| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

幻の旋律

作者:伊能忠孝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第八話 時間との共有

職員、朝礼が始まった。
「先生方、今日の一日明るく頑張りましょう・・」
何か、ありますか・・」
教頭が元気よく言った。
「はい・・・」
「では、深谷先生・・」
賢治は堂々と立った・・

「あの・・」
職員は注目した。

「私の退職のうわさは聴いていると思います・・今日はその理由についてです・・
率直に申しますと・・私は、教員でありながら、ヤクザの組に出入りしていました!
そして、もちろん噂では聞いてると思いますが・・私の父もヤクザです!しかし私が幼い頃、同じ組員に射殺されました・・・
そんな父でありますが、こんな私を育ててくれた、だからそんな父を誇りに思っています・・・」

全職員は驚いた・・

「私は、この学校で、いやそれどころか・・もう教壇には立てません・・・
私の教員寿命は残り四カ月です・・だからこそ私は、この残された時間を使い、クラスと向き合って、彼らにして上げれる事を見つけるつもりです・・・」

この事実を知った教員達は賢治を軽蔑のまなざしでは見なかった。いつもと同じく接せてくれた。今この職員室はそんな雰囲気になりつつあったのだ。もちろん生徒にもこの情報を流す者もいなかった。

やがて、クラスは職業実習から帰って来た。
一カ月ぶりのHR、賢治は久しぶりに話しをした。

「実習お疲れ様・・しばらく学校から離れ、苦しい実習であっただろう・・
日頃、当たり前にいたはずの、友と離れ、その大切さを実感したことと思う。
また、普段から指導して頂いた先生方に対してもそう思ってもらえれば俺は嬉しく思う。俺の事などはどうでもいい・・・俺は君らに数多くの事を要求しようとは思っていないただ、皆で呼吸ができる・・そんなクラスであって欲しいのだ・・」
 
生徒は真剣なまなざしで聞いていた。
「先生もな・・おそらく、君ら以上に、君らと距離を置くことで考えたよ・・・」
賢治は、しばらく黙っていた。
「では、今日も一日、どうか大切にな・・」
賢治は複雑な気持ちのままHRを終えた。
この瞬間から、生徒は変わり始めようとしていた。
生徒と正面から向き合えば伝わるものである。
後ろで、聴いていた幸代は、決心した。
「私はここで、あなたの教員最後の瞬間まで見届けるわ・・」

「深谷先生、今日のHR良かったわ・・生徒達もきっと何かを感じたはずよ・・」
「そうか、あいつら・・」
「今の奴らは、それぞれが別の方向を向いている。こいつらには目標がないからな・・」
「そうよね、2人で考えましょう・・・」
「そうだな・・」
賢治は、心強かった。

木村警部は第七工事現場で海を見ていた。
「親父・・・佐々木に殺されたのか・・・」
少し離れた場所に男が立っているのに気がついた。
「あ・・誰だ・・」
やがて木村警部はちかずいた。

「今日は!どちら様」
「おれは、フリーのジャーナリスト狩野大成だ・・」
「お主こそ誰だ・・・」
二人は情報交換をした。
「このサングラスの男からの証拠品である、ダム周辺の測量図をある専門家に見てもらったところ、とんでもない技術で測量されたらしい・・」
「この写真の伊能良蔵さんも伝説の測量師だった・・」
「何?!親父と伊能良蔵は、同時にこの崖から転落死したのか・・・」
「木村捜査官は、伊能良蔵に突き落とされた可能性もある・・」
「何?!そんな・・佐々木ではないのか・・」
「確かに佐々木かも知れない・・しかし・・
伊能良蔵も、麻薬輸送計画の共犯者だからな・・木村捜査官は証拠をつかんでいた。だから、伊能良蔵にとっては、邪魔な存在だったのかも知れない・・
木村捜査官は、橋げた落下事故も調査していた。」
「一体、親父はどんな情報を掴んだのだ?」
「さらに、この写真のガキも崖から落ちたのだ・・・」
「では、この写真の三人は全員死んだ事になるな・・これでは調べようがないな・・」
「いや、俺は感じてる・・このガキは生きている・・」
「何!そんな!」
「ああ、昔、長崎の高島で見たという噂を聞いたことがある・・」
「まさか!」
「俺が調査するよ・・何だか再び熱くなってきた・・・その島に行ってくるよ・・・」
「俺もな・・親父が追っていた、その落下事件興味があるなハハハハ事件かもな・・」
「全く、心強いぜ、おじさんよ!」

