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熊祭り

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第一章

                熊祭り
 信濃の話である。
 諏訪にの山の麓の村に住んでいる太吉は村人達の話を聞いて眉を顰めさせそのうえで彼等に答えた。
「それは老熊だな」
「年老いた熊か」
「その熊か」
「ああ、熊も歳を取ると危ない奴になる」
 こう言うのだった、見れば太吉は髪の毛は真っ白であり若い時と比べると幾分薄くなっている。顔は皺だらけであり背中も少し曲がっている。自分の家の中で村人達の話を聞いてそのうえで言っているのだ。
「そして身体もな」
「大きくなるんだな」
「そうなんだな」
「もっと歳を取ると鬼熊になる」
 太吉はこうも言った。
「それはあやかしだ」
「化けものか」
「それになるか」
「もっと歳を取ったら」
「もっと大きくなってな」
 その身体がというのだ。
「そうなる、そして里に降りて馬や牛を攫って喰う」
「なら人もか」
「そうなるか」
「随分大きな熊だと思ったが」
「もっと歳を取るとそうなるか」
「今のうちに狩った方がいい」 
 太吉は確かな声で言った。
「鬼熊にならないうちに」
「ならだな」
「あんたがやってくれるな」
「そうしてくれるか」
「ああ、ただわしも歳だ」
 太吉はここでこうも言った。
「倅は今は別の山で鹿を狩っている、だから孫を連れて行っていいな」
「ああ、孫の五平か」
「あいつも連れていくか」
「そうするか」
「そうしてもいいか」
 こう村人達に言うのだった。
「あいつにも狩りや山のことを教えているしな」
「ああ、いいさ」
「そっちはあんたに任せる」
「あんたの思う様にしてくれ」
「それで熊を退治してくれ」
「鬼熊ってのになる前に」
「そうするな」 
 こう答えてだった、そのうえで。
 太吉は孫の五平を連れて年老いた熊が出たという山に自分の鉄砲を持って犬達を連れて中に入った。勿論五平も鉄砲を持っているが。
 五平はまだ子供っぽさが残るが背の高い孫に対してこう言った。
「いいか、獲物を前にしてもな」
「焦らないでだな」
「あと怖がるな」
 これも駄目だというのだ。
「絶対にな、落ち着いてな」
「狙いを定めてか」
「撃て」
 鉄砲、それをというのだ。
「いいな」
「祖父ちゃんがいつもおらに言ってるな」
「そうだろ、実際に狩りはな」
「焦らないで怖がらないでか」
「落ち着いて狙いを定めてな」
 そうしてというのだ。
「ここだって思った時にな」
「引き金を引けばいいか」
「そうだ、それにお前はわしが仕込んだんだ」 
 鉄砲、それをというのだ。
「その腕は確かだ」
「だからか」
「ああ、落ち着いてここだって時に撃てばな」
 そうすればというのだ。
「当たる、だからな」
「今もか」
「安心していけ、だが兎とか狸とか鹿は撃っていいが」
 それでもとだ、太吉は五平に山道を犬達を連れて進みつつ話した。 
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