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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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無間アスタリスク

 
前書き
遅筆過ぎて、申し訳ありません。 

 
第1管理世界ミッドチルダ 北部
アウターヘブン社FOB

夢……。

私はまた夢を見た……ここではない異質な世界。存在自体あやふやで、現実と虚構の狭間に位置する物語。

この夢が何を伝えようとしているのかはわからない。ただ、見えるってことは何か私に必要なことが込められていると、そう思いたい。

夢の始まりは見覚えのない荒野。名も無き騎士達の屍が大地を覆いつくすほど転がっている光景は、そこで数多くの命が失われた大規模な戦闘があったことを示唆していた。

その屍の山を背に、彼が佇んでいた。見た目はジャンゴに瓜二つだが、私の知っている彼ではない。深紅のマフラーを纏っていない上、青年の体躯をしている彼は恐らく異なる運命をたどった太陽の戦士だ。そしてそんな彼の目は、深い絶望と悲しみに彩られていた。

そんな彼の下に甲冑をまとった一人の女性が神妙な面持ちでやってきた。あれは、ガレアを統治していた頃のイクス?

「復讐に彩られたる常世……覆いつくすはヒトの妄念。愚者の統べる世が破滅をもたらし、混沌の果てに真の救済が……あぁ、遅かったな」

「これは……あなたが?」

「そうだ、オレがやった。お互いに死んでも譲れないものがあったからな。そして、お前も戦いに来たんだろう?」

「いえ……あなたは各国の思惑に翻弄されただけ。俗人達に悪意を向けられただけで、あなた自身に過失は無かったはずです。そんなあなたと戦う理由はありません」

「お前個人で見ればそうであっても、この戦いにオレが勝った以上、忌まわしい連中の建前がある意味では立証されたことになる。国家反逆の危険人物、大量虐殺者……そういった汚名を被った以上、オレはヒトの世から完全に追放された」

「そんな……そんなことは……! だって、あなたは……!」

「太陽の戦士、か? だがポリドリもアンデッドもいない今、為政者に制御できないこの力はただの脅威と見做された。要は用済みってことだ」

「でも……そんなの酷すぎます。故郷を奪われ、最愛の女性を奪われ、それでも戦い続けたあなたが……なぜまたヒトに裏切られ、そこまで貶められることになるのですか……!」

「所詮、ヒトはそういう生き物だっただけだ。オレやお前が守ってきた存在は、どうしようもないほどに愚かだった。お前もわかっただろう、人間の本当の姿に。全てのヒトはお前や彼女のような心を持っていない、むしろオレを陥れた俗人達のような悪意を持っている。善人がどれだけ善性を訴えようと、悪人がもたらす悪性の方が圧倒的に強い。ヒトが変わらない限り、この世界が滅ぶ運命は避けられないんだよ」

感情の死んだ声音で彼が淡々とヒトへの絶望を口にしていくほど、イクスの顔は哀しみに覆われていく。たった今、夕日が地平線に沈んで夜に移り変わるのと同じように……。

「……恨んでますか、私を?」

「お前を恨んで何が変わる? 何が変えられる? そもそもオレにはお前を恨む理由が無い」

「ですが、あの地に戦いを招いたのは……あなたを戦乱に巻き込んだのは私です」

「だが彼女を連れてきたのもお前だ。オレが彼女と会えたのはお前のおかげだ。それに、遅かれ早かれ戦乱はあの地を飲み込んでいた。誰も止めようがなかったものを、お前一人で止められたとでも? 少し見ないうちにずいぶん自惚れるようになったな、イクス!」

「う、自惚れてなんか……!」

「この戦乱を経て、よく理解した。恨むだけでは何も変わらない。この悲劇の連鎖は止まらない。だからオレはこの報復心で全てを変えてみせる。世界も、人類も、このオレ自身すらも」

―――ザシュッ。

その瞬間、彼の胸元を後ろから剣が貫いた。彼と戦った騎士達の屍の中で唯一生き残っていた騎士が、瀕死の状態で仲間の仇を討とうとしたのだ。

突然、目の前で彼が心臓を貫かれる光景を見て、イクスが目を見開くが……彼は何の意にも介さなかった。それどころか後ろを振り返ることなく、彼は怨嗟の炎を具現化させたような闇のオーラを顕現させ、自らの姿を変容させる。
目を赤く光らせ、頭上に二本角が生えて、肌から血色が消えたその姿は、紛れも無くヴァンパイアであった。そしてその手に握られているのは、真っ黒な刀身の先端が中割れしてどす黒いビーム上の刃を形成し、真ん中のリング状の部分に“喰”の文字が浮かんだ奇妙な剣。

「や、やはりその剣は……ぐぁああああああ!!!」

彼がその剣を逆手にすると、騎士の方に向けて黒い電撃を発した。ほぼ零距離からの反撃を為すすべなく受けた騎士は目や口から大量の血を吐きながら苦しみ悶え、そして肉体が黒い粒子状に分解されてしまう。やがて騎士の遺体は一片も残らず消されてしまい、彼に刺さった騎士の剣もヴァンパイアの肉体再生能力で抜け、地面に落ちてカランと軽い音を立てた。

「フッ……これでわかっただろう。今のオレはもう、お前の知るオレとは違う」

「そ、そんな……太陽の戦士であるあなたが……なぜ!? ずっと私達の心の支えだったあなたが、そこまでの絶望に陥ってしまったのですか!?」

「日は昇れば、いずれ沈む。それが自然の摂理だ。今この時を以って、オレは太陽の戦士の名を返上する! 次元世界の人類から、太陽の加護は失われる! フハハハハハ!!」

「あなたは希望だった! 私にとってもあなたは特別だった! この世界で唯一、太陽に選ばれし存在だった! なのに……なのに!! この世界に光をもたらしてきたあなたが、光を奪う側になるなんて!!!」

狂ったように嗤う彼の姿に、激しい無力感に苛まれたイクス。たまらず膝をついた彼女に、無情にも彼は剣の切っ先を向ける。

「さあ立て。立ってオレと戦え」

「い、嫌です。あなたとは戦えません……!」

「戦え」

「嫌です」

「戦え!」

「嫌です!」

「戦えと言っている!」

「嫌だと言っています!」

何度も繰り返される押し問答。耳を塞いでもう聞きたくないと泣き喚くように、イクスは彼の言葉を否定し続ける。しかし、

「お前は王だ。王なら王の責務を果たせ、イクスヴェリア!」

「ッ……!」

何かのブロックワードが引っかかったのか、まるで死んだような目になった彼女は涙を流しながらも腰に刺さった軍刀を構え、友であり仲間だった彼に向ける。

「わ、わかりました……こんな真実を目の当たりにしてしまっては、もう引き返せません。私も王ですから……あなたが闇に堕ちたというなら、責務は果たさなければなりません……!」

「ああ……決別の時だ」

「……これで、私は永遠の悪夢に囚われたんですね」

「ならここで大人しく死ぬか? 死ねば悪夢を見ずに済むぞ」

「いえ、私は逃げる訳にはいかないのです。王として、やるべき事を果たすまでは……!」

「フッ、ビビりちゃんのお前に果たせるかな?」

嘲るような言葉を吐き捨てた直後、彼はイクスへ音速に匹敵する速度で走る。対するイクスも転移魔法で一旦距離を取り、当時は彼女の武器であったマリアージュ・コアシステムをフル稼働させて、周囲に転がる騎士達の死骸をマリアージュ化、死者の軍勢を即席で展開する。直後、あの長距離を詰めてきた彼の先制攻撃を軍刀から展開したシールドで防いだイクスは眼前にいる彼に向けて攻撃を指示し、命令を受諾したマリアージュが一斉に襲い掛かる。その数、100人。

忘れがちだがマリアージュはそれなりに強い上、損傷した際に自爆する機能がある。つまり彼にとっては自爆特攻兵器が周囲から無数に襲い掛かってくる構図になる訳で、いかなる実力者、どんなに強力なヴァンパイアであろうとこの場面を無傷で潜り抜けるのは不可能に思えた。

そもそもイクスと彼の実力差から鑑みるに、イクスは接近戦に持ち込まれると敗北は必至。だからこそこの手を打ったのだが、しかし彼は事前に予想出来ていたのか表情一つ変えず、例の奇妙な剣から途轍もない力を発動させる。

「モナドサイクロン!」

直後、彼は回転斬りで真っ黒な旋風を引き起こす。たったそれだけで百人のマリアージュが吹き飛び、さっきの騎士と同様に粒子状へ分解されていく。自爆どころか攻撃一つさせないで、あの包囲を真正面から打ち破ったのだ。

だがイクスも次の手を既に打っており、新たなマリアージュ50人を用意していた。電撃戦の如くマリアージュに次々突撃指示を下した……が、

「滅・モナドバスター!」

それは彼が例の剣から放ったどす黒い砲撃……否、巨大な斬撃によって一刀両断される。またしても一撃でマリアージュが全滅してしまったイクスは次のマリアージュを用意しようとしたものの……、

キンッ!

「ッ!?」

ドサッ!!

一瞬だった。彼がイクスの軍刀を根本からへし折り、そのまま地面に押し倒した彼女の首筋に自らの剣の刃を押し当てたのだ。あまりの実力の違いを肌で感じたイクスは、全ての覚悟を決めて目を閉じた。だが、彼女に死は訪れなかった。

「やるべき事がまだ残っているなら、すぐに果たせ。もう猶予は無い」

「え……?」

「状況は既に動き出した。アレが使われれば、ガレアが世界から消えるのは自明の理だ。後はわかるな?」

「……」

「これが最後の忠告だ。さらばだ、戦友。もう二度と会う事は無いだろう」

そうして、彼はイクスに何もせず去った。仰向けで倒れた姿勢のまま灰色の空を見つめるイクスは静かに呟く。

「戦友だと思ってくれてるなら、こうなる前に頼ってくださいよ……! あなた達のために……何も出来なかったじゃないですか……!」

王ではなくただの少女として、涙を流すイクス。国に、政治に、運命に翻弄された挙句、全ての友人を失った彼女の哀しみが、私の中に流れ込んでくる。

あぁ、どうして……なぜ運命は私から全てを奪うんですか? なんで私の傍から誰もいなくなるんですか!? イヤ……独りはイヤ……! ひとりぼっちはイヤだ……! あの孤独が怖い! 誰か……誰かいないのですか!? 私を独りにしないで……誰か、私を見つけてください……!

