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ダタッツ剣風 〜業火の勇者と羅刹の鎧〜

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第9話 業火の勇者と羅刹の鎧

 悪漢達を一人残らず蹴散らし、猛進する精鋭の冒険者達。その中でも、純粋な戦闘力においてはトップクラスである三人の猛者は、町中の盗賊達を一際早く掃討していた。
 やがて、屋敷まで戻ってきた彼らの眼前に広がっていたのは。一目置いていたダタッツが為す術もなく、ランペイザーに倒される光景であった。

「ダタッツッ!」
「……許さんッ!」

 冒険者ギルドの三巨頭。その一角であるナナシは、ダタッツが炎の中へと墜落する瞬間、疾風の如くランペイザーに襲い掛かる。その殺気に反応した羅刹の武者も、咄嗟に剣を振り下ろしていた。

「……!」
「得物の威力に胡座をかくようでは、この俺を斬ることなど永遠に叶わんッ!」

 だが、その刃がナナシの頭に沈むことはない。真剣白刃取りによってランペイザーの一閃を凌いだ彼は、そのまま彼の得物を空高く跳ね上げてしまう。

「ホアァッ――タタタタタァッ!」
「ぐぉッ……!」

 丸腰になったランペイザーを仕留めんと、豪雨の如く連射されるナナシの拳が唸りを上げた。怪鳥音と共に振るわれる殺意の剛拳は、勇者の鎧に亀裂を走らせ、ランペイザーの体勢を大きく揺るがす。

「ゥアタァアッ――!?」

 そしてとどめとばかりに、最後の正拳が仇敵の顔面を捉えた――その時。

「――らぁああぁあァッ!」

 逆に自分からぶつかりにいくかのような、ランペイザーの頭突きがナナシの拳に炸裂した。
 正拳突きをさらに超える威力を纏った、その一撃を浴びて――拳の骨が、粉砕される。

「ぐが、ぁッ……!?」
「……得物に胡座をかいてんのは、てめぇの方さ。覚えときな、真に強い奴には剣の有無なんざ関係ねぇってことをッ!」

 その激痛にナナシが退いた瞬間。返礼とばかりに繰り出されたランペイザーの鉄拳が、彼を瞬く間に吹き飛ばしてしまう。建物の壁に叩き付けられた彼は、すでに意識を失っていた。

「野郎ォォッ!」
「おぉっ……とォッ!」

 だが、まだ終わりではない。ナナシが倒された直後、ハルバードを手に動き出していたベルグが、背後からランペイザーに斬り掛かる。
 その刃先が突き刺さる寸前に、宙を舞っていた己の剣を取り戻したランペイザーは、瞬時に刀身で刺突を受け流していた。目と鼻の先まで接近されたベルグは、腰から引き抜いたロングソードで、素早くランペイザーの脇腹を狙う。

「くッ……!」
「足りないねぇ。俺を殺すには……何もかもが足りてねぇ」

 だが、それを読んでいたランペイザーはロングソードの刃を素手で掴み、己の掌を血の色に染めていた。
 その痛みなど全く意に介さず、彼はロングソードを奪い取り、逆にベルグの太腿に突き刺してしまう。鎧を突き破るほどの勢いで差し込まれたロングソードの先からは、噴水のように鮮血が噴き上がっていた。

「ぐぉあぁッ!」
「俺を突き殺したきゃあ、これぐらいやってみやがれッ!」

 そして、追撃の「魔剣・蛇咬太刀」が唸りを上げてベルグの鎧を貫き、串刺しにされた彼の身体を持ち上げてしまう。ダタッツと同様に空高く舞い上げられたその身体は、轟音と共に建物の屋上へと墜落した。
 重装備だったばかりに、落下に伴うダメージも深刻であり――彼が墜落した建物は、土埃を巻き上げながら崩落してしまう。

「ランペイザァァッ!」
「……ッ!」

 それでも、冒険者達が敗北を認めることはない。三巨頭最後の一人・メテノールの投槍「斂理」が、閃光の如き疾さでランペイザー目掛けて撃ち放たれた。
 完全に虚を突かれたランペイザーは反応が遅れ、回避が間に合わず肩を貫かれてしまう。その痛みと流血に片膝を着いた彼は――嗤っていた。

「……いいねぇ、その殺気。戦ってのは、こうでなくちゃいけねぇ。今の技、飛剣風を超えてたぜ」
「それでもくたばらねぇとは、ムカつく野郎だ……!」
「そいつは光栄だな。憎まれて喜ぶくらいじゃなきゃあ……殺し合いなんざやってられねぇッ!」

 斂理を肩から引き抜き、鮮血を滴らせながら口元を吊り上げるランペイザーは――投擲剣を矢継ぎ早に投げ付けるメテノールの猛攻を、全て弾き落としてしまう。
 棒術の要領で斂理を振るい、メテノールの技を完封した彼は、「仕上げ」として。意趣返しとばかりに投げ返した斂理の刃先で、彼を貫いてしまうのだった。

