も使う機会がなかったが、今なら存分に使えるというものさ。自身を墓地に送ることで、E・HEROの融合モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する!」

 光の中で、グランドマンの姿が変化していく。機械的なシルエットの両翼が生え、体全体がひとまわり大きく筋肉質なものとなり、頭部の形も変化して。その右腕には新たな得物である、巨大なドリルが2本装着された。

「宇宙に満ちる星々の果て、遠き星雲の守護者がきたる。紡がれし歴史よその名を告げよ!E・HERO ネビュラ・ネオス!」

 E・HERO ネビュラ・ネオス 攻3000

 光がゆっくりと消えていき大宇宙、その中でも星雲の名を持つその英雄の姿が白日の下にさらされる。魔界劇団の一行を前に一歩も引かず、ひとりぼっちの戦場を死守するその姿はまさにその主の妄執の生き写しのようにも見えた。

「さて、ネビュラ・ネオスの効果発動さね。このカードの特殊召喚に成功した時、相手フィールドのカードの数だけドローし、さらにカード1枚の効果を無効にさせてもらうよ」
「『……ああ、なんということでしょう。魔界劇団の煌めきは、宇宙に輝く大鉱脈。しかしその輝きは今回、私ではなく伝説のお方の前にその光を導いたというのでしょうか?私のフィールドに存在するカードはPゾーンのメロー・マドンナとティンクル・リトルスター、そしてモンスターゾーンのダーク・リベリオン、デビル・ヒール、ビッグ・スター。そして先ほど伏せました、魔界台本「オープニング・セレモニー」とこの伏せカードの計7枚。それが今、私に対して牙をむこうとしております……ならばせめて、その枚数を減らすことにいたしましょう。トラップ発動、闇霊術-欲!私のフィールドから闇属性のビッグ・スターをリリースすることにより一時の間だけ舞台袖へと下げまして、カードを2枚引かせていただきます』」

 闇霊術には本来相手が手札の魔法1枚を公開することでドロー効果が不発になるきわめて大きなデメリットがあるものの、ドローする直前のこのタイミングならば老人の手札は0。咄嗟に被害を最小限に食い止め軽い調子で合わせはしたものの、内心で頭を抱える鳥居。これまでのデュエルにおいて2対1という圧倒的有利な状況であってなお自分たちを翻弄し続けていたこの老人に、ここにきて5枚もの追加ドロー。しかも糸巻はもう戦えない、それを自分1人で全て受け止め切らなければならないとは。
 それでもそれを態度には出さなかったのは、すっかり忘れていたとはいえ腐っても演者、長年かけて培ってきた技術の賜物といえるだろう。

「そして、だ。ひひっ、若いの。今のタイミングがいつだったか、覚えているかい?」

 そんな問いかけに合わせるかのように、ネビュラ・ネオスのドリルがおもむろに回転を始めた。最初はゆっくりと、しかし次第に加速していき、かすかだが不気味な音を響かせる。
 そして鳥居がそれに応えるよりも先に、先手を打つように老人が笑う。

「今はエンドフェイズだ、それも君のでもなければ私のでもない、糸巻の、ね。なにせターンプレイヤーが敗北したんだ、強制的にそのターンは終わる……そして、ネビュラ・ネオスはこの瞬間に動き出す」

 回転するドリルを天高く掲げたネビュラ・ネオスが、その右腕を足元へと振り下ろす。プラントの床を紙切れか何かのように貫いたその穴は、しかし真下の階には繋がっていなかった。そこに開いていたのは、ぽっかりと広がる大宇宙。無限に広がる黒い空間と、いくつもの星々だった。

「ネビュラ・ネオスは毎ターンのエンドフェイズごとに、エクストラデッキへと強制的に帰還する。そしてその際に、フィールドに存在するカード全てを裏側で除外する!スターボウ・フラッシュ!」

