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IS ショタが往くIS学園生活

作者:屍モドキ
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少年と先生

「《《先生》》」

 袖を引っ張られながらその呼び方で呼ばれ、真耶の意識は凍り付いた。

 その呼ばれ方に一瞬喜び、次には潰れてしまいそうなほどの後悔と憤りに濡れて俯く。

 頼られている、と言えば聞こえは良いだろう。しかしそれは近いようで最も遠い呼び方だった。彼が心の中で『先生』という人物を手放したくないという現れであり、その人影を真耶に重ねた証拠でもある。


 この歳の子供に親という依存対象があって当然だが、結にとっての対象はもっと特別で、親以上の心の支えになっていた。

 それを今までの結との関わりを築き、分かち合ってきた真耶だからこそ、さっきの『先生』と呼んだ結の心境の乱れ具合を汲み取り、頼られていると少しでも浮かれてしまった自分が憎かった。

 様々な感情が入り乱れ、押し潰されてしまいそうな気持ちに今は蓋をし、あくまで平静を保って結の目線に遭わせる。

「どうか、しましたか。結ちゃん?」

 結は感情を見せない表情に乏しいながら、少しの不安を瞳の奥に宿しながら答える。

「今日、だけ⋯⋯今日だけ、一緒に寝てください、真耶先生」

 いつもの呼び方に戻っていたことに安堵しつつ、話題に耳を傾けて胸を撫で下ろした途端に驚く。

「あぁ、そんなことですか。それなら⋯⋯え?」

 今なんと?
 齢二十歳を超えてなおこの御時世、彼氏の一つも出来たことがない真耶にとって、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。

「今、なんと⋯⋯?」
「だから、その⋯⋯今夜だけ、一緒に寝てください。だめ、ですか⋯⋯?」

 気恥ずかしいのか顔を赤くさせ、もじもじと手遊びをしながら、上目遣いでしかも涙を溜めた目で真耶を見上げて懇願してくる。
 さっきの葛藤とは別の感情に吞まれて、真耶は昏倒しそうになった。

「お風呂って、もう入ってますか?」
「うぅん、まだ」
「そうですか」



 ⋯⋯⋯
 ⋯⋯
 ⋯



 教員寮。

 当たり前だがここに生徒が来ることなど滅多にない。
 相当な急用でもない限り、生徒にとっては無用の場所であり、不用意に近づき難い場所でもある。

 その一室に、結は真耶に手を引かれて部屋に入っていく。
 部屋の中はそれなりに整えられ、しかし脱ぎ捨てられたパジャマや卓上に置かれたパソコンや資料からこの人が教職員という職に就いている人なんだと、結は肌で感じた。
 同時にその博識な雰囲気が、どこか懐かしさを思わせて真耶の手を掴む手に力がこもる。

「ちょっとここで待っててください。お部屋の掃除してきますから⋯⋯」

 そう玄関口で待たされ、真耶は早足に部屋にあがってパタパタと部屋中を適当に片付けはじめ、人に見られても恥ずかしくはない程度には片付いたところで扉から顔を覗かせ、玄関口で呆然と立ち尽くしていた結を部屋の中に呼び込む。
 呼ばれた方の結はおずおずと部屋に入り、出されたクッションの上にちょんと控えめに座る。

 部屋の中は生徒寮に比べて少し狭いと感じるが、向こうは二人一部屋なので、一人部屋が基本の此方なら十分な広さがあった。

「ご飯は食べました?」
「うん、はい。でもお腹空きました」
「それじゃあ、何か作りますね!」

 腕まくりをした真耶はキッチンに立ち、冷蔵庫と炊飯器の中を見て献立を決める。
 フライパンと木べら、食材をシンクに揃えてコンロを点火して手早く調理を開始。フライパンを暖めているうちに野菜類を刻み、卵を溶く。
 油をフライパンに回し入れ、溶いた卵液とご飯を投入する。油で弾ける卵液を米が上から圧し掛かり、諸ともフライパンの底で焼けながら黄金色に身を焦がす。それらを木べらで切るように炒めながら鍋を振れば、塊で入れた米は油でほぐれ、卵と絡んで香ばしい香りを漂わせる。

 そこに刻んでおいた野菜類を纏めてフライパンの中に流し込み、木べらで切り混ぜつつ鍋を振って空気に触れさせながら炒めれば、あっという間に野菜にも火が通っていくので塩胡椒で味を調え、茶碗に移して皿に盛る。

