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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦
  【著名な戦闘】ヴァンフリート4=2防衛戦(4)~構成邦軍は集う~

 
前書き
「自由惑星同盟は4つの星域に分けられます。バーラト首都圏、中間星域、そして【交戦星域】」

「もう一つは?」

「政治家達にしか見えない豊かで愛国的な市民の暮らす星域さ!」

(同盟法秩序委員会・憲章擁護局押収資料集より) 

 
 ――"ヴァンフリート星域"、辺境の中の辺境、本来は人の住まうこと能わぬ”無価値”な星系。それゆえに軍事的逆説から二度にわたり軍事的事情からここに大拠点が築き上げられることになった。
 一度目は軍閥時代から離脱せしめ自身の帝国として掌中に納めんとする独裁者に対し、旧時代を象徴する腐敗軍人の切り札として。
 そして二度目は独裁者の末裔が築き上げた侵攻拠点を打ち倒すための奇襲の為の補給拠点として――。
 
 国防委員長から”気合を入れられた”地上軍幕僚総監部は首脳会議の終了とほぼ同時に早々に防衛司令官の選任を開始し、数日でその人選を弾き出していた。
 その人事案はヨブ・トリューニヒト委員長も政敵であるシドニー・シトレ本部長も”まったく妥当である”と評価され可及的速やかにその辞令が発せられた。


 それ故にアルレスハイム出身の”転進保証人”ハインリヒ・フォン・フォルベック少将はサンフォード議長の承認から3日後にはヴァンフリート4=2基地に到着したのである。

「長旅お疲れ様です、お待ちしておりました、フォルベック閣下」

「君が先行していたかバドウ少佐、キルメッシャー降下作戦以来か」
 直接お会いしたのはそうなります、と少佐が頷く。
「此度はお声掛けありがとうございます」

「この手の面倒な戦は貴様が必要だ、次席作戦参謀。
それとセレブレッゼ閣下と早くお会いする必要がある」

 バドウ少佐はにやりと笑った。
「えぇ我等の大家閣下も同意見です。新任の副司令官兼防衛部隊司令官をお待ちです」

「構成邦軍はどうしている」
「すでに中核部隊と指揮官が集まっています、兵力は遠からずそろうでしょう」



 音頭を取るモハメド・カイレの下に集ったのは盟友アスターテ連邦共和国の海兵軍、アルレスハイム“赤いヴァルシャワ”の部隊、ガラティエと並ぶ陸戦火消屋の構成邦精鋭地上軍、大夏天民国“正墨旗軍”のみならず、“ ハイネセン以前”は仮想敵国であったパランティア連合国の切り札、軽空母隊の戦力を担う“ケレブラント氏族連合航宙騎兵(ロヒアリム)”、ティアマト民国の“義勇農兵(ヨーマン)”、そして独立独歩を貫くムサンダム憲政共和国が山岳騎兵隊の姿すら見られる。
 曰く"善良なる同盟市民を自負するならば壊滅を願ってやまず"、と【交戦星域】の住民達の九割が【イゼルローン要塞】に向ける憎悪の顕現とも言えた。

 とはいえ今回は苦しかろう、と思われている中で無理に無理を重ねた結果を押し付けられたのがアレクシス・ニュースロット・ビョークルンド中佐であった。
 
「あぁまったく、皆が良く集ったものだ、一つの敵を前に【交戦星域】の民意が団結した有様、帝国の最大の輸出商品は憎悪ですなぁ」

 ティアマト民国軍のアルフメド・グラスゴー大佐はコーヒーをすすりながら肩をすくめる。
  小会議室に集っていた交戦星域諸邦の派遣部隊指揮官達は思い思いの姿勢で寛いでいる。

「その貿易品を危機管理の為にうまく扱うことです。我々に必要なのは彼らから輸入した敵意を飾り付け【大親征】で引き起こされたパラダイムシフトを認識し、舵を保つことですよ」
  アスターテ海兵隊のガストール・クレベール中佐、社会学者としての側面も持つ異色の英才である。

「大親征がそう転機になるような事か?俺たちの景気が悪くなっただけだろう」
 アルレスハイムのヨギヘス大佐が茶々を言れる。野戦で育った軍人であり兵からの信望も厚い。

