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あの日の約束

作者:永沢 喬
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二話

その後、鳳翔さんの看病のおかげで風邪もバッチリ治って、今に至る。
 
「復帰初日の仕事は、まず秘書艦を決めることだな」
 
 大きく伸びをして、窓の外に目をやると、海岸で海の向こうを見つめたまま動かない少女の姿が映った。
 
 
 
『今はまだ見えていないだけなんです』
 
 
 
 鳳翔さんの言葉を思い出し、その娘の元へと向かった。
 俺も、まだ何も見えちゃいない。
 こんなところで立ち止まっていられない。
 … あなたとの約束を、反故にするわけにはいかないから。
 
「隣、いいか?」
 
 依然として海の向こうを見つめたままの少女に声をかけた。
 
「…提督か。どうぞ」
 
 チラリとこちらを見て、表情一つ変えずに答えた。
 
「驚いた。俺のこと、提督って呼んでくれるんだな…」
 
「提督は提督でしょ。そこに拘りはないよ」
 
「時雨の言う通りだな。ところで、ここで何してたんだ?」
 
「海の向こうを…ただ見つめてただけさ」
 
 無表情だったはずの時雨の表情が一瞬だけ、歪んだような気がした。
 
「あのさ、もし俺でよければ…」
「提督には関係ない」
 
 俺の言葉を遮り、右の拳をグッと握り立ち上がった時雨。
 それは気のせいなんかじゃなく、たしかに苦痛、悲痛に顔を歪めていた。
 
「これは…僕だけの問題だから。提督は…入って来ないで」
 
 彼女は、なんて悲しい瞳をしているんだろう。
 まるで全てを一人で背負い、何もかもに絶望してしまったような…。
 
「そんな顔で言われて…ほっとけるわけないだろ…」
 
 時雨が去っていった後、力なく一人呟いた。
 その翌日も、相変わらず時雨は海の向こう側をじっと見つめていた。
 昨日と同じように俺は時雨の元へ向かい、同じように声をかける。
 
「隣、いいか?」
 
「……どうぞ」
 
 時雨の隣に腰をおろし、俺も同じように海の向こう側を見つめた。
 
「なあ時雨」
 
「なに」
 
「俺の秘書艦に、なってくれないか?」
 
「…随分と唐突だね」
 
「昨日時雨と話して、時雨にやってほしいと思ったんだ。ダメか?」
 
「提督は、こんな僕を必要としてくれるんだね」
 
「ああ、時雨が必要だ。俺を助けてほしい」
 
「ありがとう……。だけど、丁重にお断りさせてもらうよ」
 
 そう言って、また時雨は俺の元から去っていった。
 でも分かってる。予想通りの答えだ。
 この鎮守府の艦娘達は皆、何かを抱えている。
 加賀や瑞鶴も、強がってはいるが…ひと吹きすれば消えてしまいそうなくらい弱々しく見えるんだ。
 そこに踏み込むことは正しいことなのだろうか。
 間違っているのだろうか。
 そんな事を考えながら歩いていると、一航戦の赤い方とバッタリ出会ってしまった。
 
「ゲッ……」
 
「えっと、赤城さん…?露骨に嫌な顔するのやめてもらえます…?」
 
「なんですか、なにか用ですか?
 提督に乱暴されたと加賀さんに言いますよ?」
 
「そんなことされたら俺は今度こそ加賀さんに殺されてしまう…」
 
「だったら私にはなるべく関わらないようにしていただけますか?」
 
「嫌だ…って言ったら?」
 
「加賀さんと瑞鶴を呼んできます」
 
「それだけは勘弁してください」
 
 言われてから土下座までに1秒もかからなかった。
 きっと俺に土下座のスピードで勝てる奴はいないだろう。
 
「はぁ…。聞くだけですからね」
 
「え?」
 
「何か話しがあるのでしょう?」
 
「あ、赤城さん…っ!」
 
 俺を見るたびに嫌そうな顔はするけど、なんだかんだ俺の話はちゃんと聞いてくれる。
 執務室に案内してくれた時もそうだ。
 赤城も、この鎮守府にいるみんなも
 きっと、心根は優しい娘達ばかりなんだろう。
 
「ここにいる艦娘達の…過去ですか?」
 
 途端、赤城の表情が曇った。
 それは、決して踏み込んではいけないと、強く警告しているようだった。
 
「それを聞いて、どうするつもりですか?」
 
 恐ろしいほどに冷たい声で赤城は問いかけた。
 
「もし、一人じゃ抱えきれないような何かを抱えているのだとしたら…俺はそれを、一緒に抱えたい」
 
「ここにきて一週間そこらの提督が、たいそうなことを言うのですね」
 
「大切なのは時間じゃない。想いだろ」
 
「やっぱりこの話は無かったことにしてください」
 
 ペコリと一礼して、その場を去っていく赤城の後ろ姿を見送った。
 
「本当に…このままでいいのか?」
  
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