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MOONDREAMER:第二章~

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第四章 ダークサイドオブ嫦娥
  第15話 炎の使者と地獄の変態:後編

 満月の塔での戦いにて、マチの放った炎の弾幕に対して、ヘカーティアは悠然とした態度を取りながら「掛かった」と言ったのだった。
「なっ……?」
 そのヘカーティアの発言の意味を察する前に──マチは炎の弾幕を受けていたのだった。
「っ……!」
 そして、いつの間にか攻撃を喰らっていたマチは、叫び声を出す事もままならないまま吹き飛ばされてしまったのだった。
 地面に倒れ伏してしまったマチは今の状況を把握出来ずにこう呟く。
「一体何が……?」
 そう言って彼女が視線を目の前に向けると、彼女は驚愕してしまったのだった。
「私の弾幕が……凍っている……?」
 それが今の状況の答えであった。何とマチの放った弾幕が綺麗に宙に浮いたまま氷に包まれていたのである。そして、弾幕達は自分に起こった出来事を理解したかのように一斉に床に叩き付けられて砕けてしまった。
 驚きの反応をするマチを見ながら、ヘカーティアは諭すようにこのからくりの答えを口にするのだった。
「そう、お前さんの弾幕は凍らせてもらったよ」
「でも、一体どうやって?」
「いい質問だな。それはさっきのヘルファイア2の青い炎に答えがあるのさ」
 そう言ってヘカーティアは先程放った左手の青い炎を再びその手に現出させてみたのである。加えて彼女はマチにこう言う。
「さっきは意識しなかったから気付かなかったかと思うが、もう一回よく集中してみなよ」
「……!」
 言われてマチは合点がいくのであった。そして答えが分かったのである。
 その青い炎は高温である熱ではなく、低温である冷気を放っていたのだった。それに対してマチは再び驚く。
「この冷たいのが……炎?」
「まあそういう事さ。地獄にはこんな炎もあるって訳だ」
 地獄は現世の常識は通用しない仕様なのであるから、その管理者であるヘカーティアにそう言われてはマチは反論の付け入る隙を見つける事は出来なかったのである。
「成る程、勉強になったわ」
 そう言うマチは別段嫌味などは籠めておらず、これは紛れもない彼女の本心からの言葉であったのだ。
 彼女はエリートであるが、世の中には自分の知らない事がある事をちゃんと理解しているのである。それが、彼女が今まで自惚れずに精進してここまで来れた事の裏付けであるのであった。
「熱に冷気も加えて使えるなんて、あなた器用なのね。女神である事を差し引いても驚きだわ」
「そう言われると光栄だが、二属性でそう言っていてはいけないぞ。幻想郷には七属性も操る魔法使いがいるのだからな」
「それは素晴らしいわね。私の知らないそんな事が幻想郷にあるなんてね」
 このやり取りをしながら、ヘカーティアは内心ほくそ笑んでいた。──見事にこの玉兎を幻想郷への興味を持たせる事に成功したと。
 幻想郷に仇なす邪悪な意思を持つ者でない限り、こういった新たな存在を取り入れる事こそが幻想郷にとって有意義になる事をまだ新参者であるヘカーティアもよく理解しているのであった。
 この事で一番喜ぶのは勇美の恩人の一人であるが胡散臭くて自分は馬が合わないあの最強クラスの妖怪である事は分かっていても、自分は幻想郷自体は受け入れている事実がある為に、そこへ貢献するのは義務だとヘカーティアは思っての事なのであった。
 そして、プライドは高いが良い意味での要素の多いこの玉兎に対して発破を掛ける意味もヘカーティアは狙っていたのだった。
 そうしながら彼女は思う所があった。自分の感性は依姫とは断じて違うものであるが、相手が本調子となり全力で悔いのない弾幕勝負にしたいという願望では同じ所があるのだと。これも勇美の影響が多々あるかも知れないと彼女は改めて感じる所である。
 そして、問題はその発破に相手が応えてくれるかどうか……にあるのだ。何故ならこれは強制ではないからである。
 あくまで本気を出す意気込みを持つかどうかは相手が決める事だからだ。これを無理強いしてしまえば、創作物の悪のボスキャラが好む理論である『私を楽しませてくれたまえ』というエゴになってしまうからだ。
 そう思いヘカーティアはどう出るか懸念していたが……その心配はどうやらいらないようであった。