「我々の団結自体、コルネリアス一世、かの大敵による【大親征】以前にはありえざる光景であると、そういう意味で言ったのですよ」
 クレベールはベレー帽を振り回しながら言った。
「過去、銀河連邦政府の崩壊からこっち、閉塞した状況下で我々は各々の基幹産業、生活文化の独立性における平等に移行し、相互に争うことすら多々ありました。自由惑星同盟は“同盟”の範疇で“生え抜きの加盟国”を生み出しジリジリと権限を拡大させてきましたが、それを飛躍させたのは間違いなく大親征です。かのカイザーと元帥二個小隊の軍靴は我々の住まう星々という果実の殻を磨り潰す擂粉木となり――サジタリウス腕という擂鉢の中でこねくり回され“自由惑星同盟という国家”の下で団結したのです」

 
「その結果、バーラトが肥大化したわけでもある」
 “ロヒアリム”のエオメル大佐は肩をすくめる、彼の率いる“ケレブラント航宙騎兵”は(大気圏仕様に改装された)防空用スパルタニアンを駆る構成邦派遣部隊唯一の航空戦力である。地上軍ではなく高価な精鋭宇宙軍を派遣するのはパランティアが往時より衰退しようと【交戦星域】の盟主であろうと示した威信であった。

「そして我々は衰えた、か」
 パランティアにおいては最悪の事件がこれであった。

「……なにかございますか?”サジタリウス準州”からの歴史を抱く伝統のエル・ファシル軍人殿」
 エオメル大佐が視線を向ける先に居るのはエル・ファシルのニュースロット中佐だった。

 パランティア連合国がケレブラント氏族連合は銀河連邦軍――ルドルフが討伐しようとした地方軍閥(海賊)と少なからぬ関わりを持ったものも含む――脱走部隊を祖とする。もっと直裁的にいうのであればアリアノン企業連合がその資本と”私生活にまで及ぶ兵站”で絡めとった者達である。
 サジタリウス準州時代からの最古参――いわゆる”旧連邦”といえばパランティア、エル・ファシル、ティアマト民国、そしてヴァンフリートであるがパランティアも厳密に言えばアリアノン共和国がそれでありケレブラントは”ルドルフからの離反者”――すなわち辺境軍閥鎮圧や苛烈な軍部粛清に危機を覚えた国家――大夏天民国やムサンダム憲政共和国と同じ次期である。
 であるが革命を経験したヴァンフリートと同じく銀河連邦軍を起源とし、ヴァンフリート以上に”我こそは銀河連邦軍の後継者”という気位も高い。
  そうしたこともあり、”伝統”にやかましいのは”旧連邦”よりも”離反者”の方が多い。

 アレクシス・ニュースロット=ビョークルンド中佐は鼻を鳴らして返答した。
「生憎だが史学や思想は専門外でね、要するにバーラト星系周辺への一極化が進み、我々は政治的にも軍事的にも同盟政府への注力が必要になった、ということだろう?」

「いや、もちろん自由惑星同盟の成り立ちにさしたる神話もない。アーレ・ハイネセンの船団は偉大な契機であり”グエンの開拓時代”を一種の政治的金字塔とするのは疑いの余地もないが、それとは別に戦争による“受難”を神話とすることも自然だとは思うがね」
 ニュースロット中佐は肩をすくめる。
「いずれにせよ、我々は共有すべきものを持っておくべきだ。多様性とはその前提の上にあるべきものだよ。それが個人に基づくものであれ共同体に基づくものであれ民主共和制、ハイネセン主義の同盟憲章は必要だ」

「そう、ハイネセン、ハイネセン主義!実に素晴らしき同盟市民の同盟市民たるを示す言葉!『自由、自主、自律、自尊』!
この世で最も急進的、暴力の扇動の為に使われた言葉を厳選したかのよう!」
 クレベールは楽しそうに弁舌を奮う。
「万人に対する個人の自由の承認はこの世で最も対立を扇動する結論であり価値観の共有の父権的強制を粉砕した時点で恒久的競争と敗者の存在を前提とします。故に、故にこそ!真の意味でこの自由という価値観を共有し平等になった我々は自由という価値観を共有するために、不自由を許容するという矛盾を呑み込み共同体を再形成し、そしてかつて不自由で抑圧的な組織であると糾弾した軍隊を組織し専制者に立ち向かう!何故なら"自由意志によって民主的な大義の共有により行われる市民権の為の戦"であるから!これが正義でなければ何だと言うのですか!戦争万歳!!」

