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MOONDREAMER:第二章~

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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
  第18話 嫦娥と純狐

 今より遙か昔の話。月の裏側にある二人の少女が話の話題となる。
 一人は正真正銘の月の民。そしてもう一人は神霊という存在であった。前者の名前は嫦娥といい、後者は純狐といった。
 しかし、その二人は実に仲が良く、それは種族の垣根を周りに感じさせない程であったのである。
 故に、余りにも仲が良い為に、彼女達は互いに取り合いをするような事はしない程であったのだ。お互いに欲しい物を尊重し合って、決して片方がもう片方の足を引っ張るというような事にはならないようにしていたのである。
 その仲睦まじさは、とうとう一人の想い人を嫦娥と純狐の二人でものにするという結論までに至らせる所までいってしまった。
 要は彼女達は一夫多妻の選択肢を選んだのである。月では現代日本のように一夫一妻でなければならないという取り決めは存在していないので、彼女達はその月での常識にあやかる事にしたのだった。
 彼女達は取り合いをする仲ではなかったからである。同じ人を愛してしまったのなら、二人で愛せばいいじゃないかという結論に至ったのである。
 そのようにして、二人の現代日本人の感性から見れば大胆不敵極まりない選択により、事は見事に収まった……かのように見えた。

◇ ◇ ◇

 彼女達の選んだ選択は正しかったのである。だが、それは『二人で一人を愛する』という選択においてのみであった。
 二人が犯してしまった取り返しのつかないような過ちとは、他でもない、その愛した男そのものであったのだ。
 彼は二人との婚約の後に純狐との子を設けるが、彼の本性は稀代の悪と言うべきものであり、彼は自分の地位が我が子に脅かされるのを恐れて自らの手でその命を奪ってしまったのだった。
 それは、古代の王権時代にはよく見られた凶行でなのである。その事は場所を選ばず、古代ギリシャだろうが、古代中国だろうがどこでも起こっていた痛ましい事実なのだ。
 だが、神霊たる純狐程の力を持った者がいながら何故彼女の子の暗殺を許してしまったのか。
 それが他でもない、嫦娥の『神を退ける能力』の影響であったのである。つまり、嫦娥と一緒に暮らしていたが為に純狐は神としての力を発揮出来ずに夫の我が子の暗殺を止める事が出来なかったという訳なのだ。
 勘の良い方ならここまでの話で察しているかも知れないが、それこそが彼女達の夫が目論んだ事なのである。
 嫦娥の能力さえあれば、純狐の力に警戒しなくても悠々と自分の地位を奪いかねない忌まわしき存在を葬る事が出来たという事なのである。
 そう、全ては彼女達の夫が最初から計画していたという話なのである。彼女達が取り合いを拒む程仲が良い事や、嫦娥の神を退ける能力を巧みに利用して自分の地位を永劫確立する算段だったというのが根本にあるのだ。
 そして、我が子を殺める事に成功し、自分の書いた筋書きが思い通りにいっている事を確信して勢い付いた彼は、更なる野心の為に暗躍するのであった。
 それが、ヘカーティアの管轄にある地獄から夜を奪うという暴挙であったのだ。
 これを成す事が出来たのも嫦娥の能力にある。
 彼は嫦娥を自分と共に地獄まで連れていき、彼女の力を利用して女神ヘカーティアの力を退ける事でのうのうと地獄から夜を奪ったのであった。
 だが、人道を外れたレベルの悪い事は続かないように世の中は出来ているものなのである。
 それはこの話でも例外ではなかった。純狐は滅多に訪れない嫦娥の留守を狙う事により自身の力を退けられないままに、我が子を奪った夫を亡き者にしてようやく仇を討つ事が出来たのであった。知っての通り、それでも彼女の純化の能力が災いして彼女の心が晴れる事はなく今日まで至った訳であるが。

◇ ◇ ◇

 ここまでの話で、そのような悪逆の極みと言える二人の夫の暴挙を何故そこまで許してしまったのかという考えを抱く人も少なくない事であろう。
 しかし、世の中には相対的に数は少ない筈でありながら、そのような感性を持った者達の存在により平和が脅かされる事が驚く程多いのである。
 二人の夫も、まさにそういう感性の持ち主であったのである。心の内にはドロドロの野心を秘めながらも、外面は至って紳士的で聖人君子を彷彿とさせる振る舞いをしていたのだった。
 だから、彼は二人をまんまと自らの意中に収める事が出来たのだった。いや、そういう野心を持つ人にこそ人心掌握を容易く行ってしまうようなカリスマ性が宿るという世の中の可笑しなメカニズムとなっているのである。
 加えて、そのような者には喋り方一つで周りの人間の精神を高揚させて揺さぶってしまうような神懸かった力があるのである。
 故に、嫦娥も彼に賛同出来ないにも関わらず、彼に嫌われて見限られてしまえば人生が破綻して自分自身を裏切り、身を引き裂かれるような衝動に襲われるだろうという強迫観念から彼に逆らう事が出来なかったのだ。
 だが、そういう人格が形成されてしまうのは、親や周りの者の接し方に問題があるからというケースが多いのである。故に、彼もある意味では被害者だったと言えるのかも知れない。あくまでそういう見方があるという事であるが。

◇ ◇ ◇

 二人の夫が亡き者にさせられて、それで事が解決するという事は残念ながらなかったのである。
 まず、純狐は彼女自身の能力で恨みからは逃れる事が出来なかったのは前述の通りである。
 それだけでなく、嫦娥の方にも深い心の傷を刻む事になってしまったのだ。
 もし、自分があの者を愛していなければ……もし、二人で愛するという選択肢を選びさえしなければ……。
 そのような仮定にしかならないような思考に嫦娥は取り込まれてしまったのである。
 その事により、無二の親友であった純狐とも距離を置き、彼女は孤独の身へと陥っていったのだった。
 だが、それでも彼女は否が応にも純狐とは顔を合わせなければならない状況にあったのである。しかし、純狐と一緒にいても気まずいだけで心が苦しくなるのだった。
 その苦しみから逃れたい。その一心が彼女に道を踏み外させる事となってしまったのだ。
 嫦娥にも、月の姫君の一人である蓬莱山輝夜が蓬莱の薬を飲み、不死の存在となった事で地上へと流刑になった話が耳に入って来たのだった。
 その瞬間、彼女に差してしまったのだ──そうだ、自分も蓬莱人となってしまおう、と。
 そうすれば、自分も地上へと流刑になる事が出来る。そして、純狐とも距離を置く事が出来るだろうと彼女は考えたのだ。
 後は、思い立ったら吉日なのであった。この事は断じて『吉』となるような内容ではなかったのだった。
 彼女は、ものの見事に月の都の中枢に厳重保管されていた蓬莱の薬を見つけ出し、それを飲むに至ったのである。
 勿論、そこへ行く為には強固な結界が敷かれていて、普通の者ならば立ち入る事など出来はしなかったのだ。
 だが、幸いというべきか、不幸というべきか、その結界には『神力』が使用されていたのである。故に、神の力を退ける能力持ちの彼女には、易々と侵入する事など朝飯前なのであった。
 こうして嫦娥は目論見通り蓬莱人となり、罪人の烙印を押される事となった。
 だが、彼女の望み通りの地上への流刑にはならず、月の都の奥底へと幽閉されるに至ったというのが、事のあらましなのであった。
 しかし、それでも彼女は幾分気持ちが晴れる事となっていた。罪人として幽閉されれば、純狐が自分の下へと来るのが容易ではなくなるのだから。 
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