「あなたは随分と味な事が出来るみたいだけど……炎の専門家たる私をなめてもらっては困るわね」
 その言葉を紡ぐマチの表情は、実に迷いのない晴れ渡ったものとなっていた。
「いい目をするね。私好みだ」
 ヘカーティアはこう闘志の萎えないマチの事をいたく気に入るのだった。何せその様は勇美と似通っていて好感が持てるからであった。
「余裕を見せていられるのも、今の内よ」
 言うとマチは懐から新たなスペルカードを取り出して発動する。
「【火剣「炎の舌・フランベルジュ」】!」
 続けてマチは自分の右手を天高く掲げる。するとそこに炎が現出して集まっていったのであった。
 だが、単に炎を産み出した訳ではなかったのだ。その光景を見ながらヘカーティアは興味深げに呟く。
「おやまあ、お前さん。そんな事が出来たのかい?」
 そう感心するヘカーティアの目には、確かにそれが映っていたのだった。──見た目明らかに剣の形の得物がマチの右手には握られているのを。
 これがマチのスペル『炎の舌・フランベルジュ』の力なのであった。こうして彼女は炎を集めて剣の形に練り上げてしまったのである。
 その剣の形はギザギザの赤い刃で、正に『炎』といった外観で、加えて動物の『舌』にも見える名前に偽りのないものとなっていた。
 そして、炎から剣を産み出すという本来の物理法則から逸脱した芸当をやってのけたマチは、その刃を一振りするとヘカーティアへと向き直ったのであった。
「さあ、待たせて悪かったわね。行くとしましょう」
「確かに芸達者な事をやってのけるが、文字通り『付け焼き刃』になってはいないかね?」
 そう言うヘカーティアは、今まで剣の達人を何人か見て来て思う所であったのだ。
 代表的なのは、冥界の二刀流を得意とする庭師であろう。彼女は師匠が雲隠れした後、健気にも独学で自身の剣術を磨いていったが故に、精神的に未熟な所があれど剣の腕は確かなものに仕上がっているのだ。
 そういえば、そんな彼女の境遇を想って依姫は彼女に時たま剣術を教えに行くようになったっけとヘカーティアは微笑ましい気持ちで思い返す。今後が楽しみだと期待に胸を膨らませるのだった。
 そして、彼女に剣術を教え始めた依姫その人である。依姫は神降ろしの力があるにも関わらず、剣の腕も抜かる事なく磨いていったのだ。真面目で堅実な依姫の性格が良い働きをした一端と言えよう。
 それに対して、果たしてこの玉兎はどうだろうか? ヘカーティアはその答えをじっくりとその身で見据えていく事にしたのだった。
「付け焼き刃かどうかは、これを受けて見てから判断してもらいたいわね!」
 言うとマチは剣を腰に構えると、体のバネを利用してヘカーティアの懐へと踏み込んで来たのだった。
 しかも、自身の能力の火の力をその推進力とした上で。故にその瞬発力は並々ならぬものとなっていたのだった。
「はあっ!」
 そして、その勢いのままにマチは腰に宛がった炎の剣をヘカーティア目掛けて振り抜いたのだ。
 その攻撃に対してヘカーティアは咄嗟に右手に炎を灯すと、合わせる形でそれをぶつけた。
 そして、そこに爆発が起こったのだった。その後マチは気付く。
「くっ……手応えはなかったか」
 そう、彼女の得物が敵を捉えた感触はなく、ただただ爆発の衝撃しか彼女は感じられなかったのであった。
 そして、爆発が止めばヘカーティアとの距離は再び開いていたのだった。そこから彼女は言葉を発する。
「いや、悪かったね、付け焼き刃じゃないかなんて言って。いや見事さ、踏み込みは洗練されていたし、そこに炎の推進力まで使っていたんだからね」
 ヘカーティアにとって全くを以て、奇しくも『舌を巻く』内容だったのである。
 自分の鍛練は怠ってはいない事実。それでいて自身の持ち味である火の能力を活用する事も忘れない。まさに理想の戦い方と言えるのだった。
「そう言われてもね、攻撃をかわしたあなたに言われても嫌味にしか感じられないわね」
「これは失礼したよ、気を悪くさせたみたいで悪かったね」
 この事にヘカーティアは本心で反省点だと思うのであった。
 どうも自分は依姫のように相手の心情に合わせる巧みさは備わってはいないようだと。比較的プライドが高い者達の集まりであった月ロケットの連中との戦いは実によくやったと感心するばかりである。
 幸い、マチはさほどその事を気にしてはいない様子であった。再び踏み込みの構えになったのがその証拠であろう。
「では、もう一度行くわよ」
「ああ、どっからでも掛かって来な」
 ヘカーティアのその言葉を受けて、マチは再び踏み込むと敵の懐へと向かったのだ。そして、再度剣を振り抜く。
