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MOONDREAMER:第二章~

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第二章 勇美と依姫の幻想郷奮闘記
  第60話 神の依代と幸運の女神:前編

 迷いの竹林の中でも、人はおろか妖でも寄り付かないような、まるで全てを拒むかのような神秘的な場所。
 幻想郷のコンセプトと相反するかのようなそんな場所が、その幻想郷にも存在していたのだった。
 そこに、勇美と依姫は出向いていたのである。
 そして、彼女達の目の前には、美の全てを集約したかのような『幸運の女神』フォルトゥーナ・シグザール──通称フォル──が対峙していたのである。
 そう、そんな彼女こそが依姫がこれから戦う相手であったのだ。
 雅やかな巫女装束に身を包む依姫と、いかにも女神然としたフォル。その二人が対峙する様は言葉にし難い何かが存在しているのだった。
 暫し見つめ合っていた二人であるが、やがて口を開いたのはフォルであった。
「それでは始めましょう」
 たったそれだけの発言。だというのにフォルのそれは、まるで重大発表を下すかのような厳かな雰囲気が演出されるのだった。
 依姫ともあろう者ですら例外ではなく、その雰囲気に圧倒されていた。
 だが、彼女はその雰囲気に飲まれずに気を持つ事が出来ていた。伊達に月の守護者にしてリーダーを務めてはいないのである。
「はい、お願いします」
 そして、彼女も気丈な振る舞いで返すのだった。
「では……」
「いざ」
 言い合い臨戦態勢に入る二人。
 この圧倒的な二人が戦う先には何が待っているのか、勇美は固唾を飲んで見届ける決意をするのだった。

◇ ◇ ◇

 そして、神の使いと女神の勝負は始まったのだった。
 最初に動いたのは依姫であった。この者に対しては自分が得意とするような、相手の出方を伺うような戦法は通用しない、そう踏んでの事である。
 その為の神々を依姫は選び、呼び出す。
「『金山彦命』よ!」
 その呼び掛けに、依姫の前方に次々に金属の粒子が集まっていった。
 それが一頻り集うと、無数の細かい鉄の刃の群れが生み出されていたのだった。
 それを見届けると、依姫はまるで我が子に言い聞かせるかのような口調で宣言する。
「【鉄符「鋼の子らよ」】」
 言って依姫は刀をフォルへと差し向ける。
 すると、その命を受けて依姫が生み出した子供達はまるで意思を持つかのように、一斉にフォルへと飛び掛かっていった。
 狙いは寸分違わない。そして、その数の多さはそう簡単には突破出来ないだろう。そう思われた。
 だが、当の標的であるフォルは、微塵も動じてはいなかったのである。
 その状態で、フォルは自らのスペルを宣言するのだった。
「幸運【戦陣を抜ける一筋の風】」
 その後フォルが取った行動は、手刀を僅か一振りする、たったそれだけのものであった。
 それだけの動作により、彼女の前方に鋭いつむじ風が巻き上がったのだ。
 勿論ただ風が起こっただけではなかった。余す事なく依姫が放った鋼の群れを薙ぎ払っていったのだった。
「そんな……」
 その様子を見ていた勇美が思わず呟いた。依姫が仕掛けた攻撃が、こうも簡単に攻略される所を彼女は見た事がなかったからである。
 そんな最中、とうとう依姫の攻撃が終了したのだった。
「……」
 その後、依姫は無言でその場に立ち尽くしていた。手刀一振りで自分の攻撃を回避された、そのような事は月の守護者になってからは経験してはいなかったのだ。
 この事からも、フォルの力量の高さは得てして知るべきである。──とてもではないが、一筋縄でいく相手ではない。