 全体裏除外という無差別で、そして最高峰の除去を前に、思わず手札に目をやる鳥居。彼の視線の先にあるのはレベル2モンスター、ホップ・イヤー飛行隊。相手ターンに自分のモンスター1体を選択して手札から特殊召喚し、そのモンスターと2体のみでシンクロ召喚を可能とする攻防一体の強力なチューナーである。
 この効果が使えれば、デビル・ヒールをこの除外効果から逃がしつつレベル10のシンクロモンスターを呼ぶこともできる……しかし、それはできない。彼のエクストラモンスターゾーンには先ほど彼自身が怒りに任せて呼び付けたダーク・リベリオンが陣取っており、これ以上エクストラデッキからモンスターを呼び出すことができないからだ。自業自得、その言葉が重くのしかかる。
 そして、宇宙がすべてを飲み込んだ。ネビュラ・ネオスの開いた宇宙空間へと繋がる穴へと魔界劇団一行が、そして老人自身の王宮の勅命までもが、抵抗する間もなく吸い込まれていく。それどころか穴はどんどん広がっていき、床を、壁を、天井を侵食する。気が付いた時には、鳥居と七宝寺はもはや上も下もない宇宙空間にただ2人浮かんでいた。

「そして、私のターンだ。まずはE・HERO リキッドマンを召喚し、効果発動。墓地に存在するエアーマンを蘇生し、そのエアーマンの効果によってデッキから3枚目のネオスを手札に加える」

 宇宙空間に、水と風のヒーローが現れる。これで老人の手札は、7枚。

 E・HERO リキッドマン 攻1400
 E・HERO エアーマン 攻1800

「戦士族モンスターのリキッドマンとエアーマンを、右下及び左下のリンクマーカーにセッティング。2体目の聖騎士の追想 イゾルデをリンク召喚し、その効果を発動するよ。デッキから装備魔法、フェイバリット・ヒーローを墓地に送り、その枚数と等しいレベルを持つ戦士族モンスター1体をデッキから特殊召喚すさせてもらう」

 聖騎士の追想 イゾルデ 攻1600
 焔聖騎士-リナルド 攻500

 そして特殊召喚されたリナルドの効果によって、墓地に送られたばかりの装備魔法、フェイバリット・ヒーローが老人の手札に加えられる。それは、1ターン目にも彼が狙いこそしたものの糸巻の妨害を受けたことで不完全なままに終わったコンボ。しかしもはやフィールドのカード全てを失った鳥居に、あの時の彼女のような真似は出来はしない。

「リンク2のイゾルデと、このリナルドを上、右下、左下のリンクマーカーにセット。世界を紡ぐ龍脈の渦が、あるべき姿に歴史を描く。私の描く未来図に、ね。リンク召喚、リンク3。天威の龍拳聖」

 天威の龍拳聖 攻2600

「そして魔法カード、融合を発動。先ほど加えた手札のネオスと、このレベル4モンスター。ステイセイラ・ロマリンで融合を行わせてもらうよ」

 そして次に手札から出てきたのは、HEROとは不釣り合いな植物族の少女。困惑する鳥居をよそに、その融合はすでに成立していた。上半身の筋肉がより一層盛り上がり、格闘戦に特化したネオスの進化した姿。

 E・HERO ブレイヴ・ネオス 攻2500→3400

「ブレイヴ・ネオスの攻撃力は、私の墓地の(ネオスペーシアン)及びHERO1体につき100アップする。本来私の墓地に大将のカードは7枚しかいないがね、ステイセイラ・ロマリンがカード効果によって墓地に送られた時、私はデッキかエクストラからレベル5以下の植物族を墓地に送ることができる。この効果で私のエクストラからレベル4、N・ティンクル・モスを墓地に送ったから、合計8体で800ポイントさね」

 これで、大型アタッカーが2体。だが、まだ老人の手にはカードが残っている。果たしてそのうち1枚が、デュエルディスクに続けて置かれた。

「魔法カード、ミラクル・コンタクト。私の墓地から指定されたモンスターをデッキに戻し、コンタクト融合体を融合召喚するよ。当然この3枚のネオスのうち1体と、たった今墓地に送ったルール上グロー・モスとしても扱うティンクル・モスの2枚をね。ブレイヴ・ネオスの攻撃力は多少下がるけれど、これぐらいなら安いものだろう?」

 彼がその姪でもある八卦の師であることを嫌でも彷彿とさせる、植物族ならではのサポートカードを駆使してのヒーロー展開によって宇宙の果てから光の体を持ったネオスの進化体が戦場へと現れる。その手にした光の槍が、あの純粋な少女が得意としていた植物とヒーローの合わせ技のルーツを見せつけられて苦々しいものを感じる鳥居の心中とは裏腹に漆黒の宇宙にあってなお引き立つように輝いた。

