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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第49話:奏にとっての颯人

 
前書き
どうも、黒井です。少し更新が遅れて申し訳ありませんでした。 

 
 プライベートで遊び歩く予定を立て、次の日曜日…………

 奏と翼の2人は、私服姿で公園の池に架けられた橋の前で響と未来の2人と待ち合わせをしていた。奏は少し退屈そうに周囲を見渡すと、口に手を当てて大きく欠伸をする。
 一方の翼は、頻繁に腕時計を見て時間を確認している。

「……遅いわね。あの子達は何をやっているのよ」

 何度も腕時計を確認していた翼は、徐に顔を上げると不満げに呟く。見るからに不機嫌と言った様子の翼に、奏は苦笑を浮かべるとその肩を軽く叩きながら彼女を宥めた。

「まぁまぁそう言うなって。女は準備に時間が掛かるもんだ。それが楽しみにしてる事なら尚更な」
「奏も私も、女じゃないの」

 翼からのツッコミに奏は再び苦笑する。

 因みに2人は待ち合わせ時間の30分前には到着していた。。ただ単にこの2人──と言うか翼が──来るのが早過ぎただけだ。

 等と2人がじゃれていると、待ち人である響と未来がやって来た。

「すみません、奏さん翼さ~んッ!」
「遅いわよ!」
「はぁ、はぁ……。申し訳ありません。お察しの事と思いますが、響の何時もの寝坊が原因でして……」
「気にする事ないよ。こっちも早くに来すぎちゃったし」

 息を切らして膝に手を置きながら謝る2人。奏がフォローするが、顔を上げた2人はそれどころではなかった。

 気合の入った私服姿の翼。奏はともかく、普段二課本部や学園でしか顔を合わせない翼の私服姿を見るのは初めてだったのだ。

「全く……時間がないわ、急ぎましょう」

 見とれる2人を特に気にした様子も無く、さっさと歩きだす翼。慌ててそれについて行きながら、響は翼を見ながら口を開いた。

「すっごい楽しみにしていた人みたいだ……」
「実際楽しみにしてたと思うよ。服選ぶ時、翼ってば豪いニコニコウキウキしてたし」
「「へ~」」

 服選びに付き合わされた時の事を思い出し、奏は思わず笑みを浮かべる。あんな風に楽しそうな翼は、奏が相手であっても早々お目に掛かれるものではない。

 3人の会話が聞こえたのか、翼が顔を赤くしながら振り返った。

「誰かが遅刻した分を取り戻したいだけだッ!」
「え~? ホント~?」
「~~~~ッ!? 奏は意地悪だ!」

 奏の揶揄いにすっかりヘソを曲げてしまったのか、翼は前を向くと3人と距離が開くのを気にせずズンズン歩いていく。流石に揶揄い過ぎたかと、奏はチロッと舌を出し自分の頭を小突き、小走りで翼について行った。
 響と未来もその後に続いた。

 翼にある程度近付いたところで歩調を戻し、翼の後ろを3人一塊になって歩く奏、響、未来。

 目的地に向かう道中、響がこの場に居ない颯人の事を口にした。

「それにしても、残念でしたね。颯人さん、用事があって来られないなんて」

 そう、颯人がこの場に居ないのは遅刻したからとか言う訳ではなく、最初から彼は不参加だったのだ。先日、響が今日の遊び歩きを提案した時、その場に居た颯人にも当然声はかけられた。
 だが彼はその誘いをやんわりと断った。

 曰く、『その日はちょっとやらなければならない用事があるから行けない』だそうだ。

 その時の事を思い出してか今度は奏が機嫌を悪くし、この場に居ない颯人に悪態を吐いた。

「全く、颯人の奴! 折角荷物持ちとしてこき使ってやろうと思ってたのにッ!」

 そう言って奏は心底残念そうに足元に落ちていた小石を蹴っ飛ばす。

 一気に不機嫌になった奏を、響と未来は慌てて宥めた。

「き、きっと本当に何か外せない用事が出来ちゃったんですよ! 私も最近そうでしたもん!」
「そうですよ。来れなかったなら来れなかったで、後でどれだけ楽しんだかを自慢しちゃえばいいじゃないですか」

