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同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

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閉会~金帰火来には遠すぎる~
  復興の国~エル・ファシル共和国にて~(下)

 進歩連盟本部を出発した車がエル・ファシル労働組合総連合事務所に到着し、ホアンを執行委員長と書記長が彼を出迎えた。

「いや、これはこれは、ホアン先生。お久しぶりです!」

「ああ、久しぶりだね委員長。少し痩せたかね?」

「いやいや、一昨年から会戦が続いて‥‥軍からの発注で景気はそれなりなのですが、若い衆が居なくなりますのでなぁ。年寄りが増えて、ハイスクールの若いのを呼んでも事故が増えちまいますし‥‥動員が続くのはなかなか厳しいですわ」
 戦争はないに越したこっちゃありませんが攻めてくるのは向こうさんですからねぇ、と委員長が唸る。

 中年の分厚い眼鏡をかけた書記長も訴えかける。
「実際のところ、今も大忙しなんですよ。ただ設備の老朽化が酷くて‥‥発注しても補修工事用の資材が来るのが遅れてしまったり、資材があっても軍の輸送やら応急施設の設営に人手を割かれて工期が遅れたり‥‥仕方ないとはいえそろそろ大規模労災が発生してもおかしくないですよ」

「わかった、わかった。今度の人的資源委員会でこの事を取り上げるよ。それで委員長、進歩連盟の総裁殿から連絡が言っていると思うのだが」

「えぇ、それなんですがねホアンさん。私達は確かにお宅の党を支援しております。ですがその、いうなれば労働者の組合なわけでして‥‥」
「そりゃあ労働組合だからなぁ」
 ホアンがにたりと笑って茶々を入れると執行委員長は顔を赤らめて胸を反らした。
「ウォッホン!その、つまり、応援はしますし、役員から議員が出るというのは名誉なことです。しかしですな、その、ロムスキー先生みたいに医師会や総裁さんみたいなものと言うと、そうですな、グレッグよりもウチの書記局から――」
 委員長がそう話しているといきなり事務所の扉が勢いよく開け放たれ――

「お疲れ様でーす!お呼びでしょーか!委員長!!」
 バカでかい声が響き渡った。

「おいグレッグ!あんまりデカい声出すなといってるだろう!」 
 委員長がそれに劣らぬ大声で返す。
「ブハハハハッ!!すいません旦那!あれ?もしかしてそちらが俺に会いたいってお客さんですかぁ!?
やーどうも!初めまして!グレゴリー・カーメネフです!ここの組合の組織部長を務めさせてもらっています!」

 リヴォフと張り合えるような大声である。彼の場合は退役軍人――というよりも『話が通じない老人』の振りをしている為にわざとやっているきらいがあるが。
 だがこの男は完全に地でやっているとわかった。40手前の巨体の持ち主であり鼻が赤く、上着のポケットから草臥れたスキットルが覗いている。人懐っこそうにニコニコとしている。
「おお元気が良い人だねぇ‥‥‥私はホアン・ルイ。労農連帯党委員長のホアン・ルイだ。よろしく頼むよ。」

「ホアン・ルイ?失礼ですが、あの政府の偉い人のホアン・ルイ先生ですか!?」

 書記長が慌てて眼鏡がずれるのもかまわずグレゴリーの肩を引っ張り、声を裏返しながら叫ぶ。
「えっえっ偉いなんてものじゃないですよ!組織部長!この方だって組織部長が動員をかけてくれたポスカ先生の上司みたいなものですよ!」
 ポスカ議員は労農連帯党の下院議員でやり手の弁護士であるが高齢なこともあり、最近では選挙活動に衰えが生じている。だからこそ刷新の為に人材を探しているのだが――
 ホアンは興味深そうにカーメネフを眺めている。
「いやいや、偉いといえば偉いのだろうが‥‥どうしたのかね?」

「な ん だ っ て ! ? 」
 書記長が机に突っ伏すのも構わずカーメネフは腕を振り回す。

「おやっさん!なんでこんなハイネセンのお偉いさんがこんなとこにきてるんですか!」

「おいグレッグ!なんてこと言うんだ!」
 委員長が目を剥いた。
「そ、そ、そうですよ!我々の声を届けてくれるのはまさにホアン先せ」
 泡を食ってまくし立てようとする書記長に指をズビシ!と突き付けてカーメネフは声を張り上げた。
「書記長!アンタだってこの人たちが本当に俺達の声を届けてくれていると思ってるんですか!?アンタが苦労しているのは知っているさ!だけど俺達もアンタも何度も何度も悔しい思いをしてきたじゃないか!アンタがハイネセンに行ったって向こうの連中は
金を出して雇ってやっているのにまだ金が欲しいのか、だなんて言われて悔しい思いをしているじゃないか!この間、酒を飲んだら泣き出したのは本音じゃないのか!」

