IS ショタが往くIS学園生活
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夢と現実
意識がふわふわと浮いている気分だった。
体は軽くて、さっきまで感じていた痛みはどこかに飛んでいっていた。
ここはどこだろう。
あたりを見回しても誰もいない。 何もない。 真っ白な広い部屋。
大きな部屋の中、見つけたのはブリキの兵隊とリュウのオモチャ。
そして手元にはボロボロになった陶器の人形。
もう遊べなくなった人形を捨てて、目の前にある二つのオモチャにふらふらと近づく。
身体が勝手に動く。頭と体が離れているような感じがして、飛んでしまいそうだった。
リュウのオモチャに触れてみたら、あっけなく崩れてしまう。
だが、リュウのオモチャは中身が空っぽになっていて、何となく腕を入れてみればすんなり入った。
それで試しにブリキを小突いてみる。
倒れたかと思たら、勝手に起き上がったので、また倒す。
何度かそんなことを繰り返していると、お腹に違和感を感じた。
見てみるとブリキの兵隊が、持っていた槍をぼくのお腹に刺していた。
痛くない。けど体が重くなっていく。
もう一度ブリキを見たら、ブリキは一夏お兄ちゃんに変わっていた。
なんで。
お兄ちゃんは今にも泣きそうな、なんでって聞くような顔をしてぼくを見ていた。
まぶたがおもい。
ねむっちゃう。
◆
IS用ハンガーに無理矢理くくりつけられた巨大な棺を、教員達が【打鉄】や【ラファール・リヴァイヴ】を纏ったまま整備室に搬送する。
「急げ! 中の人命が最優先だ。最悪このガワがどうなろうと構わん!」
織斑先生の指示で他の教員達は棺をどうにかしてこじ開けようと躍起になる。
だが、ガーディアンの盾がそのまま棺桶として囲ってしまったので、生半可な道具では開けることはおろか逆に道具がねじ曲がる始末だった。
「織斑先生、棺が開きません!」
「打鉄のブレードを使え! それで駄目なら最悪レーザーで繋ぎ目を焼き切れ!」
「はい!」
一人の教員がISのブレードを展開して合わせ目に立てるが、ブレードが撓んで折れてしまう。
別の教員がレーザー切断機を引っ張ってきて棺桶に照射するが、焼き跡が付くのみで凹みすらついていない。
数人がかりで棺を無理矢理にでも開こうとするが、それすら叶わず、1mmの隙間を作ることもなく、ただ時間が流れていくだけだった。
「中のパイロットの状態は!?」
「X線照射で確認取りました。これを見てください」
透過による写真をみた千冬はそれに目を見張る。
「あの戦闘の様子から、このパイロットには相当な負荷がかかっているはずで、今すぐにでも施術しなければいけないのですが⋯⋯」
「それを機体自らが行っているとでも?」
うつされていた内部の様子には、少年の腹部には縫合痕のように連なった線の列や、顎部分を通しているワイヤーのようなもの。その他患部と思わしき部分に塞ぐようなものが映し出されていた。
「この中で一体何が起こっているんだ⋯⋯」
動揺する職員の前でただじっと沈黙している棺。
もしかすれば中の結は死んでしまったのではないかと思うほど静かなそれに、一人の人間が早足に近づいて、無造作に、生身の拳を叩きつける。
「返してくださいっ!」
溢れる涙を拭うこともせず、眼鏡のレンズを濡らし、床に零れて水たまりを作る。
後ろで数名が止めようとするが、それも憚られてしまいそうなほどの雰囲気を纏う彼女、真耶に、誰も近づくことすらできなかった。
「あの子が毎日どれだけ苦しんでいると思ってるんですか、どれだけ不安の中にいると思ってるんですか、どれだけ傷ついていると思っているんですか!!」
びくともしない棺に何度も拳をぶつけるが、棺は何も答えない。
真耶の拳からは血が滲み、棺に血痕を作ってその悲壮感をより明白に示す。
彼女は棺にもたれかかる様にその場にへたり込み、なりふり構わず嗚咽を漏らし始めた。
「真耶君、よしなさい」
「先輩、私はどうすればいいんですか。どうしたらあの子の助けになってあげられるんですか!?」
「⋯⋯⋯」
千冬に縋りついて泣き喚く真耶には教師の面影など無く、目の前の事実を認めたくないと叫ぶ子供のような弱弱しさしかなかった。
千冬は着ていたスーツの上着を真耶に羽織らせ、立たせる。
「今の我々には何も出来ない。ただの支えにすらなっていないのかもしれない。だからこそ、上代を助けてやらないといけない。手伝ってくれるか、真耶君」
こんな状況でも毅然とした態度で臨む目の前の女性に、悔しさと尊敬の念が混ざった感情で見つめる真耶は涙を払い、気を引き締める。
「やります。あの子を救えるなら、なんだって⋯⋯!」
「よく言ってくれた」
この棺から出てきてくれたら力一杯抱擁してあげよう。
出来ることは少ない。ならばこそ全力で臨む、それしかないのだから。
◇
それから、整備室のISハンガーの一角を封鎖、ガーディアンの自動再生治療により出てこない結はカメラを設置されたIS用ハンガーの中で佇んでいた。
どれだけ時間が過ぎても出てくる様子もなく、身動ぎも中から叩くような音すらさせない棺に、誰もが死んだのではないのかと危惧するほどだった。
三日が経ち、事件の事情聴取が済んだ一夏と鈴が、顔を見せない結の状態を案じて職員室に出向く。