「はあっ!」
 だが、ヘカーティアは落ち着いてそれに対処する。
「さっきの攻撃で感覚はつかんでいるから、もう炎で相殺するまでもないな」
 そう言うと彼女は軽々と身を引くと紙一重でマチの剣戟をひらりと避けたのである。
 だが、どうやら紙一重というのがこの場合良くなかったようだ。マチは今この場に振って沸いた好機を生かすべくこのスペルを発動する。
「【剣技「火の燕返し」】っ!」
 その宣言と同時だった。彼女の剣の軌道が一気に方向転換したのであった。
 もちろんその先にはヘカーティアの体があったのだ。そのまま剣の軌道はそこへと向かっていく。
 加えて、その剣には轟々と激しい炎が一瞬で生まれたのだ。その刃と炎の二重の攻撃手段は見事にヘカーティアの肉体を捉えたのであった。
「っ……!!」
 一瞬の事にヘカーティアは声もあげる事が出来ずにその攻撃をもらってしまったのだ。炎の炎上と共に彼女は吹き飛ばされてしまった。
 ──今度は手応えがあった。マチはその感触と、今しがた吹き飛ばされて床に伏したヘカーティアを見て、今のはかわされる事はなく無事に届いた事を確信するのであった。
 後は油断する事なく止めを刺そうと彼女は再度踏み込みの姿勢を見せる。
 そう、この相手に余裕などを見せている隙などないのである。故に確実に勝利を手繰り寄せるべくマチは画竜点睛に入ろうとする。
 だが、そうはうまくいかないようであった。ヘカーティアはむくりと起き上がると、ポリポリと頭を掻きながら言うのであった。
「いやいや、お前さんを少しばかり過小評価していたようだ。今のは文句なく効いたよ」
 そう言うヘカーティアは服が少し焼け焦げて、見るのが少々痛ましい姿となっている。確実に今のマチの攻撃が効いた証であろう。
「あーあ、この服はお気に入りなんだけどな。仕方ない……」
 そう言ってヘカーティアは──その手をおもむろに……。
「いやいやいや! 何脱ごうとしているのよ」
 その暴挙は無事にマチに阻止されたのであった。めでたしめでたし。
「だって、もうボロボロだからな。こういうシチュエーションでは脱ぐのが筋ってもんだろ?」
「例えば地球育ちの戦闘民族とかって、れっきとした男性だからね! それを女性であるあなたがやっちゃダメでしょ!」
「何だ、つまらない」
 ヘカーティアはそう言われて面白くなさそうに口を尖らせるのだった。その様子を見ながらマチは(こいつ、本気で脱ぐ気だったな)と憤慨していた。
 対して、ヘカーティアは心底残念そうにこう呟くのだった。
「仕方ないな、これは普通だからつまらないと思っていたんだが」
 そう言うとヘカーティアは自分の手を服の焦げてボロボロになった部分にあてがったのだ。すると、みるみる内に単細胞生物の細胞分裂の如く瞬く間にかけた部分が再生していったのである。
「へえ……便利ね。一体どうやったの?」
「何、『普通』に地獄から冥力を取り出して物質化して服の足りない箇所を補ったまでさ」
「うん、それ『普通』って言わないから。後、再生出来るのなら最初からそうしなさいって」
「いや、それだと少年漫画的にオイシクないだろ?」
「……もうツッコまないからお好きにどうぞ」
 マチはこうして考えるのをやめる事にしたのだった。女神なのに少年漫画とか、最早真面目に考察する気も失せるのだった。
「まあ、そう言いなさんなって。私はお前さんの事を改めて立派だと思ったまでだからな。そんなお前さんに敬意を示す意味合いで、この子を召喚させてもらうよ♪」
「召喚……と?」
 その弾幕ごっこでは余り聞き慣れない言葉にマチは首を傾げるのだった。そんな彼女に対してヘカーティアは意気揚々とその為のスペルを発動する。
「【熱蜂「惑星蜂雀(ほしほうじゃく)」】!」
 これまた聞き慣れない名称の宣言の下に、ヘカーティアの側にエネルギー場が現出したかと思うと、次元をこじ開ける形でその存在は現れたのだった。
 それは、巨大な虫であったのだった。こう記述するとおぞましい印象を思い浮かべてしまう方が多いだろう。
 だがその虫は、虫でありながら鳥のようなフォルムと毛並み、そして蝶のようなストロー状の口、そしてエビフライのような尾部……。
 と、このようにどこかユーモラスで愛らしい造詣をしていたのだった。とどのつまり、その虫に対するマチの感想もこうなるのである。
「か、可愛い……♪」
 気付けば彼女はその虫へと歩みより、その触り心地のよさそうな体を撫で回していたのだった。
「うん、もっと触っていいんだぞ。この子も喜ぶだろうからな♪」
