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Fate/WizarDragonknight

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"二重のキズナ"

 動きはない。

 可奈美と姫和は、それぞれ互いに剣を向けたまま動かなかった。
 そして。

「迅位斬!」

 先に動いたのは可奈美。赤く染まった斬撃を放つが、それを姫和は受け流す。
 動きを止めず、そのまま可奈美は移動。それに追随するように、姫和も後を追う。
 何度も何度も打ち合う。遺跡の上の部分、たまたま崩れた建物の中。移動を繰り返しながら、刀同士がぶつかる音が聞こえてくる。

「はあっ!」

 振り下ろした可奈美の千鳥。だがそれは、姫和の小烏丸が防いだ。
 互いの、ほとんど互角の力量。それは、空気を振動させ、髪と服がふわりと浮いた。

「……」
「……」

 数秒の沈黙が二人の間に流れた。やがて、姫和は千鳥を切り払い、振り抜く。

「うわっ! すごい斬撃だね! 姫和ちゃん!」

 可奈美の目が輝く。すでに可奈美は姫和の一挙手一投足しか目に入っていない。
 もう、ムーの茶色の遺跡も、慣れない空気もない。
 ただ、千鳥と一つになり、小烏丸と一つになった相手との立ち合いだった。

「この一太刀で全てを決める! 瞬閃!」

 可奈美の高速移動からの斬撃に対し、姫和は居合を抜く。あまりの速度に、小烏丸に電撃が宿り、可奈美の赤い斬撃と相殺される。

「やっぱりすごい! 姫和ちゃん!」

 可奈美はそのまま、何度も姫和と打ち合う。
 ここがムー大陸であることなど気にせず。
 バングレイは、忘却の彼方へ投げ捨てて。
 そもそもこの姫和が本物ですらないことも気にせずに。

「はあっ!」

 姫和の突き技を叩き流し、こちらの斬撃は防がれる。
 姫和の連撃が、全身に衝撃を伝えてくる。

「ねえ、姫和ちゃん」
「何だ?」

 鍔迫り合いになる可奈美と姫和。何度も何度も剣で火花を散らしながら、剣での対話は続く。

「楽しいね……!」
「……お前は相変わらずのようだな」
「変わらないよ! 私は! 姫和ちゃんを助け出すまで、この気持ちも!」

 やがて、可奈美の千鳥が押していく。徐々に姫和の旗色も悪くなっていった。やがて、完全に可奈美のペースになっていき、姫和が膝を折った。

「もっともっと見せて! 姫和ちゃんを!」

 千鳥の柄を握る手が強くなる。

「そうだな……お前はそう言う奴だからな」

 姫和はどこか安心したような笑みを浮かべた。やがて、千鳥へ応戦する力を強めていく。

「ああ……お前の望む通り、見せてやる!」

 そこから、姫和の動きは素早くなった。千鳥を左右に振り回し、やがて彼女の蹴りが可奈美に炸裂する。

「甘いよ! 姫和ちゃん!」

 だが、その動きを先読みした可奈美は、腕で蹴りをガード。そのまま、姫和の背後に回り込む。
 だが姫和は、小烏丸を背中に滑らせて可奈美の千鳥を防御。

「どうした可奈美? そんなものか?」
「まさか。まだまだこんなものじゃないよ!」

 可奈美はさらに、姫和へ横薙ぎ。
 避けた姫和は、再び斜の構えをした。

「私がいた時より、腕を上げたようだな。可奈美」
「当然だよ! ずっと鍛錬してるからね! もしかしたら、姫和ちゃんよりも全然強いと思うよ!」
「……そうか」

 姫和はクスリとほほ笑んだ。
 そして。

「ならこれからは、お前の知らない私を見せてやろう」
「私が知らない姫和ちゃん?」

 その疑問に、姫和は小烏丸を天高く突き上げることで答えた。
 すると、彼女を中心に青白い雷光が広がった。
 可奈美は思わず目を伏せ、光を避ける。
 やがて、ビリビリという音に目を開けると、そこにいた姫和の姿は大きく変わっていた。

「うそ……姫和ちゃん?」
「さあ、行くぞ。可奈美」

 雷を纏った姫和は告げた。
 全身から放電しながらの彼女の左目は、雷の青白い色で染まり上がっていた。長い髪も後ろ半分は雷と同質となっており、そして何より、小烏丸そのものが雷の形となっていた。

