IS ショタが往くIS学園生活
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少年を想う者達
知らない少女。
背中まで伸びる水色の髪は手入れこそされいるものの、若干質が落ちている。よく寝ていないのか目の下の隈は傍から見てもよく見えるほどには染みていて健康的ではない。
そんな少女が自分を蔑む眼差しで睨みつけているのだが、身に覚えが無くて困っている状況だった。
「織斑、一夏⋯⋯その子に、何してるの?」
少なくとも向こうは自分のことを知っている、のは当然だろう。学園に入学が決まった当初日本国内のみならず世界中で報道されたおかげで、いろんな意味で人気者になってしまったのだ。
それで、自分のことを知っているらしい少女は腕の中に力なくもたれかかっている結のことも知ってるようだった。
だが良い印象を持たれていないようで、終始警戒する視線で自分と腕の中の結を交互に見やり、一定の距離感を保ったまま近づこうとしない。
もっとも、ISによる女尊男卑の風潮が広まったこの世間体ではそう珍しくない光景ではあるのだが、こうも露骨な意思表示をされると流石に傷つくこともある。
「えーっと、結が急に倒れたから、保健室に運ぼうと⋯⋯」
「そう。放して」
少女はそれだけ言い捨て、しかし拒絶の意思は保ったまま一夏に近づいて結を優しく奪い取る。
座らない頭を支え、膝の下に腕を回していわゆるお姫様抱っこというものを動けない少年に対して行い、水色髪の華奢な少女はそのまま一夏に見向きもせずに早足に歩き出す。
「あえ、かんざし、おねー、ちゃん?」
「ん、もう大丈夫だからね、結」
視界に映った彼女をようやく認識できた結が不思議そうに簪を眺める。
どうしてここに、とか、なんで抱えられてるの、だとか、いろんな疑問が浮かんでは口から這い出ようと四苦八苦するものの、うまいように呂律が回らず口をぱくぱくと開閉を繰り返すだけで発声すらままならないことに驚きつつ、もどかしさに唸ることしか出来なかった。
「怖くない、怖くない」
なにか勘違いをしたらしい簪は、腕の中で子犬のように顔をしかめ唸る結を優しく抱き締め、あやすように髪を撫でる。
そのまま、結を抱き締めたまま歩く簪の後ろを、肩を狭める一夏がなんと声かけすればいいのか迷いながら着いていく。
時折話しかけようとしてみるが、簪が常時放っている拒絶の雰囲気に圧倒され、出した手を引っ込めてしまう。
「……」
「……」
無言の直列移動。
端から見れば何をしているか全くわからない状況に首をかしげる。
保健室まで着いたはいいが、簪は両手が塞がっていて扉を開くことができない。もたつく彼女をみてすかさず一夏が扉を開けてやる。簪は一夏に一瞥くれてやり、結をベッドに運ぶ。
「失礼します。ベッドは空いてますか?」
「あら、いらっしゃい。どっちも空いてるわよ」
廊下側のベッドに横たえられた結は改めて簪を見上げ、続いて一夏にも目線を合わせる。
「なん、で、ぼく。倒れた、の?」
単純な疑問。訳がわからないまま体が動かなくなり、突然一夏の目の前で倒れた結は、自分が倒れた原因がなんなのか二人に尋ねた。
「この男に変なことされたんじゃないの?」
「ちが、う、よー」
完全に一夏を疑っている簪は一夏を指差して「これが犯人か」と言外に訊ねるが、結は遅くでしか喋れない口で否定する。
「ひどいな……なぁ、結。さっきセシリアのサンドイッチ食べて何か変とか思わなかったか?」
「う? わかぅ、ない」
何かおかしかったのか? 眉を凝らす結に一夏は少しだけ懸念する。
動けない現状に結が不自由さを感じていると、頭のなかに自らのISの声が響く。
『(解析シ終ワッタ。コレハ出サナキャダメダナ)』
「え?」
『(吐クゾ)』
「待っ……ごぷっ」
どうやら解析とやらが終わったらしいが、有無を言わさずに内臓が蠢き、食道を通って焼けるほど熱いものが込み上げてきた。
力なく開いていたせいで留めることすらままならず、ついさっき詰め込んだばかりの昼食だったもののシェイクが止めどなく流れ出てくる。
「「結っ!?」」
目の前でいきなり嘔吐しだした結を前に、枕元に立っていた2人が慌てて結を抱える。咄嗟に手で口元を押さえた結はやっと体が動いた、などとのんきなことを考えていた。
「結、手が、でも出したもの……」
「あんた、バケツと雑巾持ってきてくれ、早く!」
うつぶせで結の体を支える一夏は慌てる簪に指示を飛ばす。言われた簪は眉を顰めたが、一夏の言葉に黙って従い、言われたものを取りに走った。
一分と待たずに持ち込まれたバケツに顔をつけ、結は条件反射による涙と鼻水を滴らせながら、口のなかに溜まっていたものと更に込み上げてくるものをすべて文字通り吐き出す。
物音を聞き付けて出てきた先生が経口補水液とタオルを持ってくる。
「バケツに入れたか。ちょっと失礼」
