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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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財界から産まれた国~パランティア共和国にて~

 ――さて、エオウィン・イシリアンはパランティア連合国の同盟弁務官である。
 彼女の【故国】であるパランティア連合国は文字通り、二つの邦が連合して同盟の構成国として活動している。
 アノリアン共和国とケレブラント氏族連合国だ。そして、国家が成立するまでの経緯から伝統的にアノリアン共和国が経済と国政を主導し、ケレブラント氏族連合が国防を主導している。アノリアン共和国は旧銀河連邦時代に(現フェザーン回廊方面は反連邦活動と【海賊】の増加により開発が見送られた)難所であるイゼルローン回廊を通したサジタリウス準州の経済自立と航路の安定のために大量の支援金により進出した幾つかの企業群が大元である。
行政記録の散逸により見捨てられた彼らは連合し、パランティア星域の支配者となった。

 ケレブラント氏族はイゼルローン回廊に跋扈してた革命屋崩れの海賊やルドルフの粛清から逃れた脱走部隊などで形成された軍閥――【警備企業】から成り立った氏族連合である。
 彼らの継続的な活動を支援しつつ星間機動が可能な軍事力の庇護を受けたのがアノリアン共和国である。
 現在では行政的にはほぼ統一され、連合国首相がアノリアン共和国首相が兼務している。

 パランティア連合議会はパランティア穏健党とパランティア協同連邦党の二大政党が主流であり、原則として議院内閣制をとっている。アリアノン共和国議会とケレブラント氏族会議(ジルゲ)も存在するがほぼ連合議会の下の自治議会と認識されている
 元首(連合国執政)は対外的な代表として相応の権限を持っているが基本的に総選挙と同時期に執政選挙をおこない、可能な限り執政と議会の捻じれを避けようと努力している。

 ――そして、同盟弁務官も公選制であるが所属はそれぞれの構成国家政府の特別職公務員――即ち同盟憲章に基づき構成国憲法に規定され構成国法で制定された選挙に則り選出され、閣僚に準ずる扱いを受けるのである。
 ある意味では自由惑星同盟という奇妙な【国家】の在り方を象徴する存在である。


 故にこそ――エオウィン・イシリアンはまず首相官邸に招かれたのである。


「‥‥なるほど、ルンビーニの事故は疑獄へと拡大する可能性が高く、軍部は第七次イゼルローン攻略作戦は半個艦隊で茶を濁す形で終息を狙っているという事ですか」
 アノリアノン共和国首相兼パランティア連合国統一首相のヴィルヘミナがうめいた。
 彼女もパランティア穏健党の議員である。ぱっと見はやや小太りの女性であるが、穏健党の中でも左派寄りの論客として名高い。彼女が無党派層の獲得に成功した事で長期政権を安定化させたと評価されている。
 彼女は先代の総裁であるが今は党の役職にはついていない――慣例的に首相と元首である連合国執政に就任したものは党の役職を退くのがこの国の政治的慣習である。

「はい、首相閣下」

「‥‥面倒な事をしてくれたわね。ウチにまで間違いなく波及するぞ」 
 穏健党は長きにわたりイゼルローン回廊付近の地域【交戦地域】の経済的な中核を担ってきたパランティア星系の中産階級を中核とした中道右派政党だ。ヴィルヘルミナが総裁の座についたことで急速に対抗野党――パランティア労農党寄りの無党派層をとりこもうとしているが。
 自由党と国民共和党系列を両天秤にかけ政財界に根を張った政党である事には変わりはない。それ故に中央‥‥ハイネセンを常に注視している。

 そうした政党であるがゆえに星間インフラを担う情報交通委員長のポストは重い。
 構成国政府に対する影響力という点では星間インフラ全般を担い、強大な資金と大量の人員を直接的に動かせる情報交通委員会は、構成国間の調整を担当する国務委員会や地域産業やコミュニティを支援する地域社会開発委員会に並ぶ力を振るえるのだ。