 将校達の反応は様々であった、皮肉気に笑みを浮かべて音をたてないように拍手の真似をする者、意図的に興味の色を示さないようにするもの、そして――

「過程はどうであれ――」
 ぼふぅ、とムサンダム憲政共和国のユースフ・ターイー大佐はオリオン腕はおろかサジタリウス腕でも廃れた水煙管の煙を吐き出した。髯を蓄えた50代前半のベテランである。
「結論については皆が同じだろう、彼らには"苦い教訓"を学ばせねばならない。 土地を追い出され、権利を剥奪され、更には百年後も続くであろう屈辱になど、我々はもう耐えられぬのだ。この点については誰もが共有している筈だ。つまり一つ前進だな、クレベール君」
 
 さようでございますか、とクレベールは微笑して腰掛ける。
 成程、いつの間にやらまとめ役がこの場に生まれている。クレベールは食わせ者のようだな、とニュースロットは思案した。

「なるほど、待たせたと思ったが諸君らの間に共有点を見つけられたのであれば問題あるまいよ」


 部屋に集った士官達が敬礼を捧げる。
 基地司令官のシンクレシア・セレブレッゼ中将、基地副司令官兼基地駐屯軍司令官のハインリヒ・フォン・フォルベック少将、基地防空管制司令からスパルタニアン等の航空戦力の管理を押し付けられたヘンリー・ウェンライト准将(ほんの少し前まで大佐であった)。そしてその指揮下にいる、自由惑星同盟地上軍――地上軍予備役として動員された構成邦軍と区別し常備陸軍(レギュラーズ・アーミー)と呼ばれる者達である。
 そして彼らに同行するのが基地建設当時から支援の為に駐留し続けてるヴァンフリート人民防衛軍エドヴァルト・マシェル准将、派遣構成邦軍の最上位たる大夏天民国“正墨旗軍”第二旅を率いるチェン・ツーチョン准将。
 この基地に揃った(基地司令官を除けば)戦闘部門の将官達だ。

「さて、それでは司令官閣下の訓示から始めます」
 笑みを浮かべた少佐――おそらく参謀だろう――が司会役を務める。
「あー……」
 シンクレシア・セレブレッゼ、同盟軍――宇宙軍、地上軍を問わず兵站システムの権威である。
「諸君、この基地は本来は来るべき作戦に備えて設置された基地である。諸君らには万が一に備えて備えていただきたい。
イゼルローンの陥落は同盟一丸となってあたるべき悲願である、この基地の備えはその悲願に向かう一歩である、以上だ」
 そしてそのスピーチは――彼が優れた”前線官僚”であることを過不足なく示す的確かつ無味乾燥なスピーチであった。



 宇宙軍陸戦隊の最精鋭部隊、独立遠征戦闘団”薔薇騎士連隊”はこの指揮官集合にオットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ連隊長と副連隊長であるワルター・フォン・シェーンコップが参加していた。
 しかしながらその席次は必ずしも高くない、先代の連隊長が側近を連れて離反してはや2年、未だに他部隊から懐疑の目が向けられるのは当然であった。
 ヴァーンシャッフェは皮肉も言わずに同格の連隊長たちの最下位の席に座る。
 シェーンコップは周囲に皮肉な笑みを浮かべ何か言ってやろうかと思ったがヴァーンシャッフェは部下を睨み威圧的に咳払いをした。


