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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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794年1月号アライアンス・ポリティカ誌より

 
前書き
「恐怖というものは正体がわからないから生まれるというのであれば、我々を最も恐怖させるのは”自由惑星同盟”の世論だよ。地元の世論を把握しても”自由惑星同盟”の世論はさっぱりわからない。だからこそ面白い」
(ヨブ・トリューニヒト下院議員のインタビューより)

 

 
ディアレクティケー第XX回
793年総選挙を語る~交戦星域編~(下)
長らく同盟政府の顧問を務めてきたオリベイラ教授とアルレスハイム王冠共和国から構成邦の政治を研究してきたエプレボリ教授の二名とともに【交戦星域】からみた今回の選挙を二回に分けて読み解く。今回は後編としてサンフォード政権の抱く【交戦星域】への方針について語る。

・対談者

バーラト自治大学法学部教授
エンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ氏  
(ハイネセン国立中央自治大学 S.J,D(公法学)銀河連邦末期の行政制度研究、および自由惑星同盟・同盟諸邦の公法研究の専門家。同盟政府において構成邦間の行政・法的問題の調停や同盟政府と構成邦の法解釈に長年携わっている)

アルレスハイム国立ヴァルシャワ大学法学部教授
エーリッヒ=ヴァルデマー・フォン・エプレボリ氏
アルレスハイム国立ヴァルシャワ大学Dr.rer.pol(政治学)専門はアルレスハイム政治史、同盟政党論。現在はアルレスハイム王冠史、アルレスハイム革命史の編纂を行っている。)


バーラト首都圏と【交戦星域】の対立

 ――前号に引き続き今度はサンフォード政権についてより具体的にお話を伺いたいと思います。まずは今回の総選挙で見えた傾向についてお話を伺いたいと思います

オリベイラ氏
 まずは議席比率を見てみるとしよう。
与党の国民共和党が25%、労農連帯党が20.5%、自由党が18.2%と連立により6割を超えた議席を保有している。一方で分権派の主権自治連合が15.0%、反戦市民連合が8.1%そして急進強硬派の人民防衛運動が7.1%となる。

エプレボリ氏
一方で同盟弁務官達は3分の1のみの改選とはいえ新興政党の影響が強い弁務官はほとんどいない。反戦市民連合も人民防衛運動も構成邦単位では野党であるところがほとんどということじゃの。



――これまで泡沫野党であった主権自治連合に国民共和党を離党した議員や構成邦出身の議員が集まり大いに議席を伸ばした事を契機に3党連立への結びつきました。



オリベイラ氏
 前回の中間選挙の時のことだ。惨敗した国民共和党のダガン全国組織委員長が、今後の党のあり方を模索したレポートを作成した。本誌でも批評が掲載されたのだが覚えているだろうか?
 中身を簡単に説明すれば、支持基盤の拡大のための徹底した地域の意向の調査と対策になる。いわゆる同盟ナショナリズム保守系だけではなくさまざまな分権派の主権者連合穏健派にもウィングを広げ切り崩すことで足腰を強くしよう、といった内容だった。
 そこで想定されたのは、例えばイリゴーイェン氏やチェルノフ氏のように、自治政府と交渉し、増加する反中央色を強める有権者にアピールできる穏健派などでしょう。
 しかし現実は厳しく、今回の選挙ではそれでも事前の世論調査の時点で急進派の伸張は著しく中道系三党の大連立を模索することになった。
連立を組んだことで与党議席は60%を超えているが注目するべき点はこの主要三政党がいずれも実際に議席数を減らした結果でこうなったということだ。
  カーティス弁務官が各構成邦政府の意向をまとめ上げ、上院で安定した多数派を形成したことで中道派をまとめ上げることになった。
 国務委員長のカーティス氏が上院のかじ取りを担うことになるだろうが、大胆な改革は良くも悪くもできないだろう。


