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ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~

作者:平 八郎
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第54話 友人

 
前書き
正月休みぐらいしか、書く時間はないので必死に進めます。
仕事が始まったら、寝る作業しかできそうにないので。
 

 
 宇宙歴七八九年 二月二五日 ハイネセン ホテル・オークフォレスト


 上司に内容を知られている有給休暇というのは、転生前も転生後も全く嬉しくないものだが、とにかく仕事を休めるというのはいいと思うくらいには疲れているのも前世と変わらない。

 キャゼルヌの、恐らくは第四次イゼルローン攻略戦に向かう多くの、それに比べてエル・ファシル攻略戦に向かうほんの僅かな親しい知人達に休暇を与えるという配慮に、本当は喜んで応えなければならないのだが、ボロディン家に届いた一枚の招待状によってそれは赦されなかった。

「じゃあ、今日はイロナをよろしくお願いね。ヴィク」

 そう言うレーナ叔母さんの横には、一二歳になったイロナが濃紺のワンピースに白いブラウスといういでたちで立っていた。ボロディン家の遺伝体質なのか、背丈は間違いなく一六〇センチを超えている。ただ『随所に』メリハリの付いているアントニナとは違って、清楚なワンピースが実によく似合うスタイルなのだが……

「ヴィク兄さん。これ、アントニナ姉さんとラリサからです」

 無人タクシーの助手席に座ったイロナが、手持ちのハンドバッグから折りたたまれた一枚の紙を差し出した。掌サイズの小さな紙にはびっしりと要求品目が書き込まれている。一読しただけで俺の一ケ月分の給与が飛びそうになったので、はぁ~と溜息をつくと、イロナが左手の人差し指を口に当ててクスリと笑った。

「姉さん、相当いじけてますよ。ただでさえ受験勉強でストレスが溜まっているのに、私一人だけ結婚式に招待されるって話聞いちゃって」
「受験勉強か。やっぱりアントニナは士官学校を受けるつもりなのか?」
「落ちたら軍志望はきっぱり止めるって、お父さんとお母さんに宣言しましたから」
「それでレーナ叔母さんは納得したのかな」
「しぶしぶ、といった感じでした。姉さんの学力なら受かったも同然ですし」
「だろうな」
 当然同級であるフレデリカも士官学校を受験する。それはヤンに再び出会い、ヤンの役に立ちたいという希望からだった。ではアントニナは何の為にか。思い上がるなら俺の為ということになるが、どうもそれだけではないように思える。
「アントニナがどの学科を受験するか聞いているか?」
「情報分析科と法務研究科と空戦技術科の併願だそうです」
「空戦技術科は止しておいた方がいいと思うがなぁ」
「お父さんも同じことを言ってました。やっぱり『危ない』んですね?」
「まぁ……そうだな」

 何年も苦労してスパルタニアン搭乗員資格を取得できたとしても、母艦が吹き飛べば出撃すらできずに戦死してしまう。偵察型を除けば航続力が短いから母艦に帰れず彷徨う亡霊となることもしばしば。消耗の激しいゆえに搭乗員の平均寿命が艦隊乗組員のそれより大幅に短いのも事実で、グレゴリー叔父はそれを心配しているのだろうが……実のところ三歳年上に九無主義の色男がいるというのが、俺の不安要素だ。まぁ、あの男が相手にするのは大人の女であって女の子ではないんだろうが。

 そんなことを思いつつある意味三姉妹で一番大人なイロナと三年分積もった家族の会話をしているうちに、無人タクシーはホテルの近くに停車する。そこには当然のように、俺の高級副官が待っていた。

「おう、ヴィク。遅かっ……妹さんまでご一緒とは聞いてないぞ」
「言ってないからな」
 澄まして応えると、ウィッティは俺の肩に右腕を廻し、イロナに背を向けて呟くように言った。
「あのなぁ。こういう大切なことはだ、事前に親友には話しておくべきだろうが」
「イロナはウィッティの好みか?」
「実に好みだが、そういうことじゃない。普通、年頃の親友の妹さんが来るとなれば、プレゼントの一つや二つは用意しておかなきゃいけないんだ。そういう事前の配慮ができないからお前、女の子にモテないんだぞ?」
「……それとこれとは関係ないだろう」
「関係あるんだよ」
「じゃあ、後で買い物に付き合え。アントニナとラリサの分は俺とお前で折半だ」
「まったく、頼りにならないアル中のお義兄様だn……」

