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提督はBarにいる。

作者:ごません
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雀蜂は鎮守府を殺す毒針足り得るか?-side B-

 とある国で潜入工作をしていた私に、帰還命令が下った。どうやら大統領から最重要の任務が下令されるらしい。潜入に使っていた殺風景な部屋を引き払い、現地の密航を生業とする連中に金を握らせ、その国を出国。あの忌々しい深海の化け物達が海路と空路を封鎖しているせいで、海外への渡航は酷く目立つ行為になってしまった。その為、痕跡を残さず出国するには、こうしたアウトローな連中に頼るしかない。まぁ、こういった連中は金さえ貰えれば仕事は確りとこなす……それでも移動中に奴等に襲われたら呆気なく死ぬんだけど。

 奴等の陰に怯えながら、どうにか懐かしのアメリカの土を踏んだ私を待ち受けていたのは、直属の上司のチーフと既に形骸化して久しい海軍の司令だった。

「艦娘……ですか?私が?」

「そうだ。君は艦娘としての適性がある。それも、最近発見されたばかりの新鋭艦・ホーネットの適性が」

「そこでだ。君には艦娘・ホーネットへの改造手術を受けてもらい、日本の鎮守府に潜入してもらいたい」

 艦娘という存在は良く知っている。あの深海から来る化け物達に対抗し得る唯一の存在にして、海に愛された戦乙女(ヴァルキュリア)……いや、呪われたというべきだろうか?

「君としても喜ばしいだろう、家族の仇を討つ為の力が手に入るのだ。そうだろう?」

 私の家族は深海棲艦に殺された。西海岸のとある田舎町に住んでいた私の家族は、突如現れた深海棲艦に命を奪われたのだ。当時大学進学の為に家族の下を離れていた私だけを残して、父も、母も、弟妹達も、たった一匹の艦隊からはぐれたらしい駆逐イ級が奪い去っていったのだ。それからの私はあの深海の化け物共を殲滅せんと、それだけを生き甲斐に生きてきた。大学を卒業してすぐに艦娘の適性検査を受け、適性無しと判定されてからもなるべく深海の奴等の情報を得る為にCIAに入った。そうして実績を積むために国外で動く工作員として選ばれる様に努力を重ね数年。漸く、その努力が結ばれた。

「潜入するのはどの鎮守府に?横須賀……いえ、呉か佐世保でしょうか?」

「いや、日本本土の鎮守府ではない。君にはブルネイに飛んでもらう」

「……まさか、例の鎮守府に?」

 無言で頷く2人の上司の前だと言うのに、思わずsucks(最悪だ)!と叫びそうになったのを必死に自制する。よりにもよって、アメリカに堂々と喧嘩を売るような頭の可笑しい連中の巣窟に潜り込め、だなんて。





 レイジ=カネシロ。日本海軍ブルネイ方面の鎮守府を束ねる長にして、海軍きっての武闘派であり、気にくわなければ国家・立場を問わず噛み付く狂犬……いや、手口の狡猾さを思えば犬というよりも猛毒の蛇だ。その悪辣さは我が国にも害を及ぼし、つい先日その影響で大統領の首がすげ変わった。

「だが、奴は身内には甘いと聞く。入る際のチェックは厳しいだろうが、入ってしまえば後は簡単なハズだ」

「潜入任務への支援は?」

「無いものと考えてもらいたい。新大統領からも釘を刺されているのだ、これ以上奴との関係悪化は避けるようにとな」

「奴の後ろ楯には日本海軍の退役軍人会、ならびにブルネイ王家が付いているとの噂すらある。流石に今日本の軍部との関係が拗れる訳にはいかん」

 2人の上司の話を聞く内に、目眩どころか頭痛がしてきた。一介の軍人に王家との繋がり?そんな訳が無いだろう、どうかしている。けれど、日本との関係悪化は不味い。

「……了解、しました」

「では、新しい身分は此方で準備する。君は艦娘への改造手術を受けた後、基礎訓練を経てブルネイへと出向。情報を収集して本国へと報告せよ。通信方法は追って伝える」

 そうして私は艦娘となり、基礎的な訓練を受けてブルネイへと渡った。




 そして今、目の前に調査対象であり各国の注目をさらう男・レイジ=カネシロがいる。事もあろうに私達の着任の挨拶に遅れた上に寝起きだからとコーヒーを啜りながら煙草をふかし、
挙げ句の果てには先に鎮守府の見学をしてこいという。何とも失礼な男だと思う。が、私の目的は鎮守府の情報を手に入れる事。その観点から見ればこれはありがたい。