私は王です。王とは孤独であり、孤高の存在。ならば友が離れていくことも必然だったんです。そう、王は生きている限り国のために自らの全てを捧げ、国民のために責任を果たさねばなりません。それが王と成った者の義務なのです。

少女としてのイクス、王としてのイクス。二つの相反する思考が、一つの人格に問いかける。苦しい葛藤の末、かつてのイクスの中では王としての人格が勝利した。そしてガレアの王としてデウスの抜け殻を封印するという責務を果たし、彼女は長き眠りについた。

イクスは王として生き、王として歴史から退場した。彼女はまだ私の中で生きているが、それはともかく、イクスは私情より使命を果たすことを選んだのだ。実際、当時の社会でも、歴史的に見ても、世界秩序的に見ても、それは正しい判断だと誰もが判断するだろう。今在る世界を守るために犠牲になったのだから、その世界に住む者としては称賛するべき行為なのだろう。

しかし……いくら称賛の声が上がったとしても、それで犠牲になった者が報われたとは思えない。むしろ当事者の気持ちを全く理解しないまま、犠牲を喜ぶ世界に怒りを覚える人もいる。だがそういった声は大抵封じられる、犠牲を良しとした者達の手によって。

だからこそ私はこの次元世界を去りたいのだ。このままここにいれば、私個人の意思を無視して世界存続のために利用されるとわかっているから。ああ、そうだ。私は私でありたい。月詠幻歌の歌姫ではなく、ニダヴェリールの月下美人として生きるために、

「私はシャロン・クレケンスルーナ、ニダヴェリールの月下美人だ」

だから次元世界の人間が求める“偶像”になんかなってたまるか。そうして鏡に映る自分の姿に、私の在り方を改めて宣言する。後ろでアインハルトちゃんが問いかけてきたけど、内容が内容なので答えようが無かった。

それはそれとして……、

「ごめん、イクス」

『朝からいきなり謝ってくるなんて、どうかしたんですか?』

「いや……勝手に記憶覗き見ちゃったから」

『覗き見? あぁ……同化している以上、記憶の流出みたいな副作用が起こることもあり得ますか。まあ……恥ずかしいと言えば恥ずかしいのですが、実の所あまり気にしていないので……。シャロンが私のどの記憶を見たのかは知りませんが、内容次第ではむしろ私の方こそ謝るべきでしょうし』

「なんで? 例え仲の良い友人でも、勝手に自分の記憶を見られたら不愉快でしょ?」

『普通ならそうでしょう。でも私の記憶は凄惨なものが多いですし、見えたのも別に故意じゃないんですから、私は許します。だからシャロンが重く受け止める必要はありません』

「寛大な対応ありがとね」

夢でイクスの記憶を見た件は、彼女の許しを以って終いとなった。さて……それじゃあ今日も世紀末世界に帰るべく頑張るとしますか。

と、アウターヘブン社の支給品のワイシャツから着替えようとした私は、ふと気づく。

「あ、今日着る服……」

エクスシア・ドレスは昨日洗濯に出したし、世紀末世界から着てきたチュニック系の私服はボロボロなので一度修繕する必要がある。つまり今、まともな服が手元に無い。

「しまったなぁ。セインがいる内にお願いするべきだった」

ついさっきまでいた彼女はディープダイバーを使って、他のナンバーズの所へ帰ってる。今更呼び戻すのも気が引けるが、この場合はしょうがない……。

コンコン。

「ん、起きてるか、シャロン?」

「ケイオス? あ、おはよう」

「おはよう。それより起きてるなら何故部屋から出てこない? 何かあったのか?」

ノックしてから扉越しにケイオスが話しかけてきたので、事情を説明する。ちなみに昨日から二徹させるのも悪いと思い、今回は見張りを頼んでいない。にも関わらずケイオスが来てくれたのは、この状況では好都合で、彼に私が着れる服が無いか尋ねてみる。

「ん、兵士の服なら今は在庫が無い。どうしてもいるなら強奪するって手段はあるが……」

「いやいや味方から強奪はやっちゃダメ。防御力云々とか気にしないでいいから、とにかく今すぐ着れる服って何か無い?」

「ん、それなら当てがある。ちょっと行ってくる」

そう言うと、ケイオスはどこかへ向かったようだ。彼が戻ってくるまでの間、ひとまず私は昨日やれなかった武器の手入れを行うことにした。隣でアインハルトちゃんが興味深く見てくるが、作業の邪魔にはならないのでそのままにしておいた。

さて、ウーニウェルシタースは射出機構を使っただけだから、刀へのダメージもほとんどなく、細かい箇所を掃除するだけで済んだ。一方で民主刀はそこそこ汚れており、損傷もそれなりに見られた。そりゃああんな戦いをすれば、刃こぼれの一つや二つ出来てもおかしくない。武器の耐久度ゲージがあるとすれば、半分以下にまで減少してるぐらいだ。

「この部分なんて大きく欠けてますね。直せるんですか?」

「無理、今できるのはせいぜい研いで切れ味を少し戻す程度。しかも刃が歪になることによる、耐久度の低下はどうしても避けられない」

「え、そんな状態で使って大丈夫なんですか?」

「全然大丈夫じゃない。そもそも刀は切れ味がずば抜けてるからこそ、剣の中で最強と謳われるほどの強さを発揮できるんだけど、相手の攻撃を受け止めるのには適さないんだ。だから強い攻撃を下手に受け止めるとポッキリ行くけど、それはこの刀が万全の状態であっても変わりない」

「だからいつも受け流して、刀にダメージが行かない戦い方をしているんですか?」

「うん、そもそも刀は乱暴に使っていい武器じゃない。だから達人が使うと刀へのダメージを最小限にできるけど、私はそこまで巧く使えていないから見ての通り刃こぼれが生じる。ま、武器に限らず道具は使えば使う程汚れる、欠ける、すり減る。消耗品なんだから頑張って長持ちさせても限度がある。この民主刀も、対となる共和刀も、そこそこ長く使ってきたから、多分近い内に折れるよ」

奪われた共和刀は手入れなんてされてないだろうし、残った耐久度はこの民主刀とどっこいどっこいだろう。ともかく刀が折れたらすぐ持ち替えられるように予め意識しておこう。

さて……ケイオスはそろそろ戻ってきたかな?

「ん、ただいま」

扉を挟んで彼の声が聞こえてきた。ちょうどいいタイミングの帰還に嬉しく思った私は、早速扉を開けて彼を迎え入れようとした。そして、硬直した。

「倉庫を漁ったら良いのがいくつかあった」

そういってケイオスが持ってきたのは、丈の短いセーラー服とミニスカート、妙に硬いリボンとかがセットになった……、

「島風の服はパスでお願いします……」

「ん、そうか」

確かに私は一応スピードタイプだからチョイスは間違ってないんだろうけど、これを人前で着る勇気は流石に無い。まぁ、スピード重視って意味ではレヴィやフェイト・テスタロッサも該当するから、何かの間違いで彼女達が着たら……男は一発で悩殺されそう。

「というか、なんでこの服があるの?」

「ん、水上水中戦用のプロトタイプモデルらしい。詳しい性能は聞いてないからよく知らないけど、なんか装着者の武器の保護もしてくれるらしい」

武器の保護って、例えば海の水の塩分のことだろう。銃火器や刃物といった金属製の武器を海で使えば、錆びるリスクを負うだけでなく、弾丸の火薬が濡れるなどの問題が発生する。確かに兵士にとってそれは致命的なリスクがある。だから保護するのは理解できるし、理屈も通っている。しかし……なんでわざわざこのデザインにしたんだろう?

「ん、作った奴に訊け」

「ですよね~」

「とはいえデザインがアレなのは事実だから、支社長も正式採用はしていない。プロトタイプモデルはこの一着だけだけど、一応水着としても使えるし、実戦性能もちゃんとある。ただ製作技術の漏洩防止の観点から安易に捨てる訳にはいかないってことで、ここに保管されてた」

「その割に扱いがぞんざいだったよね」

「まぁ、やはりデザインがデザインだから、宴会とかパーティ用のコスプレグッズとしてしか使い道が無かったらしい。俺とシオンがここに配属した時も、歓迎会の時の罰ゲームとして使われてた」

「罰ゲーム扱いなんだ、この服着るの。で、ケイオスはそんな服を私に着せようとしたって訳だ」

「防御力云々は気にしないって言ってたから」

「羞恥心への攻撃力は考慮してほしかったなぁ」

まぁ今後何かに使えるかもしれないし、一応もらってはおこう。今は着ないけど、もし着たら防御力が最低になる代わりに他のどの服よりも素早く動けそうだ。

ところで……、

「罰ゲームで使われたってことは、当時誰が着る羽目になったの?」

「ん、防衛隊長」

マッチョォオオオオッ!!

「おかげで歓迎会が阿鼻叫喚の地獄絵図になった」

「あぁ、うん……」

「倉庫にしまう前に洗濯してあるから、衛生面は気にしなくて大丈夫だ」

「いや、そっちの心配はしてないけど……」

貴様らの上腕二頭筋を破壊する~、なんて言ってくる上司に部下が素直に従う理由が何となくわかった気がする。そりゃあ上司がそこまで体張ってたら、部下としては文句言えないよなぁ……。

「ん、それじゃ他には」

「待って。まさかと思うけど、持ってきたのって全部コスプレグッズなんじゃない? ちゃんと布地がある服は?」

「倉庫にあった服はこれで全部だ。その上でちゃんと布地がある服となると……これぐらいか?」

そう言ってケイオスが取り出したのは、フリルの付いた清楚で可愛らしい服……というか、昔もらったメイド服だった。かつてサバタさん達と一緒にウェアウルフ社に暮らしてた頃、シュテルが用意してマキナが着せてきたそれは非常に懐かしく思い出深い代物だけど……色々あって置きっ放しだったから、次元世界にあるのはわかる。わかるけど、それがなぜミッドチルダにあるんだ?

「さあ? レヴィ元隊長もいつか着るつもりだったんじゃない?」

「家事全般が不安だけど、人気は出そう」

「ま、この服が元々シャロンのものだったのなら、そのまま受け取れば良いんじゃないか? 預かってくれてたものを引き取っただけだし」

「確かにその辺はマテリアルズの皆も納得してくれると思う。ただ、これをそのまま着るのはちょっとパスしたい」

「なんで?」

「だってこれ、当時の私のサイズに合わせてるから、今の私のサイズと合ってない」

つまり全体的に小さいのだ、特に胸部が。一応今のままで着れなくも無いけど、窮屈な恰好は動き辛くなる上、下がギリギリなのは普通に嫌なので止めておきたい。

「仕方ない。こうなったら素材にしよう」

「素材?」

「私が最初に着てきた私服の修繕に、このメイド服を利用するってこと。多分、こんな状況下じゃ布も簡単には調達できないと思う。だったら使いまわして応用するしかない」

「ん、なるほど。ところでその修繕がすぐに終わるものとは思えないが……」

確かに道具が全部揃ってる状態でも、服を作るのにはそこそこ時間が必要だろう。しかし私は針と裁ちばさみを用意するなり、ほんの少しだけニヤリとする。

「世紀末世界で培ったのは、対アンデッド戦術だけじゃないよ。ま、見てて」

裁縫スキル レベル2
服合成 発動!

しゅばばばば!!