 人はこういう局面では『挫折感』というものを味わうだろう。それも、優秀な人であればその分。
 だが、今の依姫は違っていた。何故なら、月の守護者になった今でこそエリートであるが、そうなるまでは彼女とて失敗や挫折はあったのだ。それを彼女は今まで忘れる事なく励みにしてきたのだ。
 それに、依姫は先の月と幻想郷の勝負において、やや手厳しい手土産まで貰っているのだ。
 そう、『ぎゃふん』と言わされたあの一件である。それにより綿月姉妹は『負けづらい存在』でありながら負けを知る事が出来たのだ。
 敵であった相手が二人の糧になるような事を敢えてする訳はないだろう。だが、それを『怪我の巧妙』だと利用してやろうという意気込みが今の依姫にはあった。
 そして、依姫は凛々しい表情でフォルを見据える。
「素晴らしいですわ。あなたの目は今の状況でもまるで曇ってはいませんわ」
 そうフォルは依姫を評価する。それは決して嫌味ではなく、彼女の素直な称賛の意であった。
「それはどうも」
 それに対して依姫は、やや皮肉を込めて返す。いくら相手が手強いものであり、尊敬すべき存在であれど、勝負するとなれば話は別である。
 だから対峙する者として相応しい態度を依姫は取るのだった。それが彼女流れの敬意の示し方なのであった。
 そして、第一の攻撃をかわされた依姫は次なる手を打つ。
「『祗園様』に『愛宕様』よ」
 依姫は彼女にとってお馴染みの神々を降ろした。しかし、この組み合わせは初めてである。
(依姫さんはどうするつもりだろう……?)
 そう思いながら勇美は事の成り行きを見守る事にしたのだった。
 勇美がそう思っていると、依姫は手に持った刀を真横に翳したのだ。
(?)
 今までにない依姫の動作に、勇美は首を傾げた。
 その次の瞬間であった。依姫の刀に燃え盛る炎が現出したのだった。
 格好いい……。少女なのに男のロマンを追求する勇美にとって、それは正に生唾ものの光景なのであった。思わず彼女は感涙しそうになる。
 一方で依姫である。剣に炎を纏わり付けて斬り掛かっても、それはただ炎の攻撃と斬撃を同時に繰り出すだけの事にしかならないのである。
 ──そんな子供騙しは、目の前の相手には通用しないだろう。そう依姫は思いながらこの二柱の神の別の扱い方を見せる。
 依姫は刀に炎を纏ったまま、それを地面に突き立てたのだった。
 その動作だけなら相手の行動を封じる祗園様の発動のためそのものである。──無論、それだけではフォルに通用しはしないだろう。
 だから、依姫はその祗園様の力に愛宕様の力を加えたのだ。続けて彼女はそのスペルの名を宣言する。
「【火柱「メガボルケーノ」】!!」
 その後、地面に突き立てられた刀から、神の炎のエネルギーがみるみるうちにそこに注がれでいったのだった。
 次の瞬間、それは起こった。依姫の前方の足元から炎の柱が噴き上がったのだ。
「すごい……」
 思わず勇美は息を飲むが、それは些か早とちりというものになるのだった。
 その理由は……。
「え、うそ……!?」
 勇美が更に驚いた原因。それは上がった火柱が一つだけではなかったからである。
 一つ上がったと思ったらまた一つ、そしてそれが終わる前にまた一つ。そうしてまるでドミノ倒しのように火柱が次々に精製されていったのだ。
 そして、勿論その進路にはフォルがいたのだった。
「……っ!」
 思わず息を飲んでしまうフォル。だが、彼女はそれだけで落ち着いて対処してしまう。
「これは凄い攻撃ですね」
 そうまったりと呟くと、別段取り乱す事もなくその火柱の前進を最低限の動作でかわしてしまったのだ。
 標的を失った火柱の群れは竹林の壁にぶつかる前に消滅してしまった。