「委員長だってそうだ!ハイネセンの都合で決められた金だけ受け取って放置されて!エル・ファシル奪還されてから2年、募金に言ってももう政治家で来るのは形だけの役員議員とウチの周りの同じ目に遭った選挙区の人達だけだっていってたでしょう!
反戦運動!?俺達に死ねっていうんですか!?戦争の英雄!?そりゃそうでしょうよ!でもその英雄はハイネセンに戻ったらこっちの事なんて忘れちまうんだ!そして来年には別に英雄が放送されている!俺達の事なんてもうハイネセンの奴らは誰も覚えちゃいない!!死んだ人間は無駄死に扱いだ!アスターテの人間もその後ろで暮らしている俺達も防壁の外に居るんだ!右だとか左だとか知ったこっちゃありませんよ!ハイネセンでね!テレビに映るような【偉い人】にとっては俺たちゃヨソモノなんだよ!!」

「グレッグそれは‥‥」「そ、組織部長、その、なんといいますか」
 あまりにも剥き出しの感情。同じエル・ファシル住む人間である二人は目を伏せてしまった。
 しん、と静まり返った会議室に拍手の音が響いた。ホアン・ルイはニコニコと笑みを浮かべながら、
「なるほど、なるほど‥‥なぁ皆の衆、今夜、もしよかったら、みんなで夕飯でも食べないかい?」



 エル・ファシルの寂れた飲み屋をホアンは貸し切っている。周りにいるのは組合の仲間だけだ。
 開始から30分ほどが経ち、適度に盛り上がっているところ、ホアンはカメーネフと対面の席に呼び出した。
「さて、カーメネフ君。話の続きが聞きたいね、君はハイネセンの『偉い人間』達をどう思っている?」
 
 そう促されるとカーメネフは少し緊張した様子でビールを一リットル飲み干すと口を開いた。

「俺はね、ホアンさん。以前はこう見えても軍にいたんですよ――なんですか笑って下さいよ、持ちネタなのに。まぁいいや、ハイスクール時代に両親が死んじまってね、まだちんまかった弟を食わせるために入ったんです。勿論ひどい目に遭いましたよ。でも俺のような学のない人間でも弟を養えるだけの給料は貰えました。知ってますか?同じ10代ならエル・ファシルで仕事を探すより兵隊の手取りの方が儲かるんですよ。おかげで弟はハイスクールもちゃんと卒業して専門学校で俺よりもいい資格を取ってくれました。
でもあの第4次イゼルローン攻防戦で負傷しましてね、脇腹を思いっきりやられました。今でも傷跡が残ってるんですよ。それで除隊になったんです」
 ジンをストレートで飲み干し、グレゴリーは脇腹を撫でた。

「軍隊は嫌いかね?」
 ゆっくりと焼酎のお湯割りを楽しみながらホアンが尋ねるとグレゴリーはテキーラのグラスを傾けながら快活に笑った。

「まさか!恨んではいませんよ!感謝しているくらいです、軍の紹介を受けてこの港で働きだしたんです。幸い俺は負傷したといっても働くことに支障はないので必死に働きましたよ。おかげで周りにも認められて、組合に誘われて‥‥‥いつの間にやらグレッグなら委員長を任せていいんじゃねぇか?って港湾労働組合のおっちゃんたちが言ってくれるようになりました。今の生活があるのは軍のおかげなんですよ!」

「なるほど、軍のおかげ、か」
 グレゴリーはウォトカをグラスの霜が溶けぬうちに飲み干し、珍しく落ち着いた口調で言った。
「ホアンさん。俺は軍隊のおかげでここまで来れました。だからこそ、一部のバカが言う民主主義の聖戦だなんて馬鹿じゃないか?なんて思います。おらぁね、戦争なんて大嫌いです。それはここで呑んでるダチも、上司も、それこそエル・ファシルのエラい人達だってみんな同じことを思っています。でもね、戦争が嫌いだと言っても帝国の連中は容赦なく攻めてくるんですよ。理不尽な暴力がいつ襲ってくるか分からないから俺達は戦争が大嫌いなんです。聖戦だなんて馬鹿じゃないですか?俺達は生きるために必死に戦ってるんですよ。その時に、俺達を、仲間も家族も、いざという時に守ってくれるのは軍だけなんです!そりゃぁここは交戦星域といっても多少は前線から離れたところです。だから有事の際にはアスターテやアルレスハイムから仲間が来ます‥‥‥避難する為に。やりきれませんよ!いいですか!俺達にとってはバーラトよりもアルレスハイムやアスターテの人達が仲間なんです!」
 グレゴリーはアクアビットの瓶を振り回しながら叫ぶ。
「そうだそうだ!」「俺達は同じ釜の飯を食ってるんだ!」「客観視だとかご高説たれてるハイネセンの連中とは違うんだよ!」
 いつの間にか港湾労働組合の若手組が集まっている。いやはやこれも彼の人徳かな、とホアンは苦笑しながら後を促した。
「オタクの先生方がいうようにね、民力回復が必要なのはわかっています。でもね!俺達には艦隊が、そして兵隊さん達がいてくれないと普通に暮らすこともできないんですよ!」
 グイッとグレッグはウイスキーを呷った。
「リンチ提督はろくでなしだった!ヤン提督はヒーロー!そりゃそうかもしれませんよ!?でもだからって『ヤン提督が出世しました、悪い提督が率いた駐留艦隊は縮小しました』で満足するのは他人事を外からやんややんやと言ってる奴だけですよ!!そんな馬鹿達が満足すれば俺達はどうでもいいっていうんですか!?『自由、自主、自立、自尊』?クソッたれだ!!俺達は助けてもらって生きているさ!でも俺達はここに居るんだ!!!ここで汗水たらして生きているんだ!!
人数が少ないから見捨てていい?採算が取れない?知った事かよ!!少数派だろうと!俺達は!!ここに!!居るんだ!!」