 E・HERO グロー・ネオス 攻2500
 E・HERO ブレイヴ・ネオス 攻3400→3200

「そしてレベル6以上のヒーロー専用装備魔法、フェイバリット・ヒーローをブレイヴ・ネオスに装備。ひひっ、もっとも今は何も起きやしないがね」

 ブレイヴ・ネオスの全身に明るい黄色のオーラが立ち上るが、老人の言葉通り特にそれによってステータスに変化が訪れたわけではない。しかし、それで準備はすべて整ったようだ。

「ひひっ、年甲斐もなく張り切ってしまったよ。待たせたね若いの、そしてこれで最後にしよう。まずバトルフェイズ開始時にフェイバリット・ヒーローの効果によりデッキからフィールド魔法、融合再生機構を発動。フィールド魔法が存在することによりフェイバリット・ヒーロー装備モンスターの攻撃力は、その守備力分だけアップする」

 バトルフェイズへの移行を宣言すると同時に、周りの宇宙に無数のスペースデブリが漂い始める。封の空いた簡易融合、砕けたフュージョン・ウェポンの破片、魔神王の契約書の石板の欠片……いずれも融合モンスターやその召喚に関連したものばかりだ。

「ブレイヴ・ネオスでダイレクトアタック、ラス・オブ・ブレイバー!」

 飛び上がったブレイヴ・ネオスが、宇宙のそのものすらも切り裂くかのような鋭い手刀で鳥居へと迫る。本来七宝寺がこのデュエルに勝利するだけならば、この一撃で全てが終わるほどの破壊力。しかし老人はそれを良しとせず、さらにデコード・トーカーとグロー・ネオスを並べてみせた。これは勝利を確信したが故の魅せプレイやオーバーキル狙いなどではない、そう鳥居は分析する。
 おそらく、彼はこう思っているのだ。この一撃だけでは、あの若いののライフは削り切れないと。九分九厘勝利を掴んだような状況に持っていきながらも最後まで油断のない、優れた狩人に特有な神経質なまでの用心。そしてそれこそが、彼に伝説の……『グランドファザー』の名をほしいままにしてきたのだろう。
 だがしかし、鳥居浄瑠にも意地がある。それはデュエルポリスとしてのものでもあり、いちエンタメデュエリストとしてのものでもある。そして何より、彼は仕事は碌にしないわこちらの言うことは聞かないわ、そのくせ独断専行ばかり繰り返す腐れ縁の……しかしパートナーである上司から、この場を託されたのだ。用心に用心を重ねられたからと言って、はいそうですかとそのまま押し切られるわけにはいかなかった。

「『圧倒的な物量を持って正義の鉄槌を下さんとばかりに押し寄せる英雄たち、対する魔界劇団は大宇宙を前に壊滅状態。ですが、しかし!この我らが劇座開幕以来の大ピンチに、思わぬ援軍が現れました!大スペクタクルサーカス団、EM(エンタメイト)よりお越しいただいた頼れる小さな援軍の名を、今こそここにご紹介いたしましょう!』」

 言いながら、彼の手元に残った貴重なリソースである手札1枚をデュエルディスクに置く。その場に召喚されたモンスターの名を、一拍置いて高らかに宣言した。

「『まあるい小さな帽子屋さん、EMクリボーダー!彼は相手モンスターの直接攻撃宣言時、その身を戦場へと躍らせます!そしてその攻撃モンスターと自身とで、強制的にバトルを行わせるのです!』」

 E・HERO ブレイヴ・ネオス 攻5200→EMクリボーダー 攻300(破壊)
 鳥居 LP4500→9400

「『じゃーん!どうです、これこそがクリボーダー最後の特殊能力!彼が自身の効果によって行った先頭によって発生するダメージは、なんとそのすべてが私のライフとして回復に置き換わるのです!ピンチを転じてチャンスと成す、これで私のライフポイントは、なんと1万の大台すらも見えてくるほどになりました!』」
「ならばこちらもブレイヴ・ネオスの……そしてフェイバリット・ヒーローのもう1つの効果を発動!まずブレイヴ・ネオスが戦闘でモンスターを破壊したことで、デッキからネオスの名が記されたカード1枚を手札に加える。そうさね、どうせ今すぐ使いたいようなものはない、ネオス・フュージョンでも持ってきておこうかね。そしてフェイバリット・ヒーローを装備したモンスターがモンスターを戦闘破壊した時、このカードを墓地に送ることで装備モンスターはもう1度攻撃ができる。ラス・オブ・ブレイバー・セカンド!」