 これは神の力による為である。神の意思が働いているが故に、自然破壊をしでかしてしまう前に自らその力を弱めたのだった。
 その様子を見ながらフォルは感心して呟いた。
「まあ、素敵ですわ。これだけの攻撃を仕掛けて来ながら、自然の事まで気を掛けていらっしゃるのですね」
「ええ、そうですよ。神の力を借りる者として、その力に溺れて制御を怠るなんて事になるのは言語道断ですから」
 そう返す依姫であったが、彼女が言葉を放つ口の角は上がっていた。
「!?」
 その様子に気付いたフォルは、警戒体制に入る。
「さすがは女神様ですね、察しが良いです。──でも、ほんの少し遅かったみたいですね♪」
「なっ……?」
 そうフォルが声を上げた際には、時既に遅しなのであった。
 ──辺りには噴き出しては消える火柱が次々に出現していたのだった。しかも今度は依姫からの直線上ではなく、この戦場の至る所に余す事なく吹き荒れていた。
 それでいて勇美の元には一つも出現していないのは、依姫の器用さと律儀さの賜物と言えよう。
(何て几帳面。やっぱり依姫さんは凄いですね……)
 ただただ勇美は自分の師の配慮に感心するのだった。
 勇美がそう感慨に耽っている間にも、無数の火柱が出ては消えを繰り返していた。
 それが一頻り続くと思われたが、異変は起こった。ほぼ無差別に辺りから噴き出していた火柱が突如として規律が生まれたかのように現れ始めたのだ。
 そして、連携を用いて襲いかかる肉食獣の如く一斉にフォルへと向かっていったのだった。
 瞬く間にフォルは火柱の群れに包まれ、爆発が巻き起こったのである。
「やった……?」
 この猛攻を受ければフォルとてひとたまりもないだろう。勇美は依姫の好転に胸を弾ませる思いとなっていた。
 だが、その状況下で声が聞こえて来たのだ。
「【幸運「清き流れの龍脈」】……」
 それと同時に爆発の中から何かが噴き出してきたのだった。
「何?」
 一体何だろうと思い、訝りながら勇美は目を凝らすと、その正体が解るのだった。
 それは激しく流れる水流であった。そして大きな龍の姿をしていたのだった。
 言わずもがな、その分厚い水の塊により、火柱により巻き起こされた爆発はものの見事に鎮圧されてしまっていたのである。
「すごい……」
 勇美は思わず、自分が応援する者の敵の奮闘であるに関わらず、称賛の言葉を送ってしまった。それだけ今の光景は目を引くものがあったからだ。
「でも……」
 それでも勇美は腑に落ちない様子で呟いた。その様子を見ていたフォルはそんな勇美の心境を読み取り、代弁するかのように説明をし始めた。
「そうですね、『こんな水の龍をどうやって呼び出したか?』ですよね。
 いいでしょう、お話しますわ」
 そう言ってフォルは柔らかい笑みを携えながら続ける。
「これは竹林の地下に流れる水脈の水です。それを利用させて頂きました」
 フォルは聞き入る勇美を目に入れながら、更に説明をしていく。
「そこで、どうやって水脈の水を呼び出したか……という疑問が生まれますよね。
 それは、私の神気で地面を突いて地下水脈まで届かせたまでです。
 後はその水を龍の形に練った訳ですよ」
 さらりとフォルがそう言ったが、それは並大抵の事ではないのである。地下に隠された水脈を探り当てる集中力に、何よりそこまで届かせる程の神気を練るという芸当は生半可な実力では出来ないのだから。
「ちょっと手間でしたけど、お陰で間一髪でしたよ」
 余裕に見えるフォルだったが、危ない所であったようだ。
 だが、それでも余力が有り余っているのが今のフォルであるのだ。
 しかし、依姫は口角を上げながらフォルに指摘した。
「ですが……『完全にかわし切った』訳ではないみたいですね?」
「?」