朝の職員朝礼の最後に教頭は言った。
「先生方から何かありませんか・・」
「はい・・」
幸代は手を上げた。
「音楽科からですが・・三月の終わりに合唱コンクールを開催したいと思います。」
「合唱ですか?・・」
「音楽は人を変えます。これを機会にクラスが団結できればと願っております。今週中に課題曲を決めて下さい。」
幸代は生き生きと話をした。
「合唱コンクールか!幸代さすが音楽家だね・・」
そして、1限目のLHR。

「三月の中旬に合唱コンクールがある。皆それに向けて練習だ・・」
約半数の生徒が唖然としていた。しかし、男子の半数は、
「だるいぜ・・」
「なんだ、なんだ、だるいって、情けないな・・そんなに、人前で歌うのが怖いのか?ハハハハ」
賢治は馬鹿にした。
「なんだよ、・・」
「あのな、格好付けるんじゃねえよ・・お前らは人前で、一生懸命な姿を見せるのがダサイと思ってるいんだろ・・」
「・・・・」
「勉強だってそうなんだよ・・お前らは頭が悪いのではないのだよ・・やればできるのにやらない、だから馬鹿なんだよ!
これは俺なりの馬鹿の定義なんだ・・・・」
「分かったよ・・出ればいいんだろ・・」
「おう、それでこそ男だ。やると決めたからには、中途半端にするほどみっともないのだ・・・」
「よし、最優秀に輝けば、焼き肉に連れていくぜ・・」
「まじかよ!ハハハハ」
生徒達は本気になった。
「馬鹿野郎・・優勝できるわけないのだよ。練習の過程こそが、重要なのだハハハハ」
「では、君らで課題曲を決めてくれ・・・」

音楽の授業中である。
「待鳥先生!課題曲が決まりました。」
生徒達の嬉しそうな姿に感動した。
「さあ、今から練習よ!」
幸代は、気合が入った。
「そうよ、この合唱コンクールは、あなた達のために私が企画しただから・・」

それから練習が始まった。やる気はあっても、体が、いや互いの相互作用がうまくいかない。指揮者、ピアノ伴奏者も嘆いていた。何かに没頭した経験のない彼らにとっては、地獄であっただろう。個人ではうまく歌えても集団化するとまとまらない。
やがて、ピアノ伴奏者も狂った合唱に惑わされ、旋律が狂い始めた。
「さあ、もう一度やるか・・」
賢治が指揮を取った。
「なんだ、なんだ!ピアノは何やってるんだ!」
「すみません、私だめです・・・」
「そうか・・・」
「今日は、終わり、解散」
皆は音楽室から出て行った。幸代も心配そうに見守った。

泣いているピアノ伴奏者の女子生徒に賢治に言った。
「大丈夫か・・」
「私、もうだめです・・一生懸命頑張っているのですが・・」
「君は、音楽が好きか・・・」
「は?好きです!幼いころからずっと弾いています・・私は、音大希望です!」
幸代は、2人の会話を聴いていた。

「それは、素晴らしい・・伴奏は、ピアノソロとは違うからな・・」
「は?」

「ソロは、自分のテンポで自由に弾ける。気分の向くままにだ・・しかし伴奏は違う、皆に合わせないといけない、いや、皆に合わせやすい伴奏をしないといけない、すなわち君は合唱の司令塔なんだ!合唱コンクールの場合、指揮者は所詮飾りだ、カッコよく棒を振らせるだけでいい。でも君の役割は重要なんだ!音大に行きたいのなら、早い段階でそれを身につけないといけない。これは、いい機会なんだ・・」
「・・・・」
彼女は、真剣に聞いていた。
「では、どうすれば、皆とテンポが合うのか?世間の音楽家どもは皆口をそろえてこう言うだろう・・」
「皆と共有することだ。・・そんなの当たり前だ・・でもどうするのか?」
「はい・・でも一体、どうすれば・・」
彼女は真剣な顔になった。