「があぁあッ……!」
「……楽しかったぜぇ」

 自らの得物で胸を射抜かれたメテノールの身体は、ベルグを生き埋めにしている瓦礫に打ち付けられてしまった。
 三巨頭を打倒したランペイザーの強さを、象徴するかの如く。

「そうさ……ハッハハハァッ! やはり最後に立つのは、この俺ただ一人! 勇者も死者も関係ねぇ、この俺だけが絶対だ! 全てだァッ!」

 やがて響き渡るのは、死者の高笑い。生者を叩き伏せ悦に浸る彼の者は、剣を肩に乗せ己の勝利を称えるかの如く、狂気の笑みを浮かべていた。

 砂漠という過酷な環境に屈することなく、強く逞しく生き抜いてきた冒険者達。彼らの猛攻を以てしても、なお崩れぬランペイザーの牙城は、絶えずその強靭さを誇示し続けている。

「……ハッハハハ、ハァ、ガッ……!」

 だが、それは永遠ではなかった。徐々に笑みから余裕の色が失われ、その貌に滲む焦燥が顕れてくる。
 息を荒げている彼の全身は、まるで焦げた肉のように綻び始めていた。度重なる激闘に少年兵(エクス)の身体が付いてこれず、自壊しつつあるのだ。

「ちッ……! また新しい身体を、探さねぇとな……!」

 ダタッツを炎に沈めてしまった以上、肉体が残っている者達の中から新たな「器」を探さねばならない。そう思い立ったランペイザーが、意識を失ったメテノールに手を伸ばそうとした……その時。

「……!」

 突如、この戦場に猛風が吹き荒れ。炎を根刮ぎ消し去るほどの力を以て、屋敷もろとも全てを葬ってしまう。

 瓦礫だらけの黒ずんだ跡地だけが残された、その地中から――死に損ないの元勇者が這い出てきたのは、それから間もなくのことだった。

「……やはり、急所は外していやがったか。嬉しいぜ、わざわざ俺の依代になりに来てくれるなんてよ」
「生憎だが……この身体は渡せない。勇者としての役割を帯びたこの力と、ジブンでなければ……できないことがある」

 蛇咬太刀によって貫かれた傷を、焼く(・・)ことで塞ぎ。火に包まれた服の上着を破り捨てたダタッツは、上半身の肌と傷痕を晒したまま、立ち上がってきたのである。
 ランペイザーの一撃による失血と炎の熱により、その表情は憔悴しきっているようだが。眼の奥に宿る闘志だけは、まるで衰えていない。

 業火を払い、蘇ってきた子孫の姿に悦びを覚え、ランペイザーも再び口元を歪に吊り上げていた。今度こそ、その力を手に入れてやる。そう、言わんばかりに。

「……上等だ、次の一撃で終わりにしようじゃねぇか。この身体も、そろそろ限界だからな」
「そうか……なら、ジブンが終わらせる(・・・・・)しかないようだな」

 再び双方の殺気が激突し、両者はこの戦いに決着を付けるべく、各々の得物を握り締める。手の内はすでに、知れていた。

 魔剣・蛇咬太刀。
 帝国式投剣術奥義・螺剣風(らけんぷう)

 すでに一度食らったダタッツには、鎧を通じて子孫の戦いを見てきたランペイザーには、分かり切っている技なのだ。

 条件が同じならば、最後にモノをいうのは速さと破壊力のみ。崩壊が始まっている今のランペイザーに螺剣風が決まれば、ダタッツの勝利は固い。
 だがダタッツ自身もすでに、火災から脱出するために螺剣風を一度使用している。腕への負担が激しいこの技を続けて使う以上、威力の低下は避けられない。
 万一仕留め切れなければ、今度こそ蛇咬太刀の餌食となってしまうだろう。そうなれば如何に勇者の身体といえど、ただでは済まない。

「……せめて、その骸をあるがままに葬りたかった。それがジブンの、甘さだった」
「やっと分かってくれたかい。……そうさ。戦いに脆い情を持ち込むから、悪戯に苦しむんだよッ!」

 それでも、ダタッツの眼には恐れなどない。あるのは、エクスの遺体を極力傷付けずにランペイザーを倒そうとしていた、己の甘さへの悔いのみ。
 そんな子孫の変化を敏感に感じ取った竜源の魂は、先祖としての悦びに打ち震えながら――蛇咬太刀を放つべく、猛進する。

「ならば今は、その脆い情こそが……ジブンの、ジブンたる所以だッ!」
「いいぜ……! だったら情の力とやら、この御先祖様に見せてみやがれェッ!」

 そんな彼を迎え撃つ、ダタッツの咆哮が天を衝いた時。

 (けん)(かぜ)が砂漠に吹き荒れ――天を覆う黒煙を、跡形もなく吹き飛ばし。

 全ての闇を、払うかの如く。

 この地に、青空の輝きを取り戻したのだった――。
 
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