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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第58話 エル=ファシル星域会戦 その2

 
前書き
ギリギリ10日に間に合いました。 

 
宇宙歴七八九年 四月二一日 〇五〇〇時 エル=ファシル星域エル=ファシル星系

 爺様のご指名に、俺は一度だけ自分の両手に視線を落とし、その手が震えていないことを確認すると、立ち上がって爺様の傍まで近寄った。

「どのレベルにおける戦況についてご下問でしょうか?」
「うん? うむ、そうじゃな。まずは両軍の戦闘宙域全体を俯瞰して、これからの戦局を推測したまえ」

 爺様は一度だけ視線を俺から離してメインスクリーンを一瞥した後、そう俺に問うた。いきなりの大問題であるが、これについてはそう難しい話ではない。モンシャルマン参謀長に専用の三次元投影機の使用許可を了承してもらい、俺は爺様の質問に答えた。

「開戦よりほぼ一時間が経過しており、現状双方とも正面砲戦に専念しております。味方は横隊からやや鶴翼の陣形。敵は台形錐の陣形を形成しております。双方の戦力は四四〇〇隻対三〇〇〇隻。両軍の砲戦参加面積においてほぼ二対一でありますので、この状態を維持していても味方の優勢は確保されます」

 彼我に戦力差がある以上、帝国軍は攻勢よりも防御を優先する。その為にはより効率的に戦う必要がある。しかし同盟軍が急戦を選択し、また偵察艇が広範囲にわたって撃破されたことから、帝国軍指揮官は同盟軍に予備戦力が豊富に存在する可能性を考慮し、積極的に行動するよりもより堅実に防御することを選択した。エル=ファシル星系には、マル・アデッタにある小惑星帯内回廊のような数的不利を補う地理的条件もなく、増援が来るまでの時間稼ぎの為には重防御の陣形を取らなければならないからだ。

 勿論帝国軍は撤退も視野に入れていたはずだ。だがそれも爺様の急戦選択により後背からの半包囲追撃を被る可能性を考えたのだろう。あるいは同盟軍にある程度の被害を与え、戦力再編の為一時後退するタイミングを見計らって急速後退、そのまま後方へと撤退するという構想があるかもしれない。いずれにしろ同盟軍は数的優位による攻勢の手段として、帝国軍は防御と敵被害拡大を目的として、お互い正面砲戦を選択した。そして数的優位故に同盟軍の方が帝国軍より砲戦参加する艦艇が多くなるのは自明の理だ。

 今まで同盟と帝国の間で繰り広げられた数多の会戦をデータ化し、縦軸に被害状況、横軸を時間軸とすると、ワンサイドなどの特異な場合を除き、おおよそ近似的な曲線が描き出すことができる。開戦当初はまだ双方ともに元気なので被害も急拡大するが、経過とともにその火力は減衰し被害は提言していく。しかしさらに時間が経過し双方の戦力比に差が生じると、不利な側に戦力崩壊が起こり、有利な側による追撃などによる被害拡大などが起こる。それをわざわざ近似関数にしてくれた過去の秀才達のおかげで、現在の状況が継続した場合の戦況推測が可能となっている。勿論帝国側もそういう秀才はいる。

 ゆえに戦線がこの状態を維持した場合、帝国軍が仮に玉砕するまで戦闘を続けたとすると、同盟軍は約二〇時間後に約二〇〇〇隻の残存艦艇を有している、と計算できる。だが帝国軍も当然その程度のことは理解している……はずだ。

「ゆえに敵はそう遠くないうちに、帝国軍は何らかの戦術的な行動変化を起こすものと推測されます」
 俺がそう掻い摘んで説明すると、モンシャルマン参謀長は「ほぅ」と感嘆したような声を上げ、ファイフェルはなにか珍獣でも見るかのような視線を俺に向け、爺様は腕を組んで小さく頷いた。司令部のそんな沈黙は、ものの数秒で爺様によって打ち破られる。
「では、貴官が敵の指揮官であるとして、今後どのような行動をするか?」
「小官でしたら数時間後と言わず即座に『紡錘陣形を形成し敵陣中央突破』を試みます」
「なるほど。それが正解じゃろうな」