エプレボリ氏
 総体として厳しいかじ取りを強いられるというのは同感ですの。また、注目するべき点として国民共和党内部で構成邦政党出身のいわゆる『地方党人系』の勢力が弱まっている点も注目するべきじゃろう。国防委員長として指名されているヨブ・トリューニヒト氏、経済開発委員会の副委員長となったコーネリアス・ウィンザー氏など知名度の高い者が構成邦の政治キャリアを積まず、直接選挙に出たものが幹部の地位を多く占めるようになってきた。彼らは中央政界でのみ活躍していることから『中央派』と呼ばれておる。
彼らは同盟世論の風向きに敏感じゃ、そして知名度の高い中央出身の財界やマスメディア出身のエリートが多い。
 上院との意思疎通の面などでサンフォード議長をはじめとするベテラン調整政治家の後継者が不足しつつあると感じますの。
 【交戦星域】のみならず各地域で同盟主義の【バーラト・エリート】と構成邦に暮らす人々の乖離を強く感じるようになっている。


――【バーラト・エリート】という単語はエプレボリ教授の著作で党人との対立項として用いられてきました。分権派や急進派の伸張は同盟政府への反感ということでしょうか


エプレボリ氏
 そうですの‥‥‥急進派の伸張に対し、これまでの主要三政党に対し、四大政党の一角と呼ばれてしかるべき規模まで主権自治連合が躍進したことは、国民共和党のいわゆる【保守本流】の調整能力の欠如が問題じゃ。
構成邦政党単位で公然と同盟主要政党への挑戦がなされた形になるの。
じゃが第四極となりつつある主権自治連合は現実的な分権政策を推進する方向に転進しつつあるこちらはそこまで深刻な問題ではあるまい。
 良くも悪くも現実的な対帝国戦争を見据えたうえでの愛郷的な大衆主義(ポピュリズム)が台頭しつつある。同盟政府への集権化に辟易しているというのが現実じゃろうて。
 愛郷主義(リージョナリズム)国民国家主義(ナショナリズム)の乖離に耐えられなくなった――というよりも同盟政府を国民国家(ナショナル)とみなせなくなった、というべきじゃろう。
【バーラト・エリート】という言葉は抑々、儂自身が考案したものではなくフィールドワークで土着政党や政治運動、自治体職員、政策を企画するシンクタンク、政治の現場の中すら流布していた言葉じゃ。
 同盟政府の役割を否定できずとも負担がかかる現場ではインテリ層にまでそうした現場からイニシアチブが奪われたという感覚に倦んでおる。

オリベイラ氏
 (咳払い)気持ちはわかるが【バーラト・エリート】という呼称は品のないレッテル貼りなのではないだろうか、とも感じる。特に損耗が激しい宇宙軍の徴兵は教育の関係からバーラトに集中しているのも事実だ。
 反戦市民連合の選挙運動を取材した映像を見たことがある。ハイネセン2区のマッテオッティ議員の支持者集会で、帝国兵に子供を殺されたお母さんが登壇し、我が子の遺体の損傷具合も含めて語った後、トュラーティ議員は隣のハイネセン第三区の候補であるヨブ・トリューニヒト国防委員長をこき下ろして、「トリューニヒトは、彼を支持する人々の悲嘆よりも同盟への愛国心という美名を優先させて、第五次イゼルローン攻略戦のための補正予算を提出した。その結果はどうだ、ここに来るはずだった市民何万もの市民の命が無為に失われた。われわれの生命を守るのは国防委員会という店名を掲げたカニバリスト共ではない!だ」と演説していました。 ‥‥‥そして彼は当選した。実際、トリューニヒト委員長へのバッシングは激しいものがあり、彼自身は当落選上で戦うことになった。
 これはあくまでも一例であり強硬右派においても労農連帯党や自由党の議員が激しく攻撃を受けるなど似たような事例はいくらでもある。