「……っ!」

 可奈美は急いで千鳥を構える。
 いつもの手慣れた、蜻蛉の構え。それは、今まで数多くの攻撃___これまでは刀使の、最近はそれ以外の___をいなしてきたそれ。だが。
 姫和の動きは、可奈美の動体視力を遥かに上回る動きであった。

「っ!」

 信じられない、と考えたのは、すでに可奈美が地を転がった後。
 すでに姫和は、起き上がった可奈美へ更なる連撃を加えてくる。
 背中。右腕。左足。首筋。
 次々と雷の刃が、可奈美の写シを刻んでいく。白いオーラの破片が、可奈美の代わりに散っていく。

「うわっ!」

 姫和が可奈美の体を正面から突いたのを最後に、写シは剥がれ、可奈美は地面を転がった。

「は、速い……!」

 可奈美は立とうとするが、全身の力が痺れて動きが鈍る。

「これって……この力って……!」
「どうした可奈美? 怖気づいたか?」
「……まさか」

 可奈美はにいっと笑んだ。

「こんなに強い刀使、他にどこにもいないよ。むしろ、ものすごくワクワクしてきた!」

 可奈美は足を直立させ、「はあっ!」の掛け声とともに写シを張る。

「行くよ!」

 可奈美は姫和へ剣を振るう。だが、その全ては、姫和には体を少しずらすだけで躱されてしまう。

「これって……!?」
「はあっ!」

 驚く可奈美の体に突き刺さる電気を纏った斬撃。足を大きく引きずりながら、可奈美は毒づいた。

「速すぎる……!」
「まだまだ行くぞ」

 可奈美は慌てて姫和の動きを凝視した。
 数瞬の沈黙の後、姫和が先に動いた。
 右からの打ち込みは抑え、左下からの攻撃で足にダメージ。
 歯を食いしばりながら、可奈美は反撃する。だが、雷の速度は可奈美の刀使としてのスピードをも上回り、捉えることなどできない。

「悪いな可奈美。これで終わりだ」

 その声は、すぐ背後からだった。ビクッと肩を震わせて振り向いた時、姫和はすでに空高く飛び上がっていた。
 より雷が激しく唸る。耳をつんざくその音とともに、姫和は雷の剣を振り下ろした。
 その小烏丸はまさに。

 雷神の剣。

「はあっ!」

 可奈美を貫き、ムーの地を貫く小烏丸。地面から放射状に青白い光が広がっていく。

「うわああああっ!」

 可奈美は悲鳴を上げ、吹き飛ばされる。雷の放射は、ムーの遺跡の形状___丁度その場は十字路のような形になっていたため、十字に広がっていく。
 ビリビリと残光が残る中、姫和は可奈美に背を向けていた。

「終わりだな。可奈美」

 うつ伏せで倒れる可奈美は、姫和を見上げる。こちらに背中を向けたままの彼女は、そのまま続けた。

「お前を連れて行きたくはなかったが……命令には逆らえないようだ。お前を……バングレイのもとへ連れて行く」
「……バングレイ……!」

 その名前に、可奈美は体を突き動かす。

「姫和ちゃん、やっぱりバングレイに……!」
「……何を言っている。私は、お前の記憶にある通りの、十条姫和だ」
「……違う……」

 よろよろに立ち上がることに力を注いでいるのに、可奈美の口はいつの間にかそんな言葉を紡いでいた。

「はあっ!」

 気迫の入った一撃。ほとんどダメージのない姫和は簡単に弾き返すが、可奈美は足を踏ん張らせ、その場にとどまった。

「この一撃は……軽い!」

 もう一度、千鳥が叫ぶ。
 続く攻撃は、姫和は受け流すことができなかった。打ち合いでは破れ、数歩後ずさる。

「何……!?」
「姫和ちゃんの剣は……本物の小烏丸は……もっと……!」

 再び千鳥が嘶く。今度は、もっと強く。明確に。

「重い!」

 それは、姫和を弾き、可奈美から引き離した。

「何!?」

 思わぬ反撃だったであろう、姫和は驚きをもってその結果を受け入れた。
 可奈美は大きく息を吸い、吐き出す。

「うん。強いよ。多分、本物の姫和ちゃんより」

 大きく呼吸を繰り返しながら、可奈美は姫和を見つめる。

「速いし強いし。電撃なんて、なにより違うもん。でも……」

 頭で考えるよりも先に、それは口から飛び出していた。

「姫和ちゃんの剣は、重かった。背負ってた。秘めていた! それがない! だから……だから私は、あなたには付いていけないよ!」

 可奈美の言葉に、姫和は目つきを険しくする。

「それが、どれだけ遠い先のことになってもか?」
「うん。私が探しているのは、幽世に隠されている答え(姫和ちゃん)。私の記憶から呼び戻した、目の前のあなたじゃない!」
「そんな未来には行きつかない。貴様も分かっているだろう?」