 爺様はそう頷くが、俺の答えに納得していないのは明らかだ。学校を卒業したまともな士官ならば誰でも出せる答えであるのに、現実の敵は中央突破を試みることなく漫然とした防御態勢のまま正面砲戦を続けているのは何故か。

「敵が急進的な行動をとらない理由はいくつか考えられます」
「言ってみたまえ」
 正面を見たまま微動だにしない爺様ではなくモンシャルマン参謀長が俺に聞いてきた。俺はそれに対し、一度自分の背中側に座って情報解析を行っているモンティージャ中佐に視線を送った後で説明する。
「一つめは既に大規模な増援部隊が救援に向かっている。二つめはこの星系を死守せよという命令が上層部より出ている。三つめはあまり申し上げたくないですが……帝国側の部隊にその能力が備わっていない為、であります」

 大規模な増援部隊が既に後方の星系を進発しているのであれば、自己の戦力を短時間で喪失するような積極的な行動は控えようとするだろう。今のところ通信封止を解除し各跳躍宙点の監視へと分散した第八七〇九哨戒隊からの緊急連絡はないので、かなり時間に余裕のある話だ。フェザーンからの情報(という名の駐在武官の分析)が正しいのであれば、あと八〇〇隻ないし一〇〇〇隻の戦力が他に存在するかもしれないが、たとえ存在しても戦力としては既に時間的に意味がない。

 帝国側の上層部が死守を命じているのは充分ありうる。せっかく一〇ケ月前に獲得した居住可能な有人惑星だ。しかも最前線である。ここに大規模な根拠地ができれば、『辺境の叛徒共』の領域を制圧するのに極めて有用となることは疑いない。そう考えて資材と設営部隊が届くまで、配置可能な警備艦隊には死守をせよという命令は人道性云々を別にすれば正しい。命令が死守である以上、数的不利な状況で冒険的な攻勢は控えるというのは理解できる。

 第三の理由。これは理屈ではなく推測になるが、同盟軍がこの星系に進入してからの帝国側の軍事行動が、あまりにも『とろくてお粗末』なのだ。偵察している第八七〇九哨戒隊の一隻も発見できない。逆に強行偵察艇を出すタイミングが遅すぎる。三つに分かれていた艦隊を一つにまとめて(そんな情報すら哨戒隊に観測されている)おきながら、少しでも有利になるよう戦場を選択することなく、根拠地から殆ど移動もせずに正面砲戦をダラダラと続けている。はっきり言えば真面目に戦争をやるつもりがないとしか思えない。

 推測であっても確信できる理由は帝国軍の戦列の分析結果を見た時だ。有力な戦艦、すなわち敵の旗艦ないし上級指揮官が座乗しているであろう艦艇の位置をピックアップしていた時、なぜかその周辺に宙雷艇やミサイル艦が雑然と並んでいたことを確認した。まさにキフォイザー星域会戦のリッテンハイム軍そのものの光景。かろうじて前衛と思われる一〇〇〇隻の部隊戦列は戦理に則っており、現在同盟軍と戦っているのも彼らだ。実際に砲火を交えている相手とはいえ、この前衛部隊の指揮官には同情を禁じ得ない。

「では帝国側の事情が貴官の言う通りであるとして、我々がなすべきことはなにかね?」
「攻勢強化であると、考えます」
「具体的には?」
「両翼を伸ばし、敵を半包囲から全包囲へと追い込みます。まともに戦っている前衛部隊はそれを阻止するようアクションを取るでしょう。一つは中央突破。あるいは陣形展開による包囲阻止。いずれを選択しても、我々第四四高速機動集団が形成している三つの円錐陣を急速前進させ、この前衛部隊を『串刺し』にいたします」
「その戦術における利点はなんじゃ?」

 メインスクリーンから視線を逸らさず、モンシャルマン参謀長との会話に爺様は割り込んでくる。その口調は俺に対する質問というよりは、考えていたことに対する傍証の確認といったものだ。