 再び立ち上がったブレイヴ・ネオスが、またしてもネオスペースを駆ける。その全身から黄色のオーラが抜けたことでそれ相応に攻撃力が下がりこそしたものの、その一撃は今度こそ鳥居を打ち据えた。

 E・HERO ブレイヴ・ネオス 攻5200→3200→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP9400→6200

「『ぐっ……!ですが、まだまだです!』」
「あいにくだが若いの、こちらもまだまだなんでね。グロー・ネオスで攻撃、ライトニング・ストライク!」

 次いで飛び出したのは、グロー・ネオスが投げつけた光の槍。もはや防御手段のない鳥居の腹に、それが深々と突き刺さって消滅する。

 E・HERO グロー・ネオス 攻2500→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP6200→3700

「天威の龍拳聖!」

 最後に放たれる、幻竜の力を宿した格闘家の一撃。骨どころか内臓までイカれたような衝撃が走り、宇宙空間を吹き飛ばされた鳥居の体が、あくまで映像によって上書きされただけで実際に消失したわけではないプラントの床にごろごろと転がった。

 天威の龍拳聖 攻2600→鳥居(直接攻撃)
 鳥居 LP3700→1100

「何かしてくるとは思ったが、クリボーダーとはね。だが君の手札はこれで残り2枚、そしてフィールドは空。エクストラデッキにもペンデュラムカードのないような状態で、そのデッキがどこまでやれるかな?メイン2に装備魔法、インスタント・ネオスペースをグロー・ネオスに装備。これにより、グロー・ネオスはエンドフェイズにエクストラデッキへと戻る効果を発動しなくともよくなった。最後に融合再生機構の効果でこのターン融合素材となったステイセイラ・ロマリンを手札に回収し、ターンエンドだよ」

 七宝時の言葉は、あながち悲観的な観測でもない。一度崩されてもPゾーンとエクストラデッキに加わったペンデュラムモンスターさえ無事ならば立て直しの目があるのがペンデュラムの強みだが、今の彼にそれはすべて存在しない。
 しかし、そこで笑うのがエンタメデュエリストだ。エンタメの心を取り戻した彼は、この状況にあってなお晴れやかに笑ってみせる。ほんの一瞬だけその笑顔が横に倒れる糸巻の若かりし頃と重なって見えた気がして、老人の胸がわずかにざわついた。

「『確かに今の私は絶体絶命、ですがまだ逆転勝利の目がないわけではございません。魔界劇団がお届けするものは不滅のエンタメ……まして今宵の演目の主題は、魔界劇団世界を救う。史上最大のスケールでお送りされるこの大義を果たすため、見事逆転の一手を手繰り寄せましたらご喝采。それではいよいよ参ります……ドロー!』」

 もはやクリボーダーのようなカードはなく、もう1ターン老人に攻撃の機会が巡ってきたらそれを受けきることは不可能。正真正銘これが最後の、反撃可能なラストターン。

「『来ました、強欲で貪欲な壺を発動!私のデッキトップからカードを10枚除外し、さらなる可能性を導くカード2枚を私の手札に補強いたします!』」

 土壇場でのドローソース、3枚から4枚に増える手札。そして希望の道筋は、繋がった。妄執に囚われた伝説を下し、未来をつかみ取るための最後の一手。

「『1ターン目に引き続き、もう1度名乗らせていただきます。ライトPゾーンにスケール0、我らが誇る世界の歌姫!魔界劇団-メロー・マドンナをセッティングし、最後の凱歌を歌いましょう!私のライフ1000をコストに、デッキより呼び出すはスケール8。誰もを笑わす最高の喜術師、魔界劇団-ファンキー・コメディアンをレフトPゾーンにセッティング!』」

 鳥居 LP1100→100

 左右に立ち上る、光の柱。0と独特な字体で刻まれた右側のそれには黒衣の歌姫が、対となる8と刻まれた左側のそれには丸々と太る4本腕のコメディアン。召喚可能なレベル帯は、1から7。

「『今こそ満を持し、彼らの名前を呼びましょう!世界を救いに現れた、栄光ある座長にして永遠の花形!ペンデュラム召喚、再び舞台に甦れ!魔界劇団-ビッグ・スター!』」

 どこからともなく差し込んだ何本ものスポットライトの中央に、長身隻眼の座長が深く腰を落としての優雅な一礼とともに現れる。先ほど対峙していたネビュラ・ネオスのように、圧倒的な戦力を前にただ1人。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500