「ふむ‥‥‥君達はどう思う」

 労働長官が手を挙げた。
「ルンビーニ事故の真相を利用して同盟政府の公共工事安全基準の引き上げとそれに伴う公定労務単価の引き上げを推進するべきです。
我々はそれに追従する必要はありませんが、ハイネセンの下請けに入った工事の労働災害発生率が昨年比率で5%以上の上昇が見受けられます。
また、安全費――特に人件費の高騰が高騰し公定価格からの乖離が悪化しています。
本来であれば入札不調案件になりうるものを受注し、下請けへの一方的な負担押し付けが問題になっています。こちらの公正取引委員会への報告が」

「ふむ‥‥‥」

「それに人をこちらに連れてくればそれだけ消費も増える。消費が増えれば金がこちらに流れ込む。基本中の基本ですね。事故が減り、消費が増える。良い事づくめだ」
 通商産業長官が頷いた。
 
「イゼルローンの件について報告がひとつある、軍の情報部がこちらの増員を行っているのは間違いない」
 防衛長官が手を挙げる。
「む」「防衛長官、報告を」
 司法長官が頬をつらせるが首相は丁重な口調で答えた。

 防衛長官は氏族連合の統領(カガン)が伝統的に兼務している。そしてこれもまた伝統的に副首相の座を兼務している。

「パランティア駐留隊ではなく統合作戦本部直轄の通信所に機材を運び込んでいるのは確認済みだ。わざわざバーラトから持ち込んでいるのだから相当力を入れておるのは間違いない。我々の眼は誤魔化せんよ」

「ふむ‥‥‥であるからにはシトレ本部長は捨て筋として打ったわけではないという事ですか‥‥」
 そういう事よ、と防衛長官は鼻を鳴らす。

「エオウィン同盟弁務官、貴方には同盟政府内の情報収集を続けてもらいたい。
国防委員会と統合作戦本部、艦隊総司令部内部でも動きについても、頼めますね」

「かしこまりました。首相」

「我々としてはイゼルローン回廊の動静については同盟政府のみならず、独自に気を配っておくべきだと考える、司法長官と協力して情報を収集したい」
 要するに同盟情報部を監視しようといっていることを全員が理解し、同時に臆することなく目配せし合った。
「異議なし」「異議なし」

「それとルンビーニの件だが労働長官として提案する。
エオウィン弁務官の同盟弁務官事務所にウチの管轄である三郷労働研究所から調査担当秘書を送ろうと思う。
また、必要な安全対策の研究の為に産業労働研究所に『独自研究』の予算をいただきたい」
「異議なし」「異議なし」「財務省としては産業労働長官の意見に反対である」

「あ”ぁ!?」「たかが個別案件が一つ、今までの予算でやれるだろ?」
 労働長官の額に青筋が浮かんだところで首相が早口で割り込む。
「この件は後で実務者同士で調整してください、次回の正式な閣議で諮ります」
 
「それではこれで解散にしよう。御苦労でした、エオウィン弁務官」
 エオウィンは頬を引き攣らせながら曖昧な笑みを浮かべて一礼をした。




 それから30分ほど過ぎ、彼女は宇宙港に向けて車で15分ほど離れた豪奢なビルに移動した。そしてそこに彼女を待っているのは生まれ落ちて76年目を迎えようとしている老人である。

「ふん、ヴィルヘルミナめ、閣僚のとりまとめすらできないのか。
帰郷早々にすまなかったな、エオウィン君」
 自国の首相に対して堂々と客人の前で悪態をつく老人。この老人こそが連合国執政――即ち元首であるデネートリオ2世だ。
 アトリアン共和国が企業連合であった頃から統治機構に食い込んでいた名門である。
 ――まぁそれは言いかえれば元を正せば銀河連邦の大企業連から辺境に左遷させられた苦労人の子孫という事でもあるのだが――それを言えば自由惑星同盟におけるエスタブリッシュメントなどといっても出自が怪しげな連中の集まりであるというのが悲惨である。
 謹厳であるがそれ故に高慢な面もあり、若いころから幾度も舌禍を引き起こしてきた。
「いえ、執政閣下」
 だがそれはこの老人が無能であることを示さない。
 自身は毛並みの良さと教養で『馬鹿な左翼』をやりこめることで保守層の支持を集めていたが、幾つもの要職を経験し穏健党の総裁の座につき、いよいよ連合国執政への出馬を決めたこの老人は、次の総裁に自身の仇敵(と熱心な支持者たち)が決めつけたヴィルヘルミナを指名した。
 その結果として穏健党は長期政権に必要な【新鮮味】を手に入れたのである。
「ルンビーニの追及を行い、我々の地域に利潤が出る事業を引き出す、か
うむ、ヴィルヘルミナ達の方針で問題なかろう」
 不機嫌そうな視線を受け止め、背筋を伸ばすエオウィンもこの老人に見出されてヴィルヘルミナの派閥から重用されたのだ。
 