 そう言われてフォルは何の事を言っているのだろうと思った。自分には攻撃を受けた感触はないのだから。
 思いながらも何気なくフォルは自分の身の回りを確かめた。
「!!」
 その瞬間、フォルは認識したのだった。
 ──彼女の印象を強烈にしている古代ギリシャ調の白いワンピース。
 そのスカート部分が火柱の炎と爆発により焼け焦げていたのである。
「あらまあ、これは……」
 落ち着いた雰囲気を保ちながらも、驚いた態度で呟くフォル。そこへ依姫が言葉を掛ける。
「これは失礼しました。勝負に夢中になってとんだご無礼を働いてしまったようですね。
 それ程までの立派なお召し物ですから、さぞかし貴重でしょうに」
「いいえ、お気になさらずに。この服は神力で作ってありますから、修繕は容易なのですよ」
 皮肉の応酬をし合う二人。両者とも紳士的な口調であるが、互いに戦いが興に乗って来た事を示しているのだった。
 そんな二人のやり取りを見ながら、勇美は思っていた。──まるで次元の違う戦いだと。この勝負の内容に自分の付け入る隙がないと痛感させられる。
 だが、そこは黒銀勇美というものである。同時に『自分の神力で服を作れるなんて便利』等と思っていた。
 これをうまく使えば、外で人目の付かない所で裸で日向ぼっこして、人が来たら服を精製する等すれば露出プレイに大活躍だなと仕様もない事を考えていたのだった。
 そんな脳味噌がピンク色に染まっている勇美なものだから、次にフォルが取る行動は刺激が強すぎたようだ。
「でも困りましたわね。いくら服は簡単に修繕出来ても、これでロングスカートでは動き辛くて戦い辛い事が分かりましたね」
 そう言って、フォルはおもむろにスカートの焦げた部分をビリビリと破ってしまったのだった。聖女そのものといった風貌と振る舞いの彼女が行うそれは、大胆かつ破廉恥以外の何物でもなかった。
 そして当然、変態的趣味嗜好の勇美の脳には直撃する事件なのであった。
「うわあ~、フォル様がスカートをお破りになってなさるぶふぅ~」
 勇美は見事にノックアウトされて鼻血を噴出させたのだった。その醜態は紅魔館のメイド長にも匹敵する程であった。
 その様子を見ながら依姫は頭を抱えた。
「……お言葉ですがフォル様。あの子の前ではそういう刺激的な行為は自重して頂けると助かります」
「これはたいへんしつれいいたしましたわ~♪」
 依姫に返すフォルの口調は、実に軽やかかつ棒読みであった。
 その瞬間依姫は思った。このお方、絶対に故意犯だったなと。
 悪戯心が過ぎるなと依姫は頭を抱えるのだった。まるで永遠亭に住む健康マニアのあの兎みたいだと。
 それはそれと気持ちを切り替え、依姫はフォルに向き直った。
 そこにはスカート部分が短くなり、かつ裾は破れているという刺激的過ぎる女神がいたのだった。
 更に彼女自身の肉体的造型の魅力により、すらりとしつつ、むっちりと肉が付いた扇情的な美脚がそこから伸びている。
 ああ、これは。依姫は思いながら視線を勇美に移した。
 そうすれば、鼻血は治まったものの、短い着物の裾を押さえてもじもじしている少女の姿があったのだ。──要は『不安的中』である。
「勇美、くれぐれもフォル様を『オカズ』に使う事のないようにね♪」
 依姫はいつにない、とびっきりの笑顔で勇美にそう言った。
「あうう~……」
 その宣告を聞いて、勇美は餌のおあずけを喰らった犬のような恨めしい表情で依姫に視線を送り続けるのだった。
「さて……」
 そんな勇美はさて置いて、依姫は再び戦いに意識を向ける。当の勇美にとってはこれから別の意味での戦いになるだろうけれど。
「それでは戦いの続きを始めましょうか」
「ええ、スカートも短くなって戦いやすくなりましたしね」
 そう言ってぴょんぴょんと軽く跳び跳ねる動作を見せるフォル。