「ペンデュラム召喚したモンスターが1体だけならば、まだ私は……」
「『花形ビッグ・スターによる満を持しての大舞台、まずはその前口上をお楽しみくださいませ。先ほどは王宮からの要請につき緊急公開停止に追い込まれました魔界劇団を代表する演目、魔界台本「魔王の降臨」をデッキからセットし、そのまま発動!レベル7以上の魔王ビッグ・スターが存在するため一切のチェーン不可の状態で、1枚のカードを破壊いたしましょう。魔王の号令によってひれ伏すこととなるカードの名は、天威の龍拳聖!』」

 先ほども持ってきていた台本を手にするビッグ・スターが、その全身に漆黒のマントを巻きつける。頭に乗った三角帽子からも二本の角が生え、魔界の花形は魔界の王となった。

「『そして波乱を起こすアドリブの達人、魔界劇団-コミック・リリーフを通常召喚。そしてファンキー・コメディアンのペンデュラム効果発動、ハイテンション・エール!コミック・リリーフ1体をリリースし、このターンの間だけビッグ・スターにその攻撃力の数値を加算いたします!』」

 魔界劇団-コミック・リリーフ 攻1000
 魔界劇団-ビッグ・スター 攻2500→3500

「ブレイヴ・ネオスの攻撃力を超えたところで!」

 吠える七宝寺に、相対する鳥居。その手に握られた最後の手札が、このデュエルを終わらせるために勢いよく発動される。

「これが私の、最後の1枚!魔法カード、トイ・パレード発動!」
「トイ・パレード……!」

 老人の顔が、察してしまった絶望に歪む。そのカードの効果を知らないままでいるには、彼のキャリアは長すぎた。それへの抵抗手段がないということすらも、理解できてしまうほどに。

「『私のエクストラデッキから特殊召喚された闇属性モンスター、つまりこのビッグ・スターを選択し、このターン私はこのビッグ・スターでしか攻撃宣言できない代わりに、相手モンスターを遷都破壊し墓地に送るたびに何度でも攻撃を繰り返すことが可能となります。さあ今こそ、勝利へのパレードを走るクライマックスシーンの始まりです!』」

 ビッグ・スターが指笛を吹くと、宇宙の彼方から1頭の馬が走り寄ってくる。むき出しの白い歯に赤く光る瞳、そして4つの蹄を包む紫の炎。普段魔界大道具「ニゲ馬車」として使われているうちの1頭が、その花形の勝利への道を飾るために放たれたのだ。そこにひらりと飛び乗ったビッグ・スターが素早く手綱を絞り向きを変えさせ、英雄たちへと進路をとった。
 その正誤善悪はともかく、たったひとりで長いこと戦い続けてきた伝説のデュエリストなのだ。その花道は、せめて華やかなものであっても罰は当たらないだろう。

「『ビッグ・スターによる、これが最後の凱旋行進です!バトルフェイズ、まずはブレイヴ・ネオスに攻撃!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻3500→E・HERO ブレイヴ・ネオス 攻3200(破壊)
 七宝寺 LP1600→1300

「『トイ・パレードの効果により、続きましてはグロー・ネオスに攻撃!』」

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻3500→E・HERO グロー・ネオス 攻2500(破壊)
 七宝寺 LP1300→300

「ぐうううっ……!この瞬間に装備魔法、インスタント・ネオスペースのもう1つの効果を発動!装備モンスターがフィールドを離れたことにより、デッキからネオス1体を特殊召喚する!」

 E・HERO ネオス 攻2500

 がら空きになったフィールドで、それでも最後まで立ち上がる傷だらけの英雄。それに何の意味もないことなど、本人が一番よく分かっているというのに。
 ネオスの攻撃力では、さらなる攻撃の権利を得た今のビッグ・スターから耐えきることは不可能。ならばと守備表示で出したところで、魔王はそれを蹂躙したうえでまたもう1度攻撃する権利を得るだけのこと。仮にオネストやオネスティ・ネオスのようなコンバットトリックを行うカードがあるというのならば、なぜそれをブレイヴ・ネオスやグロー・ネオスの時に使わなかったという話になる。
 結局のところ、これは悲しき意地の行為でしかない。今まさに全てを失い敗北しようとしている老人が、最後に自らの魂とまで呼んだカードと共にあろうとする生き様を、どうして無駄と切り捨てられようか。
 鳥居は馬上のビッグ・スターに視線をやり、ビッグ・スターもまた自らの主の意思を確認するかのように視線を飛ばす。2つの目が、そこに宿った意思が、確かに噛み合ったように彼には感じられた。

