| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

或る皇国将校の回想録

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

幕間 安東夫妻のほのぼの☆東洲再建記
第一章安東家中改革
  安東家中大改革(中)

 
前書き
登場人物
安東光貞 安東家若殿。温和で人当たりが良いがが決断力に欠ける。二十代半ば

安東瑠衣子 東海の有力海賊衆、海良家の長女。計数と経済に強いが気性が荒い。二十代前半

海良末美 海良家長男、姉に虐げられているが長男なので屈しない。時々屈する。二十歳手前の新品陸軍将校
 

 
皇紀五百四十六年 五月某日午後第八刻 東洲公安東家屋敷
”東洲公爵”安東家公子夫人 安東瑠衣子


 海良瑠衣子の輿入れから一年半が経ち東洲の経済は都市部を中心に徐々に再建の目途が立ちつつあった。
 特志保安結成かは、結成当初の名目で会った匪賊退治を早々に東洲鎮台に移管し、治安維持機関へと徐々に色を変えつつあった。
 瑠衣子の政策を支持した者達は忙しく動き回っているがその成果が支配者の収益として出るにはもう数年かかるだろが、少なくとも飢える心配のない多忙な日常がきょうきゅうされたことで、領民の民心は徐々に安定しつつある。

 一方で上層部の混乱は続いていた。戸守を中心とした反集権派閥は多忙、旧領への火急の用事等、理由をつけて若頭領とその妻が実質切り盛りしている州政庁にも東洲鎮台にも寄り付かなくなっており、領民たちは農地の再建に従事させられているが数年後、どのような状態になるのかはいまだ怪しいところである。

「瑠衣子」「はい」
 瑠衣子はそれを気にする風もなく夫となった光貞と独特の仲睦まじくやっていた。
 光貞と瑠衣子は一般的な将家の妻とは異なった関係を築いている。
  将家としては異例ともいえる女性の強さ――龍塞周辺に現在も残っている”里刀自”は時に虎州北部の小将家――その中でも今では安東家重臣と認められる程の家にも根付いている風習がそれを受け入れる土壌を作っていた。
 そして光貞個人の柔軟な思考とよく言えば穏やかな気性、悪く言えば気の弱さは、将家の長としてはけして褒められた気質ではないが、瑠衣子の才気走り周囲の人間を轢き回す性質と上手く噛み合っていた。

「叔父上から伝達があった。加賀美屋が皇都で妙な動きをしている。
――戸守たちに一枚かんでいるそうだな。東洲乱で火傷した癖によくやる。
海良家は連中と伝手はないか?」
 加賀美屋は東洲最大の資源の一つ鏡鉄鉱の加工とその卸問屋を行っている東洲商人――というより山師集団である――山師と言っても詐欺師ではない、鉱山の運営や植林などに携わる。
 加賀美屋の主は大倉山造衆と呼ばれる集団の実力者であり、東州乱では私兵を率いて裏で動いていたような連中だ。
 大倉山に広く散らばっている複数の惣の連合体による勢力である。元々は農業の片手間に狩猟、林業、河川水運を営んでいたが夷野に面した鏡鉄鉱の鉱山が発見されたことで諸将時代においてその重要性が更に増す事となった。その経済力で東洲有数軍閥に成長すると東洲の覇権争いに首を突っ込み目加田家にも深く入り込んでいた。そうした類の連中である以上、当然のように東洲叛乱にも参加した。
 だが新宮の戦いで背州軍の陽動と護州公次男が率いる護州騎兵旅団の突撃により重砲を喪失した事で大勢は決したと判断した、山造衆を構成する一部の惣が宮野木和磨率いる背州軍に接触。 
 東ノ府会戦において、大倉山造衆は目加田家に反乱を起こし東洲子爵である目加田直弘の手勢を討ち取り、要路を爆破、そのまま戦場から離脱したことで東州公軍は大敗することになった。
「あった者達は目加田公の手勢に殺されました――残ったのは東洲乱に積極的に介入した者達の生き残りです」
 だが敗戦後の残党狩りを恐れた目加田家は主君亡き後、責任の押し付け合いが加速し内乱に陥った。そして残党の一部は大倉山地の占拠を計画。山造衆が秘匿していた隠し港を狙っていたとも噂されていた。
 主要拠点である夷野側の鉱山地域の設備を放棄、略奪による壊滅的な被害を受け、さらに大倉山地の中を逃げ廻ることになった。
 を一通り受けた彼らはそれでも強かに東洲最大の産業用地である大倉山地の復興と目加田直弘の首を盾に皇主への忠誠を誓い、帰順した。
 光貞は一度冗談めかして実質安東家中を乗っ取る気満々の海良水軍と似たようなモノだと口にしたがその夜の趣向が一方的かつ著しく変更されてから二度と口にしなくなった。