「貴官はこのままでも戦局は有利に運ぶであろうと判断した。それを破棄して積極策を支持する根拠も示した。じゃが利点は示しておらんぞ?」
「敵の事実上の主戦力である前衛部隊を壊滅させることにより、組織戦闘時間の大幅な短縮が見込まれます。味方の被害、惑星攻略戦と補給の時間をより多く獲得できます」
「じゃがその場合、敵の中央・後衛部隊はどうする?」
「どうすると言われましても、両翼包囲下により殲滅は可能かと思われますが……」
「ジュニアの言っている前提条件に間違いはない。即席の攻勢作戦も上出来じゃ。儂の目から見ても敵の前衛と中央・後衛の連携は極めてお粗末。しかし儂のみるところ包囲しようという素振りを見せれば、逆に前衛部隊が遅滞戦術を行い、その隙に中央・後衛部隊が撤退していく可能性が高いの」
「……それは軍事組織の常識ではなく、別の論理が理由でしょうか?」
「そういうことじゃ。長いだけで大したことのない経験からじゃが、こういう職業軍人らしくない部隊というのは後始末が面倒での。おとなしく撤退してくれればいいんじゃが、大抵は組織だって撤退することはないんじゃ」

 職業軍人ではない貴族が指揮する部隊であれば、撤退というより逃散という形になるだろう。それだって両翼の包囲が間に合えば逃がしはしない……はずだが、我々は高速機動集団と独立部隊の即席連合部隊。訓練も砲撃に集中し、部隊移動訓練はそれほど時間を掛けていない。爺様は練度を火力統制で補う思考の持ち主ゆえに、艦隊機動には過剰な期待をしていないのだろう。狂信的艦隊機動戦原理主義過激派である俺としてはそれでいいのかと思うが、参謀の役目は自分のドクトリンを上官に主張することではなくその見識でフォローすることだ。そして味方が付いていけないような作戦を立てるのは恥ずべきことだろう。

 そして帝国軍の中央・後衛部隊が『組織だって』撤退しないというのは、脱落艦が多数出るということ。それは三重の意味で危険をもたらす。一つはゲリラ戦による星系掌握妨害。もう一つは宇宙海賊化による星系治安の悪化。最後に偵察艦化による諜報活動の活発化。そのうち今回はゲリラ戦と諜報活動は気にすることはない。両方とも粘り強い指揮官がいない限りただの標的だ。問題は最後の宇宙海賊化。貴族の坊ちゃんが海賊になるのではない。指揮統制の崩壊による海賊化だ。しかも『制式軍艦』をもって。間違いなく鎮圧には膨大な時間と火力を必要とすることになる。誰だよ。爺様が戦略家ではなく戦術家なんて言ったのは……そういえば俺か。

 ともかくそれを防ぐには敵中央・後衛部隊の組織を崩壊させずに完全包囲に持込み、降伏か殲滅を狙うしかない。となると、ただ両翼を伸ばしても機動力不足と前衛による妨害によって包囲網は未完成に終わりかねない。ではどうやって? ダラダラと戦闘を続けていればこちらの被害も軽視しえないものになるが……

「独立部隊毎の戦闘指揮能力にはある程度期待してもいいのではないでしょうか」
爺様にモンシャルマン参謀長が何気なくそう進言する。爺様もそれに鷹揚に頷くが……これは俺に対する参謀長の誘い水だ。ただの包囲網ではダメ。もっと広範囲に、しかも稼働砲門数が多くなるよう効率的に。
「司令官閣下。漁網を広げるには二隅ではなく四隅で。しかも素早く、ということではいかがでしょうか?」
「しかししっかり包まないと魚は逃げてしまうぞ?」
「網の底を深くすれば、いかがでしょう?」
「うん? ……ふむ、ジュニア。やはり網の底は丸い方がいいかの?」
「本来はそうするべきでしょうが、今は」
「二度手間じゃからの。よかろう。貴官の意見を採用する。折り返しのタイミングは儂が判断しよう。三〇分あれば、計算できるな?」
「ありがとうございます。一五分いただければ」
「よし、ジュニアすぐに取り掛かれ」

 爺様の指示に、俺はすぐ自分の席にかぶりつくと、端末を起動させて艦隊運動シミュレーターに自分の『勘』と『狙い』を打ち込んでいく。前衛部隊だけでなく敵の中央・後衛部隊を前に吸い出す為に必要な後退距離。それに伴い反撃時に突撃しやすくする為、直属の分艦隊に指示すべき効率的な後退ルート。さらに四つの隷下独立部隊の後退と逆進のルート。爺様が決める反撃のタイミングに各独立部隊が動きやすいよう、旗艦エル・トレメンドを中核座標とした軌道をそれぞれに算出。それに合わせて第八七〇九哨戒隊に与える別任務と後方部隊の避難経路と半包囲からの追撃戦の戦闘評価を乗せて、一四分と三五秒。指と視力の限界点で、それを作り上げ、まずはモンシャルマン参謀長、そして爺様に提出する。