「す、すごい……! シャロンさんの手が動く度に、二つの服が裁断されては一つに縫合されていきます……!」

「ん、裁縫スキルってこんなんだったっけ? 半ば超人技になってないか?」

「いやそれ、あなたが言います?」

アインハルトちゃんがツッコミを入れる隣で作業に没頭し、それから12分後……

「完成!」

「は、早い!?」

色々ボリュームが増えたチュニックを見せつけると、アインハルトちゃんが完成までの早さに驚愕する。さて、元々暗色系だったチュニックにメイド服の布や装飾を追加した結果、どこかの螺旋な世界のガンナー系ドレスっぽくなった。防御性能も少し上昇したので、実質グレードが上がったような感じだ。

「うん、早速着てみたけど問題なさそうだね。元が元だから動きやすい」

別にエクスシア・ドレスと動きやすさに差異はないが、元々着慣れてる服だから感覚的にしっくりくるのだ。

さて、ようやく部屋を出る準備が整ったのでフーちゃんを抱きかかえた私はアインハルトちゃんと共に部屋を出て食堂へ向かう。その道中、ケイオスが昨日のことで話しかけてきた。

「ん、あの時のダメージは残ってないか?」

「別に気になるほどじゃないよ。ちょっとヒリヒリするけど」

「ふむ……よし」

「待って、ケイオス!? さらっと右手に黒い光集めるの止めて! あの子に一撃必殺技をぶちかまそうとしないで! 大丈夫だから! 本当に平気だから!!」

「冗談だ」

「あなたの冗談は心臓に悪いよ……」

一瞬とはいえ、ケイオスの気迫にアインハルトはかなりビビっており、背後で私の服の裾を掴んで「私、物陰でイレイザーされませんよね……!?」って涙目で震えていた。

「だ、だって彼が今見せたのってエレミアの特技ですよ? 古代ベルカの戦乱において、クラウスとエレミアはお互い色々あって禍根がまだ残っていて……」

「ん? 待て、覇王の末裔。予め言っておくが創造主はクラウスに恨みなぞ抱いてないぞ。ただ、いざって時に自分達があまりに無力だったから、当時の仲間の気配を察知するだけで、自分の恥を晒している気になるだけだ」

「え、私が今抱いてるクラウスの記憶経由のモヤモヤって、実は黒歴史ノートが読まれてる時みたいな感じなんですか? 私の中にいるクラウスが旧知の存在を見ては、恥ずかしくて悶えているだけなんですか?」

「王だろうと、恥の多い人生を送るのは同じだ。むしろ真っ当に恥を感じられるだけ、為政者としてはまだマシな方だ。世の中を見てみろ。存在価値皆無な政治家なんて、ウジ虫の如く湧いて出てくる。国民を守るのではなく、搾取しようとする阿呆。国の危機を前にしても、忖度してて自分の意見を出さない木偶。失敗した政策にみっともなく縋りつき、間違っていることを認めようとしない塵。そんな恥知らずな連中と比べたら、それこそ雲泥の差がある」

「な、なぜでしょう……特定の人達に対して相当恨みや苛立ちが込められた説明でしたが、とりあえず励ましてくれているのはわかりました……」

困惑気味ではあるが、アインハルトがケイオスに対して警戒を解く。まあ、二人の間に溝が出来た所で特に大きな問題は無いんだろうけど、かといって溝があるのも気分的にアレなので、穏便に済んでくれたのは良かったと思う。

さて……ちょっとした話が済んだ私達は食堂で今日の朝食を用意した。昨日からミウラちゃんの両親が料理スタッフとして加入しているので、焼き魚の味付けが少しミッド風味になっていた。

ちなみにフーちゃんは年齢的に柔らかめの料理ならもうOKなのが判明したので、前使ってた道具はヴィヴィオに譲って、フーちゃんには煮物とか汁物を少し分けていくようにした。というか今更だけどここの食堂、和食が多いね?

「ん、アウターヘブン社では食堂のメニューを決める際、コメ派とパン派が毎回勝負している。で、ミッド支部ではコメ派が勝ったからコメ料理が多いんだ」

「まあ、胃持ちを考えるとコメの方が良いけど、パンはパンで持ち歩きやすいって利点があるけどね。それはそうと……支部ではって、もしかして支部建てるごとに勝負やってるの?」

「そうだ、ちなみに勝負といっても荒事はしていない。その世界で生産されている食物、価格などのコスト面、兵士達のメンタルに与える影響、保存のしやすさ、支部と仕事場の距離、様々な分析を行って自分達の好物料理の方が良いとプレゼンし、糧食班に採用されれば食堂の主流になる」

「まるで新企画を決める会議みたいだね。ところでコメとパン以外の派閥はあるの?」

「あるにはあるが……その二つの派閥が強すぎて存在感がほぼ無い」

あれま……それはご愁傷様。ちなみに私はコメ派です。

ところで食堂のメニューを決めるだけで皆本気で取り組む辺り、アウターヘブン社には愉快な人が多いようだ。でも美味い料理が食べられたら、ヒトは大体どこでもやっていけるか。

とはいえこの朝食は避難してきた人達にも提供しているので、多く作ることを前提に献立を考えてもらう必要がある。今回の事態にはコメとパン云々にこだわってる場合ではないが、生産工場の力を借りずにパンなどの加工食品を人数分用意するのは厳しい。しかしコメならマザーベースから持ち込んだ巨大炊飯機があるので何とかなる。何というか……コメ派が勝ったから炊飯機を持ってきてるのであって、もしパン派が勝っていたらオーブンを持ってきてたんだそうな。

せっかくなのでこのFOBの調理構造について軽く触れておくと、いざという時に次元航行艦として飛び立つことを想定しているため、熱源は蒸気を利用している。船の中では法律面でも安全面でも火気厳禁だから、ガスなんか使ってはならないのだ。

とはいえ、蒸気で料理するとムラなく加熱できるというメリットがある。最初は蒸気じゃガスの炎と比べて温度が足りないんじゃないかと思うかもしれないが、実際はそんなことはなく、慣れるとむしろガスより品質が安定して作れるようになる。こんなに大量の米も専用の機械があれば途切れさせることなく炊飯できるし、蒸気って結構凄いのだ。

「そういやこれ、避難民にも提供してるけど、食料足りてる?」

「ん、補給無しだと1月分の在庫は確保していたようだが、ここに勤務しているアウターヘブン社の人間だけが食うと想定してのことだからな。これまでの使用量と避難民の規模も考えると、グレードを維持した料理を三食提供できるのは、残り約三日って所か」

「三日……これはどこかのタイミングで食料の調達が必要だね。ただでさえ皆気が立ってるのに、飢えまで加わったら暴動どころじゃ済まない。シェルター内の秩序を維持するためには、食料の補給は必要不可欠か……」

「海や森で現地調達も悪くないが、生産施設やデパートなどがある地区を解放することで、保管されている食料を調達することもできるぞ。ただ、状況が状況だからオーナーの意向次第では無料で提供しようとするかもしれないが、法人としてちゃんと購入料金は払っておくべきだろう。ああ、資金については心配しなくていい。ディアーチェ支社長がある程度自由に使えるようD・FOXに予算を回してくれている。開発にもこのGMPを使うと良い」

「流石は王様、気配りにかけて右に出る者はいない。とはいえ、無駄遣いは出来ないよね」

とにかく部隊設立が正式に認可されたおかげで資金を調達できたのは僥倖だ。そして、この先のやりくりは私の役目だ。さて……これからどうしよう?

「色々考えてるんだろうけど、先にシオンがまとめた昨日の報告書を読んでくれ。シャロンの知らない間に、また問題が起きている」

問題って……まあ、今のミッドチルダに問題が無い場所なんてどこにもないけど、ただでさえ大変なのにこれ以上問題を増やしてどうするんだろう。

「……あの、シャロンさん。差し支えなければ、私達に何かお手伝いできることはありますか?」

「気持ちはありがたいけど、ハルちゃん」

「(ハルちゃん?)」

アインハルトが唐突な呼ばれ方に困惑するが、それはともかく……。

「あなたにはもう十分手伝ってもらってると、私は思うよ。私が出かけている間、フーちゃんを頼んでるんだし」

「ですが……」

「あ~、それじゃあせっかくだし、覇王流のコツを教えられる範囲で教えてくれる? 今の私でも使えそうな技が良いんだけど……どうかな?」

「シャロンさんが使えそうな覇王流の技ですか。そういえば昨日トレーニングルームでかん……失礼、英雄殺しって技を披露してくれましたね」

少し顔を赤らめて言い直すハルちゃん。なんだかんだで純粋な女の子だから、俗名の方を言うのは恥ずかしいらしい。

「あの技に色々言いたいことはありますが、今は些細なことなので置いておきます。私から見て気の練り具合が覇王断空拳とよく似ていたので、シャロンさんは恐らく現時点でも覇王流の基礎……“断空”を習得していると思います」

断空は私も知っている。要は足先から練り上げた錬気のことで、覇王断空拳の超絶的な威力の所以。だからこそ覇王流はその唯一無二の必殺技である覇王断空拳を何が何でも最大威力で相手に当てるために、戦いに関わる全てを利用できるように工夫が凝らされている。

「覇王流の熟練者なら、相手の魔力弾を掴んで投げ返すといった芸当もできます。でもシャロンさんの断空は私のそれとは少し違うように見えたので、もしかしたら拳ではなく武器を通じて断空を放つ、という芸当が可能かもしれません」

「つまり武器に断空を纏わせるのか……それってやりようによっては、斬撃を飛ばせる?」

「あ、それは面白いですね。私も見てみたいです」

「問題は適宜使えるようになれるか、って所かな」

「ん、それならまたトレーニングルームで訓練か? それともモンスター討伐などで実戦経験を積むか?」

「そこは臨機応変に。私個人が強くなった所で大勢に影響はあまり出ないから、優先しなければならないことをしながら、一緒に習得する方針で行くよ」

「了解。ところでシャロン、今更だが一ついいか? 昨日、シャロンは俺と共に敵地に攻め込んだが、そもそもシャロン自身が行く必要は無かったんじゃないか?」

「ご尤もな指摘だね。まあ、指揮官が前線に出るのって常識に照らせば愚策ではあるんだけど……他に行ける人もいなかったし、ナンバーズもアンデッドの相手は無理だった。かといってケイオス一人で行かせるのも気が引けたから、私も行くことにしたんだけど……」

「気遣ってくれるのはありがたいが、俺は一人でも大丈夫だ。むしろシャロンこそ、これからは任務中に力尽きて気絶しないようにするべきだ」

「面目次第もございません……」

でも確かに私、周りにいる人達と比べると弱いから、毎回全力で戦っては途中でガス欠を起こしてしまう。そうならないのが一番なんだけど。

「ん、とはいえ昨日の戦いで結果的に向こうの攻勢が弱まっている。襲撃が完全に無くなる訳ではないが、時間が稼げたのは事実だ。今のうちに打てる手は打っておくべきだろう。特に聖王教会を占領したアイツ……」

「うん、リトルクイーン=高町なのはの対策は早急に行わないと……」

「あの……リトルクイーンが脅威なのはわかりますが、それが聖王教会にいるのがどういう問題になるんでしょうか?」

「それはね、ハルちゃん……射程距離だよ」

「え?」

「相手は並外れた集束砲撃魔法の使い手。聖王教会とこのシェルターの距離を鑑みるに、ディバインバスターは無理でもスターライトブレイカーなら届いてしまうんだ」

尤もそう言った所で距離減衰が働くから、もし撃たれた所で威力はさほどでもないんだけど……要は気持ちの問題だ。

そう、私達はちょっと勝ったからといって、悠長に止まってる場合じゃないのだ。止まったら簡単に押し潰されてしまうのだから。

「~♪」

なんてことを考えてると、視界の端に鼻歌を歌いながら朝食を運んでいるミウラちゃんの姿を見つける。

「お~い、ミウラちゃん。おはよう!」

「あ、シャロンさん! おはようございます! っと、あ……アインハルトさんも……お、おはようございます」

「なんでミウラさん、私には怯えたように一歩引いて……あ、そういうことですか……」

「す、すみません! ああいう突発的なことには慣れてなくて、その……」

「いえ、ミウラさんが謝る必要はありません。むしろ暴走した私の方が先に謝るべきでした。遅くなりましたが、あの時は申し訳ございません」

「こ、こちらこそ何も出来なくてごめんなさい……。え、え~っと……アインハルトさんはもう大丈夫なんですよね……?」

「はい。シャロンさんのおかげで、今後はもうあの時のようなことは起きないと思われます」

「ほ、本当にですか……? ボクなんかじゃ何もできないから、またあんな事が起こるかと思うと正直怖くて……」

「う……やっぱりすぐに信じるのは無理ですよね……」

昨夜の件でミウラちゃんからの信頼が失われたと思い、ハルちゃんがず~んと落ち込む。ミウラちゃんがどう言葉をかければいいか困惑しているが、そもそもミウラちゃんの反応は何もおかしくない。信頼を培うには相応の時間と労力が必要なのだが、一度失ってしまうと取り戻すのがはるかに困難になってしまう。でもまあ……、