 姫和は斜の構えで可奈美を睨む。

「貴様の行きつく定めの中に、そんな真実はありえない」
「そうかな?」

 可奈美は千鳥を見下ろした。小烏丸と共鳴しない千鳥には、自分の目が映っていた。

「……いけるよ。(千鳥)となら、真っすぐに伸びたこの刃を、振るえる!」
「やってみろ!」

 再び姫和は、雷を纏いながら宙へ跳ぶ。

「貴様にそれができるかどうか! 私は貴様を倒し! バングレイのもとへ連れて行く!」
「私は、姫和ちゃんを救う! そのためだったら、私は迷わず、姫和ちゃんだって倒して見せる!」

 放たれる雷神の剣。それは先ほど同じように、可奈美を貫き、ムーに電撃を走らせる。
 走る激痛と痺れ。それは、可奈美にとっては経験しえなかったほどのダメージだった。
だが。

「捕まえた……」
「!?」

 可奈美を貫いた小烏丸。その右腕を、可奈美は掴んでいた。
 すでに写シは限界。この状態で敗れれば、心臓部分を貫いている小烏丸が現実の可奈美を貫くこととなり、命はない。
 だから、もう一刻の猶予もない。
 千鳥の切っ先が指す遥か彼方先へ、可奈美は振るった。

「姫和ちゃんを助けるためなら、どんな未来だって、私は切り開いてみせる!」

 可奈美の体が、最後の赤を放ちだす。
 姫和は離れようとするも、左手が彼女の腕を離さない。

「しまっ……!」
「行くよ姫和ちゃん!」

 千鳥の刀身が、赤い光により延長される。
 そして、右手でそれを姫和に浴びせた。

太阿之剣(たいあのつるぎ)!」

 赤い鞭のようにしなる斬撃は、姫和を貫通し。
 ムーの遺跡ごと、爆発を引き起こした。



「……が……はっ……」

 ぐったりと膝を折る姫和。その拍子で、可奈美の体から小烏丸が抜けると同時に、可奈美の体は生身に戻った。

「姫和ちゃん!」

 思わず彼女の体を抱き留める。
 すでに彼女の体は薄れかけており、それが彼女の消滅を意味していることを察した。

「姫和ちゃん……ごめんね……でも、これだけは言わせて。私……ずっと……ずっと……!」
「やめろ」

 それ以上の言葉を、姫和は許さなかった。
 彼女はそのまま、可奈美の顔を見上げる。

「それ以上、記憶の再現の私には言うな」
「……うん。そうだね。だけど、これだけは」

 可奈美は、ゆっくりと姫和を抱き寄せる。それは確かに可奈美自身の記憶より再現されたものだが、彼女の暖かさは、本物と寸分たがわぬものだった。

「ありがとうね。偽物でも。私と立ち合いさせてくれてありがとう。姫和ちゃんの力を見せてくれてありがとう。私を……」

 ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

「可奈美って呼んでくれて、ありがとう」
「……相変わらず……」
「ん?」

 やがて、姫和の姿は、徐々に薄くなっていった。全身が粒子のようにボロボロになっていく。

「お前の声は……よく響く……」
「あ、待って」

 可奈美は、消えゆく姫和を呼び止める。ポケットから、コンビニ袋を取り出し、その中から今朝の購入物を取り出す。

「姫和ちゃんだったら、これ……好きでしょ?」

 それは、チョコミント菓子だった。箱に梱包されたそれを、姫和は慣れた手つきで開封し、一つ。口に運ぶ。

「……ふっ。お前も食え」
「うん」

 姫和に促され、可奈美も一つ口に入れた。

「うん。……やっぱり、歯磨き粉の味だ」
「貴様……また言うか」
「だって……ミント味が利きすぎて……涙が出てくるんだもん……」

 可奈美はそう言って、目元を拭う。

「全くお前は……だが」
「何?」
「その先は、本物の私に言ってくれ……」

 その言葉とともに、姫和の姿は、粒子となって霧散していった。

「……」

 虚空になったムーの中、可奈美はもう一つ、菓子を頬張る。

「……姫和ちゃん、やっぱり、チョコミントって変な味だよ……」

 可奈美の体が、少しずつ震えていった。

「歯磨き粉の、強い味がする……」

 味のミント成分の強さに、涙があふれていた。 
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