 響の言葉に落ち着きを取り戻し、未来の言葉に奏は自慢話を聞かされる颯人の様を想像し機嫌を良くした。

「ん~……未来の言う通りか。来ない奴の事を考えてても仕方がない。思いっきり楽しんで、後で颯人を悔しがらせてやる!」

 気持ちを切り替え、拳を握り締め今日の遊び歩きを思いっきり満喫する事を決める奏に、響と未来はほっと胸を撫で下ろした。

 しかし表に出さないだけで、奏は颯人がこの場に居ない事を未だに残念に思っているのだった。




***




 その後、奏はとにかく響達との遊び歩きを楽しんだ。

 雑貨屋ではウィンドウショッピングと洒落込み、キャラクターグッズなどを見て回った。

 ゲームセンターでは、なかなか取れないクレーンゲームに響がムキになり騒ぐのを全員で宥めた。

 映画館では恋愛映画を全員で観た。選んだのは恋愛映画。内容は特に捻ったものも無く、王道を往くストーリー。奏はまぁまぁ楽しめた程度の感覚だったが、他3人はそうではなかったらしい。クライマックスでは3人とも涙を流しながら映画のストーリーに没頭していた。

 映画が終わった後、適当なベンチで感想談義に花を咲かせていた。

「いや~、途中どうなるか冷や冷やしたけど最後は綺麗に纏まって良かったね!」
「本当にね。色々大変そうだけど、ああいう恋愛って憧れるよね」

 響と未来が純粋に映画の総評で盛り上がる横で、翼は先程の映画のクライマックスでただ1人泣く事の無かった奏に声を掛けた。

「奏は? さっきのどうだった?」
「ん? 別に悪くはなかったと思うよ」
「その割には反応が淡泊に見えるんだけど?」
「え?」

 ジッと奏の顔を見つめる翼。奏はそこまで真剣に見つめられると気恥ずかしいのか、頬をかきながら顔をふいっと逸らした。

 そこで翼は、何かを思いついたのか目をキラリと光らせると手をポンと叩いた。

「そうか! 奏はあの映画の恋愛模様なんて眼中に無い位、気になる恋愛をしているから心に響かないんだな」
「はぁっ!?」

 翼の飛んでも発言に、奏は一気に頬を赤く染めた。
 その声に響と未来は興味をそそられ、奏の表情を見て彼女に詰め寄った。

「奏さん奏さん! 奏さんと颯人さんはやっぱりそう言う関係なんですか!!」
「馴れ初めとかそこら辺を詳しく!」
「待て、ちがッ!? アタシと颯人はまだそんな関係じゃないって!?」
「「まだっ!!」」

 完全にペースを乱され、珍しく狼狽する奏。
 普段見ることが出来ない、慌てふためく奏の様子を翼は心往くまで堪能した。




***




 その後、4人は服屋で試着と言う名のファッションショーに興じ、レストランで昼食を摂った。
 途中奏と翼に気付いたファンから逃げ隠れた時は、颯人のやり方を真似た逃走術を駆使し上手く出し抜いてみせた。

 カラオケでは普段のアーティストとしての顔に反して演歌を歌う翼に響と未来の2人が目を丸くした。

 が、カラオケで特に盛り上がったのはやはり即席で作ったコンビで行ったデュエット対決だろう。
 チーム分けは奏・響コンビと翼・未来コンビ。ある意味に於いてツヴァイウィング同士の対決は、それぞれとコンビを組む響と未来を嫌が応にも熱狂させた。

「おぉぉっ! まさかこんな形でツヴァイウィング同士の歌対決が見られるなんて!」
「何暢気な事言ってるの響。響は奏さんと、私は翼さんと組んで歌うんだよ? 私達が足引っ張るような事しちゃったら……」
「な~に、そう固くなるなって。気楽にやればいいんだよ」
「奏の言う通りよ。変に気負ったりせず、純粋に歌を楽しみましょう」

 こうして始まったカラオケデュエット対決。選曲は奏・響コンビが『逆光のフリューゲル』、翼・未来コンビが『ORBITAL BEAT』だ。

「「Yes,just believe 神様も知らない ヒカリで歴史を創ろう」」

 奏・響コンビは序盤からなかなかのコンビネーションを見せてくれた。元より響はツヴァイウィングのファンであり、彼女達の歌をよく聞いていたと言うのもあるだろう。だがこの場合は響が奏の妹分として二課で行動をよく共にする事が関係していると言えるかもしれない。或いは、2人とも同じ聖遺物・ガングニールのシンフォギアを纏っている事が、2人の間に何かしらの一体感を作り出している可能性もあった。

「「届け届け 高鳴るパルスに 繋がれたこの Burning heat」」

 対する翼・未来コンビはそれまで深く接点が無かったこともあってか、序盤はやや未来の方がぎこちなさを見せたが、そこは流石トップアーティストとして名を馳せる翼。上手く未来をリードしてみせ、すぐに2人の息はぴったり合うようになっていった。
 翼は奏が居るから自分は頑張れていると考えているが、翼自身にもその力はあったのだ。今の未来にとって、翼は彼女にとっての奏に等しい存在であった。