「はい、完成です!」
「おぉぉ」

 出来上がって結の前に振る舞われたのは空腹を擽る香りを放つ炒飯。
 手渡されたスプーンを握り、「どうぞ召し上がってください」と許可が下りたので、黄金色のお山に杓を刺す。
 よく水気が飛んでぱらぱらと崩れる山の一角を掬い取り、熱いまま口に運んで噛み締め、そのまま無言で咀嚼を続ける。

「美味しいですか?」
「おいひ、でふ」
「そうですか、そっか……」

 この問答に意味はあるのだろうか。それはずっと感じていた悩みであり、最近感じている無力感の原因でもある。

 味覚障害を患っているらしい彼にどれだけ美味しい物を出したところで、栄養摂取以上の意味を成さないその食事に一体何の価値があるのだろう。
 だが、いくら悩み悔やんだところで本人が何も感じていないならそれは問題ではない。

 結の口元についていた米粒を摘み取ってやり、口に入れる。

「美味しいですよ、うん……」

 

 ◇



 あっという間に皿を綺麗にした結。
 真耶も自分の分の皿を片して二組を洗い終わり、暇そうに教本を眺めていた結に声を掛ける。

「結ちゃん。お風呂に入りましょう」
「はい」

「い、一緒に入りましょう!」
「えっ」

 脱衣所で服を脱いでいた結の前には、一糸纏わぬ姿でこちらに優しく微笑み、身動ぎをする真耶の姿。
 背丈こそ平均的な女性の身長はあるが、可愛らしい童顔とそれに見合わない豊満な胸、そして大人の女性としての美しい体系も相まって、見る人間によっては見惚れたり、血涙を流すだろう。

 だが結はあまり動じていなかった。

 否、動かなくなっていた。

 そのまま引きずられるように、結は真耶に引かれ、浴室へと招かれていった。




 いくら教員用の寮とはいえ、浴室の中は広いとは言えない。
 だが真耶も一人の女性として健康に気を使っているので人一人が足を屈めてやっと入れる程度の風呂釜でも湯は張ることのほうが多い。
 そして今日がその日である。

 浴槽に溜まっているのがお湯であることを確認して一つ掬い上げ、自分に掛ける。

「結ちゃん、こっちに来てください。洗ってあげますから」
「一人で、洗えます」
「いいからいいから♪」

 膝立ちの姿勢になっている真耶の前でされるがままにお湯で全身を濡らされ、シャンプーを付けた手で頭を得る様に泡立て、爪を立てないように指で頭皮を撫でる様に、結の頭を洗ってやる。

「痛くないですか?」
「ん⋯⋯気持ちいい、です」

 両手を胸の前で握り、シャンプーが染みない様に目をきゅっ、と閉じて首を縮める。
 いつも心此処に在らずというような彼でも、こんな仕草をするんだ。と真耶は内心驚きながらもどこか安心していた。

 お湯で頭を洗い流し、タオルにボディーソープで泡を立て、構えたところで結が今度こそ感情を示して後退る。

「どうしたんですか? 洗ってあげますから、ほら、きてください」
「い、いや⋯⋯自分で洗えます。洗えますから⋯⋯」

 ずぶ濡れになって垂れた前髪のおかげで目は見えないが、身体を隠し細い腕で隠しているのは見ていて可愛らしい。

「別に変なことはしませんよ?」
「ちがう、そうじゃなくて」

 背中の⋯⋯。

 それを言いかけた結はすぐに口を噤んでバツが悪そうに横を向く。ハッと気が付いた真耶も、地雷を踏んだと思って後悔する。
 それでも真耶は身を引かず、逆に前に出る。

「だから、自分で洗⋯⋯⋯」
「私が洗います」

 真耶からタオルを譲ってもらおうと手を伸ばした結を真耶は引寄せ、なおも離れようとする結を片手で抱き止め、そのまま泡立ったタオルを少年の体に押し当てて洗い始める。

 爪先を立てて正座する真耶の膝の上に乗るようにして結は座らせられ、逃がさないと言わんばかりに片手で固定され、おかげで頭が豊満過ぎる胸に挟まれて横が見えない。
 不意の行動が相次いで頭が追い付かない結は、訳も分からず脈拍が速くなっている事だけはなんとか理解していたが、その原因がなんなのか、まだ理解出来ていなかった。

 借りてきた猫のようにおとなしくなった結はそのまま体の隅々まできれいさっぱり洗われ、湯船にそのまま脇から抱えられて浸けられる。
 結を洗い終わって真耶も自分の身体を手早く清め、浴槽に自分も入る。

