IS ショタが往くIS学園生活
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知りたいものと追うもの
その後、事情聴取から今のところ敵意は無いと判断された結は手錠を外された代わりに特殊なチョーカーを嵌められた。
「君がまた自我を無くして暴走した場合、我々の判断で君の首が吹き飛ぶ。それを肝に命じておきなさい」
「わかりました」
嫌がる素振りすら見せずにただはいと首を縦に振る少年に不気味さすら感じた教員は、手元のタブレットに表示されるバイタルデータになんの異常も表示させない結を訝しむが、それも直ぐに止める。
「他に何か質問とかある?」
「あぁそれなら⋯⋯」
んぐぅぅうぎゅぅごげげげげげげげげげげげげげげげ。
「なに、今の音」
「お腹が空いたのでごはんをください」
結の腹の音が病室内に響き渡った。
教員は呆れて顔がひきつっていた。
◇
食器の鳴る音。咀嚼音。牛乳を飲む音。
山盛りの白米。丼に注がれた味噌汁。大皿にひしめき合う主菜、副菜、野菜は鮮やかなトリコロールを成していた。
箸はまだ使い慣れない結。フォークとスプーンを固く握って、目の前に鎮座する大量の飯を黙々と平らげていく。幾ら食べようとも腹が満たされる気配がせず、食道を通ってすぐさま消化が始まり、胃を通り越して消えていく。
「⋯⋯けふっ」
牛乳で口のなかに残っていたものを全て飲み込む。
目の前の器は全て空になっているが、それでも腹は満たされず、栄養を欲してぎゅるると啼いている。味も分からず満足もしないのに、と心の中で本能に愚痴を吐くが、本能は知らん顔して食い物をねだる。
少年は迷わずナースコールを手繰り寄せてそのボタンを押そうと指を掛けた時、一人の少女が病室内に入ってきた。
「失礼します。て、なにこれ⋯⋯」
肩まで伸びた淡い水色の頭髪。細いのメガネの奥に見えた髪と同じ色の垂れ目の瞳には優しげのある心配と小さな好奇心が垣間見えて、目の下にはうっすらと隈が染みている。制服は膝丈のロングスカートで、袖も相応の長さを持っている。
背丈は真耶先生と変わらないくらいで、全体的に細身な印象を受ける。胸も小さい。
滴型を逆さにしたような、二つの髪飾りに填められた玉石が煌めく。
この学園の生徒であることは一目でわかるが、基本出歩かないうえつい先日までISの中に閉じ込められていた結にとって、目の前の人間が誰なのか、何も知らなかった。
対して結の病室を訪れた少女。更識 簪は、あの日好奇心で覗いた隔離された部屋のなかで倒れていた結のことがずっと気掛かりで仕方なく、気になる一心で足を運んだ次第だった。
そして開幕一番に目についた大量の空になった皿の山を見つけて仰天する。
「お姉ちゃん、だれ?」
呆けている、とは違う。何も考えていないような無表情で、結は簪を見る。
「覚えては、ないよね。気絶してたんだし」
簪は初めてコンタクトをとる目の前の少年に何から聞こうかと考えつつ、隣に置かれていた椅子に座る。
「ええと、はじめましてでいい? 私は更識 簪。一年四組の者、です」
虚無の瞳で此方を見つめながら、顔色ひとつ変えずに口許を拭う結に何故か敬語になっている。
兎に角簪は簡潔に自己紹介を提示した。
「ぼくは結。上代 結。お姉ちゃん、どっかで会ったっけ」
「君が整備室で倒れてたから医務室まで運んだんだけど」
簪の説明を受けて、自分がここに寝ていた経緯をなんとなく悟った結は、成る程と首を縦に振った。
だから自分はここに居て、この人のお陰で命が保たれた。だとしたらお礼を言うのは当然。そう教えられたから。
「そうなんだ。じゃあ、ありがとうございます。お姉ちゃん」
「う、うん、どういたしまして」
変な返事のされ方に戸惑う簪たったが、自分がここにきた理由を思い出して、改めて結と向かい合う。
「ところで、君を連れてきて気になったんだけど」
「なぁに?」
簪は結の背中にある、バンテージで隠されてはいるが、この少年を運び出した際に見てしまった背中の機械を指差しながら尋ねる。
「君のその首のやつ。なに?」
結はハッとなって肩甲骨の間の辺りを手で押さえ、今初めて見せる戸惑いの表情で簪を睨んだ。
「⋯⋯見たの?」
「ごめん。見た」
今にも泣き出しそうに顔を歪ませる結。あまりの動揺ぶりに聞いたことを若干後悔した簪だったが、結は暫くして脱力して項垂れ、巻かれた包帯を外して簪に背中を見せる。
その目にはもう光りは消え失せて、無表情が保たれていた。
「誰にも言わないでね」
「う、うん」
感情の死んだ声音で結は簪に言う。
少年の小さな背中。肉は少なく背骨は綺麗に浮かんでいる。
そしてその背骨の上部、肩甲骨の間からうなじにかけて、生身の人間には存在しない、背骨を模したような機械部品が列になって生えていた。
触れてみてもいいか、と簪は恐ろしさを覚えながら訊いてみる。結は一度簪を見たあと、痛くしないなら。と恐る恐る背中を差し出した。
「これ、なんなの?」
人肌に温もっているものの、質感は硬く、歪さをみせながらも整った形をしているそれに触れながら、簪は問う。
「これがぼくのIS。ぼくの専用機ってやつ」
「これが、IS⋯⋯?」
簪の問いに、結はあくまで平然としながら答えた。
「どうして、そもそもなんで⋯⋯」
「知らない。生まれたころからあった」
生まれたころからあった。
通常ISなど生まれながらに持ち合わせるはずもない。ならば誰かが人為的にこれを取り付けたに違いない。
だが、そんなことをすれば拒絶反応から使用者が死にかねない。もっと言えばそんな非人道的な行為など日本国は勿論のこと世界のどの国に置いても憚れるべき行為なはず。ではそんな所業を犯した輩は何処の誰か、そして何を目的としてやったのか?