「別にミウラちゃんが攻撃されたわけでもないし、二人ともそこまで気にしなくて良いんじゃない? 不安視する気持ちも理解できるけど、子供が暴力を振るうなんて考えてみれば当然のことだし、時には大人だろうと喧嘩売ったりするさ」

「あ、あの……私はそこまでやんちゃでは……いえ、なんでもありません……」

「とにかく私が言いたいのは、子供である今の内に間違いを覚えるべきだってこと。そりゃあ大人の言う事を聞いて礼儀正しくして良い子にしてれば、世間の受けは良いし、褒められる機会も多いだろう。でも今やってることが果たして本当に正しいのか、自分で判断する力はあまり育たなくなると思うんだ」

「えっと……つまり自分で考える力を育ててほしいってことですか?」

「そういうこと。度が過ぎた間違いは私達年上の人や大人が体を張って止めるけど、興味があることなら色んな事にチャレンジすればいいし、おかしいと思ったなら大人が相手でも言えば良い。今回の件だってそう、子供の身に余る問題がハルちゃんにあったから、私が何とかしたってだけ。ミウラちゃんが暴力を怖いと思うのは普通のことだけど、ハルちゃんも自分が自分じゃなくなる時を怖く思っていたことは知っておいて欲しい」

「そうですか……アインハルトさんも同じだったんですね。ボク……ちょっと怖くなくなってきました。その……アインハルトさん、ボクと仲直りしてくれますか?」

「こ、こちらこそ……! むしろ私の方からお願いしたいです!」

うん、仲良きことは良きかな。まあ今回は大した被害も無かったからこそ、あっさり済ませられたのだが、もしこれが下手人が十分な年齢でかつ大勢の人や施設に被害が及んでいたら話は一気に変わる。ま、要は条件が整っていたから穏便に済ませられたってことだ。

「それにしても、あんな一撃を喰らってすぐに歌えるなんて、シャロンさんって頑丈なんですねぇ」

「あれは当たり所が良かったのと、ハルちゃんが抵抗してたおかげで威力がそこまでなかったおかげだよ。ところでさっきミウラちゃんが歌ってたのって、月詠幻歌?」

「あ……き、聞こえてたんですか……?」

「ばっちり。うまく音程取れてたね」

「あぅ……! は、恥ずかしいです……!」

「謙遜しなくていい、結構かわいかったよ」

赤面するミウラちゃんの頭をよしよしと撫でる。いや~ほんとこの子の髪、ふわふわしてて気持ちいいなぁ。

「そういえばミウラちゃんってシェルターの避難所……大広間で寝てるんだっけ。ここに来てまだ一日だけど、何か不満とか無い?」

「不満ですか? 避難させてもらってる身なので贅沢は言いたくないんですけど、その……あんまり落ち着けなかったことでしょうか……」

「なるほど……やっぱり不特定多数の人が近くにいるのもだけど、状況が沈静化しないと落ち着きようがないか」

「あ、でも今は落ち着いていますよ。昨夜のシャロンさんの月詠幻歌がちょうどいい感じに皆の心を穏やかにさせたんだと思います」

また月詠幻歌の力……ね。別にあの歌が嫌いになった訳じゃないけど、皆があの歌に救いを見出している現状に、歌い手たる私は言葉では上手く言えない何かを感じている。

自分で言うのもなんだが、あの歌は妙に強すぎる。確かに心の沈静化は便利だ、時には絶対存在すら眠りにつかせることができるのだから。

でも沈静化と言えば聞こえは良いが、見方を変えればそれは“無意識に心を書き換えている”のだ、それも本人に違和感を抱かせずに。もはや洗脳やミーム汚染と変わりがないリスクがある事にもっと目を向けなければならないと思う。

「昔から伝わるアクーナの鎮魂歌だけでは済まなくなってきたなぁ……」

「シャロンさん?」

「ごめん……気にしないで。ケイオス、食事が終わったらすぐ動ける?」

「ん、俺は問題ない。が、アンデッドと戦う訳でもないなら兵士達に指示を出してもいいんじゃないか? 彼らなりに何もしていないもどかしさは感じていたらしいし」

「え、何も?」

「ああ。昨日の朝仕込んでいたシャロンの策が効果的過ぎて、解放した地区にアンデッドが入り込むことすら防げたそうだ。おかげでここの兵士、市民に犠牲者は一人も出ていない」

「策、ですか?」

ハルちゃんの問いかけに、私は簡潔に答える。

「大抵のアンデッドやモンスターは音でおびき寄せられるから、仔月光……え~っと小さいロボットをクラナガン中に配置したんだ。それでイモータルの指揮下に無いアンデッドはロボットに音を出させることでヒトのいない場所に誘導したってワケ。これがヒトならミスした時に襲われる心配があったけど、ロボットならその心配は無い」

「なるほど」

「とはいえ敵の兵器まで誘導できないから、そっちは排除するしかない。でも兵器はエナジーが無くても倒せるから、こっちの月光などの兵器や兵士、ナンバーズに任せても大丈夫だ」

「うまくやれば分断して各個撃破に移れるんですね。流石は世紀末世界帰り、といった所でしょうか?」

「今の私は次元世界じゃなくて世紀末世界に帰属したつもりだけどね」

そう、私の居場所はここではなく世紀末世界にある。ザジさん達を見つけて、絶対に皆で帰るんだ。

「お、シャロンじゃないか。体は大丈夫なのか?」

「おはよう、チンク。心配してくれてありがとう、あの件に関してなら平気だよ」

「そうか。ところで今、どんな話をしていたんだ?」

「なになに? 何の話~?」

「あれ、こんな所で皆集まってどうしたの?」

チンクを始めに、続々とナンバーズがやってきて、気づけばシオン以外のD・FOX全員+αが食堂の一角に集まっていた。なんだか部活のようなノリで集まってしまったけど、別にいいか。

「ッ……ヴィヴィオ、さん」

「う~?」

「ちょ、大丈夫? キミ、もう暴走しない?」

「そ、その節はご迷惑をおかけしました。おかげさまで、もうあのようなことは起きませんので……」

「そうなんだ……じゃあ、その……改めてよろしく」

「え、あ……こちらこそ、よろしくお願いします」

視界の端でハルちゃんとディエチが和解していた。昨日のヴィヴィオの件でディエチはハルちゃんを少し警戒してたけど、あれが事故なら後で仲良くしたいって言ってたし、願いは叶ったのだろう。改めてディエチは子供に優しい人なのだと理解した。

「だけど、つけもの枠なのよねぇ」

「いやいやいや、ケイオスもそこまで酷い扱いはしてなかったって。武器が無いから守れるようにしてたんだし、クアットロもあまり意地悪なこと言わないであげてよ」

「あら、そう?」

「そうだよ。むしろ壁ドォンしてくるぐらい守ってたし!」

「あらあらあら、それはまた面白いことになってるわねぇ~」

「おぉ、ズキューンか!? ズキューンされたのかぁ~!?」

「やれやれ、恋愛ごとなど、この私には無用だな」

「またまたぁ~。そんなこと言ってトーレ姉様、実は興味津々なんでしょ?」

「そ、そんなことはない! 第一、こんな筋肉質な女に恋愛なんて……」

「いやいや、最近はムキムキ系にも需要あるって。健康的な肉体美にハマる男の人って結構いるみたいだよ」

「そうなのか!?」

「めっちゃ食いついてきた!?」

「なんだかんだ言って、本当は好きなんだな~♪ このツンデレめぇ~」

「つ、ツンデレ言うなぁ!!」

……なんだか恋バナっぽい感じにワクワクしているナンバーズ達。矢面に立たされたディエチも真っ赤な顔で否定しているが、意外とまんざらでもなさそうな彼女を姉妹達がからかったりして楽しんでいた。そのやり取りは紛れもなく、“家族”の光景であった。

「……ありがとう、シャロン」

「どうしたの、チンク? 急にお礼なんて」

「急じゃないさ。この光景は私が……私達が求めていたものだ。2年前、唐突に奪われてしまった4人の姉妹達……その2人を取り戻してくれたのだから、姉として感謝するのは当然のことだ」

「……4人?」

「ああ、ディエチとセインの他に、あと2人いる。その2人さえ戻れば、姉妹が全員揃う」

「そっか……」

「シャロンには苦労ばかりさせて済まないが、恥を忍んでお願いする。残った2人を助けてやってほしい。きっと以前のディエチ達のように、悪夢に苦しんでるはずだから……」

「状況によるけど、善処はする」

「かたじけない。だから私達も君のために全力を尽くす。無事に仲間達と会わせて、世紀末世界へ帰ることができるように」

「うん、頼りにさせてもらうよ」

閑話休題。

朝食も終えた私達は、一旦情報を整理してから指示を出すべく、司令室に集まる。ちなみにシオンは今、自室で就寝しているはずだ。昨日、私達が戻った後もそのまま夜勤をしていたので、今日は休息を取ってもらっているって訳だ。状況が状況だから仕方ない点もあるが、彼女はあまり休息を取らないで体を酷使しているから、相当な疲労が溜まっていると思う。

さて、そんなシオンが作ってくれたシステムのおかげで、現在のミッドチルダで起きている問題や敵の位置は把握できた。でも詳細に関してはケイオスがさっき言ってた昨日の報告書や記録に目を通す必要もあり、色んな意味でちょっと時間が必要になった。

「ん、それなら俺達に指示をこなしている内にすればいい。シャロンは指揮官なんだから、他人に任せられる任務は任せてしまうべきだ」

「そうねぇ、地区の解放と言ってもモンスター討伐か瓦礫撤去がほとんどだし、大して小難しいことをする訳じゃない。昨日のように指示を出してくれれば、余程変な内容じゃない限り反対はしないわ」

ケイオスとクアットロが自分達に任せろと暗に言ってくれていることを察した私は、彼らの厚意に感謝しつつ、指揮官としての役目を果たすことにした。

「それじゃあD・FOX指揮官として、皆に指示を下します」

これまでの出来事を参考に、彼女達の能力に合わせて指示を出していく。ただチンクは日常生活は問題なくても戦線復帰できるまでには回復していないので、療養を兼ねて私の傍にいてもらうことにした。それともう一つ、潜入に特化した能力を持つセインにはある施設の調査を依頼した。

「調査って、何調べるのさ?」

「わざわざ聖王医療院に行かせるのには、何か理由があるのか?」

「実はアースラの件で少し気になることがあって……」

脳裏に浮かぶのは、ニュース映像で見たクルー達の胸部にあった奇妙な水疱。正直に言って、私はあの水疱に異様な恐怖を感じている。まるで地雷のように、目には見えない脅威として。