「‥‥酷いものらしいな」「酷いものですよ」
 州政庁が送り出した文官を相手に有耶無耶な説明や露骨な嘘を吐き、場合によっては”匪賊”を利用した恫喝すら行っている。
 安東家が皇都からの支援を受けている事で”自分達が代々作り上げた”物を奪われる事を悟っているようだ。


「――例の宮浜はどうしている」
 工部省の【嘱託】調査員、あまりにも胡散臭いが中央から金を引っ張てくるには腹立たしい事に彼の協力が不可欠である。
「末美と保安隊の気が利く者を何名かつけさせていますが――」
 ふぅ、と瑠衣子はため息をついた。
「どうも”腕っこき”なのは間違いないようです」
 光貞達は、内治と東洲鎮台の設立準備――鎮台は軍政機構なので正確に言えば鎮台が設立され部隊の編制(及び編成)が行られるのだが――に専念していたが、一方でこの男の目的も探りを入れていた。
 光貞はうぅんと唸った。
「そもそも彼は誰でどこの誰が東洲送り込んできたのだ。連れてきたのは末美君だったな」
 細巻を咥え、長椅子に座ると瑠衣子は隣に腰かけた。
 護州の者ならまだいいが背州であれば腹に何を抱えているのか分かったものではない。
 執政府の改革派や皇都の大店連中であれば大倉山地の鉱山、林業利権を奪われるかもしれない。投資による利益の分配なら――安東が配る側に立つのであれば――まだしも利権の支配権を譲り渡すなど認められるものではない。
 安東家は関州の売り飛ばした資金とあちこちから借り入れた金を東洲の大地に注ぎ込んでいるのが実態である。
 他人の金でやる政治は美味いかと聞かれて満面の笑顔で美味しいですと答えるのが瑠衣子であったがそれは返済を行う自信があるからこそだ。
「それが、どうも誰が送り込んできたのか判断がつかないのです。関州の関口屋を通じて声をかけたのですが、護州の方が紹介したのは間違いないのです鉱工寮の油州の事業に関わっていた者が紹介し、それは豊州の反乱事後処理に携わっていた者が紹介しただの、そこから更にいや、大蔵省の収税局にいた者が――だの、いやアイツは民部省の検地寮が雇っていた――だのもう滅茶苦茶です」 
 この時期、執政府は部省制をようやく有難味のための制度から管理運営の為の実務を担う制度へと転換を始めた最中であった。省庁の内部部局――時には省単位ですら――統廃合と新設が相次いでおり、組織図は年度ごとに変更される始末であった。
「内務が皇室魔導院とは別に邏卒を利用した組織を作っているとも聞いている」

 ましてやその中で実務の端々――そして時に後ろ暗い自治への介入などを――担った”嘱託”の人間を追う事はできなかった。七程前から動いている魔導院の”特務”の青二才共との関係すら臭わされている。
「私達の作った保安隊に至っては――あぁぁもう!!」
 拗ねたようにいいながらガシガシと光貞の腕に頭をぶつけてきた。
 保安隊は治安機構としてはともかく政治情報機関としてはひどく頼りないものであった。東洲内の治安安定には貢献しているが権謀術数渦巻く皇都のそれらと競い合うには経験も人手も教育能力も足りていない。

