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若者は旅立って

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第二章

「仕事は安定してるんだな」
「そうだよ。あんたそろそろ就職だろ」
「まあな。大学三年だしな」
「じゃあここは一発旅行に行って就職するんだ」
 おじさんは右手の人差し指をびしっと良晴に向けて言った。
「しかも就職できたらお見合い付きだぞ。お相手はラーメン屋の麻美さんだ」
「おいおい、あの美人さんかよ」 
 胸はないが商店街でも評判の美人だ。その名を聞いて良晴も思わず声をうわずらせた。
「凄いな、そりゃ」
「じゃあいいな。ヨハネスブルグだ」
「だからホテルの中も危ないだろ」
「頼れるのは自分だけだ」
 何処をどう聞いても治安がまともな場所にいる言葉ではない。
「そこに行き生き残ればな」
「就職、お見合いか」
「どうだい?お見合いは自分次第だけれどな」
 しかしチャンスは与えられる。しかも就職は間違いなかった。
 だがそこまで聞いてもだった。良晴は言う。
「けれどな」
「あれっ、この条件でもかい?」
「リスクが大き過ぎるだろ。ヨハネスブルグだぞ」
「ううん、駄目か」
「行くかよ。そういうことでな」
「やれやれだね。それじゃあね」
 おじさんは仕方ないな、という顔になった。良晴はおじさんのその顔を見てやっと諦めてくれたかと思った。だが。
 それは甘かった。おじさんが両手をぽんぽんと叩くと良晴の周りに急に何人かの商店街の青い法被を着た中年の男女が出て来た。そしてその彼等が。
 良晴を縛り上げ商店街の公民館の中に拉致しそのうえでめいめいに言うのだった。
「特等だから行ってくれるか」
「生命保険もちゃんと手続きするから」
「ああ、ちゃんとパスポートも手配するよ」
「ボディーガードもつけるからね」
「だから行ってくれるかい?」
「あんたのご両親にもお話しておくよ。実弾を用意してね」
「親父やお袋買収してまで行かせる理由なんだよ」
 良晴は腕を後ろ手に縛られそこから簀巻きにされて転がされている状態で商店街の人達に言い返した。
「大体それがわからねえよ」
「ううん、実は八条テレビとタイアップしてるんだ」
「世界秘境探検って番組あるじゃない」
「その番組で今度ヨハネスブルグに学生さんが単身突入ってことでね」
「それで放送するから」
「で、俺に何としてもかよ」
 ここでようやく事情がわかった。何故こうまでしてヨハネスブルグに行ってもらいたいか。
「あの町に行って欲しいのかよ」
「就職とお見合いの話は本当だからェ」
「パスポートとボディーガードもね」
「ああ、それと生命保険も」
「一応ホテルも安全そうな場所用意するから」
「生存の可能性は零じゃないよ」 
 商店街の人達は転がせている良晴に話していく。
「だから行ってくれるかな」
「嫌なら番組の別の企画で平壌に極秘潜入だけれど」
「あの国の強制収容所にも」
「万景峰号に密航してね」
「それヨハネスブルグより確実に死ぬだろ」
 良晴でなくともすぐに確信できることだった。
「というか誰がそんな企画考えたんだよ」
「若しくはアマゾン単身横断とかね」
「カヌーだけでアマゾン川本流を端から端まで行き来とか」
 こちらの企画も壮絶だった。
「どうかな。ヨハネスブルグでなくてもいいけれど」
「どっちにする?」
「どっちも嫌に決まってるだろ」
 平壌もアマゾンもだった。
「無茶苦茶じゃねえか」
「多分ヨハネスブルグが一番ましだよ」
「まだね」
 これまた壮絶な比較だった。少なくとも北朝鮮なぞ誰も行きたいと思わないしそもそもまともな国ですらない。
「だから頼むね」
「ヨハネスブルグ行ってね」
「何処のお笑い芸人だよ」
 まさにその企画だった。
「しかも後の二つは企画に出すなんておかしいだろ」
「いや、面白そうだからってね」
「それで決まったんだよ」
「最初はアナコンダと一対一の対決とかね」
「将軍様の頭に女もののパンツ被せるってのもあったよ」
「考えた奴確実に頭おかしいな」
 良晴はそれをしたら確実に死ぬことを確信した。その話を聞いて。
「まだヨハネスブルグの方がましか」
「ああ、そうだよ」
「それじゃあいいね」
「ヨハネスブルグ行ってくれるね」
「頑張って」
「ああ、わかったよ」
 良晴も遂に観念した。他の企画があまりにも滅茶苦茶だからだ。それこそ異端審問の時代にバチカンを批判するだの甲子園の一塁側で巨人グッズに身を包んでバースの写真や阪神の旗を燃やし巨人を賛美するかの如き所業だ。問題外だからだ。
 仕方なくヨハネスブルグに行くことにした。簀巻きにされていては逃げることも断ることも出来なかった。まさに万字窮すだった。
 大阪の新国際空港からヨハネスブルグに向かう。ボディーガードはそこにいた。それは。
 剃刀の様な細い目に角刈りの男だった。身体つきは逞しい。だが。 
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