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魔法使いへ到る道

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5.お泊りですよ

「はいアナタ。あ~ん」
「あーん。むぐむぐ。うんうまいぞ」
「あら、嬉しいわ」
 棒読みの掛け合い。どっかのテレビドラマから引っ張ってきたような白々しい台詞だが、今は仕方ないだろう。
 なぜならこれはおままごとなのだから。どれだけ違和感があろうとも、それっぽいことをやっていればいいのだよ。
「ママー、おなかへったー」
「ああ、ゴメンなさいね。はい、あーん」
「あーん」
 娘役のなのはが大きく口を開け、何かを咀嚼するような動作をする。使っている食器こそ本物だが、当然ながら実際に何か食べ物があるわけではない。食べ物で遊ばない、ということか。
「にゃ、にゃー」
「はいはい。ちゃんと用意してあるからね」
 猫役に割り振られたアリサが恥ずかしがりながら鳴き真似をする。十分可愛いけど、これで目の前に置かれた皿に顔突っ込んだら最高なのにな。
「アナタ、あ~ん」
「うん、うまい。ほらお返しだ。あ~ん」
「あーん」
 夫婦はラブラブで食べるときは一口ごとにお互いに食べさせる、という設定。聞いた時は「あー、いるかもな」と思って了承したのだが、如何せん実際にやってみると面倒くさい。ガキじゃないんだから自分で食えるだろ、という感じだ。
 しかし相手のすずかはそれなりに楽しそうなので文句は言えない。でもやっぱり俺は楽しくない。
 今日、というか最近雨続きで外で遊べないから、集まった俺んちでおままごとをやろうっていうのは、まあ分かる。役をあみだくじで決めるのも分かる。
 だが、俺の名前から続く線が『お嫁さん』につながっていたのは納得がいかない。
なんでだろーなー。何で俺がお嫁さん役なんだろーなー?クジ運が無かったのかなー。
 すずかに食べさせ、なのはに食べさせ、アリサの頭を撫でる。どうしてお母さんがここまで忙しいのか。全国の主婦の皆さん、お疲れ様です。
 しばらくしてご飯の時間は終わる。さっきのは晩御飯で、予定では次は家族でまったりするのがシナリオだ。
 テレビをつけて子ども向けのアニメを映し、画面からある程度はなれたところに座る。……のはいいんだけど。
 何故俺が真ん中で右になのは、左にすずか、そして膝の上にアリサが寝そべっているのだろうか。お嫁さんってなんだっけ。
 さて、なのはとすずかはアニメに集中しているからいいとして、問題は猫役のアリサだ。猫らしく、俺の膝の上で丸くなっている。
「…にゃぁ」
 目が合うと小さく鳴いた。決まった時は犬の方がいいといっていたが、恥ずかしさ的にはどっちもどっちだろう。
 とりあえずただ見詰め合っているというのもアレなので、ペットにやるように構ってみることにする。髪の毛を弄ったり、あごの下をくすぐったり。
「にゃ、にゃ、ちょ……っと」
『おやおや?猫のはずなのに今人の声が聞こえたような?』などと目で問いかけると、アリサはぐっと唇を噛んで声を抑える。ままごとをやろうと言い出したのはアリサなので、責任感の強いこの子はまじめに役割を演じているのだ。
 あんまりいじめすぎるのもアレなので、これからは軽く髪を撫でる程度にしておく。
 ぼーっとしていると30分アニメがエンディングを迎える。キリがいいのでそろそろ次のシナリオに移ることに。
 場所を変えて、現在寝室。父さんと母さんと俺とで毎晩川の字で寝ている大きめのベッドである。俺が小学校二年生くらいになったら一人部屋を与えられることになっているがそれまでは一緒に眠ることになっている。
 その大きいベッドに四人して潜り込む。俺とすずかの間になのはとアリサを挟むように。ペットと一緒に寝るのはどうかと思ったが、すずかとアリサの家ではそれが普通らしいのでいいのだろう。
 シーツを被り、目を閉じて眠る振りをする幼い演技派たち。小さく笑いながら、くぁ、と欠伸をする。
 少しだけ眠たくなってきた。見れば彼女たちも今にも眠ってしまいそうだ。
 音を立てないように枕元の目覚まし時計を操作し、一時間後にセットする。帰宅時間のことを考えてもこれぐらいが妥当だろう。
 窓の外から聞こえる雨音を子守唄代わりに俺はゆっくりと意識を沈めていった。


 起きたら外がすごいことになっていた。
 一時間のうちに雨脚は一足飛びに強くなったらしく、バケツをひっくり返したような豪雨になっている。家の中にいてもゴウゴウと鈍い音が響いている。
 この雨の中子どもが外を歩くのは危険だと判断したので、それぞれの家にお迎えを要請することになった。