保健室の先生はまだ固形を保っているものが混じった吐瀉物をまじまじと眺める。溶けた有機物と鼻の奥を刺すような胃液の匂いに一夏と簪が思わず鼻をつまむ。
時折揺すって観察していたが、やがて観終わったのかバケツを教室の隅において戻ってくる。
「んー、あれはジャガイモの芽かな。それと、よくわからないやけに発色のいいペースト状の何かが少し。なにあれ?」
教員は上の空で不思議そうに悩み、濡れタオルで顔を拭いていた結に訊ねる。
「あと、消化器官がまだ働いてないのかな? 全然溶けてなかったよ。まるで危険を察知して吐き出したみたい」
一頻り拭いたあと、浴びるように経口補水液を飲む結は教員の問いに答える。
「知らない、です……あいつが、出すって、言ったから」
「そう。とにかく危ないものは出せたから良かったけど、少し休んでいきなさい。連絡しとくから」
「ありがとう、ございます」
息切れて肩を上下させる結はまた同じベッドに寝ようとして三人に止められる。隣のベッドに移された結は風で飛びそうなか弱さで床に伏し、直ぐに目を閉じた。
簪は替えのシーツを取りに走り、一夏は自分の制服と汚れたシーツを洗濯するために保健室を出る。
戻ってきたころには結はうたた寝するほどには落ち着いたそうで、また戻してもいいように枕元にはエチケット袋が準備され、頭は横に向けられていた。
「おかえり。彼は寝ちゃってるから、静かにね」
「あ、はい」
ベッドの隣に置かれていた椅子に簪が腰かける。頭を撫でればくすぐったそうに身動ぎをして、毛布からはみ出ていた小さな手をつつけばきゅ、と握り返してくる。
さっきまでの大事など無かったかのようなやすらぎに満ちた寝顔に二人は肩の力を抜いた。
「なぁ、あんた」
「簪でいい。お姉ちゃんがいるから名前でいい」
「じゃあ簪さん。君は、結の友達?」
一夏の問い掛けに簪はうんとは言えなかった。
ただの他人、とは思いたくない。だが友人と言えるほど親しいわけてもなく、付き合いなんて二日会った程度。
結局友人未満の関係だったかな。と簪は少しやるせなさを覚えた。
「友達、とは言いづらい。倒れてたのを運んだだけ」
何日もの間、昏睡状態だったはずなのに何事もなく目を覚まし、当たり前な顔をして歩いていた。
心配なんてないと思ったがそうでもなく、誰にも見せないようにしていたのだろう背中の物を見られ、恐怖したりもしていた。
初めて見た彼の感情だった。
気になって、色々知りたいと思ったので追い掛けてみれば愚姉に襲われていたから後先考えず部屋に匿ってしまった。あの時は自分でもどうかしていたと思う。
一緒にアニメを見て、色々話した。
『きっとぼくはあのカイブツと一緒。あのヒーローが倒してくれる』
あの時みせた、寂しそうな、枯れた笑顔が頭から離れない。
「織斑一夏。あなたのせいで私のISが捨てられたことはこの際どうでもいい」
この男が出てきたせいで私の専用機の開発が中止され、この男の専用機が造られた。その事を一夏は知らなかった。だからいま初めて聞かされた大人の事情というものに苦い顔をする。
「あなたは、この子の、結の何? 敵? それとも味方?」
簪の質問にすぐ答えようとした一夏だったが、開いた口からは何も出なかった。ここで仲間だと言えたのならどれだけ良かっただろう。
最悪殺してしまったかもしれない戦いをしておいて結はあくまで笑っていた。避ける事もせず、敵視するわけでもなく、いつも通りに接していた。
むしろ安心していた節すらある。
「どっち、なんだろうな……ただ、でも……俺は、結の助けになりたい。こいつを救いたい」
もしまた結が誰かを襲うことがあれば、その時も剣を向けなくてはいけない。
勿論そんなことを起こしてはいけないが、今の自分には結の暴走を事前にとめる手段を有さない。
結局本人に頼りっきりになってしまっている。
ひとりよがりな言葉しか出てこない歯痒さに悔しさをおぼえる。
「あなたを完全に信用した訳じゃない。私はこの子を助けたい。誰を敵に回しても、あなたからこの子を、結を守る」
あなたを恨んでいるから。
それだけではない。
ヒーローを望むだけだった自分の前に、助けを求めもせず、むしろ死を救済とすら思ったいるような子供がいた。
あれは悲観じゃない。そういうものだと受け入れていた目だった。
可哀想とか同情などを思わなかったかと言えば嘘になる。
だがそれを悪と簪は言いたくなかった。
だから助ける。
結に関わる動機なんてそれだけで良かった。
ふと時計を見ればもう昼休みも終わりそうだった。
二人は結を保健室に残し、教室に戻る。
最低限関わりたくないからと、簪は反対方向へ向かって行った。
残された一夏は簪の背中を見つめ、歯を食い縛る。
「俺だって、結を守りたいんだよ……」
これじゃあまだまだ弱いままだな、なんて心の中で愚痴り、一夏は振り切れない気持ちに苛まれながら走った。
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