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車椅子

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第三章

 小山内はそれを見てだ。こう言うのだった。
「何か。車椅子ってかなり」
「辛い?」
「動くと手が疲れますし」 
 筋肉痛はまだ続いていた。
「それにおトイレもお風呂も一人じゃ入られないですし」
「起き上がることもね」
「大変です」
 話しているうちに次第に項垂れていくのが自分でもわかる。
「本当に」
「もう少しの辛抱よ」
 お姉さんはここでは彼をこう言って励ました。
「もう少しね」
「僕の怪我は治るんですよね」
「後遺症はないわ。リハビリの必要はあるけれどね」
「これはずっとじゃないんですね」
「ええ、それは確かよ」
「そうですか。これがずっとって思うと」
 どうかとだ。こうお姉さんに言った。
「死にたくなっていました」
「そうでしょうね。身体の何処かが悪いだけで」
「こうなるんですね」
「足だけじゃないわよ」
「手でもですよね」
「そう。手がない状況とか想像できる?」
 今は足が悪い彼にあえて手のことも言うお姉さんだった。例え足がよくても手が悪ければどうかというのだ。
「その場合は」
「できます」
 今の小山内ならばだった。このことを考えられた。
 そして実際に考えてみてこう言うのだった。
「若し両手だと」
「字も書けないしね」
「ものも簡単には食べられないですね」
「片手でも辛いでしょ」
「そう思います」
 足が悪く動けないからこそ考えられた。、若しこれが手ならば。
「物凄く辛いです」
「そうよ。他の場所でもね」
「目とか耳でも」
「ヘレン=ケラーは知ってるわよね」
 今度はこの女性のことが話に出た。言わずと知れたあの女性だ。
「目が見えなくて耳も聴こえなくて」
「しかも喋れなかったんですよね」
「ずっとね。何も見えなくて音も聴こえない世界にいたのよ」
「これまで。こんなこと考えませんでした」
 考えもしなかった。それも全くだった。
「そんなことは」
「そうよね。人って満ち足りた状態だとね」
「そうしたことには気付かないんですね」
「そうなのよ。残念だけれど」 
 お姉さんは彼の横で悲しい顔をしていた。そしてその顔でこうも言った。
「私もそうだったのよ」
「お姉さんもですか?」
「高校の頃バイクに乗っててね」
 小山内はそれを聞いて心の中で妙に納得した。お姉さんはそうした感じがすると思ったからだ。だが今はそれ以上のことが話される。
「それでこけてね」
「怪我したんですね」
「右手ね。利き腕を骨折したのよ」
「大変だったんですね」
「もう何をするにも左手で。しかも片手で」
 それがどれだけ大変かは今の小山内にはよくわかった。
「辛かったわ。それでね」
「右手は今は」
「何ともなかったわ。それでもわかったのよ」
「その時にですか」
「人はね。満ち足りてるとわからないのよ」
「何処かが悪いことがどれだけ辛いことか」
「そう。だから間違っても自分から楽だからそうなりたいとか思うことはね」
 小山内への戒めの言葉だった。口調は穏やかで咎めるものではないがそれは明らかにそうした言葉だった。
「駄目なのよ」
「間違ってるんですね」
「そうよ。そしてね」
「身体が悪いことがどんなことか」
「そのことをわかるのも大事よ」
「そうですね」
 しみじみとだ。小山内はお姉さんの言葉を聞きながら頷いた。
 そして己の足、今は怪我をしている両足を見てこう呟いた。
「もう僕絶対に」
「怪我をしたら楽になれるとか思わないのね」
「絶対に思いません」 
 そうだとお姉さんにも答える。 
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