 ただでさえ狭い浴槽に大人と子供とはいえ人が二人も入ればお湯が溢れ出し、お互い小さく膝を抱えても肩や腰が密着してしまう。

「やっぱり狭いですね」
「うん⋯⋯」

 流石にこのままでは出ることもかなわないのでは、と危惧した真耶は身体を横に向けて結に向き合い、股の間に結を座らせ体操座りの姿勢で結を抱えたまま湯船に浸かる。そんな姿勢になっても結の背筋はまっすぐに立ったままだったので、真耶は多少強引に少年の頭を胸の中に落とし込み、全身で固定する。

「百数えるまで出たらだめですよ~」
「う、ん⋯⋯」

 下手をしたら溺れそう。
 そんな危険視もどこ吹く風と真耶は数字を数え始め、浮かぶ胸の間で結は湯船に口を付けて泡を作っていた。



 ◆



 風呂から上がった二人。
 結は諸々の理由でのぼせそうになり地引漁の如く真耶に引き上げられて引き出され、そのまま脱衣所で涼みながら力なく項垂れる身体を真耶が手厚く水滴を拭う。

「だだだ、大丈夫ですか?」
「ぷしゅー⋯⋯」

 動けるようになるまで十数分費やし、下着を着せられたところで朦朧としていた意識を取り戻し、ひったくる様に着替えを受け取ってそれぞれ可愛らしいパジャマと診察衣に着替える。

 寝るまで何かゲームなり本なりに余興に華を咲かせるか、それとも教本を開いて予習復習に勉めるか迷って結を横目で窺うと、半目まで落ちた瞼をこすりながらこっくり、こっくり、舟を漕いでいた。
 そのまま前のめりに音もなく伏せてしまってから背中を刎ねさせて起き上がった結を撫でてもう寝ることにした。

「もう寝ましょうか」
「ん⋯⋯はぁい⋯⋯」

 半分以上意識が夢の中に誘われている少年にせめて歯磨きは済ませるよう促し、ベッドに横たえて自分も潜り込む。明かりを消し、シングルベッドの上で二人は抱き合うように、いや結が真耶の抱き枕のように抱えられた姿勢、彼女の腕枕の中で服の胸元を掴み、結は微睡みの中でぽつぽつと弱弱しい声で呟きだす。

「今日は、わがままを言って⋯⋯ごめんなさい」
「気にしなくていいんですよ、いつでも頼って下さい⋯⋯」

 もう殆ど寝てしまっている結の頭を撫でながら、あやすように寝付かせる。
 寝息を立て始めた結を見て、真耶は堪えていた涙を流す。

「⋯⋯いつだって甘えていいんですよ」

 最初、結が裾を掴んできたとき、何が起こっているのか分からなかった。
 この学園に就任したときには既にこの子はこの島にいついており、例の地下室にずっと引きこもっていた。
 初めて会った時、結は織斑先生の陰に隠れて周囲をずっと警戒するように視線を巡らせ、恐る恐る頭を下げて最低限の自己紹介をしただけで終わった。

『上代結です、よろしくお願い、します⋯⋯』

 目の下には今よりもっと酷い隈が染みついており、子どもの体型としては極度の痩せ型で栄養失調手前な状態だった。
 事情を聞けば就任する前から数か月前に、篠ノ之束博士が自ら出向いて織斑先生に引き渡し、それ以降アリーナ地下の部屋に居座ったらしい。
 人との関わりを極端に避け、出された食事にも手を付けないことが殆ど。そのお陰かそれとも篠ノ之博士の隠蔽工作の技術が高かったのか、彼を秘匿することは容易で、入学式が始まるまで誰にも感づかれることが無かった。

 真耶は早期に学園に召喚され、織斑先生の意向で事実上結の専属教師として選ばれることになった。

 代表候補生時代の先輩後輩の関係だった彼女に急務と急かされ、いざ出向いてみれば出てきたのは不審な点が多い謎の少年の世話。初めは何事かと思ったが、彼と話していくごとにどんどん不安になっていった。

『君は、どこから来たんですか?』
『知らない』
『⋯⋯好きな食べ物とかって、ありますか? 良ければ作ってきますよ!』
『味がわかんないし、いい』
『そう、ですか⋯⋯』

 ベッドの上で膝を抱え、此方を見ることなく壁を見つめる彼に、真耶はどう接していいのか分からなかった。
 子供の世話、と高を括っていたがばっかりに織斑先生から彼の身の上の事情やISについて聞き、背筋が凍った。

