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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第56話 冥界訓練便り、そして

 
前書き
正月攻勢その2です。
 

 
 宇宙歴七八九年 三月二四日 シュパーラ星域エレシュキガル星系訓練宙域
 
 充分に血圧が十分に上がったエル=ファシル星系攻略部隊は再度隊列を整え、シュパーラ星域に進入。主星系エレシュキガルに到着し、岩石型で不毛の砂漠が広がる第三惑星フブルの軌道上にある演習宙域へと到着した。

 辺境も辺境。水が地殻下にしか存在しない砂漠の惑星ではあるが、一応人間が耐えうる重力があるという点で軍の通信管制・辺境警備拠点として最低限の機能は有している。演習宙域は広さと安定性だけで言えばキベロン訓練宙域にすら勝る。第三惑星と第四惑星の惑星軌道間に膨大な小惑星帯があるので、標的は幾らでも存在する。利便性や補給に極めて大きな難点があるが、ある意味では全く逆に利点となる『缶詰』演習宙域だ。

 先遣で派遣されていた工作艦と演習宙域管理部が半月かけて必死に集めてくれた標的(小惑星)の数を見て、俺は管理部の担当者に殆ど土下座するくらいの勢いで感謝した。工作艦が牽引できる小惑星の数は大きさにもよるが、少なくとも一〇〇〇〇個近い数を揃えるには、寝る暇などなかったことだろう。ちなみにその管理部担当者の名前はセルジョ=マスカーニ中佐と言ったが、こちらも顎鬚が生えていなかった。

 作戦開始日も差し迫っているので、荷解きもそこそこに部隊は訓練を開始した。小戦隊規模での移動と停止、砲撃と防御、戦列の形成と解体、集合と離散。流石に辺境の警備艦隊とは練度が違うところを見せてくれる。初日はまず八時間。すぐに訓練評価が行われたが、満点を出した分隊は残念ながら一つもなかった。二日目も満点が出ず、同じく三日目も同じ訓練を実施すると指示を出すと、さすがに抗議の連絡が飛んできた。訓練を評価する査閲部はあくまでも評価を各指揮官達に説明するだけで、その訓練内容やスケジュールを管理することはない。勿論、適切な助言をすることは当然あるが、評点平均が満点の八五パーセントを超えていれば基本的に厳しいことを言うことはない。故にその抗議は査閲部経由で、演習計画者である俺のところに回ってくる。

「こんな基礎訓練にいったいどれだけの時間を掛けるというんだ! 作戦開始時期が迫っているというのに、意味のないことに時間を費やすべきではない」
 ある独立戦隊に所属する巡航艦戦隊指揮官(大佐)が、第四四高速機動集団司令部で俺の胸倉に掴みかからんばかりに怒鳴り込んできた。
「期日は差し迫っている! 我々は戦う為に訓練しているのであって、貴官のお遊びに付き合っている暇などないのだ」
「で、満点は取られたんですか?」
 顔と階級から彼の率いる巡航艦戦隊の成績が、評点比数で下から数えて三番目ぐらい。だいたい七八パーセント位であることを思い出してから俺は応えた。
「少なくとも満点が出るまでは次のステップに進むことはできません」
「そんなことをしていたらいつまで経っても訓練は進まない」
「意味があるから訓練は実施するのです。意味のない訓練など行いません。基礎が確実にできない部隊がいくら高度な戦術訓練したところで、烏合の衆は烏合の衆です」
「貴様ぁ!」
「やめんか!!」

 大佐の左手が俺の胸倉を包み、右拳が肩より高くなった瞬間、司令部に叱責が飛ぶ。当然、その声の主は爺様だった。

「ボロディン少佐、貴官の言いようは歴戦の指揮官である上官に対して節度ある物言いではない。すぐに大佐に謝罪せよ」
 爺様の激怒(のように見える)に、大佐は俺の胸から手を離したので、俺は厭味ったらしくジャケットを整えると大佐に対して深く腰を折って頭を下げる。それを見たのか、爺様は腰に手を廻して大佐に言う。
「大佐。この生意気な孺子は口が悪くての。頭は悪くないがつい滑ったことを言う。どうか許してやってくれ」
「は、はぁ」
「歴戦の貴官に言うのは釈迦に説法だとは思うが、基礎訓練とは文字通り他の訓練の礎となるものなんじゃ。そこのところを貴官から貴官の部下達によくよく説いてやってほしい」

 歴戦と言えばこの艦隊の中で爺様に勝る戦歴を持つ軍人はいない。その爺様に『歴戦の』と言われては引き下がらないわけにもいかない。大佐は俺をひと睨みしただけで、爺様に敬礼すると司令部を出ていく。大佐の姿が扉の向こうに消えてから三〇秒後。爺様は音を立てて司令官用のシートに腰を下ろした。