「‥‥‥関州を手に入れ、東洲にも首輪をつける、か。よほど我々も信用されてないのかな」
 光貞は苦笑した。いやそれも当然か、とも思っていた。安東光貞の生来の気弱さはどこか冷淡に安東家の能力を評価していたところもあった。父は勤勉で勇猛ではあったが安東家としての体面を保つためにその努力の過半を集中せざるを得なかった。
「‥‥‥皇都と戦いますか」
 甘えた素振りのままだが声は冷たく、鋭い。
「まさか、いまのところ互いに目的は一致している。何より中央だ」
 重臣を地方勢力から安東家の官僚へ作り変える。以前と同じような主家と対等であるような事を認めるつもりは当然ながら安東家としても執政府としても認めるつもりは毛頭ない。
 皇家の下に五将家があり、五将家の下に陪臣が居るのだ。大半の改革派一種の単純化と効率化を目的とする。安東家におけるそれもそうした多数派の改革に属するものであった。
「私達は東洲の者にとっては”中央から来たもの”で、皇都の連中にとっては東洲に新しく居座った莫迦な政敵なのさ
その均衡の上に居るのが今の安東家だ。瑠衣子が思っているより我々は危うい」

 光貞は気弱で決断力に欠けているが、けして見かけの印象のように愚鈍ではない。瑠衣子に引っ張りまわされるようになってからは事後処理や根回しの才覚は父から確かに譲られているのだと周囲からみなされるようになっている。
 瑠衣子のそれが甘えるというより頭突きのそれになってきた。
「だからこそ先に東洲の地盤を固めない限り本格的に皇都の舞台に立つ事すら――痛い、痛い、あれ、ちょっと気持ちいいかも、いややっぱり痛い!!待て、待て、とにかく今は執政府は支援を引き出す相手だ!!それに――奴がその手の仕事をやる人間なら今は好きにやらせておくべきだ、利害は一致している」

「‥‥分かりました、光貞さん。では今は御家の改革に注力しましょう」
「大倉山地、大倉山地だ。あの地を平定すれば安東は安定するよ。なんとしてもあそこは安東家の統治下におかねばならない。名だけではなく実も」
 山岳戦闘と爆薬の扱いに秀で、東洲で重用される武装組織を保有した勢力なのだ。
当然、そのような武装勢力は飼いならすか武装を放棄させねばならない。
 そして安東家は武装を放棄させることを選択していた。
「明日は鎮台司令部の方に出る」
 瑠衣子の動きが止まった。
「――保安隊だけでも十分ではありませんか?」
「そうはいかないよ。確かに嫌な仕事だよ、瑠衣子。
だけど私がやらなくてはならないのだ。五将家とはそういうものなのだよ」
 瑠衣子はほぅ、と溜息をついた。 光貞は決断力に欠けているが一度決めたことは必ずやり遂げる性質であった。だからこそ瑠衣子は夫であるこの男をただの傀儡と考えたことはなかった。



六月某日 午後第五刻 要江より南方十五里
安東家重臣 戸守領屋敷 ”東洲公爵”安東家公子 安東光貞


 4人乗りの簡素な箱馬車、外観だけでみれば特徴は3頭轢きであることくらいだ。
だが近づいてみるとその理由がわかる。御者は武装しており、馬車も中に乗る者を護るべく部分部分に薄い鉄板で装甲が施されている。
 中にいる者は貴顕の者であった――つまりは安東光貞のその妻である瑠衣子だ。
「――はじまるようですね」
 瑠衣子は宮羽織に宮袴といった上流階級の女性の外向きの服装であるがこのような物騒な馬車に乗っているのは相応の理由がある。
 扉を開くとそこに『相応の理由』が居た。

「瑠衣子、無理に出なくても良いだろうに」
 安東光貞は陸軍少将の軍服姿で騎乗の人となっている。
「仕上げを自分の目で確認したいのですよ」
 というのは半分嘘で半分本当である。本来であれば机上で何もかもを片づけるつもりであった。保安隊も安東家の指揮下であるが厳密にいうと州政庁の指揮下にあり、皇主の名の下に執政府によって定められた法と州政庁による州法に基づいた犯罪の検挙を行う。
 安東分家が務める東洲治安判事も実質は安東家の【助言】によって決定されているが皇主が刑部大臣の推挙を受けて執政の皇主に対する奏聞を経て任命されている。
 瑠衣子自身も無論だが光貞も戸守一派の処断に姿を見せるつもりは皆無であった。