 破顔しながら自分の自慢の使いの虫を愛でるマチに対して、ヘカーティアも気を良くしてその様子を見守るのだった。
 だが、ヘカーティアよりもマチは数段真面目な性格をしているのである。故に、すぐさま気を引き締めて再び臨戦態勢に入ったのである。
「危ない危ない、私とした事が敵の罠に嵌る所だったわ」
「別にとって喰おうとかしないから安心しなさいって」
 律儀に緊張感のある振る舞いに戻るマチに対して、ヘカーティアは勿体なさそうに感じていた。
 そして、改めて敵の召喚した使いを見ながらマチは言う。
「造詣は可愛いけど、やっぱり大きくて重圧感を感じるわね。これは生半可な攻撃は通用しないでしょうね……仕方ない」
 そう言うと彼女は新たなスペルカードを取り出したのであった。それも、彼女のとっておきでの……である。
「これで勝負を決めるわよ! 【直火「サンシャインロード」】!」
 こうしてマチの切り札のスペルは切られたのだ。そして彼女の両手にはおびただしい炎のエネルギーの群れが集まっていった。
 そして、それを迷う事なく彼女は惑星蜂雀のいる前方目掛けて撃ち出したのだった。最早、この子が可愛いからといって手加減している余裕などないだろう。
 マチが放ったそれは、正に弾幕と言うに相応しい炎の弾丸の群れであった。しかも、先程発火道具を媒体にした時のそれよりも一発一発の玉がバスケットボール大の代物なのであった。当然一つだけでも相当な威力があるだろう。
 マチが言った通り、彼女はこれで勝負を決める気でこの猛攻を仕掛けたのだった。──だが、それは正にヘカーティアが望んだ展開なのである。
「惑星蜂雀、あれをやっちゃいなさい」
 その指示に頷くような仕草を見せたかと思うと、彼はそのストローのような口を、敵の放った炎の弾幕へと鞭のように振りかざしたのである。
 そして、何と彼はその弾をそのストローで吸い込んでしまったのだった。
 勿論それは一度だけでは終わらなかったのである。彼はそのストローで迫り来る弾幕を貪欲に次々と余す事なく取り込んでいったのだった。
 こうして、あろう事か彼は全ての敵の弾をその身に取り込んでしまったのだ。
 確かに『星蜂雀(ほしほうじゃく)』はあらゆる生き物の中で最も高い体温を持つ存在である。だが、今こうして炎を飲み込んでしまった彼はその範疇を優に越えた事をやってのけたというものだろう。
 これが、ヘカーティアの使役する地獄の生物の成せる業なのであった。
「そんな……嘘でしょ?」
 当然マチはその常軌を逸した現実に開いた口が塞がらないのであった。それもそうだろう、何せ自慢の切り札的な自分の弾幕がこうも簡単に破られたのだから。
 だが、彼女にとっての不運はここで終わりではなかったのだった。
「いい子だ、これで『キャッチ』を済ませたから、後は『リリース』と行くべきだな」
「えっ……?」
 血相を変えてマチが聞き返す間も彼女には与えられなかったのだった。惑星蜂雀はストローを高らかに掲げたかと思うと、その切っ先をマチへと向けたのである。
 後は察しの通りかも知れない。その先端から先程彼が取り込んだ炎の弾という弾が惜しげもなく吐き返されていったのだった。当然それはマチ目掛けてである。
「んなっ……!?」
 こうしてまともな叫び声を出す暇さえ与えられずに、マチは炎の奔流へと飲まれてしまったのであった。

◇ ◇ ◇

 ここは満月の塔の最深部。そして、そこで行われた勝負の行方は……最早語るまでもないだろう。
「ううう、参りました。知恵比べで完全に私は負けましたよ」
「まあ、そうしょげるな。今回ちょっと知恵比べで私が優位に立っただけだからな。そして、もう察しているのか?」
「ええ、あの子は炎の攻撃を取り込んで返す力は凄いけど、自分からの攻撃は得意ではないのでしょう?」
「見事な読みだな。全くを以ってその通りだ」
 と、このように確かに自分には負けたものの、マチのその奮闘と洞察力の高さをヘカーティアは純粋に評価する所なのであった。
 そして、負けはしたものの、マチはどこか清々しい心持すら秘めているのだった。
「私の完敗ね。約束通り私達玉兎はこの満月の塔から撤退させてもらうわよ」
「ああ、それがてっとり早くて助かるな」
 こうしてヘカーティアの担当の区画での任務も無事終わったのである。つまり、塔に向かった三人が皆勝利してその役目を果たしたという事であった。 
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