※ここから『』は英語、「」は日本語だと思ってお楽しみ下さい。

『なんなんだアイツは!失礼な奴だ、あれで本当にこの鎮守府の司令官なのか!?』

 実際、私の隣では蔑ろにされたサウスダコタが憤慨している。元は海兵隊員らしいが、志願して艦娘への改造手術を受けたと聞いている。

『まぁ、提督は明け方まで仕事をして今まで寝ていて本当に寝起きなんですよ』

 苦笑いを浮かべながらそう答えたのは、この鎮守府のエースであり提督の妻でもある金剛という艦娘だ。しかもその口から聞こえてきたのは日本語ではなく聞き慣れた英語……しかも、流暢なQueen's English。

『貴女……随分と英語がお上手ね?』

『ありがとう。改めまして、私は金剛。この鎮守府の艦娘達の纏め役であり、提督の妻です』

 英語が上手いのは金剛という戦艦が元々はイギリスのヴィッカース社で建造されたからで、艦娘を形作る物に染み付いているのだろうと彼女は笑って話した。

『英語が流暢なせいか、建造されて30年近く経つのに日本語が片言混じりなんですがね』

 と、苦笑いを浮かべる彼女。今のカネシロ提督が着任して30年近く……という事は目の前にいる彼女は提督の傍らでずっと戦い続けてきた古強者だ。自然とその纏う空気が重たい物に感じられ始めた。

『まぁ、今日から私達は仲間ですから。気負わず仲良くしましょう?』

 そう言って金剛は右手を差し出してきた。

『えぇ、よろしく』

『よろしくな!』

 私とサウスダコタは握手に応じ、漂っていた重たい空気も霧散したように感じる。

『さてと、2人はどこを見て回りたいのかしら?』

『そうね……何処なら見て回っていいのかしら?』

 アイオワから向けられた質問を、そのまま金剛にスルーパス。この質問への返答で、この鎮守府の私達への警戒度を推し量る。警戒が強ければ強いほど、見せる場所は限られてくるハズだ。

『全部見て回って構いませんよ?』

『…………えっ?』

 金剛の予想外の解答に、一瞬本気で呆けてしまった。

『何か問題でも?』

『え、いや、私達は同じ鎮守府で戦う仲間になるとはいえ一応所属は他国の海軍なのよ?それなのに全てを見ていいなんて……』

『ですから、用途の解らない部屋などあったら不都合でしょう?』 

『ホーネット、ここはそういう所なのよ。他国に見せても恥じる所は一切ない……だからこそ、どんな艦娘でも受け入れるの』

『サラ……』

 サラトガにそう言われ、鎮守府の評価を上方修正する。ここは警戒すべき場所だーー是非とも情報を集め、本国に送らなくては。

『さて、気を取り直して……まずは何処を見学したいですか?』

 改めて金剛に問われて考え込む。重要な情報が転がっていそうであり、艦娘が日常的に出入りしてもおかしくない場所……よし。

『工廠を見学させて欲しいわ』

 そう言った瞬間、案内役の3人の顔がひきつった。

『こ、工廠ですか?今はまだやめておいた方が……』

『そ、そうよホーネット。後回しにしましょ?ね?』

『そうですね、出来るだけ人気のない時間の方が……』

 この狼狽え方。何か隠している事がありそうね?

『艦娘となったからには艤装整備は重要な事でしょ?なら、そこに関わる施設は最優先でチェックしたいわ』

『だな!工廠に行こうぜ!』

 サウスダコタも乗り気だし、これは断れないだろう。

『はぁ……解りました、案内します』

 これで重要な情報を手に入れられるかもしれないわ!……けれど、どうしてアイオワやサラトガまで止めようとしたのかしら? 
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