「若殿様、奥方殿。準備が整いました」
 神沢大尉が指揮を執る快速中隊が鎮台副司令官直属という扱いで支援にあたっている。彼もまた分家筋の人間で政局に携わりたがらない実務肌の彼は海良家の改革を安東が手綱を握る前提で支持をしている。

「ご苦労、済まぬが保安隊が陣頭に立つことになる」
 光貞の言葉に対し、神沢は珍しく返答ではなく疑問で返した。
「副司令官閣下、それは政治ですか?」
 表情というものをけしさったまま同年代の『陸軍少将』から視線をそらさない。
 
 光貞はゆっくりと息を吸い、吐いた。
「少なくとも戦働きではない。これは”戦”ではない。そうであってはならない。そうだろう惟長」

「戦ではない、ならば我らは今何をしているのです」
 神沢はゆっくりと繰り返した。何を考えているのか、その表情からは全く読み取れないままであった。
 光貞は口を挟もうとした瑠衣子を遮るように馬を動かし、そして神沢にゆっくりと、だが明瞭な発音で答えた。
「犯罪の検挙、だ」

 神沢は少しだけ嬉しそうに答えた。 
「承知いたしました、若殿様」
「なんだ」

「そうしたことははっきりとおっしゃってください。
政治にまみれて必要な事すら濁すようにはならんでください」
 神沢は笑みらしいものを浮かべ、兵たちのもとへも馬に乗り、駆けて行った。
 余談ではあるが神沢惟長大尉は二十数年後には中将にまで登り、近衛総軍の司令長官として皇室や五将家の意向が錯綜する近衛総軍の面倒を見ることになる。

 そして神沢の姿が見えなくなると入れ替わるように海良末美少尉が宮浜を連れてやってきた。
彼は光貞直属の伝令将校として瑠衣子から貸与されている‥‥貸与という言葉を義弟の全てを諦めた顏の事は記憶から抹消した。
「司令官閣下、保安隊と神沢中隊長の騎兵隊が……」
 
「わかっている神沢と話していたよ」

「いやぁ三百近く人手を動員するとは大捕り物ですねぇ。
これほど素晴らしい手際でしたら我々としても一安心ですねぇ」
 宮浜は張り付いた笑みのまま愛想を振りまいている。その正体はつかめないままだが、光貞からすれば工部省の利益代弁者であり、天領から補助金を引っ張ってくるには必要な人間であるのは事実だ。
 ある意味では他四将家と執政府に対する信頼の証明のようなものだと考えている。

「君の目的は東洲の鉱工業再建だったな」
 当然である。アスローンや〈帝国〉から鉱石を輸入するのはひどく面倒である。政治云々ではなく単純に技術的な問題もまだ残っているし、正貨の流出を抑えたいのは国家としても大店連としても――個別の商会としてはともかく総体としては――同じである。
 だからと言って安東家の利益になるとは限らない。そこに入る資本は護州やら天領やらの物を求めるのはわかっている。そこからはまた新たな戦いになるだろう。

「その為にも流通です。『関所の関州』がここに再現されるのも困ります」
 戸守達が何を考えているのかといえば東洲に悪影響を及ぼしたいわけでも、安東家を破産させたいわけでももちろんない。いうなれば『関所の関州』即ち安東家の統治下で知行を所有した者達が自由に関所を建て、通行税を取り、それをもって安東家の招集に応じて従軍した。現在光貞が求めている忠誠に対する対価こそが『関所の関州』だったのだ。
 
「皇都でもよほど評判が悪かった、あぁ分かっている事だがね」
 内王道は非常によく整備されている。なぜかといえば関州は重臣達が通行税をせしめようとそれぞれの所領に好き勝手に関所を建てていたからだ。
 皇都に近く、治安が良くともそれを厭う商人達は内王道や東沿道を積極的の整備に投資をした。特に内王道は多くの問題を抱えながらも整備され、内王道最大の村落である丹母沢が人口二千人を超える宿場町となる程に栄え、陸運の駒州に欠かせない拠点の一つとなっている。