「時間との共有だ・・」

「は!」
彼女は驚いた・・
「いま流れている時間というものは、誰にも止められない、すなわち時間とは不変なる存在なのだ。俺たちは、今、時間を共有してる。これはまぎれもない事実だ。どんなに相性が悪い奴でも、お互い離れていても。時間には逆らえない。皆で共有してる。したがって、時間との共有を意識すればいい・・君のメロデーを流れてる時間に乗せればいい・・そうすれば、皆と共有できるのだ!ただ、それだけのことだ・・」

彼女は感激した。
「先生・・・まるで音楽家みたい!」
「俺は、ただの数学教員だハハハハ」
このとき、一番驚いていたのは幸代である。

「この人、素人ではないわ・・時間との共有ですって・・この私でも考えた事がないわ。この人も幼い頃から音大を目指してしたの?今、誰に師事してるのかな・・
この人・・一体何者なの・・」
「先生!何だかやる気が出てきました!今から帰って練習します。ありがとうございました!」
生徒は元気よく出て行った。

「深谷先生、あの聴きたいことが・・」
幸代は聞いた。
「先生は、今どなたに師事を受けてるのですか?きっと有名な先生でしょ?そう言えばば、あの夜、体育館で、弾いてたでしょ?」
幸代は、あの夜の事を思い出した・・
「いや、恥ずかしいは・・先生を目の前にして話すとは・・」
「ああ・・そうだな・・・」
賢治も動揺した。
「まあ、あの夜の事は忘れてくれ・・」
賢治も同じことを思っていた。お互い苦笑いをした。
「いや、あの夜はごめんなさい・・先生、すごくうまかったから・・どこであの旋律を学んだのかなって思いまして・・・」
幸代は、苦笑いしながら言った。
「師事?誰にもしてないよ・・気が付いたらそうなったのだ・・まあ、俺も余り楽譜が読めないから、暗譜するしかないのだよ・・この作業がまた地獄まんだよな・・全く」
「楽譜、読めないの・・」
「いや、そういう意味ではなくて、楽譜を見ながらの演奏は出来ないね・・それが出来れば、俺も演奏幅が広がるのにな・・先生がうらやましいよ。だから俺は、テンポの速い曲なんて、とても引けないよ・・指が動くわけがないからね・・」
「そう言えば、先生はテンポが遅い曲しか弾いていなかったわ・・」
「そうなんだよ、まだ、初めて3カ月だからね・・でも、一日10時間練習したから、通常の人の3年分はしたことになるのかな・・
だから、俺は素人そろそろ卒業できるかね・・ハハハ
この年になってピアノを始めたこと誰にも秘密にしておくれ・・これは二人の秘密だ・・頼んだぞ!帰って俺も練習だハハハ・・」

幸代は茫然としばらく立っているだけだった・・
「え!何それ、3か月の素人があんな表現ができるわけ・・あの人異常だわ・・偉大な音楽家の生まれ変わりなのか・・」
「私は、全盛期、高度な演奏技術に執着していた。確かに私のピアノは日本最速だった。でもだめだったの・・
素人の彼にあって、私にないもの・・
それは、想像力と情緒性、そして時間の概念・・」
「さて、私もピアノを本気で始める時が来たみたいだわ・・帰って練習するわ・・」
賢治は幸代を、その気にさせてしまった。

彼女は自信を取り戻したが、合唱はなかなかとまらない。
上達が見られないいまのクラスは、ストレスとなるのだ。真剣にやってるからこそのストレスは大きい・・忍耐力がまだ未熟であるためである。

「お前、いまずれただろー」
「何だよ・・・・」
喧嘩が始まってしまった。
「もう、やめようぜ・・・」
「そうだな・・大体俺達には無理だったんだよ・・」
「馬鹿野郎!何情けな事言ってるんだよ!」
賢治は怒鳴ったが収拾がつかない。
そのときだった。