あの一件で先生たちも多忙なのか、あちこちの机の上には栄養剤などが列をなし、その過酷さを伝えていた。
「織斑先生、結は今どうなってるんですか?」
「機密事項だ。お前たち一般生徒には伝えないようにと言われている」
「そうですか⋯⋯」
情報はない。結にも会えない。そのことに一夏は落胆したが、鈴は内心安堵していた。
先日の謎のISが学園に侵入してきた事件、あの時、結は私に襲い掛かってきた。
何も言わず、敵意もなく、まるで子供特有の好奇心で動いているような気がした。
それがとても恐ろしく、もしかすればその好奇心で殺されるのでは、と思えるほど、あの時の結はあやふやなものになっていた。
「結の奴、どこにいったんだろうな⋯⋯」
「え、えぇ、ホント、そうね」
次に顔を合わせた時、どんな顔をして声を掛けたらいいのかさっぱり分からない。
嫌ってしまうだろうか。それとも再会に感激できるだろうか。
そんな心配を嘲笑うかのように、時間は流れる。
◆
それから数日。
真耶は朝や放課後に整備室に出向き、一角を壁で覆われた部屋の中に消えてはそこで時間を消費していた。
中に入れば厳重に固定、拘束された巨大な棺桶が直立し、何も言わず佇んでいる。
「結ちゃん。今日も寝てますか」
疲れた声で真耶は独り言を棺桶に向かって発する。
ここ数日まともに寝てなく、さりとて仕事を放棄できるような性分でもない彼女は真面目に職務に全うし、その精神を摩耗するしかなかった。
髪はあまり整っておらずはねっ毛が見える。目の下には眼鏡のフレームで隠れてはいるが隈が染み出し、瞳は光りを失いかけていた。
「まだ眠いですか? 早く起きないと体がなまっちゃいますよー⋯⋯」
棺桶に触れる。
金属の冷たさが指を差す。内側からは微かな振動と電子音が鳴り、まだ活動していることを伝えてきて、結がまだ生きているのだと縋るような気持ちでいっぱいになる。
だが何も出来ない。この壁一枚を隔てて大事な少年は眠り、私はただ焦燥感に埋もれるだけ。
「起きてくれなきゃ、心配ですよ⋯⋯」
目を落とせば自分が作った血痕に行きつき、余計に辛くなって、また涙があふれる。
目頭が熱くなるのを感じた真耶は頭を振って頬を叩き、上手く笑えない笑顔を浮かべて部屋を後にする。
「それじゃ、結ちゃん。また来るね」
◇
その日、少女は憤りを抱えて整備室へ向かっていた。
クラス対抗戦の開催日に起こった事件から急に、自身の専用機開発のため通い詰めていた整備室が数日使用不可になっていた。
煮え湯を飲まされる気持ちで渋々別のデータの製作に勤しみ、いざ整備室が解放されたかと思えばその片隅にけして小さいとは言えない巨大なバリケードが張られ、神聖な作業場が何かに占領されている。
話によればあの事件で起動、損傷していたのはこの学園で只二人の男子生徒だけと聞く。
ならばあの片隅を塞いでいる邪魔な壁の中にはその男子生徒の専用機が詰まっていると言う事になる。
「本当に、最低⋯⋯」
必要最低限以上のことはしない。無駄なことは極限まで省くのがポリシーの彼女でも、今のこの状況に愚痴をこぼすぐらいには怒りが募っていた。
今度その男性操縦者を見つけたら小言の一つや二つも言ってやろう。
そう決意を固めて備室に入り、自身のISをハンガーにかけた後、工具や必要な材料を取りにいって戻ってくるとき、突然例の壁の向こうから音がした。
古びた蝶番石が軋むような、それこそ大きな扉が開くような鈍重な音を立てて何かが床を引き摺っている。
慌てて材料をその場に置いて部屋の隅に走り、壁に備え付けられている扉を開く。
鍵がされていないことに内心呆れつつ、その中を覗いて予想外の様子に驚く。
「なに、子供⋯⋯?」
目の前には蓋の開いた巨大な棺桶から流れ落ちたかのように、培養液のようなものにまみれて力なく倒れている、自分よりもかなり背丈の小さい、痩せ細った少年が横たわっていた。
時折体内にまで入っていたのか、体表に付着している液体と同じような液体を嗚咽交じりに吐き出しながら、震える手足を床に這わせて立ち上がろうとしている。
「出てく、る、な⋯⋯フー、やめ⋯⋯こない、で⋯⋯!」
何かを呟く彼の瞳の焦点は定まることなくぐらぐらと乱れ、誰かと喋る様に独り言を延々と呟いている。何も見えていないのか、手足に力が入っておらず、液体で滑らせては床に身体をぶつけている。
そして一番異様なのは背中、首筋のあたり。
首から肩甲骨の間ぐらいにかけて、生身の人間には決して生えることはないであろう無機質な機械の部品が背骨を形成して埋まっている。
小さなランプが激しく点滅し、黄色の光を発した時点で何かの信号を発したのか、彼が出てきた棺桶が光りに包まれ、小さなペンダントとなって彼の首に鎖を通してぶら下がる。
「あ、カ⋯⋯まだ⋯⋯」
ペンダントがかけられた少年は一際大きく痙攣したのち、白目を剥いて床に伏し、動かなくなった。
「なんなの、本当に⋯⋯!」
動かなくなったのを確認したのち、その少女、更識 簪は気絶した結を抱え、当初の男性操縦者に何か言ってやろうと言う目的も忘れて一目散に医務室へと走っていった。
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