「フォル様、これ以上勇美を刺激しないように」
「ええ、善処します♪」
 そう言うとフォルは漸く悪ノリを自重してくれるのだった。
 改めて向かい合う二人。そこには再び緊張が走る。
 その二人の様子を見ながら勇美は思っていた。──この二人、戦い方が似ているなと。
 依姫は基本的に相手の攻撃を攻略する形で神降ろしを行い、刀は補助的な意味合いで使用する。
 対してフォルは手だけで戦い、スペルカードは相手の攻撃をかわす為だけに使う。
 正反対な戦法でありながら、似ている。そういう何とも奇妙な取り合わせ。それが偶然にもこの場に揃ったのだった。
 だからこそ、勇美はこの勝負の行方は目に焼き付けなければいけないと思うのだった。例えどちらが勝っても、自分の糧になるだろうと。
 ちなみにオカズの件は諦めた。生で使いたい気持ちは強いが、フォル程の存在なら夜に使っても効果覿面だろうから。
 そんな想いを馳せながら、勇美は改めて向き合う両者に視線を向け直したのだった。
 しばらく向き合っていた二人であったが、先に口を開いたのは依姫であった。
「ですが、さすがですフォル様。今の私の新作スペルには自信があったのですよ」
「それはお気の毒な事をしてしまったようですね」
 本気で少し申し訳なさそうにフォルは依姫に謝ってみせた。そんな所がフォルの奥ゆかしさを生み出している所以であるのだ。
 だが、依姫はこう返すのだった。
「いいえ、お気になさらずに。──私が次の手を打てばいいだけの事ですから♪」
「それは頼もしい限りですね」
 得意気にのたまう依姫に、フォルの方もほんわかとした態度を保ちつつも強気の姿勢をみせる。
 ──両者とも意気込みは十分なようだ。
 そして、依姫は次なる行動に移るのだ。
「『火雷神』よ!」
 その神の名を依姫は呼ぶのだった。基本的に『柔』を得意とする依姫が『剛』に徹する手段に打ってつけな神の名を。
 依姫の呼び掛けに応える形で、彼女の背後には膨大なエネルギーが生み出される。
 その力の名を、依姫は宣言する。
「【番龍「ヤマタノドラゴン」】……」
 そう、依姫が剛の力で最も得意とする、炎で練り上げられた八ツ首の大蛇であったのだ。
「これは……」
 さすがのフォルとて、この勇姿には肝を冷やしてしまう。だが、彼女は女神という存在である。故に、表にはその心境を余り出さずに対処したのだった。
 相手がどういう反応をすれど、やる事は変わらない。依姫は邪神の姿を模した炎に命令を下した。
「炎雷神よ、その炎の牙で敵を噛み砕け」
 その指令を受け、八つある炎の首は猛々しく唸り声を上げた。そして、その内の一体がフォルに襲い掛かったのだ。
「フォル様、次は焼け焦げるだけでは済みませんよ」
 依姫は得意気に挑発的に言うが。
「つまり、服全部焼けてすっぽんぽんですか~♪」
 勇美が台無しにしてしまったのだった。
「勇美、ちょっと黙っていなさい」
「……はい」
 依姫に養豚場の豚を見るような表情で言われて勇美は素直に口をつぐんだ。
 脳味噌が春全開な外野は放っておいて、視点は再び神の領域の者同士の戦いへと向けられる。
 依姫の放った炎の大蛇の一角は刻一刻といたいけな出で立ちの女神へと容赦なく迫っていたのだった。
 そして、獲物まで距離を詰めた炎熱の肉食爬虫類は飢えを満たすが如く大口を開けて牙を見せ付けた。
「まあ怖い……」
 狂暴な肉食獣にその身を脅かされる寸前となり、そう告白するフォル。
 だが……。恐れている様子はその台詞のみで、態度はそれとは見事に真逆なのであった。
「でも良かったですわ。今の私は動きやすくなっていますし♪」
 人差し指を上に上げて、茶目っ気を醸しながらのたまうフォル。
 そしてフォルは懐からスペルカードを取り出す。