 言い終える前に俺はウィッティの脇腹に右拳を強く叩き込むと、そのまま肩を引き摺りながら会場へと引っ立てる。そのまま恐らくはオルタンスさんの友人であろう受付の若い女性に招待状を見せると、俺とウィッティとを品定めするような視線で見つめ……後ろに控えて咳払いをしたイロナの姿を見て一気に無表情になった。

 ホテルの中庭を貸し切った会場内に入ると、やはりというか白い軍の礼服が多かった。その殆どはキャゼルヌの同期かその前後の年齢が中心だが、その中にも複数の高官が含まれており、オルタンスさんが高官の令嬢ではないことを残念がっている……まさに原作文章通りの光景だった。
 その中でなるべく目立たないようにこっそりと端の方に立っている、黒い髪と黒い目、中肉中背の若い少佐の姿を、俺とウィッティとイロナは見つける。近寄ってくる俺らをまさに哨戒レーダーのごとく感知した若い少佐は、横に控えるこれまたよく見覚えのある鉄灰色の髪をした士官候補生と並んで俺に敬礼した。

「同じ少佐とはいえ、昇進したのはそっちが先なんだから、先に手を下ろせよヤン」
「そんなおっかないこと出来るわけないじゃないですか、ボロディン先輩」
「俺はまだ大尉なんだ。悪いな、ウェンリー」
「ウィッティ先輩も冗談が過ぎますよ。勘弁してください」

 お互い苦笑しながらほぼ同時に手を下ろすと、ヤンが簡単にアッテンボローをウィッティに紹介し、お互い握手する。そして俺の背中に隠れようとしていたイロナを、俺はヤンとアッテンボローの前に引っ張り出した。
「え、まさかこの黒髪の美人さんがあの時の肩車したイロナちゃん? マジで?」
 イロナを指差しながら近づくアッテンボローに、俺はすかさず右腕でイロナを手前に引き寄せると、返す左腕を伸ばし人差し指で強くアッテンボローの額をはじく。「アイタァァ」と悲鳴を上げて額に手を当て、芝生に蹲るアッテンボローを横目に、ヤンは呆れ顔で肩を竦めるとイロナに右手を伸ばした。

「三年ぶりですね、お久しぶりです。ミス=ボロディン」
「お久しぶりです。ヤン少佐。エル=ファシルでのご活躍、びっくりしました」
「別に大したことをしたわけじゃないんですけどねぇ」
「エル=ファシルに行ったフレデリカ先輩の命を助けてくれたんです。本当にありがとうございました」
 握手の後、腰を九〇度に曲げ深く頭を下げるイロナに代わって、フレデリカとイロナの関係を俺が簡単に説明すると、ヤンの顔から困惑と迷惑の成分が少しずつ抜けていくのが分かった。

「英雄と言われるのは性に合わないか」
 アッテンボローの歯が浮くような賛辞と、それを牽制するかのようなウィッティのイロナに対するフォローを眺めつつ、俺はぼんやりとした表情で横に立つヤンに囁くように言った。掻い摘んで聞くにエル=ファシルから戻り、ブルース=アッシュビーの謀殺説を調査し、惑星エコニアの捕虜収容所の参事官をたった二週間務めていた。その間にアルフレット=ローザスとクリストフ=フォン=ケーフェンヒラーを見送って、現在は第八艦隊司令部作戦課に勤務している。
 原作通りの人生を送っているヤンに改めて聞くまでもないとは思うが、俺は敢えて口にした。そしてその返答もまた予想通りだった。
「英雄なんてものは酒場にはいっぱいいて歯医者の治療台にはいない程度のものでしょう?」
「俺もそう思う。だが他人がどう言おうと、お前はよくやった」
「運が良かっただけです」
「そうだな。そうかもしれない。だが運を掴みきるために最大限努力はしただろう? エル=ファシルで」
「そうですね……そういう意味でボロディン先輩には感謝してます」
「なんでまた」
「『好き嫌いで逃げることなく、なるべく手を抜かずに努力せよ』 おかげさまで一生分の勤勉さをあの地で使い果たしましたよ」