 ――今回の選挙において暴力沙汰やトラブルが頻発した印象がありました。


オリベイラ氏
 全体としてはそうした暴力的事件の事例は劇的に増えたということはない。だが増加傾向にあるのはまだ統計の推移を確認してないがおそらく事実だろう。バーラトにおいても同盟全地域へ配慮する意見は排除され、どれほど我田引水でも強硬な意見を叫んだ方が特定層の支持を熱烈受けて選挙に勝てるという傾向が強まっているように感じる。バーラトが悪であるというような品のないデマゴーグが出ているのと同じように、バーラトにおいても遠く離れた星域への出兵と戦死という負担は無視できない傾向に合る
 バーラトにおける急進派の伸張はいわゆる【政治的エリート】からの乖離である、という点を強く指摘したい。
 そうした意味では奇妙な言い方だが今回連立を組んだ国民共和党、自由党、労農連帯党は保守的な立ち位置に追いやられているのかもしれない。
 しかしながら専制主義者の侵攻に対応せざるを得ないのは逃れられない現実だ。粘り強く国民への理解を求めるしかないだろう。


――急進的な国粋派と反戦派は相互に対立していますが議席を伸ばしました

エプレボリ氏
 左様、
 じゃが同盟国家主義側からも、【自由惑星同盟】社会の基本的な価値観に対する挑戦が始まりつつある。
 例えば、反戦市民連合急進派のトップであるシャルル・ダイドー氏のように、「平和のための社会設計主義」を掲げ、同盟主導の【交戦星域】からケンタウルス腕航路開拓への再入植――つまりさらなる距離の防壁を作ろうということじゃの――や上院の一票の格差解消など、かつてであれば「反同盟的」としてまったく無視されるような主張が少なからぬ人々から支持されておる。 これはほんの十年前には考えられなかったことじゃ。
 反戦と同盟懐疑主義が同一文脈ある最大の理由は自由主義と分権的連邦主義を論拠とするのが伝統じゃった。
 同盟政府による戦時統制への反対が多数派である反戦主義者が軍縮の代償に同盟政府による社会保障の拡充や【交戦星域】への弾圧に非常に大きい変化じゃ。
 そうした意味では強硬右派の人民防衛運動よりも興味深いと感じるの。

オリベイラ氏
 既存の構成邦分権主義と同盟集権主義、個人主義的ハイネセン主義と共同体的ハイネンセン主義だけではない。少数勢力同士であった反戦急進派と対帝国急進強硬派の対立はまったく別の軸として同盟世論に浮上しつつある。また、非常に深刻なのが市民生活を支える労働者の不足と労働単価の高騰だ。地域産業に対し労働力の不足は大きな負担になっている。帝国軍の侵攻による国民生活への負荷を人的資源、財政支援、そして流通の安定の確保と各方面から如何にコントロールするかがこれからの政権に問われるだろう。



サンフォード政権と交戦星域の距離

――政権の課題として戦争と民政のバランスが課題に挙げられました。前線に近い交戦星域から見たサンフォード政権はどのように見えるでしょうか

エプレボリ氏
非常に難しいところですの‥‥三党の連立で調整を行うだけではなく上院での多数派工作も必要になる。上院では今も国民共和党系や労農連帯党系政党出身の弁務官が多いのじゃが。彼らはそれが利益をもたらすから協力しておるのに過ぎん。それは【民主主義の縦深】も同じじゃて。だからこそ彼らと政府の交渉が重要になるじゃろう。同盟世論と各構成邦世論の違いは明確じゃ。


オリベイラ氏
サンフォード氏はシロン農産共和連合出身で地域社会委員副委員長、最高評議会書記、国務委員長など上院との連携が必要なキャリアを数多く積んでいる。
カーティス氏を始めとした地域政界出身を中心とした人事が目立つ、上院への配慮を最大限に行うつもりだろう。弁務官と構成邦世論次第ではあるが原則としてサンフォード政権は同盟全土を包括的に保護しなくてはならない。それは良くも悪くも三党連立という状態が導く結果だ。


エプレボリ氏
現在国防委員長の最有力候補とされているトリューニヒト氏は下院安全保障委員会の議事運営理事の経験もあり、政策通としても中央派と地方党人派の橋渡役としても良い人材じゃろう。
じゃがそれとは別に議長を含め、三党連立、および各地域の弁務官への真摯な対応が現在の時勢から建て直すために必要じゃろうて……