 ──文字通り『懐』である。フォルはその薄着の中で強調されている胸肉を掻き分けるようにまさぐり、スペルカードを取り出したのだ。
 そんな破廉恥な様子を見ながら依姫は思った。やはりこの女神様は青少年の目によろしくはないと。そういう依姫も今は違えど基本はスカートにスリットが入った、やや際どい出で立ちをしているのだが。
 依姫が彼女にしては仕様もない事を考えている間に、フォルはスペルの宣言をするのだった。
「【幸運「幸せの歩み」】」
 そう宣言したフォルであったが、今の彼女に目立った変化は見られなかった。
 だが、炎の大蛇が彼女に噛み掛かった所でそれは分かるのだった。
 大蛇が噛みつく寸での所で、フォルは見事な足捌きでそれをかわしたのだ。
「えっ!?」
 その様子を見て勇美は驚いてしまった。今正に依姫の攻撃はフォルに届かんとしていたのだから。
「ふぅ……」
 何事もなく一息つくフォル。その様子を依姫は無言で見据えていた。
 だが、意を決して依姫は口を開く。
「まぐれが何度も通用するとは思わない事です。
 炎雷神の頭は後七つ残っていますよ」
 言うと依姫は刀をフォル目掛け差し向けながら言い放った。
「やりなさい」
 その合図を皮切りに、残りの炎の大蛇の猛攻が次々と行われた。二匹目が飛び掛かり噛み付き、三匹目、四匹目と続いたのだ。
 だが、それをフォルはものの見事に、全てをのらりくらりと足捌きだけで回避していった。
 それは、ボクシング等でいう所の『フットワーク』であろう。正にフォルは足を攻撃には使わないが『戦い』にはきっちり使うという模範的なボクサーそのものの肉体の行使の仕方をしていたのだった。
 その後も大蛇の毒牙をかわしては距離を取り、再びかわすという芸術的な身のこなしをフォルは行っていったのだ。
 このまま続けても埒が明かないだろうと思われた。だが、依姫の目は真っ直ぐにフォルを見据えていたのだった。
 そんな依姫にフォルは提案をしてくる。
「いい加減諦めませんか? このままやっても私はかわし続けますよ?」
 フォルの正論を付く発言。だが依姫はここで口角を上げながら言った。
「確かにこのまま続けても泥試合でしょうね……一対一の戦いの場合なら、ですけどね」
 その言葉の後、依姫は刀を空に高らかと掲げて宣言した。
「邪神の化身達よ、あの者に『一斉に』襲い掛かれ!」
 依姫の新たな命を受け、大蛇達の挙動に変化が訪れるのだった。
 それまでは各々が、謂わば勝手に動いていた状態であった。だが、今の合図を受けて統率が生まれたようである。
 そして、八体の大蛇は全てが一点を目掛けて飛び掛かっていったのだ。──ただフォルという倒すべき相手に向かって……。
「くっ……」
 さすがのフォルも依姫のこの機転には息を飲んだのだ。
 ボクシングでは、フットワークを巧みにこなす事で相手の攻撃に対処出来る。──しかし、それは相手が『一人』であればの話なのだ。
 リングの上では常に一人を相手にする、それがボクシングというものである。
 しかし、今行われている弾幕ごっこは、それとは些か違うルールの下行われているのだ。
 故に、一人を相手に複数で挑むケースもあるという事であった。
 それが正に今なのであった。依姫が放った炎の使い達は同時にいたいけな獲物に牙を突き立て襲撃したのだった。
 その瞬間激しい炎の爆ぜがフォルを包んだのだ。そして辺りは一瞬にして業火に覆われた。
 それからしばらく続いた炎の奔流であったが、それもやがて終焉を迎える。
 それにより、当然視界も晴れて来たのだ。
 そこにあったものは……。 
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