「気持ち悪い?」
「え?」
服を着ながら結は光の消えた、眠たそうな目で簪を見ながら訊いた。
言わずとも背中のそれのことだろう。こんな自分が気持ち悪いか。人と違うから辟易するか。彼の眼差しからはそんな感情がぶつけられている。
「これがないとぼくは生きられない。らしいよ」
「そう、なんだ⋯⋯」
何も言えない。
泣きもせず、怒りもせず、少年は淡々と簪に自身の持っているISの説明を施す。
元々自身のIS開発のために、助けた見舞いという口実で覗きにきた程度だったが、教えられた事実はそれを上回るものだった。
施設で起きたという出来事の数々、そのISが語り掛けてくるという話、彼が『先生』と呼び、慕う者の存在。
「君がISを使うとき、どんな感じなの?」
いくら動揺しようとも、あくまで自分がここへ来た目的は忘れないように、されど守るべき尊厳は尊重しながら言葉を選ぶ。
「本当の手足みたいに、動かせて、感じて、飛べるもの。それと、痛いことされたら本当に痛いの」
「それって」
機体ダメージがそのまま肉体にも反映されているのか?
だとしたら、彼の適合率は通常の判定よりも大幅に高い筈。そもそも機体を直接体に埋め込んでいるのはそれが理由?
頭の中に疑問と予測が乱立していく。
しかし聞かなければいけない。ISを使う人間として、これ以上この子のような人間が生まれてはいけない。そしてこの子の痛みを知らなければいけない。簪は無意識にそう感じ、頬を撫でる嫌悪感も拭って話を頭に入れる。
「誰につけられたか、わかる?」
「知らない。でも先生は自分のせいだ、て言ってた」
「そっか⋯⋯」
簪のなかでその『先生』とやらに、姉や織斑 一夏以上の憤りを感じて目を伏せる。
彼が『先生』と呼ぶ人物は、何故このような行為に及んだのか。しかし自分が悪いと言っている辺り、罪の意識はあったと思いたいが、それでも償えるものではない。
簪が考察に耽っていると、結は徐に点滴の針を引き抜いてベッドから立ち上がり、そのまま病室の扉を開けて風で飛びそうな足取りで出ていった。
「ちょ、君!?」
「じゃあね。めがねのお姉ちゃん」
「めがねのお姉ちゃん⋯⋯?」
拒絶ではない、諦観した眼で簪を一瞥し、結は病室を後にする。
残された簪は追い掛けることも出来ないまま、少年の背中を見送るだけだった。
体が熱を持って細胞が稼働している。
全身に出来た傷や打撲等が度合いの酷いものから優先的に修復されているのがわかる。
「こら、待ちなさい!」
その体格に対して明らかに許容量を超えた食事を全て平らげた結は、自室があるアリーナへ向かって歩いている所を、見かけた看護教員に止められた。
「君はまだ療養中のはずよ、すぐに病室に戻りなさい!」
「もう治りました」
「そんなはずないでしょう!?」
そう言って連れ戻そうとした教員は、結の腕を掴んでその異常に高くなっている体温に驚く。
明らかに子供の平均体温を超え、トレーニングを終えたアスリートのような高温帯にいた。
は、と気が付いて点滴の針を抜いた箇所を見ると、止血はおろか、既に傷口が塞がっていた。
「じゃあ、もういいですよね」
「ま、待って!」
それでも一度医師の診断を通さなければ、と言うことで結は看護師に渋々着いて行き、問診、検診、触診その他レントゲンやMRIで診たところ、全ての怪我、骨折等が癒えていた。
「こんなことが、あり得るはずは⋯⋯」
「もういいですよね」
「え、あぁ⋯⋯」
そう言って結は診察服を着て包帯で首を隠し、誰も寄せ付けないという雰囲気を放ち早足で部屋に帰る。
夕暮れに向かって傾く陽光。その陽射しを浴びて伸びる結の影は長く、静かに笑っていた。
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