 どちらのコンビも優れた歌唱力を見せ、傍から聞けば甲乙付け難い勝負と言えた。

 果たして、勝負の結果は…………奏・響コンビの得点「92点」、翼・未来コンビ「89点」。
 デュエット勝負は僅差だったが奏・響コンビの勝利となった。

「よし!!」
「やった! 奏さん! 私達が勝ちましたよ!」

「ごめんなさい、翼さん。私が足引っ張っちゃった所為で……」
「いえ、謝らなくてもいいわ。寧ろ初めてのデュエットでここまでの点数を取れただけでも十分凄い事よ」

 勝利を勝ち取った奏と響はハイタッチを交わし、惜しくも敗北を喫した翼は落ち込む未来を元気付けた。

 この勝負が切っ掛けとなり奏と響は更に絆を深め、翼と未来もある種の連帯感の様なものを築き上げるのだった。




***




 存分に楽しんだ4人は、最後に響と未来の希望で街を見下ろす高台の上にある公園に向かっていた。先頭を行く響と未来、その後に奏、最後尾に翼が続いた。
 丸一日遊び歩いたと言うのに、未だ元気を陰らせない先頭の2人。その後に続く奏も、多少額に汗を浮かべてはいるがそれでも疲れた様子は見せない。だが最後尾の翼は大分息を切らせ、途中で立ち止まり息を整えながら3人について行った。

「翼さ~ん。早く、こっちこっち~」
「はぁ、はぁ……3人共、どうしてそんなに元気なんだ?」
「翼さんがへばり過ぎなんですよ~」
「颯人を追い掛けるのに比べたらこれくらいは、ねぇ」
「今日は慣れない事ばかりだったから……」

 翼の疑問の声に、響は元気一杯に、奏は少ししみじみとした様子で答えた。実際、奏にとってはこの程度あまり苦でもなかった。何しろ普段悪戯を仕掛けた挙句逃げる颯人を追い掛ける時は、単純に体を動かすだけではなく時折仕掛けてくる妨害の罠や姿を眩ませる為の偽装などにも注意しなければならないのだ。
 それに比べれば、ただ長い階段を上る程度如何という事はない。

「……防人であるこの身は、常に戦場にあったからな。本当に今日は、知らない世界ばかりを見てきた気分だ」
「そんな事ありません。ほら、こっち来てくださいッ!」

 何やら含みを持たせた言葉を口にする翼に、奏はパートナーのまだ知らない面を垣間見てやや複雑な気分になった。個人的な感情で戦士となった元一般人の奏と異なり、翼には彼女個人だけでなく彼女の家の意向などが絡んでくる。そこはとてもデリケートな部分である事が容易に想像できたので、奏は今までそこに踏み込んだことはなかった。踏み込むべきではないと察したからだ。

 そんな翼の複雑な事情と奏の感じた歯痒さに気付くことなく、響は翼の手を引っ張った。こちらの事情などお構いなしと言った様子に、しかし奏は何か肩に乗っていた何かが落ちたのを感じて笑みを浮かべながら翼と共に階段を上った。

「お、おい、立花引っ張るな。どこに……あ──」
「へぇ──」

 響に導かれた先……高台で待っていたのは、夕日に照らされた街の景色だった。その景色に翼は言葉を失い、奏は感嘆した。
 2人の反応に響は満足そうに笑みを浮かべた。

「ほら、見えますか?」
「あぁ……今日行った所が全部見える。アタシ達が守って、アタシ達が堪能した街だ」
「昨日に翼さんと奏さんが戦って守った世界なんです。だから、知らないなんて言わないでください」

 先程までとは打って変わって、優しく包み込むように紡がれる響の言葉。
 それを聞いて、奏はふと以前自分が翼に向けて言った言葉を思い出した。

──戦いの裏側には、違う世界がある……か──

 平和な日常。多くの人達は、彼女達がそれを守る為に日々戦っている事を知らないだろう。称賛してくれるのは事情を知るごく僅か。それ以外の者達にとっては、奏と翼はただのトップアーティストでしかない。

 その時、不意に奏の脳裏に颯人の顔が浮かんだ。彼は奏の裏の顔を知っている。だがどんな活躍をしたか、その結果がどんなものであるかは知らない筈だ。
 彼にこの光景を見せ、これが自分の今までの頑張りの成果であると言えばどんな反応を返すであろうか? そう思うと奏は今になって再び颯人がこの場に居ない事に、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