 別に俺がそんなことを言わなくても、きっとお前は充分職務を果たしただろうと言おうとしたが、肩を竦めるヤンを見て俺は口を閉ざした。そのタイミングを見計らっていたのか、結婚式の主役の一人が俺とヤンのところにやってくる。最初にケーフェンヒラーが残した資料がB級重要事項に指定されたこと、ヤンの名前で出せば公表できることを話した。その内容について知っていても知らないふりをするのは苦労したが、すぐにキャゼルヌはヤンから俺に視線を移して言った。

「年齢から言えば次はお前さんの番だと思うが、その前に蹴躓くなよ。お前さんは奇妙なところで不器用だからな。俺にできることがあれば遠慮なく言ってくれ。ちゃんとカステルには秘密にしておく」
「ありがとうございます」
「あんな可愛い妹さんを泣かせるのは忍びないからな。まったく従兄に似ずいい子じゃないか。娘を持つならああいう子がいいな」
「そう仰っていただけると、義兄冥利に尽きるというものです」
「お前が育てたわけじゃなかろう。なにを偉そうに」

 そう言ってパシンと俺の頭を叩くと、キャゼルヌはイロナやウィッティ・アッテンボローと話しているオルタンスさんたちの方へと去っていった。横で聞いていたヤンは、話の内容から俺が何処かに出征することに感づいたようだったが、形にして口に出すことはなかった。ただ一言。敬礼ではなく、俺に手を差し伸べて言った。

「『永遠ならざる平和』の為に」

 俺はヤンの手を無言で握りしめるのだった。





 結婚式翌日も普段通り仕事は始まり、二回の徹夜と、何度かの激論の末、二月二九日。何とか参謀長の合格点を貰ったエル=ファシル星系奪還作戦の骨子と戦略評価を爺様に提出した。司令官公室で印刷されたそれを、一枚一枚慎重に読み進める爺様を前に、モンシャルマン参謀長もファイフェルも、勿論俺も直立不動の姿勢。二時間かけて読み終えた爺様は、大きく溜息をついた。

「まぁ、良かろう。少なくともジュニアの記している通り、負けがたい作戦ではある」
「ありがとうございます」
「ただ儂はともかく、この作戦案も戦略評価も慎重に過ぎると宇宙艦隊司令部だけでなく、協力する独立艦隊の指揮官あたりが文句をつけてくるのは間違いあるまい。そのあたりの『配慮』は考えておけよ?」
「承知しました」
「それと貴官が提出した第四四機動集団の訓練計画についてじゃが、統合作戦本部査閲部に一応承認された。返答が遅れたのはどうやら査閲部の方で訓練宙域の確保が遅れたからのようでな」
 爺様はそう言うと机の上に置いてある通告書を座ったままファイフェルに手渡し、ファイフェルが俺に手渡した。ピラ一枚の通告書だが、統合作戦本部査閲部長ヴィンセント中将のサインがしっかり入っている。
 四年と半年前。俺がお世話になった頃の査閲部の部長はクレブス中将、統計課長はハンシェル准将だった。二人ともいい歳した叩き上げの古強者だったから、もう定年で退任されたのかもしれない。一瞬だけ思い出に意識を飛ばしたが、通知書に書かれている文面を読み進めうちに首を傾げざるを得なかった。
「シュパーラ星域管区エレシュキガル演習宙域?」
 俺の思わず出た言葉に合わせるかのように、爺様が獅子の喉鳴りのような咳払いをした。明らかな不満と怒りの前兆だが、もし俺が爺様の立場だったとしてもきっと同じような反応をすることだろう。