 部下には鷹揚であり戦闘経験豊富で人望もあったが、リューネブルクの出奔後は態度を豹変させ、部下には威圧的で厳格になり、上官に媚びへつらうようになった。 

 黒人の将官がセレブレッゼに向き直り敬礼を捧げる。
「改めまして、セレブレッゼ司令官閣下!フォルベック副司令官閣下!エドァルト・マシェル准将、およびヴァンフリート人民防衛軍第四師団“スンジャタ”!貴官の麾下に入ることをまこと喜ばしくあります!」
 彼らはこの基地においては先達である、というよりも基地の建設に従事し、擬装工作も行っているからこの基地の父親といっていい。


「ヴァンフリート人民防衛軍、突撃工兵が名物でしたな」
 シェーンコップから見ても彼らは勤勉で規律正しい熟練した工兵である。
「同盟軍の戦闘工兵部隊にもヴァンフリート出身が多い粗雑に扱うなよ、敬意を払え
‥‥‥下らぬ雑言で彼らの不興を買うような真似をするな、わかっているな?」

「ここは人民元帥”陛下”の土地ですからな」
 シェーンコップの揶揄するような言葉に不安そうに――苛立ちではなく――を浮かべるヴァーンシャッフェにシェーンコップは眉をひそめた。

「チャン・ツーチョン、大夏天民国“正墨旗”軍第二旅“不抜を預かっております。此度は麾下に入ることを大変光栄に思います」
 大兵肥満といった様子のE系列の初老の男が敬礼が敬礼した。
「正墨旗?」
「啓典教に習合された墨家という軍技術者集団の流れを汲む軍だ。防衛戦においては右に出るものはいないそうだ、ガラティエと並んで防衛戦では予備役動員で前線に出ることは多い」
「啓典教?」「地球時代から最も古い宗教だそうだ」
 詳しくは知らん、とヴァーンシャッフェは嫌な顔をした。
「少なくとも腕は確かだ、それでいいだろう」
 まぁそうか、とシェーンコップは首肯した。

「ティアマト民国より義勇農騎兵戦闘団(ヨーマン・コマンド・チーム)ウルク・ハイ!アルフメド・グラスゴー大佐であります、しばしの間、ご厄介となります!」
 一転して快活そうな日に焼けた男が敬礼をささげた。
「ヨーマン!まるで同盟開拓劇(プラネッツ・ウェスタン)ですなぁ。」
「今でも現役だ。もちろん装甲トラクター乗りだけではないぞ。銀河連邦時代からの伝統があるのは事実だが」
 地上戦もゼッフル粒子下ばかりではない。むしろ白兵戦――どうしようもない消耗戦を避けるためにも装甲戦力や重火力部隊が必要だ。
 もし戦闘が起きた場合、装甲兵力を中心としたなんでも屋‥‥戦闘団(コマンド・チーム)が重要な役割と担うだろう、ということはシェーンコップも理解している。



「報告申し上げます!アルレスハイム共和国よりオットー・ヨギヘス大佐!ヴァルシャワ労兵レーテ結成記念独立混成連隊ポスポリテ・ルシェニテともども麾下に着任いたしました!!」
 40前半の大佐が声を張り上げる。どこか下士官めいた振舞いであるがシェーンコップからみると少々わざとらしくも見える。
「ほぉう、女帝陛下の王冠共和国の方々ですか。連隊長殿にとっては懐かしいでしょうな?」
 ヴァーンシャッフェ個人は出生こそ帝国であるが自分の記憶はアルレスハイムからであった。

「彼らは革命の伝統――労兵レーテの精神を受け継いでいる左派勢力が主流の部隊だ、そうした揶揄はやめておくことだ。それと俺はマンフレート主義者ではない」
  そして彼個人はルドルフ主義でもマンフレート主義者でも革命共和主義者でもない――強いていえば国民共和党支持の同盟主義支持者、つまりは保守的なノンポリであった。

「改めまして司令官閣下、及びこの基地で肩を並べる戦友達にご挨拶申し上げる
ムサンダム憲政共和国より山岳騎兵第14連隊”ハミディイェ”が連隊長ユースフ・ターイー、この戦が終わるまで諸君の幸運と平穏を祈らせていただこう」

「ムサンダムか、これはまた」
「山岳騎兵、初耳ですな」

「ゲリラ戦闘が得意だ、あの閣下ならお得意だろう」
 視線の先に居るのはフォルベック少将だ。
「なるほど」
 ”転進保証人”の異名を持つ彼のことはシェーンコップも知っている。