「同盟政府の状況は思わしくないが、それ故に我らは手札に困らない、か。
ふん、わが身に不幸が続かば総体の不幸を祈るようになる、我々も貧ずれば鈍ずるものよ」

 エオウィンはふぅ、とため息をついた
「ルンビーニ事故は自業自得ですよ」

 で、あるな。と老人は溜息をついた。この老人から見るとこの国は衰えていく一方なのだろう。
「あぁそうだリヴォフ殿はお元気か」
 彼も10年程前は、エオウィンと同じく同盟弁務官としてハイネセンで活動していた。
 その時にリヴォフは同盟弁務官として活動を開始していた――最もアスターテ共和国の国防長官など閣僚を経験した後のことであるが。

「えぇとてもお元気です。次も出る気のようですよ」
 お元気というか喧しいというか、とエオウィンはくすりと笑った。

「そうなると勝つな」
 連合国執政は重々しい口調で呟いた。

「はい、よほど迂闊か不運に見舞われぬ限りは。あの方は広報に使った金額ではなく知名度で勝つ御方ですので」

 そうか、と呟き、デネートリオは静かな声でエオウィンに問いかけた。
「エオウィン君。イゼルローン要塞が機能して半世紀、【民主主義の縦深】は左派が強いがそれでもこの軍隊との付き合いが必要不可欠な『交戦地域』に根付きつつある。それは何故かわかるかね?」

「左派であろうと民意を聞き届け親軍路線に切り替えたからですか?」
 違う、と老政治家は首を横に振った

「勿論それもあるが主ではない。労農連帯党などの親軍左派路線は兵卒への待遇改善などにも絡んでいる。国防委員会や上層部にとって歓迎するわけではない。
失地したティアマトの農業保守政党である帰郷連合と穏健党が同盟弁務官を輩出しているか
らだ」
 じろり、と若手弁務官に向ける目には深い光が宿っていた。
「‥‥‥なるほど、勉強になります」

「エオウィン君。政治を差別的な目で観るものからすれば、右派は既得権益とそれに縋る権威主義者、左派は威勢のいいことを言う詐欺師。ならば中道は何に見えるかわかるかね?」

「いえ」

「中道は半端者の風見鶏だ。リヴォフ提督は良い政治家だ。リッツ教授は素晴らしい政策家だ。ホアン委員長はこの時勢には珍しい良き大衆左派政治家だ。
だが我々とは立ち位置が違う、『誰が票を入れて君をそこへ運んだのか』ゆめ忘れない事だ。いいかね、【縦深】を護る為には君は中流層に立脚した政治家であり続ける事だ。
政治とは妥協の産物であるが、であるからこそ我々は立ち位置を違えてはならぬのだよ」

「‥‥‥覚えておきます」

「あぁ、君が良きパランティアの同盟弁務官としてあり続ける事を祈ろう。
これからも長く、長くな。さぁ行きたまえ」
 パランティア政界の老重鎮が自分に何を望んでいるのかを理解したエオウィンは背筋を伸ばし、一礼した。
 とにもかくにも地域主義の中においても支持層の在り方というのは度し難いものであるが、それもまた民主主義、事には連邦国家においては付き合わなければならないものだ

「はい、閣下。パランティア国民の為に」
「あぁパランティア国民の為に」
 
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