「よくやったジュニア。これでよい」
 爺様は出来上がったばかりのシミュレーションを見て即断した。
「すぐに各部隊の指揮官に伝達せよ。前進と後退、それに『折り返し』のタイミングは、旗艦エル・トレメンドよりの信号とする」
「は、了解しました」

 爺様の手からシミュレーションのデータが入ったメモリを受け取ると、ファイフェルが司令部専属のオペレーターへと駆け出していく。モンシャルマン参謀長は現時点の被害状況と戦況の再確認。モンティージャ中佐は敵を困惑させるための偽装『後退』命令の作成と発信。カステル中佐は戦闘後に推測される敵味方の被害状況と捕虜の管理について、俺に向かって小さく眉を潜めた視線を送った後に各部署へと指示を出す。

 一気に動き出した第四四高速機動集団司令部に、俺は大きく溜息をついた後で、司令艦橋の装甲壁に背中を預けた。サブスクリーンの一つが参謀長の指示によって擬似的な戦況投影シミュレーションとなり、前世でよく見た赤と青の立方体による俯瞰図に代わる。爺様の司令が各部隊に伝わったのか、赤い鶴翼はゆっくりとバラけるように後退し、青い台形錐はそれに合わせて前進を開始する。

 そして爺様は俺のシミュレーションよりも巧妙に前進と後退を指示する。敵が罠かなと考え前進速度を落とせば、幾つかの小戦隊に銘じてその鼻先へ砲火を集中させて挑発しつつ前進し、敵がそれを潰そうと前進してくれば、第四四高速機動集団全体を後退させる。絶妙な往復指示を繰り返していくうちに、第四四高速機動集団と他の四つの独立部隊の距離はじわじわと離れていく。それに合わせて帝国軍の艦列は台形錐から複数の突出をもつ奇妙な長方体へと変化した。それは頭が大きく尾っぽが小さい、オタマジャクシというよりはオオサンショウウオのような形になり……〇七〇六時、爺様は全部隊に総反撃の指示を下した。

 その動きは擬似的なシミュレーションではまさに予想したものそのものであったが、実際にメインスクリーンに映し出されたビームの閃光と帝国艦隊に沸き起こる白色の恒星の数は圧倒的だった。四つの独立部隊は後退を止め、帝国艦隊の側面を削り取るように砲撃しながら高速で前進。第四四高速機動集団は三本の錐となって砲火を真正面に向けつつ傲然と前進。その輝きはいつか前世の自然科学番組で見たシンカイウリクラゲのように見える。

「すごい」
 俺が背中を預けている壁の右斜め後ろ、エレベータの出入口付近から小さな感嘆の声が聞こえた。振り向くとそこにはブライトウェル嬢が、お盆の上に六個の紙コップを乗せたまま立っている。俺の視線に気が付いたのか、盆の耳を両手にしたまま、若干引き攣った笑顔で応えた。
「これが少佐の立てた作戦の結果なんですね」
「違う」
「え、ですが……」
「司令官の戦闘指揮が作り上げたんだ。作戦以上の戦果を。つくづく思い知らされた」

 爺様が俺の作戦に付け加えたのは前進と後退の指示だけではない。こちらの意図を敵に悟られさせず、さらに敵を喜ばせるように引きずり込み、一網打尽にしてしまう。調理方法通り料理ができるなら、料理店に人間のコックはいらない。料理を料理足らしめているのは、人間の腕なのだ。実質初陣の俺には、これから積み重ねていかねばならないものだ。

「俺もまだまだ勉強が必要だなぁ」
 俺がそう言ってお盆の上から紙コップの一つを取ると、一気にその中身を呷った。だがそこに入っていたのはアツアツのコーヒーであって……
「少佐!」
 思いっきりむせた俺は、ブライトウェル嬢に背中を叩かれ……司令部全員から呆れ半分面白半分の視線の集中砲火を浴びるのだった。

 
 

 
後書き
2021.01.10 更新 
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