「……奏が今何を考えてるか、当ててあげようか?」
「──え?」
「颯人さんの事、考えてたんでしょ?」
「ッ!?」

 徐に翼に内心を見抜かれ、奏は言葉を失った。何も言い返さず目を見開く奏に、翼はしてやったりな笑みを浮かべた。

「やっぱりね。最近分かってきたけど、奏って颯人さんの事で悩むと決まってそういう顔するよね」
「ま、マジで? そんなに分かり易かった?」
「何時もに比べれば」

 今日は矢鱈と翼に揶揄われる事に、奏は恥ずかしさと悔しさが綯い交ぜになった気持ちを抱いた。翼の些細な変化に気付きそれを揶揄うのが2人の関係だったのに、今日はまるっきり逆だ。
 だが普段の翼とのやり取りで、こういう時相手がどんな反応を期待しているかを理解している奏はここで下手に否定することを止めた。ここは一周回って、開き直ってしまった方が追撃も少なくて済む。

「……あぁそうだよ。颯人がここに居れば、今までのアタシの頑張りを自慢してやれるのになって思ってね」
「あの…………ずっと気になってたんですけど、奏さんにとって颯人さんってどういう人なんですか?」
「へ?」

 翼に対して開き直ってみせた奏に、今度は響が問い掛けてきた。その問いは未来も気になっていたのか、口では何も言わないが目が興味津々と告げている。

「前に颯人さんが奏さんに告白してましたけど、奏さんは颯人さんの事をどう思ってるのか気になって……」
「待って響、颯人さんって奏さんに告白してたの?」
「あ、そっか、未来は知らないんだっけ」

 思わぬ所から降ってわいたコイバナに、未来が思いっきり喰いついた。
 響の口から当時の事を聞き出す未来を余所に、奏は改めて颯人が自分にとってどういう存在であるかを考える。

 大事な人、これは間違いない。そもそも彼女が装者となったのも、元はと言えばノイズへの復讐であると同時に颯人を助ける為でもあった。だが引き離されてからの3年の間に、彼は魔法使いとなり同時に助けられる必要が無くなった。

 だが恐らく響が求める答えはこう言うものではないだろう。『大事な人』では具体的にどう大事なのかが欠けている。

 どう答えたものか迷う奏。恋人と言うにはまだ告白に答えていないから明言し辛いし、ただの幼馴染と言うには颯人が告白してきた時点で言い訳がましい。
 悩む奏だったが、その時突然風が強く吹いて彼女の髪を靡かせた。思わず髪を手で押さえる奏だったが、その彼女の横を木の葉が一枚風に乗って天高くに舞い上がった。
 赤と青のコントラストが美しい夕焼け空に消える一枚の葉っぱ。それを見て、奏は最善の答えを思いついた。

「そうだな。強いて言うなら、“追い風”……かな?」
「追い風?」
「そう、追い風。颯人が居るからアタシは何処までも頑張れる。あいつが……颯人が背中を押してくれれば、アタシはどんな高い所へも飛んでいけるんだ」

 シンフォギア装者として頑張れたのは、颯人を救うと言う明確な目標があったから。そしてこの2年、ツヴァイウィングがトップアーティストとしての地位を不動のものに出来たのは根っこの部分に颯人からの激励があったからだ。彼が彼女の歌を好いてくれているから、歌手としても何処までも上ることが出来た。
 それは偏に、彼が奏を精神的に持ち上げる原動力──即ち追い風になってくれたからだ。彼が居なければここまで来れていたかは分からない。

「だから、追い風ってのがアタシにとっての颯人を的確に表した言葉かな?」
「へ~……何か良いですね」
「私にとっての未来みたいなものですね!」
「もう!」

 奏の答えは響にとって満足のいくものであったらしい。目を輝かせて自分と未来の関係を照らし合わせた。

 対して、翼はなんだか面白くなさそうな顔をしていた。当然だろう。奏の言い分では、颯人が居れば奏は高く飛べると言う事なのだ。自分の居場所を取られたようで、良い気分がする筈がない。

 そんな翼の変化に気付かない奏ではない。彼女が不貞腐れるだろうことは予想していたので、奏はそっぽを向いた翼に後ろから抱き着いた。

「つ~ばさ!」
「わっ! か、奏?」
「拗ねるな拗ねるな。大丈夫、翼もアタシにとって大事なパートナーだよ! 颯人だけ居ればいい訳じゃない。翼とアタシ、2人揃ってのツヴァイウィングだ。一緒に羽ばたく翼が居てくれるから颯人っていう追い風を受けて高く飛べるんだよ。だから安心しろって」
「安心って…………そんなんじゃない!?」
「じゃあ何で拗ねてたのさ?」
「何でって…………知らない!」