 かつて訓練査閲したロフォーテン星域管区キベロン訓練宙域とは比べ物にならないほどハイネセンから遠い。補給・休養施設は訓練宙域というのだから恐らくあるのだろうが、ハイネセンとフェザーンを結ぶ中央航路との接続星域がランテマリオ星域で、さらに間にはマル・アデッタ星域を挟んでいる。記憶が確かなら航路距離でハイネセンから一七〇〇光年は離れているはずだ。訓練宙域に到着するのに一六日だから往復で三二日。エル・ファシル星系までは一五日の行程で状況開始が四月一五日であるとするならば、仮に今すぐ進発したとしても現地で訓練する時間はない。この程度のことを査閲部の訓練調整担当部署が知らないわけがないから、この通知書が言外に言っていることはただ一つだ。

「『いってこい』ですか」
「提出された訓練時間が長すぎるというのが、奴らの言い分じゃ。その代わり査閲担当官はジャムシードで分離、訓練の総合評価は現地簡易評価で代用すると言っておる」
「第四次イゼルローン攻略作戦の準備はそれほどまでに困難をきたしているのですか?」
「大男総身に知恵が何とやらだ」

 複数の艦隊を動員するであろうイゼルローン攻略戦の事前準備に遅れが生じる可能性は高い。その為、大規模訓練を行うことが可能なキベロン訓練宙域が抑えられた。他の制式艦隊にも定期訓練がある以上、カッシナ、マスジット、パラス、ヴィットリアといった利便性のある程度きいた訓練宙域も予定が埋まっているのかもしれない。だからと言って訓練と実戦が一連の流れになるというのは、戦況によほど余裕がない場合に限られる。そう第七次イゼルローン攻略戦のような。

「野良訓練は……補給の手配が付かないのでしょうな」

 参謀長の言う通り、指定宙域外での訓練には、訓練中事故の補償や補給・修理品の補充などの保証が付かない。まして民間航路近くで実弾演習などやって民間船舶を撃沈しようものなら、物理的に胸に穴が空く。マーロヴィアで特務戦隊を訓練できたのも、民間船どころか海賊船すら近寄らないド辺境で、しかもたった五隻だったからだ。第四四機動集団だけで二四五四隻、他の独立艦隊を含めると五〇〇〇隻近いの軍艦が砲撃演習を行ったら、機密云々どころではない。

「大至急カステル中佐に計画修正をお願いしませんと。ジャムシード星域内のいずれかの星域に補給艦と工作艦を手配して『野戦築城』する必要があります」
「私は他の独立艦隊に状況を説明し、第四四機動集団ともども順次進発するよう各所と調整しよう」
「泥縄じゃが、まぁこういうことは長い経験上珍しくもなかった。どこの誰でも不満があるようなら儂に直接言うよう、対応してくれ」

 爺様の指示に、俺は敬礼してすぐさま司令官公室を飛び出すと、モンティージャ中佐とカステル中佐を司令部に呼び戻し、状況を伝えた。短距離選手のように滑り込んできたモンティージャ中佐は話を聞いて丸い目を糸のように細くしたし、カステル中佐はせっかくセットした髪を右手で搔き毟った挙句、間違いなく聞こえる範囲にいるブライトウェル嬢も真っ青になるような下品な呪詛を吐いた。それでも彼らは呆然とすることなく口と手を動かしはじめる。取りあえず仕事である作戦立案が一段落した俺は、訓練計画の見直しとともに一番忙しくなったカステル中佐の手伝いもする。キャゼルヌが『手際がいい』と評した通り、間違いなくこの日の司令部の主役はカステル中佐だった。
 移動する手間を惜しみ、爺様の名前で独立艦隊の補給参謀達を各個に呼び出して状況を伝え、監禁するかのように第四四高速機動集団司令部に押し留めると、そこから各部隊へ連絡させつつ自分の仕事を手伝うチームを作り上げる。訓練宙域への補給物資の事前輸送や航路確認を関連各所と調整する。部隊所属の補給艦を最優先で進発させる手続きなど、流れるように仕事を進めていくが、二〇時を少し回った段階でカステル中佐の手が端末の前で文字通り止まった。

