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天才少女と元プロのおじさん

作者:碧河 蒼空
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37話 またヨミちゃんに怒られるよ

 試合は四回の裏を迎えた。希の第一打席以降、両チームとも安打が生まれていない。

 未だ柳大川越に一塁を踏ませていない詠深を前に打席に立つのはリードオフガールの大島。

 現在、詠深は54球と球数が嵩んでいた。リードする珠姫は、狙われているなら敢えて打たせようと強ストレートを要求する。まだ一球しか見られていないので、そう簡単には打たれないだろうという信頼故の判断だった。

 珠姫のサインに頷いた詠深は珠姫のミット目掛け強ストレートを投げ込む。他の球種と比べた球もちの良さに反応した大島はそれをピッチャープレートやや左へ弾き返した。

 センターへ抜けようかという打球だったが、稜が回り込んでこれを止める。すぐに送球動作に移るが、大島も1番打者だけあって速い。タイミングは紙一重だった。

――最近打つ方では良いとこなしだ。バントも失敗するし、打順も下げられたし······。だが守備では!

 しかし、大島の足が稜の送球を勝る。更に、守備でチームに貢献するという気迫が今回は悪い方に働く。稜の送球は上方へ逸れていったのだ。希が精一杯ジャンプするが、彼女のグラブが白球に届く事は叶わない。

 白球がファールグランドを転がるのを確認した大島は二塁へと向かった。カバー向かった珠姫が白球を拾い送球動作に移るが、大島は既に二塁間近に居た為、珠姫は投げることが出来ない。

 バックスクリーンにHとEのランプが灯った。0out走者2塁。

「ついに出てしまったかぁ。内野陣の大会初エラー」

 ベンチで芳乃は頭を抱える。

「いつかは出るものですが、よりにもよってノーアウトですか······」

 監督の藤井教諭も芳乃ほど露骨に表には出していないが、後ろ向きな漏らした。

 そんな二人を余所に、正美はいつも通りニコニコしていた。

「まだ二塁踏まれただけだよー!切り替えてこー!」

 彼女はベンチから声を出してみんなを励ます。

「ほらほら、芳乃ちゃんもシャキッとしないと、またヨミちゃんに怒られるよ」

 “また”とは梁幽館戦で希の第一打席でセカンドのファインプレーに阻まれた後の事を指していた。得点圏にランナーを置かれたものの、詠深はまだ被安打四死球0である。肝の据わっている詠深の事だ。味方のエラーでピンチを迎えたからといって、ここから崩れるなんて正美は思っていない。

――ま、問題があるとすれば······。

 正美はショートでゲッツーシフトをとる稜を見つめた。






 詠深は次の打者をセカンドフライに打ち取る。1out走者2塁となり、陵が送球エラーしなかった場合にバントされてたと考えれば、稜のエラーは実質ノーカウントとなった。詠深も稜に「これでチャラね」と声を掛ける。

 続く3番打者は第一打席で強ストレートを狙わなかった。恐らく、全員が詠深の癖を見切れている訳ではないのだろう。

 この打席も強ストレートを待たずして打ちにいった結果、白球をしっかりと捉えることが出来ず、打ち損じた打球は稜の元へ転がっていった。

 そこまで弱い打球ではなかったが、セカンドランナーの大島はスタートを切っており、サードへ送球すれば刺殺を狙えるタイミングであった。

 しかし、稜は三塁へ投げる素振りは見せたものの、実際に送球したのは一塁だった。三塁のクロスプレーで刺殺できず一つもアウトを取れないことを嫌ったか、それとも先程のエラーがフラッシュバックしたか。

――サードへ投げてればアウトだった。いつもの稜ちゃんならチャレンジしたはず。引き摺ってるなー······。

 正美は後者だと確信していた。

「いいねー、落ち着いてるよー」

 しかし、あえてそこには触れないでおく。ここで稜を追い詰めたら更に状況は悪化すると判断した為だ。

――2out取ったし四番打者も恐らくはリリースの癖を見切れていない。ここを凌げれば大丈夫。

 2out走者3塁で打席に迎えるは柳大川越の主砲、浅井である。春に行った練習試合で詠深は全打席三振に仕留めており、今日の第一打席も捕邪飛(キャッチャーフライ)に打ち取っていた。

 詠深と珠姫は初球ツーシームから入る。浅井は見送りB0ーS1。

 二球目は強ストレート。かろうじて浅井のバットは白球に触れるが、打球は前に行かずバックネットに当たった。打ちにいったという感じではなく、カットしにいったスイングである。

 三球目、二人がウィニングショットに選んだのはナックルスライダー。練習試合で三度浅井を沈めてきた球の。······その球を浅井は狙っていた。

 浅井がバットを振るうと甲高い音と共に打球はレフトへ上がる。

――少し詰まってるっ。息吹ちゃんの足なら間に合う!

 レフトの息吹は落下点へ全力で走った。あと少しで打球にグローブが届く······そんな時、息吹の足が縺れる。

「······っ!?息吹ちゃん!!」

 正美は思わず叫んだ。遠目から見ても打球に飛び込んだ訳ではないと分かったからだ。

 息吹の倒れた先を通過した打球はカバーに入った怜が処理するが、大島は白球が落下したのを確認してから悠々とホームインし、浅井は二塁に到達した。

 未だに起き上がらない息吹を見て新越谷は空かさずタイムを取った。怜、稜の二人が息吹の元に集まる。

「三輪さん、大事をとって交代します。準備してください」
「分かりました」

 藤井教諭の指示を受け、正美は左手にグローブを嵌めるとレフトへと向かった。 
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