「で、ジュニア。この三文芝居にはもういい加減飽きたんじゃが、いつまで続くんじゃ?」

 通算一〇回目となる討ち入りに心底から呆れていると言わんばかりの爺様は俺に舌を出しながら問うた。三回目迄、演技とわかっててもハラハラしていたファイフェルは、今では出ていくと同時に宇宙艦隊司令部からのデータを取り纏め始めているし、四回目で耳が慣れたブライトウェル嬢は爺様の為にハーブティーを淹れて給湯室で待機していた。

「小戦隊移動砲撃訓練で、満点の部隊が出るまでです」
「あの大佐の言ではないが、本当にこの訓練だけで予定の一〇日を使い切ることにならんかね?」
「最悪そうなることも想定しておりますが、正直なところこのレベルで今日まで満点を出す部隊が一つも出ないとは思ってもいませんでした」
「動かない的に向かって、一定運動しながら砲撃しているのに、どうして外れるのか、か」

 例えば小戦隊戦列基礎訓練などは、搭載している人工知能に操艦の全てを任せてしまえば、人間に分かるような誤差など生じさせることなく満点を叩き出すことができる。勿論人工知能に操艦を任せるなどという非人道的な上級指揮官などいないので、あくまでもマニュアル、あくまでも人の手による操艦が行われるし、誤差は出てくる。満点が出ることは時差なしのテレパシーが使える人間が、複数で操艦しない限りまずありえない。

 一方で小戦隊集合砲撃訓練はそうはいかない。人工知能に火力管制を任せればそれこそ一瞬で『人工知能が発狂して』砲撃できなくなるか、味方撃ちをしてしまう。近接防御のような明確な範囲を決めて対応するという限定即応を求められる分野は人工知能の得意分野だが、それ以外の分野では圧倒的にマニュアルの方が運用に易い。その中でも爺様などは『砲撃の神様』とも言える腕の持ち主だった。

 そんなマニュアルな世界である砲撃にあって、一番の基礎訓練は艦を静止させての対静止目標砲撃。その次が一定運動下における対静止目標砲撃になる。相手は動かないがこちらは動く。ただし一定の決められたルールに従った等速運動だ。各砲座の管制装置を艦の運動制御に連動させ、後は動かない目標に照準を合わせて引き金を引くだけ。複雑な機動を含む砲撃回避運動もなければ、別部隊が射線に入ってくることもない。電磁波やエネルギー潮流も重力特異点もない安定した訓練宙域にもかかわらず……何故か外れる。

「原因はあるじゃろう。人間よりも機械の故障じゃな。連動照準装置のズレが一番考えやすい。後は砲身にあるビーム収束装置の芯ズレというのも多い」

 他にも原因があるだろうが、潰すべき箇所は潰すべきだろう。そこにこそこの訓練の意味がある。より高度により複雑な動きが出来たとしても、自分の持つ武器が信用に足るモノでなければ何の意味もない。そこに気が付いている指揮官達はここに怒鳴り込む時間を惜しみ、指揮下の、特に標的を外した艦の砲撃設備の再チェックや艦長・副長レベルでの自主検討会を開いて翌日の訓練に備えている。堪らないのは査閲部のメンバーだろう。怒りの矛先は回避できても仕事量は増えるばかりなのだから。

 だから五日目の訓練終了時刻間際。速報値であっても集合砲撃訓練で満点が出たという話が全部隊に流れた時、ほとんどの将兵が安堵した。これで次に進めるだろう。その英雄的な結果を出してくれた部隊はどの部隊だと調べ、結果を見て多くの将兵はなんとも言えない悔しさをにじませた。

 その部隊の名は第四四高速機動集団所属の第八七〇九哨戒隊というのだった。





 六日目の朝。第八七〇九哨戒隊が満点を出したという結果が査閲部から正式に全部隊に送られると、各部隊の訓練に対する意気込みが明らかに変わった。確かに同哨戒隊の規模は小戦隊というより、その下の組織単位である隊に過ぎない。だが司令部直属麾下の独立した戦隊として運用されており、艦の種類も戦艦から駆逐艦までと幅が広い。有効射程も異なるが、訓練評価の場合は艦種に関係なく統一されている以上、不公平と声を挙げるわけにはいかない。

 まして第八七〇九哨戒隊はエル=ファシルから民間人を捨てて逃げだした奴らで、その恥知らずの生き残りを一つの部隊に纏めただけに過ぎない。辺境警備を主任務として訓練の充足もままならなかった奴らが見事な成績を上げているのに、ひるがえって自分達はいったい何をしているのか、と。
 故に次に司令部から提示された小戦隊集中砲撃訓練、そして小戦隊移動集中砲撃訓練の内容に文句を言ってくる指揮官達はもう一人もいなくなった。どうやったら上手くいくか、本来それだけでは困るのだが内容の意義よりも結果の良化を求め、自分達で考え解決方法を探ろうとしてくれる。