「みんなやめて!」
ピアノ伴奏者の彼女が、大声をあげた・・
普段、おとなしい生徒が言うのだから、さすがにみんな静まりかけた。

「みんな、何やってるのよ!いつもそうよ、今まで入学して、一度だって、真剣に何かにに向かったことあるの!いつも、周りのペースに巻き込まれて。真剣にやってる人の気持ちふみにじって、先生方から怒られる。深谷先生だって、私達の知らない所で上司の先生達から嫌なこと言われてるのよ!先生の気持ちも考えてよ!」
賢治は苦笑いをしていた。
「でも、今がそのチャンスなのよ・・真剣にやるの!恥ずかしい事ではないでしょ・・今しかないの、学校中に見せつけるのよ!この崩壊したクラスが一致団結する瞬間を!」
皆の顔が輝いてた。さすがに問題児も真剣に聞いていたのだ。
しまらく、皆は黙っていたが。
「よし、なんか、やる気がでてきたぜ・・ハハハよし練習を始めようぜ!」

賢治は言った。
「大体、練習のため、教員の俺がここにいることが間違ってたよ・・
自分たちで頑張ってくれ・・俺は忙しいもので・・
もう俺達の出る幕のないな!なあ幸代、職員室に戻るぞ・・」
「そのようね・・私達は必要ないわね・・大体、その時間との共有とは一体どの音楽家の言葉なの?」
「あれは、俺の名言なのだ・・ハハハハ俺の感覚は普通じゃないからな・・・そこらの音楽の教員には負けないゼ!ハハハ」
「それ私の事言ってるの・・素人のくせに・・指何かメチャクチャじゃないの・・基礎を甘く見ないで!」
2人は、教室を出て行った。

「この人は、とんでもない情緒性、いやこれは美的感受性を持っている。私にはない、いや意識すらしたことがないのよ・・・」
幸代は、帰って猛練習した。でも、うまくいかなかった。
「私には、情緒を表現できないわ・・」
このとき、幸代は、体育館での出来事を思い出した。

「あの、旋律は彼の悲愴の叫びなの・・彼の悲愴は私の悲愴でもあるの・・・」
幸代は、何気なく悲愴を引いた・・
「この感覚だわ・・この悲しみが何だか心地良いわ・・」
このとき幸代の中で、ある新たな感覚が芽生えたのだった。

職員室は以前のように和やかになり始めていた。
昼食時間、二人の女子生徒が職員室に入って来た。ある先生へ提出物をすませて。帰ろうとしたところ、賢治に気がついた。
「あ!深谷先生だ!・・」
2人は賢治に近寄って来た。
「何だよ!」
賢治は不機嫌そうに答えた。
「先生!私、先生の事ずっと好きでした。だから・・私と結婚して下さい・・」
生徒は、賢治に突然告白をしたのだ。
賢治は戸惑った。今職員室は昼食中で先生方に注目を受けていたからだ。
「俺は、一体何と答えればいい・・先生方が聴いている・・・」
この学校は特に、生徒と先生の距離には敏感である。何故ならば、過去3人の男性職員が生徒との恋愛で退職している。生徒に言い寄られて大人は悪い気がしない。理性を失う事もあるのだ。
しかし、賢治は約1秒後に答えた。
「あのな、君の気持は大変嬉しいよ。俺も若いにこしたことわない。でもな、君が後悔する・・なぜならば、俺は結婚しても、家には帰らない・・俺は自分の時間を愛してるからだハハハ」
賢治は笑いながら言った。
その言葉に、先生達は唖然としていた。
「先生、そんなこと言わないで・・この子かわいそうだよ」
厄介な連れが口出しした。
「せめて、電話番号を教えて下さい・・」
「そうか、俺の事そんなに好きならば、俺の携帯番号を当ててみろ!13桁の番号をな・・もし当たれば俺は君との運命を受け入れる・・」
「ハハハハ13桁の番号なんか当たるわけないでしょ・・先生は本当に面白いね・・そんな先生が大好きだよ!」
「ははそうか・・」
賢治は、これで終わりかと安心していた。しかし・・
「先生、話変わるけど、先生は、待鳥先生と出来てるんでしょ・・」
「は?」
賢治はこれはまずいと思った。どう返していいのか。噂が立ってるのは事実であるが。幸代も。真正面に座ってるではないか・・しかし言い返した。
「いや、違う、付き合ってはないが・・実は俺達は両思いなんだ!」
またもや職員室の先生方は仰天した。この時、耳を澄ましていな先生は誰一人としていなかった。
幸代の顔はすでに真っ赤になっていた。
その幸代の表情を見て。賢治は確信した。
「そうか、幸代・・俺の事・・ハハハ」
「この人、正気なの・・まあ、嫌ではないけど・・」
二人は目が合ってしまった。
「でもな、この学校は、職場恋愛禁止なんだ!・・だから、俺は我慢してる。どちらかが退職しないといけないからな・・ハハハハ」
「先生、面白い!」
「先生が辞めればいいんやないの・・」
「ハハハハ。そうだな・・今年でこの学校を退職するかね・・」
さすがにこの生徒の発言には職員達は驚いた。もうすでに辞表を出していたからである。
「先生、今日はここまでにしておくよ。では、失礼しました!」
2人はやっと帰って行った。