「徴税に関しては州政庁が主導する。天領とやり方は異なるが洲内の流通を自由化するのは変わらない」

 宮浜は微笑を浮かべ、良い事ですね、と呟いた。
「さて、私の方でも何両か馬車が入っているのは確認しております」

「偽装しようにも馬車そのものが貴重品、こちらが網を張れば足がつく、と。
向こうさんも焦っておりますなぁ」
 光貞はじっと宮浜を見つめる。愛想は良いが本心は見抜けない。

 接眼鏡を向け、宮浜は笑みを深めた。
「おや、突入をはじめたようですな。少々早い」

「門を開けよ!!東洲公の御用である!御屋敷を改めさせてもらおう!」
 門衛との応答に対し令状を突き付けるが門衛は尊大にあしらおうとする。

 あまりにも一時期衆民の間で流行った世直し物の読本めいたやり取りに光貞は赤面をして咳払いをした。

「いやぁはははは、古き良き光景ですなぁ。
――さてさて」
 海良は気まずそうに間をもたせようとするがーー

 ズンッと臓腑を揺さぶる様な音が響くと海良の跡継ぎは悲鳴を上げて腰を抜かした。
 門衛達は泡を食って屋敷の中から立ち上る煙を指さして喚き合っている。
「爆発‥‥」
「おやおや大倉山の連中は蜂起に向けて玉薬でも隠していたのでしょうかねぇ」
 宮浜は気の抜けたような笑顔のまま平然としている。

「何事だ!」「改めさせてもらう!邪魔立てするなら捕縛せよ!」
「囲め!!逃がすな!」

「松田班は爆発が起きた地点と厩舎を抑えろ!!」
 保安隊はいち早く我を取り戻し、摘発の為に突入した。精神的な大義名分――というよりも確信ができたことが大きいのだろう。

「あの様子では爆薬を持ち込んだ大蔵の御山にはさぞ物騒な物が眠っているのでしょうなぁ。
いやぁ怖い怖い。海良殿も将家の御方。なにとぞ軍務の上で危険物の扱いにはお気を付けを‥‥」
 腰を抜かした末美に向けて宮浜は微笑を浮かべたまま手を差し伸べた。

 立ち上がっても呆然としてる新品少尉を見て光貞は何はともあれ仕事を与えるべきか、と苦笑した。
 光貞は東洲で戦争の現実をみており、さして度胸のない貴族将校に同情的であった。
「末美君、保安隊の仕事ぶりを見てきてくれないか」

「義兄上‥‥ありがとうございます!命の借りはいずれ!」

「い、いの‥‥うん、まぁ気をつけて」
  さてそれでは私も、と宮浜はニコニコと笑ったまま末美の後を追う。
 馬車の方が騒がしくなったのに気付いた光貞は苦笑する。
「‥‥‥彼女の様子を見ておくか、うん」
  




 半刻もせずに東洲鎮台兵の出番もなく捕り物は終わった。武門の名門は軍ではなく治安機構により捕らえられたのだ。

「若殿!貴方は――何を!」
 安東家武門の名門、五将家たるに相応しい武威を数代に渡って見せてきた一族の初老の男は――縄をかけられ若頭領の前に引き出されていた。
 神沢率いる精鋭騎兵と保安隊の屈強な者達が油断なく取り囲んでいる。
 いつの間にやら工部省から来た男は姿を消しているが気づいているのは末美だけだ。
「残念だ、残念だよ、戸守。必要なことだと言ったはずだが――家臣複数の連名による決起状、若殿を押し込めて海良家の追放、か」
 ふと父はこれを分かっていたのかもしれない、と考える。光貞を押し込めるという事は逆に言えば皇都の安東家当主である明貞の承認を得られる前提だ。
 
「若殿は誑かされておられる!どうかお目をお覚ましになってくだされ!!
貴方に乗馬をご指南させていただいたのはこの私ですぞ!!」
 ――この計画を成功させられるほど東洲地方勢力を掌握できているのであれば海良を切っても問題ないという事か――いや考えすぎか。
 どうであれこの男達は失敗し、私を賭けた海良が勝った。もう戻れない!!それが真実だ。
 光貞はこみあげてくる何かを飲み下した。悲しみか、過去への郷愁か、それとも怒りなのか、本人にも分からない何かであった
「た、誑かす、か。最初に誑かされたのは我々で、誑かしたのは君達だよ」