 だがそのせいで今度負荷がかかったのは訓練宙域管理部だった。小戦隊といえば哨戒隊や特別編成の隊を除いて一〇〇隻以上の艦艇が所属する。その主砲が全力で一点の目標に火力を集中する。結果は言うまでもない。直径五キロの小惑星はみるみるうちに削られて、消しゴムのように最後はボロボロになってしまう。その度に別の標的を引っ張って来なければならず、「少しは加減してください」という言外の抗議を俺はマスカーニ中佐から受ける羽目になった。
 そんな感じで要領を得たのか八日目の昼過ぎ。第三四九独立機動部隊麾下の第四三八七巡航艦戦隊が、移動集中砲撃訓練で満点を叩き出した。全小戦隊の評価比数も九〇パーセントを超えている。

 そしてその夜。査閲部が必死に評価作業を行って、訓練宙域管理部が次の訓練目標である可動目標砲撃訓練の準備をしている最中。統合作戦本部より爺様当てに超光速通信が入った。司令部の誰もが起きていたので大して問題はなかったが、伝えられた内容にカステル中佐が思わず下劣極まりない雑言を吐いて、ブライトウェル嬢に白い目で見られていた。

「作戦期日の延期命令。五日遅れて四月二〇日状況開始か」

 イゼルローン攻略戦の準備が遅れに遅れていることを考えれば、予想できなかった話ではない。戦略的にエル=ファシル星系攻略とイゼルローン攻略戦の比重は前者より後者の方が大きいし、動員される兵力も物資の量も桁違いだ。それでもたった五日の遅れというのであれば、作戦より実行段階での問題発生ということだろう。
 こちらとしてはイゼルローン攻略部隊の位置だけ理解してれば問題はない。訓練と休養に数日を確保できることを考えれば歓迎すべき話だ。もちろん、カステル中佐の血圧には気を付ける必要があるだろう。結局訓練の予定と補給物資の再配布を含めた計画の組みなおしを司令部は徹夜で行うことになった。

 それから九日目から予備日を含めた一一日目まで、みっちりと砲撃訓練を行った部隊は、四月三日をして正式に『エル=ファシル星系攻略部隊』としての認証を宇宙艦隊司令部より交付され、訓練宙域からジャムシード星域カッファ星系へと移動を開始する。そこにはキャゼルヌが手配してくれた補給艦と物資、工作艦が待ち構えていた。

「いったいどこからアイツはあれだけの船と物資を用意できるんだ……」

 変更につぐ変更で神経をすり減らしたカステル中佐の視線の先は、当然旗艦エル・トレメンドの戦闘艦橋真正面にあるメインスクリーンに映った、二〇〇〇隻近い補給艦と工作艦の群れだった。
 
 カステル中佐の権限で動かせられる部隊の殆どがイゼルローン攻略部隊に取られていることを考えれば、その権限を超越したところから持ってきたとしか思えない。俺も『魔法の壷』の中身を知りたいと思い、艦橋オペレーターの一人に敵味方識別信号で確認してもらうと、果たしてそれは第八艦隊の後方部隊であった。統合作戦本部査閲部の演習予定を検索すれば、果たして第八艦隊はリューカス星域ヴィットリア訓練宙域にて統合機動訓練が計画しており、先乗りしていた後方部隊が、再度の補給物資補充と要員休養の為「一時的に」ジャムシード星域まで戻って来ていたらしい。俺の報告にカステル中佐は小さく舌打ちした。

「先乗り休養の為に後方支援部隊を片道七日かかる星域まで後退させるなんて、冗談にしてはいささかきつい話だが、それに我々が助けられたのも事実だ。ありがたく受けておこう」

 正規艦隊の統合機動訓練となればエネルギーの消費こそ激しいが、レーザー水爆や機雷と言った実弾の消耗はそれほどでもない。食糧や生活物資は長期にわたるものでなければ、戦闘艦艇の貯蔵庫で賄える。まして正規艦隊の後方部隊だ。半個艦隊程度のエル=ファシル攻略部隊の要求を満たすには十分な能力があるし、法的にも横流しではない。『融通』というレベルだろう。故にキャゼルヌはカステル中佐に『会計処理』と言ったわけだ。ただ相手は第八艦隊。司令官は当然あの黒い腹黒親父。後で何かしら礼をしなければ、後でどんな仕打ちが待っているかわかったものではない。

 第八艦隊と自前の工作艦部隊の奮闘で、訓練と移動時に受けた部隊の損傷個所の修理が終わったのは、四月一〇日。後方部隊以外はまるまる四八時間の休養を得て、士気を回復したエル=ファシル攻略部隊はジャムシード星域を離れる。ここから一気にシヴァ星域を経由してエルゴン星域に進撃。エルゴン星域ウォフマナフ星系の前進補給基地にて最終の航行燃料補給を受ける。

 そして機関部に異常をきたした巡航艦一隻とその護衛に残った駆逐艦一隻をエルゴン星域に残し、第四四高速機動集団と攻略部隊は帝国軍との交戦宙域となったエル=ファシル星域へと侵入を果たした。

 宇宙歴七八九年 四月二〇日〇八〇〇時 戦艦エル・トレメンド座乗のアレクサンデル=ビュコック少将より、エル=ファシル攻略作戦の状況開始命令が隷下全部隊に発令された。
 
 

 
後書き
2021.01.04 更新 
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