「ん~つまり患者のデータが欲しいってこと?」

「そう。カルテの写しでもいいけど普段の様子がわかる動画、あるいは録音もお願いしていい?」

「オッケー。確かにそれならアタシの得意分野だ」

自信満々にぽんっと胸を叩くセイン。できれば懸念で済めばいいけど……あ、それと行く際は念のため感染対策を万全にね。

つんつん。

「ねぇ、私には?」

ナンバーズの中で唯一指示が出ていないディエチが私の背中を突く。表情にわずかな不安が見えるのは、また戦力外扱いされるのを恐れてなのだろう。ま、その辺はちゃんと考えてある。

「ディエチには聖王教会の方を見ていてほしい。そこにはこのシェルターに最も近くて厄介な敵がいる拠点だからさ。観測手としてなら今でも問題ないでしょ?」

「あ、ちゃんと私も役に立たせてくれるんだね。ありがとう、頑張るよ」

「ん、実はあの時の事気にしてた?」

「うん……私だけ何も無いって言われたのは、結構ショックだったよ……」

ガチへこみした時の気持ちが蘇ったのか、目元に影が浮かぶディエチ。彼女の武器も早めに用意してあげた方が良さそうだ。狙撃銃なら予備があったはずだから、彼女に一丁手配しておこう。

それはそれとして、聖王教会が押さえられると、ある問題が浮上する。まず、海岸付近にいる管理局本局所属のアースラ救助部隊を指揮するクロノはミウラちゃんのおかげで偽物であると判明している。そして、その偽物の正体は恐らくイモータルだ。

地理的に、アウターヘブン社のミッド支部は聖王教会と海岸の部隊の間付近にある。要は挟み撃ちにされているのだ。なので早急にどちらかを対処しなければならないのだが、問題は敵の戦力が不明であることだ。特に変装中のイモータルはリトルクイーンと比べて明らかに不明点が多すぎるし、実力も恐らく彼女より上だ。こっちの戦力が不十分な状況で迂闊に挑んでいい敵ではない。むしろクロノに変装しているということから、何らかの策を進めているに違いない。そして策に関する話はもう一つある。

「ところでクアットロ、昨日の件であなた達に訊きたいことがある。そう……瀕死のフェイト・テスタロッサを救出した件について」

「あら、何か問題でも?」

「問題は……今の所は無いけど、疑問はある。フェイト・テスタロッサをリトルクイーンの所から連れ出したのは、公爵の配下であるエリオとカナンだった。敵なのに彼女を助けた彼らの思惑が、現状の情報だけじゃわからない。だから彼女の身柄を預かる際、あなた達は彼らとどういう話をしたの?」

「話って言っても大した内容は無いわ。だって彼は自分のやりたいことのために行動しただけだもの」

「やりたいこと?」

クアットロ曰く、エリオは万全の状態のフェイトと全力で戦いたいが、今の管理局に帰しても目を覚ませば最低限の治療だけ済ませてすぐに戦いに赴く可能性が高い。だから完治するまで外に出さないと約束することで、瀕死の彼女をわたしてもらったのだという。ただ、彼女に接する際の注意事項として一つ重要な条件がある。

「今の彼女はクローンを見たら攻撃してしまう制約が刻まれている、かぁ~。そもそもクローンかどうかって見ただけでわかるものなの?」

「エリオ達は管理局の裏に関わるデータベースも見れるわ。つまり違法研究で作られたクローンの存在も把握してるってことよ」

「なるほど、電撃使い同士の契約でエリオの脳内にあるクローンの情報がフェイトお嬢様の脳内に写された結果、視界に入った時に反応するようにした、ということか」

「イメージ的には目の中にチェッカーが入ったような感じかな。ところでトーレ、なんでフェイトお嬢様って呼ぶの?」

「生まれの都合、だろうか。私達戦闘機人の何人かはクローン培養で誕生しているから、プロジェクトFATEで誕生した彼女とはある意味親戚のようなものだ。だがクローンでありながら、あれだけの激戦を潜り抜けたエナジー使いの戦士として、私は彼女を尊敬している。だからつい、な……」

「なるほど、武人としての敬意の表れだったんだ」

確かにフェイト・テスタロッサは“次元世界生まれで最強クラスの太陽の戦士”と言っても過言ではない実力者だ。だが、そんな彼女がリトルクイーンに勝てなかった。この辺りの理由は報告書にまとめてあるはずだから、必ず目を通しておこう。

「ん、それじゃキリも良いし、任務に行ってくる、シャロン」

「行ってらっしゃい、ケイオス。皆も気を付けてね」

さて、皆が出撃している間に私は私でチンクと共にリトルクイーンへの新たな対策も考えなくちゃいけなくなったわけだが、先に報告書を読んでおかないと、今在る全ての情報が出そろわない。

「流派! 東方不敗は! ……そこで『王者の風よ!』と続けるのですよフーカ」

「おーじゃのかぜ?」

いや、フーちゃんに何吹き込もうとしてるのハルちゃん。隣でミウラちゃん、ネタについていけなくて苦笑いしてるよ。

―――1時間後。

どうにか一通り報告書に目を通した私は、椅子の背もたれに深々と寄りかかってため息をついた。昨日、管理局を辞めた元局員達がフレスベルグ云々の件で半壊したショッピングモールに立てこもっているとか、アースラクルーの救助活動が再開したとか、人的被害が聖王教会以外の場所だとほとんど無かったとか色々あるけど、とりあえず注目したのは……、

「アインスにスパイ疑惑ねぇ……」

事の真相はレヴィの報告書に書いてある通り、管理局に戻って早々アインスを陥れたのはどう考えても私を誘うエサだ。ヒトは報復心には抗えない生き物。そう思っているレジアスは私がアインスを未だに憎んでると考え、関心を呼ぼうとしてこの策を弄したのだろう。確かに彼女に対する報復心が全部消えたとは言い難いが、昨日ちゃんと話したおかげである程度収まったのは紛れもない事実だ。

ヒトは年配になればなるほど、思考が古いまま凝り固まる。私とアインスが報復心の先に進んでいることを、彼は全く想像できないのだ。

「この状況……管理局へ行動を起こせば、向こうの誘いに乗る形になる。しかし退けばアインスを完全に見捨てることになる。さて、私はどうする……?」

彼女の気持ちを知った以上、私としては彼女が贖罪を果たすのを見届けたい。それでやっと闇の書の全てにケリをつけることができるはずだから。

しかし私がアインスに関するアクションを起こせば、レジアスはそこからヒントを得て干渉してくるようになる。要するにアインスを釣り餌にして、私を釣り上げるつもりなのだ。だから安易に動けば最悪、全てが向こうの思惑通りに進んでしまう。それだけは避けたい。

ただ、私の意思がどうであれ、レヴィ達の方では状況が既に動いているらしい。やれやれ、気が急いているのか知らないけど、中々の無茶ぶりをされたようだ。せめて無謀な真似だけはしないで欲しい。

「ふむ、ではどうするんだ?」

怪訝そうな顔でチンクが尋ねてきたため、大まかな考えを口にしておく。

「どうしようもない状況にならない限り、アインスのスパイ疑惑には関わらないでおく。とはいえ無干渉だとこっちが後手になる上、アインスに為す術が無くなるから、あくまで彼女一人じゃ対応できない箇所だけ手を貸す形にする」

「最低限の支援はするが基本的には自分で何とかしろ、ということか。ずいぶん冷たい対応に思うが、一応協力関係になってもやはり報復心を完全には拭い去れないのか?」

「報復心云々よりも、私達の現状を鑑みるとあまり余裕が無いんだ。もしアインスの問題にかかり切りになったせいで、他の事態に対応できなくなったらそれこそ共倒れになってしまう。あと私の勘だけど、過剰な支援はかえってアインスの邪魔になると思う。狭い場所で戦う際、後ろに大勢いても意味がないように」

「なるほど、これ見よがしに手札を見せない方が良いのか」

「うん、当面はアインスと私の新たな関係性が管理局にわからなければ良い。過去の情報だけで私の反応を手探りするしかない管理局は、アインスに何らかのアクションをする度に様子見として多少の時間を置くはず」

「そしてその様子見こそが、彼女にとっての猶予時間なのだな」

さて、アインスの件についてもある程度方針を定めた所で、私は次に何をしようか考える。皆はまだ戻ってきてないし、ディエチから敵が動いたという連絡も来ていない。なら今の内に情報収集なりしておこうか。

「これからちょっと出歩くけど、ハルちゃん達も来る?」

「人間の身体の中には約37兆2000億個もの細胞たちが今日も元気に働いて……あ、私達はここにいます。ずっと一緒だとシャロンさんの邪魔になりそうなので」

「出来るだけ一緒にいるように言われてますけど、出来るだけなのでボクもここで待ってます。フーカちゃんは任せてください」

「わかった、頼むね」

二人がここで待つのはいいとして、ハルちゃんさっきまでナレーションしてなかった? いや、それが教育に良さそうなのはわかるけど。

さて、様子見として外に出た私は曇天の空を見て、なんか雨降ってきそうと思いながら、

「あら? あなた、昨日ぶりね」

入口の近くで佇んでいたジル・ストーラを見つける。

「結構遅いけど、おはようございます」

「おはよう。あなたはこれから訓練?」

「いえ、見回りをするつもりです。昨日は色々慌ただしかったので、少しは見ておこうかと」

「私が言うのもなんだけど、まだ疲れが残ってるなら休息を取った方が良いわよ。昨日帰ってきた時、ぐったりしてたって聞いたけど」

「あ~今はまだ大丈夫ですね。育成ゲーム風に言うなら。体力ゲージが5分の3ある感じです」

「えっと、まだケガ率0%って言いたいのかしら?」

とはいえ襲撃時はケガ率が90%を超えていても動かざるを得ないのだが。

「それでジルさんはここで何を?」

「基礎トレをこなしてたわ。毎日ずっと続けてたから、やらないとモヤモヤするのよ。シェルター内でやるのは他の人の迷惑になるし、訓練室も今はアウターヘブン社の使用時間だから一般人は入れないもの」

「まあ、訓練施設を一般に開放する時間がある方がむしろ珍しいんでしょうけどね」

「壊れたせいでジムに行けない今、あそこの器具を利用させてもらえるだけでもすごくありがたく思ってるわ。それに体を動かすのは良い気分転換になるし」

運動が気分転換になるかどうかは個人差や趣向が関わってくるが、言わんとすることはわかる。確かに動かないでいると色々考え込んでしまう時もあるし、ヒトには気晴らしが必要なのはよく理解できる。

――だきっ!

「うひゃあ!?」

いきなり後ろから抱き着かれ、驚いた私は反射的に飛びずさる。下手人はそう大した力を入れておらず、すぐに拘束から抜け出せたが……私はいきなりの事態にドキドキしている。

「ふふ、ごめんなさいね。つい欲望に負けちゃったわ~」

「いきなり抱き着いてくるなんて、どこの不審者!? そもそも、どちら様!?」

「彼女はローリー・ベルリネッタ。あのベルリネッタ・ブランドの御令嬢よ」

返答したのは彼女ではなくジルだった。って、ベルリネッタ?

「ついでに既婚者」

「え!?」

「ふふっ」

既婚ってマジか。私に似た髪色ですごく若々しい見た目の彼女に、既に夫がいるって考えると何だろう……何かに負けた気がする。一応私はアクーナの民としてなら結婚可能な年齢(村じゃ16歳以上)に達してるけど、そもそも相手がいないし……。

え、ケイオス? 彼の場合は根本的に事情が違う。確かに肉体も精神も男性ベースだが、身体の構成要素がヒトと違う上、実は性器が無いとのこと。端的に言うと、彼は無性だ。

「大体85,54,77……って所かしら」

手をワキワキさせながら数字を呟くローリー。って、その数字は……!