『今の上代の精神状態ではいつ死んでもおかしくない。いや、もう死んでしまっても当然なはずなのに、彼は未だなお生きている』
『じゃあどうして⋯⋯』
『背中のISが生かしているか、それともまだ縋っている幻影があるのか⋯⋯』

 一度だけ、彼が恋しそうにハンカチを眺めている所を見た。

『先生、会いたいよ⋯⋯』

 その時の横顔には、今まで自分たちには見せた事のない、親が恋しい子供の顔になっていたのを覚えている。
 ずっと強がっている。いや、極力他人を信じず、関わらないようにしているのが彼の態度と事情を知って分かった。だからこそ、真耶は関わろうと、積極的に彼に親しく接した。

『結ちゃん。お弁当を作ってきました! 食べてもらえますか?』
『⋯⋯ぼく味が分からないって、言ったよね?』
『それでも、食べないと体に悪いですから』
『⋯⋯分かった』

 多少無理矢理だったが、昼は弁当を渡すようになり、彼と会話をする機会を作った。

『結ちゃんのいう先生って、どんな方なんですか?』
『⋯⋯大事な人。いつも泣いてた』

 彼が昔過ごしていたという『施設』で、結を相手にしていたという白衣の男だと言う。
 束博士が襲撃したことでその施設は聞いた限りでは壊滅したそうで、その先生とはそれ以来会っていないらしい。
 それ以来束博士から渡された盾のISとハンカチが彼にとってその『先生』の思い出の品で、取り出してはまた会えるように握り締めている。


 入学試験の日、秘密裏に結のISの性能試験を兼ねて結対織斑先生の模擬戦を行った。

『私を倒す必要はない。制限時間まで生き残ればいい』
『生き残る⋯⋯』

 第二世代量産型の【打鉄】と出所不明、世代も性能も不明の盾を持った、全身装甲のIS。
 最初、打鉄の猛攻を全て見切っているのかという手際で結はISの身の丈よりも大きい盾を振り回し、攻撃を捌いていた。

『フー、待⋯⋯ッ!』
『ッ!?』

 突然盾を投げ捨てるように織斑先生に目掛けて投擲した結。盾の真後ろに張り付いて特攻し、大盾を弾いた瞬間の打鉄の懐に潜り込んでアッパーカット。それからの近接戦に織斑先生は度肝を抜かれて応戦するが、絶え間なく、どれも巨体からの重たい一撃は避けるのも困難といった具合。

 結の振りかざした一撃を打鉄の盾で受け流し、刀による袈裟斬りを喰らわせて終わったかと思いきや、結はその一撃を受けて刀身を掴んでいた。
 明らかに致命的なダメージを負ってなお倒そうとするその姿は模擬戦をしている装いは無く、確実に目の前の相手を手にかけてしまおうという勢いがあった。

 だが、そこで攻撃をするわけでもなく、織斑先生の駆る打鉄に触れた結は何故か首を傾げていた。
 その間に打鉄の機関銃【焔】によってあっけなくSEを削られた結のISは敗れ、気を失った結は目覚めてから顔を青くして謝罪の言葉を並べて泣きじゃくっていた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい⋯⋯!』

 その時、何故彼があんなにも動揺していたのか、それは先日の事件で痛いほどわかった。



 真耶は自分の胸の中で眠る少年をみる。
 初めてあったころに比べれば、隈は薄れたと思う。まだ細いと思えるが肉付きも少しついてきて、明らかに骨が浮くことはなくなった。安らかな寝息は彼に安心してもらっている証だと信じたい。

「こうしていれば、ただの男の子ですもんね⋯⋯結ちゃんは」

 結を強く抱きしめる。
 自分よりも少しだけ体温の高い少年は身動ぎをして、少しくすぐったい。


 彼と在りたい。彼に安心してもらえる存在でありたい。
 だからこそ、『先生』と呼ばれたときはものすごく嬉しく、そして辛かった。

 この子を悲観することは決して許されない。だが、その『先生』が彼の人生を歪ませたと言っても過言ではないことは確かだ。

「私は、君の味方ですからね。結ちゃん」

 一筋の滴が目尻から零れ、枕を濡らす。
 もうこの子が苦しまない日が来ることを願う。

 平和を望むことはそんなにも難しいことですか。
 この子が無事でいることは罪でしょうか。


 神様仏様、この子がどうか笑って過ごせますように⋯⋯。


 眠りにつくまで、真耶は祈り続けた。
 いつかきっと叶えてみせる。そう信じて。 
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