「エオメル・ロヒアリム大佐であります、パランティア連合国ケレブラント氏族連合より第三航宙騎兵隊!皆様の空の安心を提供できるよう尽力させていただきます」
 どこか貴族めいた振舞いの男であった。スパルタニアン乗りだと一目でわかる。
「あぁ、避難船の護衛をやっている連中ですか」
「”海賊”――私掠隊とやりあうこともある」

「ガストール・クレーベル少佐です、アスターテ海兵軍より独立コマンド大隊”ヴォルティジュール”を預かっております」

「海兵?」「彼らの主力はコロニー船の防衛だ」
「それでは今回は予備でしょうかな」
「大規模コロニー艦における接弦戦闘‥‥ゼッフル粒子下での戦闘研究を熱心に行っている、情勢次第では――今回は何もないことを祈るがね」
 同感ですな、とシェーンコップも頷いた。毒を吐くことはあっても

「エル・ファシルより独立捜索装甲第十一大隊”剣牙虎”、大隊長を拝命しておりますアレクシス・ニュースロット=ビョークルンド中佐です。何卒よろしくお願い申し上げます。」

「エル・ファシルまで派兵するとは――」
「本土を陥落してまだ10年もたっておらんでしょうに」
「それだけに、ということもある。【交戦星域】は特殊な結びつきを各構成邦が持っている、貴様の常識で下らん政治風刺モドキはやらんことだな――ビョークルンド?」

「どうしました」



「‥‥失礼、ニュースロット中佐」
 セレブレッゼ中将が咳払いをした。
「はい、閣下」
「君の御親戚にあぁ~‥‥」
 ニュースロット=ビョークルンド中佐は微笑を浮かべた。
「ベルティ・ビョークルンド内務長官は私の義理の親であります。
ですがこの派兵には関係ありません、ブラスターにも戦斧も向けられた先の貴賤を気に掛けることがないことは内務長官もよく知っております」
 セレブレッゼはわかった、と手を振り、座った。
「失礼した、中佐。もちろんそれでなにがということは――」
 きまり悪そうな司令官を遮るように副司令官、フォルベック少将が立ち上がる。

「その通りだ、便宜を図ることはない。なにしろ」
 フォルベック副司令官はニヤリと笑って皆を見まわした。
「ティアマトのタロット議長閣下から本基地に大量の食糧が寄付されている。幸運な将兵諸君は少なくとも餓死と不味い飯が原因で死ぬことはない事だけは確証しよう」
 ワイワイと声を上げる将校達――信念以上に食事は士気をもたらすと知りぬいている者達である――を見てフォルベックのみならずセレブレッゼも少しだけ微笑し、口元をハンカチでぬぐった。
 フォルベックが手を挙げるとそれがぴたりとやんだ。
「そして――矢玉が尽きて、ということも。だが成すべきことはいくらでもある。
各員にはそれぞれ準備作業を割り振っておく、万全の態勢を整えてもらおう」




 指揮官集合を終えた基地司令部の面々は司令官室に戻る。
「――愚かしい話だ」
 セレブレッゼは数名の幕僚と副司令官だけになると吐き捨てた。
「は?」

「愚かしい話だと言っている!同盟軍がここに目をつけたのはここが主戦場ではないからだ!
情報が漏れて敵の侵攻を受けたのであれば!
もはやこの不便極まりない土地に会戦規模の戦力を養える基地を築いた意味はもはやない!早々に撤退すれば良いのだ!!
ロボスとシトレは何を考えている!」