「それ、二度と口にしないで」

「あ、本気の目ね。大丈夫、口外しないって約束するわ」

「……はぁ、ホント頼むよ……。それにしても、なんで高級アパレルメーカーのお嬢様がこんな所に……って、理由は聞くまでもないね」

「当然、アンデッドにとってはお金の有無なんて関係ないもの。それにこんな状況で働くのもおかしな話だし、未知の脅威から従業員を守るのは経営者として当然の義務よ」

結構まともなことを言ってるローリーだが、いきなり抱き着いてきた不審者行為は忘れていない。あと、ちょっと反りの入った西洋剣を腰に差していることに関しては、少し言っておいた方が良いかもしれない。

「危機感があるのは良いけど、一介のお嬢様がいきなり戦闘するのは止めておいた方が良いんじゃ……」

なんて気遣いを向けると、ローリーは何を思ったのかミステリアス気味に笑い……、

ふぁさぁ!

「ッ……!?」

彼女の輪郭が揺らいだと思った次の瞬間、私の髪が青いリボンで結ばれてポニーテールにされていた。あの一瞬で背後に回り込まれた上、全く固定されていない物体に布を結びつけるという、あらゆる要素を精密にコントロールできなければ到底不可能な絶技をいきなり披露され、私は彼女の秘めた能力に心底驚愕した。

「でも私の“聖域”に初見で対応できたのはあなたが初めてよ。まさか止められるなんてね」

そう呟く彼女の右手は今、私の右手が掴んでいる。おかげでリボンの結びは甘くなり、しゅるっとほどけてしまうが、地面に落下する前にジルがキャッチした。

「あ~あのね、シャロンさん。あなたは彼女に戦闘経験が無いと思ってたようだけど、それは見当違いだわ。むしろ逆、彼女はとんでもない経歴の持ち主よ」

「とんでもない経歴?」

リボンをなぜか私に渡し、ジルはローリーの経歴を語り始める。

「第22回全次元世界大武会優勝。簡単に説明すると、DSAAは格闘家が多く参加する大会で、大武会は武器を使う人が多く参加する大会ね。あ、別にDSAAは武器禁止じゃないから、単に参加者の傾向が違うだけ。まあ全次元世界といっても実際は管理世界に絞られてしまうけど、要するに無数の腕自慢が集まる大会で一度は優勝した強者なのよ、彼女は」

マジか……!?

「しかも単に勝ち残った訳じゃない。大会はトーナメント方式なんだけど、彼女のいたブロックには前回大会の優勝者や準優勝者、それに当時の管理局の若手の中でトップクラスの成績を収めていた、あの騎士ゼストと同レベルの実力を持つ局員が参加していたわ。そして、その全員と戦って打ち破ったの」

それはすごいな、並み居る強敵相手にまさかのストレート勝ちとは……。しかし、そんな戦績があるんなら管理局から勧誘されそうだけど、どうやら丁重に断ったんだそうな。

「私も他のブロックで参加したけど、情けないことに一回戦で負けたわ。ま、武器持ち相手に素手で挑むのはやっぱり厳しいから、参加者の傾向が違うのは格闘家と武器持ちがそれぞれ全力を発揮できる場所を奪わないように配慮していたからだって気づいたわ」

「あ、もしかしてジルさんが参加した理由って若気の至り的な奴?」

「そこはノーコメントで。……話を戻して、彼女のいたブロックは他とは戦いの次元が違い過ぎて、後に魔境とも魔窟とも言われてる。運営側に何らかの企みがあったかどうかはともかく、要は一つのブロックに実力者が集まり過ぎだった」

他の参加者との実力差を鑑みてブロック毎に均衡化したってことかな? 運営側が戦いの見栄えでバランスを配慮したのだろう。

「当然、それなり程度の実力しか持たない人がそんな蟲毒的な場所に混ざれば、鎧袖一触の如き強さを誇る戦士に蹴散らされるのは自明の理。ましてや初参加の人が勝てる可能性なんて万に一つも無いと言っていいでしょうね」

「おまけに私の実家が実家だから、宣伝目的で参加したのだと思われて罵倒も受けたわねぇ~。宣伝ならよそでやれ~って」

「だけどそんな前評判は、一回戦の彼女の戦いによって吹き飛ばされた。相手は前回大会の準優勝者、誰もが彼女の敗北を予想……いえ、確信していたわ。温室暮らしの令嬢が勝てるはずがないって。でも勝利したのは彼女だった。観客の誰もが魅入られるほどの凄まじい激闘を繰り広げて、勝利をもぎ取ったのよ。さすがに戦いの内容を説明するのは無理だけど、見たら忘れられないぐらい脳裏に焼き付いてるわ」

そう語るジルから当時の熱意が少し伝わってきた。なんだかんだで大会を楽しめたのだろう。

「そんな訳でデビューしていきなり大会を優勝したものだから、誰もがここから彼女の武勇伝が始まるものだと思ってた。でも、表彰台に上った彼女が優勝のコメントを求められた際、突然引退を発表した時は普段冷静な私も驚き過ぎて開いた口が塞がらなかったわ」

「今でも思い出せるわぁ。発表してしばらくの間、観客も記者も選手達も全員ぽか~んとしてたもの。思い出したらつい笑ってしまいそう」

いや、そりゃ驚くわ。嵐のようにやって来ては嵐のように去っていったんだもの、展開についていけなくて当然だわ。

「そんな訳で第22回大会は今でも伝説の大会として当事者から語られてるのだけれど、問題はそのあと! 電撃デビュー&引退に業界が騒ぐ中、シレっと大会の一週間後に婚約発表なんてしたのよ、この人! おまけにドレスデザイン部門でサラッと最優秀賞取ってるし!」

あれ、ジルさん怒ってる? というか実は不満溜まってた?

「ちなみにその賞を取った服が、あなたが昨日着てたエクスシア・ドレスなのよ~。まさか歌姫ちゃんに私のデザインした服を選んでくれるとは、デザイナーとしてとても嬉しいわ。嬉しすぎてつい会いに来ちゃった」

歌姫ちゃんって……というか彼女の本音は初めからそれじゃないの? まあ、私も一応作る側だから自分の作ったものを使ってくれてたり、気に入ってもらえたらそりゃあ嬉しいし、会って話したくなる気持ちもわからなくはないけどね。

ただ、ジルが苛立つ理由も察することはできる。選手として活躍するのかと思えば全く違う分野で活躍することを選んでる訳だし、選手側からすれば馬鹿にしてるのかと思われるのも致し方ない。とはいえ……ローリーが選手として活躍する道を選ばなかった理由は、彼女の身体を見ている内に察した。

「あら、もしかして気付いた?」

「なんとなく、だけどね」

「あの時の皆には悪いと思うけど、私は後悔しない生き方を選びたかったの。だから夢も目標も叶えようとして、奇跡的に結果がついてきてくれたってこと」

「それと体も?」

私の問いかけに、ローリーはわずかに微笑んだ。彼女が引退するに至った理由はジルを見る限り、公にはしていなさそうなので私は暗に仄めかすだけに抑えておく。まあ彼女のやった事を車に置き換えて簡単に説明するなら、公道をフォーミュラカーで走って事故を起こすギリギリ手前で目的地に着いたのでブレーキを踏めた、という感じだ。

「ところで歌姫ちゃん、話は変わるけどあなたの靴ってかなりボロボロね。買い換えないの?」

「色々あったせいでそんな暇も無かったから……」

それなりに頑丈な靴だったんだが、元々戦闘用に作られたものじゃないから、この数年の間に相当擦り切れてしまった。ハッキリ言って、ボロ靴だ。

「なんかもう、ちょっとでも引っ掛けたらベリッて靴底が剥がれそうな靴を履いてたら、とても全力で戦えるとは思えないわ。だってちゃんと踏ん張れないもの」

「まあ、確かに新調した方が良さそうだけど、まだ使えるよ」

でも考えてみれば命かかってるし、今度、戦闘用と日常用で分けて新調しておこう。

「あ、そういえば忘れてたけど、このリボン……」

「あげるわ、お近づきの印ってことで」

「では返礼として、クロススーツの開発資料を送るよ。まあ……ハイ、そういうことです」

「オッケー、だいたい把握した。ベルリネッタの名に懸けて血反吐を吐いてでも作り上げて見せるわ!」

「そこまで気合い入れなくてもいいから!?」

どうも素は天然っぽい彼女へ律儀にツッコミを入れるが、こういうやり取りそのものは嫌いじゃない。とにかく想定外のタイミングではあったが、新たな協力者を得られたのは僥倖だ。せっかく得られた“味方”を失わないように守らないと……。

「え……私、今……」

もしかして……考え方が少し変わった? それとも、ミッドチルダのミームを若干取り込んだ? 理由はわからないが、ミッドチルダに住む人との交流によって自分の根幹に何か影響が出てしまっているようだ。もうしばらく大丈夫だろうけど、居過ぎると本来の目的を見失いかねない。

「お! 指揮官、丁度いい所に」

首を振って気の迷いを頭から消し去っていると、外から防衛隊長の部下……昨日ジル達と訓練室にいた強面で筋肉ガチムチの彼が私を見つけて少し嬉しそうな声を出す。そういやこの人、アウターヘブン社の兵士の一人なのにどういう人かまだよくわからないな。名簿は見たから、もう少し時間が経てば名前を思い出せるんだけど……。

ただ、今の私は彼ではなく彼が肩車している、右足に新しめの怪我があり、やけにボロボロの恰好をした少女の方が気になっていた。

「その子は?」

「廃棄都市区画で会った。名はシャンテ、孤児だ。しかもファミリーネームが無い類のな」

苦み走った顔で彼が告げる。ファミリーネームが無いことの弊害を簡略的に言うと、まず生まれや身元を証明できない。証明できなければ法の管理の下で労働契約を結べず、食費や生活費が稼げない。真っ当に稼げない以上、スリなどの犯罪に走るか、違法労働の温床に自ら飛び込むしかなくなる。光の下から追放され、搾取の犠牲になるしかない孤独な生命。彼女達がそういう風に生まれるのは、社会構造に致命的な歪みがあるからだ。

恐らくだが、孤児やストリートチルドレンといった社会的弱者を低賃金で利用して利益を稼ぐような連中がいる限り、社会構造も変わらない……いや、変わろうとしないだろう。残酷な言い方だが、世の中は弱い者いじめで成り立ってるようなものだ。すねた所で何も変わらない。でも何もしなければ状況は永久に変わらなくて、弱者ばかりが損をする。変えたければ、それこそ大崩壊(ラグナロク)を起こ――。

「おい、聞いてるか指揮官?」

「あ……ごめん。えっと……その子の事だよね。よく見ると、孤児にしては血色が良いよ? こんな状況で保護されていなかった孤児がちゃんと食事できるとは思えないから、多分誰かから食料をもらってたと思うんだけど……」

