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柳沢の石

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第一章

               柳沢の石
 宝永年間の話である。東海今で言うと静岡県になる場所に柳沢村という村があった。この村ではその時穏やかな状況だった。
 それで村人の一人五作は女房のお糸に笑顔で言っていた。
「今年も豊作だな」
「そうだね」
 お糸は丸い顔を笑顔にさせて胡瓜に似た顔の亭主に応えた。
「お日様もよく出ていてね」
「水も足りてるしな」
「今年もそうだね」
「だからな」
 それでというのだ。
「今年も年貢を納めてな」
「無事に過ごせるね」
「ああ、じゃあ今日も頑張ろうな」
「そうしていこうね」
 畑仕事に精を出しつつこんなことを話していた、だが。
 そんな中で不意にだった。
「逃げろ!」
「?何だ?」
「逃げろって?」
「水が出るぞ!」
 夫婦だけでなく村全体にだった。
 声が響き渡った、声はさらに言った。
「水が出るぞ、急いで山に逃げろ!」
「あんた、今の言葉」
 お糸は亭主に顔を向けて言った。
「一体」
「いきなり言ってきたな」
「どうするんだい?」
「そう言うならな」
「誰が言ったかわからないけれどね」
「とりあえずな」
 言われた通りにというのだ。
「逃げるか」
「山までだね」
「ああ」
 そうしようというのだ。
「家に置いてある子供達も連れてな」
「そうしてだね」
「持てるものも持ってな」
 そのことも忘れないでというのだ。
「それでな」
「山にだね」
「逃げような」
 こう話してだった。
 五作とお糸は子供達そして持てるものを持って急いで山の方に逃げた、それは他の村人達も同じで。
 皆すぐに山に走っていった、そして山に登ると。
 川の方から凄まじい濁流が来てだった。
 村を瞬く間に飲み込んだ、村人達はその濁流とそれに飲み込まれた村を見て言った。
「あの声がなかったら」
「それを聞かなかったら」
「どうなっていたんだ、おら達は」
「水に飲まれて死んでたぞ」
「村の家みたいになっていたぞ」
「そうなっていたぞ」
「全くだ、皆いるな」
 ここで五作は周りを見て言った。
「牛や犬も連れて」
「ああ、何とかな」
「皆連れて行けたぞ」
「子供だってな」
「皆無事だ」
「家も田畑も水に飲みこまれたけれどな」
 それでもというのだ。
「皆無事だ」
「だから何とかなるぞ」
「人や家畜さえ無事ならな」
「それならな」
「そうだな、あの声に助けられたな」
「けれどお前さん」
 お糸がここで亭主に行ってきた。
「あの声は誰の声だい?」
「ああ、そのことだな」
 五作も女房の言葉に応えた。 
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