「誰もが手を伸ばさなかった東洲に手を伸ばしたのは何故だ。
君達は拡張を求めていた、我々は家中の均衡と他の五将家に対抗する為にそうせねばならなかった。
この判断は父の、明貞公の責において下された決定だ。貴様らとの協議を経て、な」

「‥‥‥」

「戸守、なぜ東洲に貴様らが行こうとしたのか分かっているか?
龍州の平定後、駒州は良馬の販売だけでなく街道の整備に投資をして大いに経済を発展させた。
それを我々は出来なかったからだ。何故かわかるか?
重臣団の知行に対する慣習法を尊重しすぎたからだ!!そして重臣団の知行運営は旧態依然としていた!
龍州が天領になった事にも、それによる商人達の台頭にも対応できなかった」
 光貞はこれを震わせたが動揺ではなく怒りによってだ。自身の精神を護る為の単純化である、と自身がどれほど狂おうと客観視できる狂気を持った男であれば自身を冷笑したのかもしれない。だがその異能を持った者はいまだ幼く駒州公の屋敷で暮らしていた。

「わっ私にだってわかっていた!お前達がやっていることは間違っている!
それでも祖父の代から功があるから父上はお前達との均衡を守ろうとし!関州は衰退した!
駒城がなぜ拡張せずに潤っているのかわかるか!
皇龍道の立地に胡坐をかいて!所領持ちが未だに関所を建てているからだ!!
駒州の家臣団はもう関所などとってはいない!!
良馬の産地だから?駒州の立地に恵まれているから?内王道も東沿道も皇龍道ほどに良い立地ではない事くらい貴様らにもわかるだろう!」

 戸守達は光貞の怒りを無感情な眼で眺めている。何に対して怒っているのかを理解できているのか、何を感じているのかもわからない。ただ己たちに救いがない事を知って呆然としているのかもしれなかった。

「わ、我々はそれを改めなければならない。もはや時間はない、東洲に移り、地縁と重臣を切り離した今こそ安東家中の在り方を、あ、改めなければならないのだ!」
 感情を爆発させた後の疲労と羞恥が光貞を襲う。その刹那、瑠衣子がそっと光貞を支えた。
「――ご立派です。若殿様は安東家の若頭領として在り方を示しました。
以上です。申し開きは法務官と治安判事たちに――」

 戸守がその刹那、怒りに燃え瑠衣子に吼える。
「貴様‥‥女狐め!安東を壟断し何をするつもりだ!!」

「いま光貞様がおっしゃった問題を解決する、それだけです」
 瑠衣子は侮蔑を隠さず戸守を嘲笑った。
「壟断?私をそう批判するのであれば貴方達の今までの在り方こそ壟断そのものではないか
関州にいたのであればまだ故もあろう、だが東洲で明貞公からいただいた所領を持つ貴様らが儘に振舞うゆえなど最早ないのだ。
すでの皇主陛下は新たな法を敷き、我々は州法を定めている。貴様らはそれに裁かれるだけだ」

「黙れ女狐!我が家は恐れ多くも五代前の安東公より所領を賜わり、父の代より関州男爵を務めた身だ!すなわち安東公が家中の臣であって海良の家来なぞではない!
我が屋敷内で貴様らの走狗が狼藉を働くとは言語道断!この無礼は――無法は――!」
 
 瑠衣子はここまで莫迦だとは思わなかったわ、とだけ呟くと言葉に詰まった初老の男達になんら関心を示さず、夫へ労わるように声をかけた。
「――若殿様。軍人としての御勤めがあると存じます、お先に失礼させていただきますわ」

「‥‥‥あぁ」
 その日、安東光貞は安東家若殿として数名の将家家長の自決を見届け、そして州政庁副長官としてそれ以外の者達の治安判事への送致手続きを行った。

 そして工部省の宮浜は姿を消したまま数日後、大戸山造衆を構成する惣年寄のうち、鉱山経営を担当する有力な惣年寄と側近の若集達が爆発事故に巻き込まれ死亡した。
 
 

 
後書き
申し訳ございません。
文章量が増えすぎたので(中)とします。(下)は明日か来週投稿します。
本当はこれ最初1話でやるつもりだったんですよ。
なんで????


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