「……あんたの言う通りだ。あたしは食料を分けてもらってた。堅物で、お節介焼きで、説教好きなシスターに」

「堅物シスターと言えば代表的な奴が一人思い当たる。シャンテ、そいつはシスター・シャッハの事か?」

「そうだよ、おっさん」

「(俺がおっさん……)」

あ、落ち込んだ。良い体してるけど、おっさん呼ばわりはイヤなのか。にしてもシャンテちゃん、ユーリとそっくりな声なのにちょっと口悪いのが気になるけど、境遇が境遇だから仕方ない。ミッドチルダの闇はこういう所で顕在化しているようだ。

「なぁ、あんたがここの指揮官なのか?」

「うん、一応ね」

「一応ってオイ、これから頼もうって時に不安になる言い方すんなよな。こっちも困るだろ……」

「ごめん。それで……頼みって?」

「……倒してほしい奴がいる。昨日、聖王教会を襲ったアイツ……!」

「リトルクイーン?」

「ああ、アイツはシャッハを虐めて、教会にいたたくさんの命を奪って……その中には、あたしの仲間だっていたのに……!」

「仲間?」

私の疑問に答えたのは、ここに来る途中で話を聞いていた彼だった。

「ストリートチルドレン達は生きるために身を寄せあって集団を形成する。彼女も数人程度の集団を率いていたようだが、見かねたシスター・シャッハが少しずつ『DDR』していたらしい」

DDRとは、武装解除(Disarmament)動員解除(Demobilization)社会再結合(Reintegration)の頭文字のことだ。これは簡単に言うと、少年兵を社会復帰させる時のプロセスなのだが、彼曰くシャッハはシャンテ達にもそれを適用していたとのこと。彼女なりに子供達へ社会で生きる方法を教えようとしていたのだろう。だが、そうやって保護した孤児達もリトルクイーンのライフドレインのせいで全滅した。

「彼女がリトルクイーンの手を逃れられたのは、唯一教会に保護されていなかったからだ。他の子が懐柔……ってのは人聞き悪いが、要するにコイツは人一倍ひねくれてたせいで簡単に他人を信用しなかった。だから廃棄都市区画のアジトに一人残っていた。とはいえこれでも徐々にほだされていたようでな、様子を見に行くことはしていた」

「でもそれが彼女の命運を分けた……」

ああ、と彼は肯定する。シャンテは見てしまったのだろう、聖王教会が影に飲まれる所を。ようやく信じてもいいと思えた人達が皆殺しにされた瞬間を。

立場は違えど、彼女と私は同類だ。アクーナが滅ぼされた時の私と、今のシャンテの姿が重なって見えた。また、この世界に新たな報復心が生まれたのだ。

「シャンテ、一つ聞かせて欲しい。その怒りは誰かが彼女を倒せば発散できるもの? 彼女を消せば恨みを晴らせるもの?」

「ああ! アイツだけは絶対に許せない! アイツを倒してくれるんなら何でも手伝う! だからお願いだ、アイツを倒してほしい!!」

右足を怪我しているにも関わらず、彼女は懸命に頭を下げてくる。こんな少女から討伐依頼を受けるとは、世も末だなぁ……。でも、彼女の気持ちは私には痛いほど理解できた。

「わかった、あなたの報復心は私が預かる」

「あ、ありがとう。こんな事、管理局に頼めないからな……。ところでさ……一応聞いておきたいんだけど、あんた達、昨日は敵の拠点を攻めてたんだよな。じゃあ聖王教会を守らなかったのはどうしてだ?」

「理由はいくつかあるけど、口外しても問題ないものなら、当時聖王教会にいた戦力で十分と思ってたから。まぁ、結果はご覧の通りだけど」

「あんたの想像より教会の人達が弱かったか、あるいは敵が強かったのか」

「ま、今回の件は恐らく後者が適用されると思うね」

ナノマシンに関しては私もよく知らない分野だから、全身黒焦げから再生できるまでの能力があるなんて想像もしなかったし、ましてやそれがリトルクイーンに注入されてたなんて知りもしなかったからなぁ。むしろフェイト・テスタロッサが片腕であそこまで善戦できたことの方が凄まじいと思う。だから彼女と協力していればリトルクイーンを倒せずとも無力化は出来たかもしれないが、今更そう考えた所で後の祭り。

そもそも聖王教会はシャンテの味方ではあっても、私の味方ではない。管理局員のように背中から撃ってくる可能性がある相手には初めから近寄りたくないのだ。

「正直モヤモヤは残ってるけど、理由はちゃんと教えてくれたから納得しておく。それと、あたしはミッドの地理や抜け道には詳しいから、どうしても行きたい場所があったら聞いてほしい。多分役に立てるはず」

「うん、その時はよろしく頼むよ」

さて……シャンテの右足の治療のために、ここの医務室へ彼女を運ぶように防衛隊の彼に頼んだ所、彼から怪我人は彼女だけじゃないと聞く。

「彼女のアジトに一人、負傷した管理局員を匿っているらしい。影分身の魔法で敵を翻弄している内に、そいつを聖王教会から逃がした。右足の怪我はその時に負ったんだと」

「影分身とは興味深い魔法だけど、それはともかく、その管理局員の特徴は?」

「槍を持った仏頂面の大男とのことだ」

「槍? まさかと思うけど……ゼスト・グランガイツ?」

「十中八九、俺もそいつだと思う。で、どうする指揮官? そいつが指揮官にやらかした事は俺達も知っているから、見捨てるのも仕方ないと思うが……」

「…………。気が乗らないけど救助しよう、でも武装解除と拘束はしておいて」

「そうか……そういうことなら指揮官、俺はあんたの意思を全力で汲もう」

「ありがとう。その子の事、頼むよ」

「了解だ。シャンテを医務室で治療してから、救助に向かう」

敬礼した後、彼はのっしのっしとシャンテをまた肩車して歩いていく。あと遅くなったが、ようやく彼の名前を思い出せた。……ティモシー・アピニオンだ。

「チンクもごめんね。彼はあなたの目を傷つけた人なのに、勝手に救助を指示しちゃって」

「別に文句は無いさ。私よりもむしろシャロンの方が心配だ。管理局の命令とはいえ、シャロンを裏切った奴を匿って大丈夫なのか」

「……正直、苦手意識も嫌悪感もある。命だけは助けるけど、それ以上は不干渉でいたい。だからゼストを私に近づけないで欲しい」

「わかった、ガードマンの役目は私に任せろ」

「お願い」

正直、彼をここに入れるのは凄く抵抗があるが、無為に死者を増やすよりはマシだし、彼から何らかの情報を得られる可能性もあると、無理やり自分を納得させている。

ところで……ゼストが負傷したのはリトルクイーンの仕業なのは間違いないが、シャンテの怪我が右足だけで済んだのは運が良かった……だけで済むはずがない!

「シャロン!? 急に走ってどうした!?」

「マズい、トロイの木馬を引き入れた!」

「……なるほど、そういうことかッ!」

感覚を鋭敏化すれば、わずかに暗黒物質の残滓があった。アイツ、まさかそういう手を打ってくるとは、ホント息つかせる暇もないな!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第1管理世界ミッドチルダ 北部
聖王教会 礼拝堂

少しだけ時間をさかのぼる。

「……暇だなぁ」

木製の長椅子に腰掛けながら、リトルクイーンはぐいっと背を伸ばして独り言ちる。昨日の戦いで教会を占拠して以降、他に敵がやってくるようなことが無かったため、手持ち無沙汰となって暇を持て余していた。

「しっかし何度見ても笑えるよ。まさか、こんなやり方で無力化させるなんてね。元頭脳派に現最強騎士の相手は荷が重すぎたのかな?」

「……」

リトルクイーンが見上げるのは、中央にある聖王像の錫杖から吊るされて降りられなくなっているカリムだった。今の彼女にエナジー無しの攻撃は無効化されるため、ゼストは彼女のシスター服の襟元を狙って突貫、服ごと彼女を持ち上げて聖王像の錫杖の上から落とし、フックに引っ掛けるようにして無力化したのだ。傍から見るとマヌケな光景だが、エナジー無しの人間にとっては最善の攻略法であった。

外で色々あった後、戻ってきたリトルクイーンはこの滑稽な光景にたまらず笑ってしまう程で、次の作戦が始まるまでそのままにしていた。

「ん、何さ。言いたいことがあるならハッキリ言いなよ、カリムさん? って……やっぱ無理か。意識は闇に溶けちゃってるし、今更呼び掛けたりオメガソルを入れたりした所で、もうどうしようもない所まで変異が進んだ。でもねぇ、魔導師がヒトの姿を保ったまま死ねるのは幸運なんだよ?」

「……」

「ふふふ……はぁ、つまんないなぁ」

ぼやくなり唐突にリトルクイーンは血錆びの付いた共和刀を自らの影の中に突き刺す。普通なら床に傷がつき、刀にホコリなどが付着するはずなのだが、実際には床に傷はついておらず、刀には真新しい血が付いていた。

「せっかく駒を作ってたのに、それを台無しにしたんだもの。大事な妹に同じことをされたくなかったらそこで頑張って生きてね、お兄ちゃん?」

影に向け、蠱惑的に怪しく目を赤く光らせるリトルクイーン。だがそんな彼女の様子も関係ないと言わんばかりに、何者かが暗黒転移してきた。

「ほう、リトルクイーンは生きたサンドバッグを所望だったのか?」

「公爵? え、なんで……あと、サンドバッグは斬っても叩いても面白くないからいらない。そもそも私は拳で語り合うタイプじゃないし」

「だろうな」

「そんなことより、なんでこんな所に来てるの? 潜入してる部隊はどうしたの?」

「部隊の方は問題ない、既に種は植え付けた。それでこれから水撒きだったのだが、少し予定が変わってな。ミッドにいたポリドリが両方倒された」

「あれま、あんな大口叩く割に全然大した事ないんだね、あのイモータル。保険もまとめて倒されるなんて」

「分身体なら致し方ない。ともかく、だ。元々ポリドリがやる予定だった作戦は、代わりにお前にやってもらう。行けるか?」

「誰に向かって言ってるのかな? 私は高町なのはであり、いずれクイーンとなる者。ポリドリだけ行くのはつまらないと思って、もう手は打ってるんだよ」

「ほう……転移のビーコンを仕込んだな? ま、やる気があるなら何でもいい。ではそんなお前にオレから餞別をくれてやる」

「餞別?」

首を傾げるリトルクイーンに向かって、デュマが奇妙な形状の黒い剣を投げ渡す。両手で受け取ったリトルクイーンは、視線でこの剣が何なのか尋ねる。

「それはモナドだ」

「モナド?」

「説明は難しいが、何かと応用できる剣だ。その刀が折れた時にでも使うといい」

「ああ、スペア用に使えってことね。にしてもこれ、エリオにあげたヴェンデッタとよく似ているけど、実は同じ誰かさんが作ったの?」

「教えても良いが、それを知る必要はあるか?」

「ん~無いね。知った所で関係無いし、武器なんてちゃんと使えれば何でもいいもの。あ、でも信頼性については気になるかな」

「安心しろ、製作者の腕なら何も問題ない。第一、オレが息子へ信頼性が無い贈り物を用意すると思うか?」

「思わないね。でもそんな公爵が贈るってことは、私に期待してくれてるって解釈しちゃってもいいんだね? 本物の高町なのはや改名したクローンじゃなくて、この私だけを見ているって」

「期待していること自体は間違いではない。エリオには負けるがな」

「親子びいきだね。でも……そう、本当に期待してくれてるんだ。ふふふ……」

「……」

「ところでエリオは予定通り下へ?」

「ああ……ベルカの大地に行ってもらった。もう少しすれば管理局地上本部は過去に蓋をしたはずの脅威に襲われることになる。地上本部の直下にある極秘の研究施設。レジアス中将とその関係者しか存在を知らされていない管理局の暗部。そして、プロジェクト・コスモスが推し進められている場所」