 さてどうかな、とバドウ少佐は思考を巡らせる。
 強力な陸戦戦力と亡命者というネットワークを築き、パランティアとも近いアルレスハイムと並び、ヴァンフリートは星域内における情報通信すら阻害する電磁波やらの宇宙嵐と艦隊としての行動も困難な小惑星群――イゼルローン回廊から最も近い星域として並ぶティアマト・アルレスハイム・ヴァンフリートの三つの星系で比べると安定して豊かな土地を持っているティアマトから交通の要衝、アスターテを通り交戦星域を荒らすのが【私掠艦隊】や正規軍の主要行軍ルートだ。
 セレブレッゼの”常識的”分析は的外れではない。
 だがそれはヴァンフリートは帝国にとっては忌々しい僻地、喉元に刺さる小骨である事を示す。コルネリアスの【大親征】では彼の“元帥団”の一人、後方の維持を統括していた一人の元帥が貴族反乱とそれによる征服事業の失敗を知り、保身のために仕掛けた最終攻勢であえなく戦死した星域である。
 つまるところ、ここは”主戦場ではない”のではない。”優先度が低い主戦場”なのだ。
 
「絶対はありません」
 フォルベック少将は肩をすくめる。
「アルレスハイムが2年前に侵攻を受けたようにヴァンフリートは【交戦星域】の避難拠点として活動していることを連中は知っています、ここを突く意義は0ではない」

「そうした話をしているのではない!!」
 セレブレッゼは苛立ちを露に手を振る。
「いいかね、半年後に計画されている攻略作戦の肝はわかっているか?
戦略単位の奇襲!!すなわち既存の宇宙軍輸送網の改革だ!!この基地はそのために艦隊総司令部と統合作戦本部!そして国防委員会の肝煎りで作られたのだぞ!!」
 フォルベックが口を挟もうとするのを手を振って遮った。
「ここで会戦が起きれば露見するに決まっている!!もはや放棄するに他がなかろう!!ここのデータを奪われるだけでどれだけの損害があるか上はわかっているのか!?」
 こんな騒ぎを起こすのならやるべきことがあるだろう!とセレブレッゼは呻いた。

 こんな男が上官か、とバドウ少佐は舌打ちを堪えようとし、堪えた。
 いやどうだろう、この男はその計画の準備を一手に担ってきた男ではないか、それをなんの未練もなくリスクと天秤にかけられる事こそこの兵站屋として中将まで上り詰めた男の特筆するべき才能なのかも知れない。

 フォルベックは閣下のおっしゃることがごもっともです、と頷くとバドウ少佐に視線を向けた
「バドウ少佐」

「はっ」

「総司令部と連絡を取る準備をしたい。少し話そう」
 セレブレッゼに一礼し、司令室を出る。

「どう思うかね、司令官閣下のことを」
 廊下を歩きながらフォルベックは試すようにバドウ少佐を見る。
「莫迦ではありません、いえ、むしろ切れ者ではあるのでしょう。ですが――」

「はっきり言え」

「”兵を扱う”者ではありません。正論は正論でしょう。しかし――」

「しかし?」

「あぁいえ、”奇襲を目的とした基地が露見するのであれば兵を集めるよりも放棄すべし”は正論、少なくとも検討するべき正論であったと思います。軍事戦略として私は考えもしませんでした、それは誤りです」

 フォルベックはにやりと笑い、三十をいまだ迎えていない少佐を見る。

「検討して貴様はどうする」

「却下しました。少なくとも政治的に致命的です」
 自由惑星同盟はバーラトの都合だけで動くわけではない。人口が集中していようと――いや、それだからこそ地方における政治活動は必死のそれであり同盟上院――弁務官達は様々な形で政府から利益を引き出そうとする。
 特に交戦星域では国の存亡を賭ける――ということが冗談では済まないものである。
 首都圏、中間星域のタカ派のみならず交戦星域のほぼ全ての勢力から――それこそ反戦派からすらも――支持を失うことになる。イゼルローン要塞とはそういう存在なのだ。

「その通りだ、であるからには如何に?次席作戦参謀として方針を述べろ」

「一度動き出した作戦は――」
 バドウ少佐は記憶を探るように――目を伏せる。
「そうですね、まるで不相応な恋路のようなもので一度勢いがつけば止めることはできません。ましてや民意が後押しするのであれば、我々はそれに運ばれるしかないでしょう、たとえそれが――」
 ちらり、と外を見る。雪と氷の世界、本来であればこの星――星系に命をはぐくむ余地はない。それでもここは”国”であり、我々はそこにアスカリのみならず兵を集めている。
「この氷と雪の地に赤い染みをつくることになろうと」
 
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