「ネオスに向けて最後の攻撃……クライマックスワンマンショー!」

 人馬一体となったビッグ・スターが、4つの蹄から炎の軌跡を引きながら宇宙を駆ける。ネオスもまた宇宙空間を蹴り、弾丸のように真っ向からそれを迎え撃つ。最後の邂逅は、ほんの1瞬のことだった。

 魔界劇団-ビッグ・スター 攻3500→E・HERO ネオス 攻2500
 七宝寺 LP300→0





 今度こそ力尽きた宇宙の英雄が、墓標代わりのスペースデブリの中に崩れ落ちる。悲鳴すら上げず、老人の姿が吹き飛ばされる。2つの体が倒れこむと同時に、周りの宇宙空間が何の変哲もないプラント内部の風景へと戻っていった。

「終わっ……たぁ……」

 疲労と安堵が入り混じった感情から今すぐにでもその場にへたり込みたい衝動にかられた鳥居だったが、そうはさせまいと言わんばかりのタイミングで彼のデュエルディスクに通信が入る。どうにか通信機能をオンにすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『ハローハロー、こちら清明。そっち何かやった?さっきから糸巻さんにも連絡とってもらってるんだけど、全然出ないのよねあの人』
『彼女の程度の低さ……失礼、幼稚さ……失礼、くだらないことに心血を注ぐ極めて稀な才能から考えて、連絡を取っているのが私だから無視しているのかと思いましたが、どうもそうでもなさそうですので貴方の方に連絡をつけさせてもらいました。ちゃんと連絡が取れるあたり、上司の悪癖は引き継いでいないようで何よりです』
『さっきまでこっちもドンパチやってたんだけど、たった今急に終わっちゃったのよね。まあ、そのおかげで助かったんだけど』
『どうもご老体、こちらからは一切の操作を受け付けなくさせた代わりに自身の敗北とプラントのシステムを紐づけさせていたようで。こちらは何もしていないのに、プラントの『BV』全体に緊急停止がかかりましたよ。それで本題ですが、残念ながら少しばかり勝負を決めるのが遅かったようですね。ご老体が言っていたよりは小規模なもので終わりそうですが、この施設は爆発します。脱出、できそうですか?』

 これで世界は救われた、のだろうか。もしかしたら七宝寺が勝っていた方が世界への、デュエルモンスターズへの、そしてそれを生業とする人々の救いにはなっていたのかもしれない。そんな感傷に浸る暇さえくれない最後の難題に、ふらつく頭で周りを見回す。七宝寺も糸巻も完全に気を失っているのか、いまだ倒れたままピクリとも動かない。抱え上げて運ぼうにも、そもそも彼本人がすでに体力も気力も限界に近い。

「……いや、こっちは」
『はい、わかりました。だそうですよ、荒事はあなたの領分でしょう?そのために貴方を連れてきたのですから、馬車馬のように働いてもらいましょうか』
『へいへい、人使いの荒いこって。そこ動かないでよ、危ないから……ゴー、チャクチャルさん!ミッドナイト・フラッド!』

 瞬間、プラントが足元から大きく揺れた。エネルギーの塊がおもむろに床を突き破り、呆然とする鳥居の眼前に空いた巨大な穴から漆黒に紫のラインが入った巨大なシャチのモンスターが浮上する。その背には、案の定たった今まで通話越しに話していた2人組の姿。

「あ、いたいた。迎えに来たから、早くボートまで戻るよ!ごめんね、さすがに本土まで実体化を保たせるのは、僕の方が潰れる……」
「……はははっ」

 規格外、常識外れ。あまりといえばあまりの力技っぷりに、もはや乾いた笑いしか出てこない。デウス・エクス・マキナ、物語を強制的に終わらせる機械仕掛けの神。
 仮にも劇者としては存在自体を恥ずべき概念ではあるが、それはきっとああいうやつのことを指すのだろうとふと思った。 
 

 
後書き
Q、Cパート書くの面倒になったな?
A、優しい世界にしたと言ってください。細かい話は例によって後語りにぶん投げますが、初期プロットではここで清明が色々あって爆発に巻き込まれ生死不明になる感じでした。詳しくは後語り(そのうち書きます)にGO。 
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