「管理局は地上も本局も関係なくいつもそういうことやるよね。ところでさ、公爵もエリオもこっちに来てるなら、ギジタイには今誰もいないんじゃないの? 流石に守りが手薄過ぎない?」

「問題ない、手は打っている」

「そうなの? 公爵ってほんと用意周到だね。一体どこまで先の事を考えているのか、私には想像も出来ないよ」

「ふっ、お前は先の事を考える必要は無い。今を愉しんでいればそれで良い」

「判断を下すのは王であって、考えるのは軍師の役目ってことだね。それなら存分に頼らせてもらうよ」

「構わんさ、意見を他人に委ねるのは楽だからな。……さて、おしゃべりここまでにして、そろそろ動くとしようか」

「は~い。それじゃ、行ってきま~す」

笑顔で手を振るリトルクイーンはカリムを回収するのと共に自らの影に姿を沈めていき、やがてその場から消え去った。だが、二人の姿が沈み切ったその瞬間だけ、公爵はリトルクイーンに感情の無い目を向けた。

「(悪いな、リトルクイーン。期待していることは嘘ではない。だが期待の意味は二つあってな。“成功を期待する”か、“失敗を期待する”か、だ。偽りの人格に、偽りのモナド、そして偽りのクイーン。肉体は本物でも他が全て偽物では、小規模な現象しか確認できん。だがそれで良い……次の作戦、彼女が失敗することで、俺の計画は次の段階に進められる)」


同時刻

アウターヘブン社FOB 医務室

普段はシオンの本来の仕事場であるその部屋にて、椅子に座ったシャンテに治療を施すティモシーの姿があった。

「し、しみるぅ!!」

「傷口の消毒はしたが、もうしばらく安静にしろ。アイツの魔力弾を喰らったのだから、骨にヒビが入ってる可能性もある」

「うへぇ、ヒビ入ってたらヤダなぁ。まぁ足が折れなかっただけでも運が良かったって思っとこ」

「ああ、こんな状況で折れたら大変――――」

刹那、会話を急に止めたティモシーは鬼気迫る顔でシャンテへ一気に迫る。突然大の大人が迫ってきたことに本能的な恐怖を抱いたシャンテだが、次の瞬間、その認識は覆った。

ガシィッ!!

「やらせるかぁ!!!」

「お、おっさん!?」

シャンテの影から突然出てきたリトルクイーンが背中から斬り伏せようとした所を、ティモシーが彼女の手を抑えて寸での所で止めた。リトルクイーンのヴァンパイアとしての力に対し、ティモシーはただひたすら鍛え上げた筋肉だけで抗っており、リトルクイーンは目の前にいるただの一般兵の執念に驚愕する。

「ちっ、ただの人間に防がれるなんて予想外だよ……!」

「な、なぜお前がここにいる、リトルクイーン!」

一方、まさかの怨敵の出現に、シャンテは驚きで声が裏返っていた。彼女はティモシーのおかげで命を救われたのだと理解したが、同時になぜリトルクイーンがこの場所に現れたのかわからずにいた。

だがその問いかけにリトルクイーンはニヤリと笑うだけで何も答えず、もう一人連れてきた仲間―――カリムへ目の前の男を斬るよう命令する。退かねば自分が斬られるが、退けばシャンテが斬られる。その選択を迫られたティモシーは迷うことなくリトルクイーンの前に立ち塞がり続け、カリムは刃こぼれしたブロードソードを振りかぶり―――

ガキンッ!

「ッ……?」

彼の隣から伸びてきた民主刀に遮られた。

「指揮官!?」

「間一髪……だね!」

返す刀でシャロンがリトルクイーンの方にも横振りを放つ。咄嗟にティモシーの掴みを振り払ったリトルクイーンが刀で防御、鍔迫り合いになる。

「ふふふ……! 会いたかったよ、シャロン・クレケンスルーナ! 今度こそあなたの血肉、全てを頂いていく!」

「断る、あなたには血の一滴も奪わせない! 私のも、ここの人達のも!」

「言うねぇ。でもあなた一人で何が出来るの? ケイオスがいなければとっくに死んでたくせに! 自分の身を守るだけでも精一杯なのに、他者も守るなんて不可能だよ!」

直後、リトルクイーンは自分の影を広げ始める。“ライフドレイン”……聖王教会にいた人を皆殺しにした能力。このままではシェルターも同じ悲劇が起きてしまう……そのはずだった。

「ここをトロイアにはさせない!」

チンクがナイフでカリムのブロードソードをガードするのを背に、シャロンは“天よりふり注ぐもの”を発動。共和刀で弾こうとしたがすり抜けて直撃したそれにダメージは無く、リトルクイーンは初め首を傾げるが、“ライフドレイン”で伸ばしたはずの影が急に操作できなくなったことに違和感を抱いた。

「は? え、なにこれ。特性の麻酔でも撃ち込んだの?」

「―――ハッ!」

返答のそぶりを一切見せず、突きを放つシャロン。寸での所で弾いたリトルクイーンが後ろに下がった所へシャロンは追撃として、

―――覇道一閃!

ズバシュッ!!

凄まじい勢いで横振りした民主刀から青白い斬撃を放ち、リトルクイーンの右腕を切断、その腕が握っていた共和刀が手放されて、くるくると弧を描きながら宙を舞い、本来の持ち主であったシャロンの左手に収まった。

「まず一つ、返してもらった」

「ぐッ、右手が! 飛ぶ斬撃って、いつの間に小癪な手品を!?」

今の斬撃によって医務室の外……屋外に弾き出されたリトルクイーンは放り出された右腕を拾って切断面同士をくっつける。ナノマシンと暗黒物質で接合部を再生し始めるが、リトルクイーンの右腕が動くようになる前にシャロンは次の追撃に取り掛かっていた。

「なめるな!」

怨嗟の声を轟かせながらリトルクイーンは左腕に付けた籠手でシャロンの二刀流の攻撃を受け流しながら、カリムへチンクに構わず医務室から出てシャロンを叩き斬るように指示を出す。

「ッ……!」

だが誰か(イクス)に教えられたかのようにシャロンは右手の民主刀をくるっとひっくり返して逆手にし、頭上に掲げるだけでカリムの姿を見ずにブロードソードの振り下ろしを防ぐ。

「ああ、服の件ではお世話になりました。それでは、おやすみなさい」

エンチャント・フロスト!
斬撃モード!

斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!!

冷気を纏わせた二本の刀によって斬られた箇所が一瞬で氷に覆われる。それが無数に繰り返されて、カリムの身体が瞬く間に凍り付いていき、やがてそこにはカリムを閉じ込める氷の柱が残されていた。

「へぇ、彼女を強制的にコールドスリープさせたんだ。でもね、時間をかけてでも彼女を人間に戻そうって考えたのなら無駄だよ。だってもうゼータソルでも治しようがない状態まで変異させたんだもん。あなた達のエゴで生かして無限の苦しみを与えるぐらいなら、さっさとトドメをさしてもらった方が楽なんじゃないの?」

「私には私の考えがある、あなたの甘言には惑わされない」

「あっそ。じゃあこの話はおしまいにしよっか」

「ずいぶんあっさり味方を切り捨てるんだね」

「使い捨ての駒にそこまで気に掛ける必要が無くてね。まあでも、時間稼ぎは果たしてくれただけ十分だよ。ほら、おかげでご覧の通りだもん」

再生の終わった右腕を見せつけるようにリトルクイーンは早速、公爵から受け取ったモナドを展開、禍々しい黒紫色の波動の剣を構える。そしてシャロンも本来のスタイルである二刀流で構えると、両者共に集中を始める。

「(なぜだろう、リトルクイーンを倒したいと思えば思う程、身体に力が沸く。理由はわからないけど、勝つためなら利用させてもらう!)」

「(面白いね。シャロンを喰らい尽くしたいと思ったら興奮が止まらないや。あなたを喰えばフレスベルグなんかより強くなれるって確信がある!)」

「あなたはここで終わらせる。私の手であなたの未来を斬奪する、リトルクイーン!」

「ふふ、奪えるなら奪ってみなよ。でもあなたより先に私が全部奪いつくすけどね、シャロン・クレケンスルーナ!」

交わした言葉の直後、辺りに金属音が響き渡った。

 
 

 
後書き
黒いモナド:ゼノブレイド2 メツの武器。公爵がリトルクイーンに渡したのは模造品で、本物は依然として公爵の手にあります。
ローリー・ベルリネッタ;VividStrikeより。原作より色んな意味ではっちゃけてます。
シャンテ:Vividより。原作では彼女の苗字がシャッハと同じじゃないので、元の苗字をそのまま使っていると考えましたが、今作では現時点で苗字無しの孤児という設定にしました。
ティモシー・アピニオン:名前はゼノギアスより。苗字がコレなのはそういうことです。



リ「うちのオカンにトンデモ設定が追加された件」
フ「こういう一般人に見えて実は……って人は何かと世渡り上手な印象があるのう。あ、ちなみにマッキージムじゃが、今回は休日設定じゃから二人して扇風機の前でだらけておるぞ」
リ「そもそも大抵のVividキャラの親って設定も描写もないよね。主人公親子やその周りは除くけど」
フ「つまり盛ろうと思えば好きなだけ盛れる人達でもあるんじゃな」
リ「逆に言うとちゃんと盛れなければ薄いキャラで終わるってことでもあるよね」
ロ「よくわかったわね、リンネ! だからこそ私は初手でセクハラかましてやったのよ!」
リ「えぇ!? なんでここにお義母さんが!?」
フ「全く関係ない話じゃが、ローリーさんとリンネが続けて話すと、縦読みがロリになるのう……」
ロ「フーカさんって普通に生きてても、るりかBADの展開もあり得るのよねぇ。もしくはしあわせ島?」
フ「うぉい!? 洒落にならんぞ!?」
リ「安心して、フーちゃん。もしフーちゃんがヒューマンデブリ的な感じになっても、絶対に助けてあげるから。そして永遠に養ってあげるから」
フ「囲われる展開しか見えんのじゃが!? わじは自由に生きたいぞ!?」
ロ「反骨精神のある女の子を屈服させるのって、妙に興奮しない?」
リ「あ、それわかります。そのまま自分に依存させるように仕向けて、他の生き方を見えなくさせるんですよね」
フ「この女王系親子ォー!」
ロ「まあでもセクハラはセインとキャラ被りするのよねぇ。もっと良い手で行くべきだったわ」
リ「例えば?」
ロ「スピリタス(アルコール度数96%)」
フ「酔わせてどうする気じゃ!? あとハラスメントから離れんか!」
リ「でもシャロンさん、本編じゃ常に気を張ってるけど、緩んだ時の姿見たくない?」
フ「……み、見てみたいが……しかし酔わせるのはダメじゃろ。未成年じゃし」
リ「だけど気持ちをほぐしてくれる人は必要だよ。私にとってのフーちゃんと同じように」
ロ「は~い、イイ話風にまとまった所でそろそろ締めるわよ、フリフリちゃん達」
フ、リ「「フリフリちゃん達!?」」
ロ「じゃ、今日はここまで」
フ「あぁ、最後の締めが取られた!?」 
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