 アリサとすずかの家はすぐに使用人の人が出てくれて車を回してくれることになったがなのはの家はどれだけ鳴らしても出なかった。誰もいないのだろう。
 仕方ないのでそれぞれの家の車に乗り込む二人を見送り、父さんと母さんが帰ってくるのを待つことにした。なのはが不安になったりしないように全力で騒ぎながら。
 五時を少し過ぎたあたりで両親が帰ってきた。びしょぬれの二人にタオルを渡しつつ、事情を説明。父さんから士郎さんに携帯で連絡を取ってもらうことに。
 現状、雨は時間が経つごとに強さを増し、排水路から水が溢れ出すほどになっている。車の使用もあまり褒められたことではなくなっており、外出なんて以ての外である。
 なのはを除いた高町ファミリーは全員翠屋におり、やはり外に出るに出られないらしい。この雨は夜中まで止むことはないとニュースでもやっている。
 そうして士郎さんが家族と相談して下した決断は以下の通り。
『今日は八代さんのお宅に泊めてもらいなさい』
 ウチも特に問題は無かったので、急遽なのははウチに泊まっていくことになった。
 ちなみにこの決定でウチの両親は大いに喜んだ。
 曰く、『女の子がほしかったのよね』と。俺はいらない子だったのね。
 ああ、そうか。俺がいるから二人目を作れないのか。もしかしたら職場でチョメチョメしてるかもだけど。
 ……おえっ。なんで両親のそういうことを考えないといけないんだよ。気持ち悪い。
 ということで、なにやら随分と息巻いて夕食作りに取り掛かった母とそれに引っ張られていった父親を見て唖然としていた俺となのはだったが、思い出したように戻ってきた母にぐいぐいと押されてとある場所に押し込まれてしまった。
 お風呂場である。
「ご飯までちょっと時間かかりそうだから先に入っておいて。ちゃんと面倒見てあげるのよ?あ、なのはちゃんのお着替えはどうにかするから安心して」
 以上、お母さんの言い分である。
 いや、どうにかするって。外には出れないんだよ?さっきからニュースで市町村から大雨洪水注意報が発令されてるって報道されてるんだよ?危ないんだよ?
 色々言いたいことはあったものの、しかし俺となのはを浴室にぶち込んだ後ぴしゃりと戸を閉めてあわただしくどこかへ走っていってしまったからもうダメだろう。
「……まあ、いいか。入っちまおうぜ」
「う、うん」
 言ってさっさと服を脱ぐ。幾つになっても男の子は脱衣が早いものなのさ。すっぽんぽんになって浴室に進む。背後から「まってよー」と聞こえるがなんとなくスルー。
 我が家は自動的に湯船に水が張られて沸くシステムを採用している。お陰で手間がかからない。楽チン楽チン。
 風呂ふたを開け手を突っ込んで湯加減を確かめる。個人的には大丈夫だけどなのははどうだろうか。
 と、其処まで考えた時、なのはも入ってきた。視線を向ける。
 処女雪のように白くシミひとつない、年齢相応のハリのある肌。体型にメリハリなどなくストンとした寸胴ボディ。幼児特有のぽっこりとしたお腹ではないのが唯一の救いだろうか。まだ小学生なので羞恥心と言うものは持ち合わせていないのだろう。体を隠すことはしない。そのためまな板同然の『禁則事項です』や一本筋の『禁則事項だってば』が白日の下、丸々曝け出されているのだ。
 ……だからなんだっていう話だよ。
 いくら思考が成熟しているといっても、体はもちろん頭の根底のほうもほぼ六歳仕様になっている。性的興奮とかありえないわ。
 いくら俺がロリもイケるクチだとしても同い年の子にムラムラするほど堕ちちゃいない。いや同級生とか幼馴染とか大好きだけど。
「俺は先に体洗うけど、なのはは?」
「先におふろー」
 蒙古斑つきのお尻をフリフリと揺らしながら湯船に突入するなのは。湯加減の心配は杞憂だったようで、お湯に浸かったなのはは気持ちよさそうな声を上げた。おっさんか。
 シャワーノズルからお湯を出し体全体を濡らす。まずは頭からだな。
「すごーい。ケンジくんひとりで頭あらえるんだ」
 ワシャワシャと洗髪していると、バスタブに顎を乗っけたなのはが感心した風に言ってきた。
「なのははできないのか?」
「うん。体を洗うのはできるんだけど、頭はちょっと……目にあわが入るのがこわくて」
 あー、うん。分かる。
 どれだけ大きくなっても、石鹸が粘膜に触れた時の苦痛は薄まることはない。あの苦しみは子どもにはきついだろう。
「仕方ないな。なら今日は俺が洗ってやるよ」
「ホント!?わーい、ありがとー」
 こら、お湯の中で騒ぐな。こっちに水しぶきがとぶだろう。頭にかかってそのせいで流れた泡が目にぎゃあああああああ!