「そうだ!」「よく言ったグレッグ!!」「少数派に乾杯!!」「かんぱーい!」

 ホアンはビールジョッキを掲げてニコリ、と笑った。
「少数派に乾杯!だな」

 グレゴリー・カメーネフ氏の前に並んだグラスの数からは目を逸らす。

「なあ、お前さん‥‥気に入ったよ。うちから立候補して見ないか?」

「いやいやいやそんな重要なこと簡単に決めちゃダメでしょ!それに立候補なんて・・・ハイスクール中退の人間が立候補しちゃダメだろ。」

「同盟憲章にはあらゆる出自・学歴問わず被選挙権が認められている。」

「選挙に出る金なんかないですよ!」

「党から助成金が出るし、進歩連盟も君の為に資金も人手も出すさ。それでも足りなければ私も出してやる」

「法律も政策も詳しくないですよ!法律をつくるのが仕事じゃないですか!」

「そんなものは後から学べば良い。『何のために作りたいのか』が大切なのだよ」

「‥‥‥なんで俺なんだ?進歩連盟の総裁さんに聞いただろ?俺は一度、断ってるんですよ」

 グレゴリー・カメーネフの目をしっかりと見据えながら、ホアン・ルイは静かな声で答えた。
「それはそうさ、君はエル・ファシルに訴えたいことはないのだろう?いや、あったとしても君は『あの書記長さんに言えば何とかしてくれる』『連盟の先生に言えばわかってくれる』と信じられたんだ。いや、勘違いしないでくれ、馬鹿にしているんじゃないよ。それは君が今の議会政治を信じられている、とてもよいことさ」

「だがね、グレッグ。君は私に向かってあんな風に感情をぶつけたじゃないか。ならばそれをハイネセンで【エライ連中】にぶつけてみたくはないか?」
 
「俺、絶対とんでもない馬鹿なことしますよ!何を期待してるのか知りませんが!俺はただ酒を飲んでみんなとワーワー言ってるだけなんです!」

「君の言う【エライ連中】を国民の皆様はみんな雁首揃えてなんて馬鹿な連中がそろってなんて馬鹿な事をやっているんだ!と嘆いているじゃないか!今更君が馬鹿なことをやったって次の瞬間には別の誰かがもっと阿呆なことをやらしてるさ」

「ちょっ!あっあんたがそれを言っちゃダメでしょ!!」
 グレゴリーが目を剥くがホアンはカラカラと笑っている、ひどく痛快な気分になっていた。

「ジョージ・パームを知っているかね?『民主政治とは酒を飲み交わした労働者から夢を聞き出すこと』と彼は言葉を残しているんだ。
君はその政治の在り方を最も理解している人間だ!
ウチの議員はインテリ気取りと活動家根性が抜けない頑固な老人ばかりだ。是非とも若くて気持ちの良い、多くの人の気持ちが――それこそニュースを聞き流しながら酒を飲んで今日の疲れを癒しているような、そんな人たちの視点に立てる人が欲しんだよ。グレゴリー・カーメネフ、私を信じて同盟の国民に【エル・ファシルで暮らしている人々はここにいる】と叫んでくれ!」

「……分かりました。立候補の話、受けさせていただきます!これからホアンさんを盃を交わした親父と呼ばせていただきます!みんな!よろしく頼む!」

「いいぞー!」「えぇっ!グレッグ君が立候補するっていうのかい?」
「グレッグ!グレッグ!」「下院なんて言わず議長でいけ!」
「サンフォードなんかに負けるな!」「グレッグ!頑張れ!」
「グレッグのにいちゃんがハイネセンの分からず屋のケツを蹴っ飛ばすって!ガハハハハッ!!ソイツはいいや!!」

「お、親父かぁ……まぁともかくよろしく頼むよ、グレッグ」
 まだ50代なのよ、という繊細な男心は捨て置くのだ。
「はい!親父!これから世話になります!」
 こうしてホアン・ルイは珍妙な秘書を雇い入れることになった。後にとんでもない男を招き入れてしまった、と頭を抱えることになるのはもう少し先の事である。

 
 

 
後書き
【ニュース速報】
グレゴリー・カメーネフ氏、同盟下院選への出馬を表明。
 
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