サンフォード政権の展望
――中長期的にみて、急進派の伸張は政権運営にどのような影響を与えるでしょう

オリベイラ氏
おっと、これは難しい質問が飛んできたな(笑い声)
実際のところ、帝国の情勢にもよってくるだろう。イゼルローン要塞の無力化が行われれば、経済復興と社会の断裂阻止に視線が向く可能性もある。そこはまた民意に諮ることになるだろう。
 だが現状が続くという過程で考えれば急進派であっても続けざるを得ないだろう。現実として構成邦と同盟政府の権限は複雑に入り組んでいる、同盟政府の権限が強まっているのは事実だが権限の問題は常に稟議と妥協が必要になる。

エプレボリ氏

 急進派の台頭の主要な要因は戦略の主導権を握れていないことじゃ。そうした点ではイゼルローン要塞の無力化が重要であるということは同意するのじゃが、そこからどのように向かうか、民主主義は多数派が正義であるがゆえに、少数派との対話も必要になる。社会的な断裂は大きな方針転換が求められたときに思わぬ形で顕在化するものじゃ。
 ふむ、現状が続くと仮定するのであれば同盟政府自体よりも構成邦政府に目を配るべきじゃろうな。急進派がもしどこかの構成邦政府の与党となればそれを足掛かりに上院への影響力も跳ね上がる、同盟政府への発言権は飛躍的に高まるじゃろう。
 逆に言えばよほどのことがない限り、現政権においてはそこまで影響力はないじゃろうな。


――なるほど。それでは最後に自由惑星同盟社会の状況を分析する上で、どのような点に注目すればよいですか。

エプレボリ氏
オリベイラ殿が先ほど仰っていた通り、サンフォード政権は主として【交戦星域】への帝国軍侵入の阻止とイゼルローン要塞の無力化を軍の統帥者として行うのと同時に同盟全域の戦争継続、および国民生活安定のための対症療法が求められるのじゃ。
あえて安全保障面の指摘をすれば、同盟社会をいま揺り動かしている諸々の力学は、同盟の安全保障政策に対して総じて積極的な方向に作用すると儂は考えておる。
左派の労農連帯党の場合は、もともと軍事予算の削減ではなく。兵士の待遇改善を含めた総括的な軍による地域の安定を重視する傾向があるからの。
一方で現在の反戦派はバーラト首都圏を中心とした運動であり全体とてみると上院を見てもわかる通り”同盟政界”においてはまだ根付いているはいえぬ。
 とはいえ、個人主義的ハイネセン主義は一人一人の経済的自由や市民的自由を重視するの。自由党はもともと個人主義が主流派じゃ。軍事力増強についても、政府権力の拡大につながると反対しておる。
 おそらくその三党間の均衡を如何にとるかをサンフォード議長の手腕が問われることになるじゃろう。
今後は構成邦に対してもさらなる負担分担を求めてくる可能性もあるじゃろうが、それも同盟軍首脳部の方針次第じゃ。
ひとまずは軍の新首脳部と国防委員会の人事を確定させることで、中長期的な内政・社会面の政権の方針が定まることになるじゃろう。



オリベイラ氏
 私は地域間の断裂に焦点を当てて話そう。特に分権派の言説によく表れるような、【バーラト・エリート】によって自分たちの決定が損なわれているという議論が自由惑星同盟構成邦の多くに受け入れられる土壌があるということに注目しなければならない。
 仮にイゼルローン要塞が政権一年目に奪取できても、すぐそれが改善するとは考えにくいのは私も実感している。これは現政権の政策のみならず政権の意思決定過程にも強く影響するのではないだろうか。
 そしてもう一つ指摘したいのは、同盟と構成邦の権限問題だ。自由惑星同盟は長らく各構成邦の財政格差を調整する機関であったが、長年の戦争、特にイゼルローン要塞が完成してから同盟政府が危機管理の面から介入する法制度が進みつつある。
これは思想の面だけでなく、現実の危機管理問題としてそうならざるを得ない。今後は同盟政府側の権限が強くなるということを前提とした上で、『同盟政府が構成邦の安全を保障する』という言葉の解釈、構成邦の自治と主権の根幹に関わる問題が急進派の伸張により新たな政治問題として浮上する可能性は大いにある。
 急進派の主張を同盟世論と主要政党がこれからどう受け止めるのか、これも注目するべきだろう。


――ありがとうございました。

 
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