「ダメだ。ジャムシード星域での野戦築城用に手配できる補給艦と工作艦が一隻もない。俺の権限で依頼できる範囲は全部差し押さえられてる」
「他の星域の余剰艦を廻すことはできないんですか?」
「どこかのアホが再編成で手近の奴は掻き集めたらしい。これはイゼルローンの手前の何処かに大規模な前線基地を作るつもりだな」
 補給参謀達がカステル中佐を囲んでああでもないこうでもないと討議しているが、一向に結論が出ない。
「……補給艦と工作艦が不足しているんですか?」
「ボロディン少佐。これは補給参謀の仕事だ。口をはさむな」
 気の荒い独立艦隊の補給参謀の一人が俺を睨みつけたが、カステル中佐は意に介することなく俺に言った。
「最終補給用の給糧艦と貨物弾薬補給艦、それに艦艇の各ユニット交換可能な工作母艦。キベロンやハイネセンに戻れれば補給廠もドックもあるから本来不要なものなんだが……」
「必要隻数はどのくらいなんです?」
「戦闘艦艇五〇〇〇隻の半員数補給と軽度補修分だ。訓練で艦艇のどこにも傷が付かず故障もないっていうなら工作母艦は必要ないが、初めて集団行動する寄せ集めの機動集団なんだ。絶対故障は発生する。部隊随伴の工作艦だけでは処理しきれないし、シュパーラ星域管区の数少ないドックを使うわけにもいかない」
「そうですか……」
 だいたい主攻がイゼルローンならこっちの作戦日程を後ろに一週間ずらせれば何とかなるのにな、と他の補給参謀が呟くのをしり目に、俺は喧々諤々している司令部事務室から離れ、主が帰った従卒控室に入る。私物が一切ない原状そのままの控室の扉を閉めて、俺は携帯端末を引き出しドラ●もんを呼び出した。

「新婚家庭の夜に電話してきたんだ。それなりの覚悟はしているんだろうな?」

 携帯端末の画面に映るキャゼルヌは口ほどにも怒っていないように見えた。何しろ一コールで出てきてしかも制服なのだから、いくら背景がリビングでも帰宅したばかりというところだろう。後ろでオルタンスさんが調理している音も聞こえる。

「で、早速お願い事だな? 何だ、言ってみろ」
「戦闘艦艇五〇〇〇隻の半員数分補給と軽度補修可能な工作母艦を、四月一日までにジャムシード星域に調達していただきたいのですが?」
「そんな細かいご注文書を作ったのはカステルだな。奴の手に届く範囲は『あっち』に差し押さえられて首が回らない。そんなところだろう」
「おっしゃる通りです。後方勤務部やカステル中佐の前任の戦略輸送艦隊に頼むわけにもいかないので」
「お安い御用だ、とは言わないが、まぁそんなに難しい話じゃないな。送ってくれた業務用冷蔵庫分でチャラにしてやる。いつまでだ?」
「即答です」
「……訓練宙域がとんでもないところになったんだな。本来なら査閲部の責任だぞ、それは」
「査閲部も頑張って調整しているみたいですが『あっち』優先みたいです」
「よし、このまま奴と直接話をさせてくれ」
 キャゼルヌはそう言うと画面の中で緩めたスカーフを締めなおして言った。
「しばらくカステルに冷たくされるかもしれんが、奴もそれは嫉妬と自覚しているだろうから許してやってくれ」

 果たしてこの問題はあっさりと解決した。俺の端末画面を挟んで、キャゼルヌとカステル中佐は一瞬睨みあったが、キャゼルヌの『注文は受けたので、この件は任せてほしい。消費物資の会計処理は先輩(カステルのことだ)に任せます』の言葉に『新婚家庭の夜にすまない。頼んだ』の返事で終わったのだ。そして通話が終わった後、画面を切って端末を俺の胸に押し付けて言った。

「アイツと知り合いだっていうなら先に言え。まったく。取り越し苦労をさせやがって」

 そういうカステルの顔も言葉ほどに怒っているようにも見えなかった。
 
 

 
後書き
2021.01.02 更新(行程距離変更)
2021.01.03 修正(エレキシュガル→エレシュキガル)
 
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