「深谷先生何言ってるのですか!冗談が行き過ぎています!」
幸代は賢治に怒鳴った。
「まあ、そう怒りなさんな!大げさな事を言えば噂は立たないのだよ・・ハハハハ」
中央に座っている教頭が言った・
「全く、君は大した奴だ!噂とうり相当頭が切れるな・・やはりお前は、教員を辞めて正解だ!ハハハハハ」
「まあ、確かに!私は教員免許剥奪されましたからね!ハハハ」
周囲の職員は大笑いしていた。

帰りのHR
「待鳥先生、今日俺忙しいので、HRよろしく・・」
「何言ってるの!自分でやりなさい!」
「まだ怒ってるのか!
全く、しょうがないな・・」

一方クラスでは・・
「あれ、深谷先生遅いね・・・」
そのときだった。
「ピンポンハンポン・・」
「普通2年B組に連絡します・・今からHRを始めます・・」
「は?HR?何放送で言ってんだよ!ハハハハ俺らの担任やっぱイカレテルぜ・・」
「起立!気お付け!礼!」
皆、放送に従っていた・・
「面白すぎるぜハハハハ最高だぜ!深谷先生!」
「よし!俺は忙しいから放送した・・明日も欠席がないように!では、また明日!」

「何やってるの!深谷先生・・あなた、校内放送でHRをするなんて!一体何て教員なの・・・」
「たまには放送もいいだろ?生徒の顔を見なくても俺は想像できるせ!楽しそうな姿がな・・」
「全く何考えてるの・・」
幸代はほほ笑んでいた。

雨が降り始めた。
賢治は昇降口を出て、車に向かっていた。
そのとき美しいメロデーが聞こえる。思わず差していた傘を落とし雨空を見上げた。
「まだ、歌ってるのか・・」
賢治は、しばらく聞いていた。

外は、枯葉が落ち始め、寒い冬の始まりを告げていた。
「あの日も雨だったな・・」
あの、雷雨の中、屈辱的なそして復讐に向かった日を思い出していた。
賢治は雨空を見上げて言った。

「でもこの雨は優しいぜ・・・」

「もう、君らは自立してるな・・
最優秀賞なんて最初からどうでもいいんだ・・
俺の出る幕もない・・嬉しい限りだ・・
でも、これって、ある意味悲しいことだな・・」

賢治は、クラスに対して授業も構えず楽しんでいた。とにかく、いろんな話をした。
幸代はそれをすべて見守ったのだった。二人の関係も穏やかで微笑ましい日々だった。そんな穏やかな時間だからこそ、高速に過ぎるのだろう・・
やがて寒い冬も過ぎ、春へとちかずいていった。終業式までのカウントダウンが始まっていたのだ。世間は暖かい春の訪れを持つのであるが。しかし、賢治はそんな事を願ってもいなかったのだった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