 機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった翼に、奏は心の底から笑い響と未来は翼をどう宥めようかと右往左往する。

 ヘソを曲げてしまった翼だったが、響と未来の言葉と気が済んだ奏の謝罪によって機嫌を直した。懸命に彼女を宥めようとした少女2人は安堵に胸を撫で下ろす。

 場が落ち着いたのを見てか、奏と翼は荷物からそれぞれ一枚のチケットを取り出し響と未来に渡した。それは翼の負傷によって中止になったライブから久しく行われていなかった、ツヴァイウィングの出演するライブのチケットであった。

「今日はありがとうな、2人とも。これ、アタシ達からのお礼だ」
「ささやかな物だが。今日はありがとう」
「これ、復帰ステージ!」
「あれ? 奏さん、この場所って……」

 感激しつつ、場所と日時を確認しようとした響はそこに書かれていた会場に目を丸くした。

 そこに書かれていたのは、2年前の…………惨劇の地とも言えるライブ会場であった。運命が決定的に変わった、彼女達にとって曰く付きの場所である。

「あ~……響にとっちゃ辛い場所、か」

 まだあの頃の事を引き摺っているかと、奏と翼は少し後悔しかけた。
 しかし次の瞬間響が見せたのは、満面の笑みであった。

「奏さん翼さん、ありがとうございます!」
「え、お?」
「響?」

 まさかの反応に困惑する3人。しかし響はそれを特に気にする事も無く言葉を続けた。

「また奏さん達のライブが見れるなんて、感激です! 私、絶対に行きますね!」

 どうやら奏達の心配は杞憂だったらしい。響は既に過去を乗り越えている。その要因の一端は間違いなく奏の存在だったが、この時の彼女はそれに気付かず純粋に逞しい後輩の姿に安堵し眩しそうに目を細めたのだった。




***




 日が沈んできたのを見て、高台を下り各々帰路につく4人。響・未来と別れて翼と共にマンションに帰ってきていた。

「んじゃ翼、お疲れ」
「また明日、奏」

 互いに自分の部屋に入る2人。既にすっかり日も暮れて暗くなった玄関に入った奏は、灯りをつけると遊び疲れた筋肉を解すように伸びをしながらリビングに入り電気をつける。

「ん~~……ん?」

 明るくなったリビングでさぁ今日の夕飯はどうしようかと考えた奏の目に、テーブルの上に置かれた1通の手紙が映った。宛名も差出人も書かれていない。一言で言えば怪しい手紙だ。

 しかし奏はこういう事をする奴を一人知っている。雰囲気づくりや場を盛り上げる為なら、どんなことでもやる男だ。これも大方彼──颯人が何か考えついて行動を起こした結果だろう。

「全く、颯人の奴……人の誘いを断っておいて、何だ?」

 ぶつくさ文句を言いながら、奏は手紙を手に取るとそれを躊躇無く開く。そこにはシンプルに、こう書かれていた。

『下で待ってるぜ』

 理由も目的も何も無く、ただ一方的に待っているとだけ書かれた手紙。場合によってはホラーな話だが、相手が颯人であると分かっていれば怖い事は何もない。

 それに、奏は少し期待していた。この感じ、颯人はきっと何かをやろうとしている。それもとびっきりの何かをだ。

 期待に胸を膨らませ、しかしそれを表に出さないようにしながら奏は再び部屋を出てマンションから出た。
 果たしてそこには、帰ってきた時には影も形も無かった颯人がマシンウィンガーに寄りかかりながら奏の事を待っていた。

「よぉ、待ってたぜ」

 颯人は奏の姿を見つけると、手を振って彼女を出迎えた。奏はそれに軽く手を上げて応える。

「んで? こんな時間に人を呼びつけて、一体何の用だ?」

 そう問い掛けると、颯人は勿体ぶった様に笑いこう答えた。

「ふっふっふっ…………夜のデートのお誘いさ」 
 

 
後書き
と言う訳で第49話でした。

今回奏が語った颯人の在り方は、彼の名前の由来でもありますね。颯人と言う名前の颯は「はやて」と読み、突然吹く風などの意味があります。そこから発想を得て、奏をより高みへと飛び立たせる追い風と言う颯人と言うキャラクターが出来上がった感じです。

次回は遂に颯人のターン!彼と奏の夜のデートですので、お楽しみに!

それでは。 
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