「?ケンジくん、どうかした?」
「なんでもない」
 即答。
 男には、意地を張らなくちゃいけないときってのがあるんだよ。
 涙をこらえつつ迅速にシャワーで泡を流し、気付かれないよう目を洗浄。赤くなってないといいが。
 子ども用の柔らかいスポンジにボディーソープをしみ込ませあわ立てる。腋や関節の内側など汗をかきやすい部位をしっかり洗う。背中もがんばって洗う。流して終わり。
「よし、風呂から出て座れ」
「はーい」
「まずは水掛けるからなー」
 「ざばー」と言いながら頭からぶっかけるときゃーきゃー言いながら笑う。何が楽しいんだか。
「頭洗うから目を閉じてろ」
 手に取ったシャンプーを広げてなのはの髪に触れる。手触りなめらかだった。わしゃわしゃと手を動かすにつれて増えていく泡がちょっと面白い。
「ケンジくん!おでこまできてる!」
「あー、はいはい」
 切羽詰った声でなのはが告げる。ぱぱっとおでこまで流れていた泡を飛ばし、泡立てる作業に戻る。立てれば立てるほどなのはの目にいく可能性も高くなるが楽しいんだからしょうがない。
「ケンジくんー、もういいよー」
「いや待て。もうちょっと。せめてアフロくらいまで」
「止めてよ!もうっ」
 ああ!なのはの野郎、シャワーのコックを捻りやがった。くそぅ、俺の努力が水の泡に…。
「はぁ、もう一人で洗えるな?」
「うん、だいじょぶ。ありがと」
 シュコシュコとボディソープを出すなのはを確認して、湯船に片足を突っ込む。
「あ……」
「どうした?」
「ケンジくん、せなかもお願いしちゃダメかな」
「……いいけど」
 名残惜しみながらも足を引き抜く。スポンジを受け取り、髪に泡がつかないよう気をつけながら小さい背中を洗ってやる。
「なんかもう、ここまできたら全部洗いたくなってきたな。いいか?」
「え、うん。いいよ」
 了承を頂けたのでがんばってみることにする。うなじから足のつめの先まで泡まみれにしていく。
「あわあわー」
「あわあわー」
 なのはは楽しそう。俺は真剣。一部の隙間もなくすほど泡立てるのに夢中になっていた。
 全身を埋め尽くしそろそろ飽きた辺りで終了。シャワーでしっかり流し落とす。
「ちゃんと肩まで入るんだぞ」
「はーい」
 二人並んでお湯に沈む。子ども二人入っても余裕な大きさのバスタブである。どっちかが、もしくはどっちも大人になっても大丈夫なのを俺は知っている。ほら、ウチって三人家族だから。
 そういえば俺じいちゃんとかばあちゃんとか会ったことないなー、と思っていると、ふとなのはの視線が固定されていることに気付いた。
 視線の先には、私のムスコが。
「なのは、どうかしたのか?」
「うん。えっとね、ケンジくんのそれ、なに?なのはにはついてないよ?」
 そう言ってなのはは自分の『検閲により削除』。
「お父さんとお兄ちゃんにもあったんだけど、お母さんとお姉ちゃんにはないの。聞いてもこたえてくれないし……どうしてだろ」
 ううむ。これは困った。子どもの純粋な好奇心が生み出した返答に困ってしまう質問シリーズ。きっとご家族の方もうまく対処できなかったのだろう。俺にも無理です。
 どうしよう。答えちゃおっかなー。生命の神秘から現実的な行為の中身まで余す所なく俺の知りうる全てを伝授してもいいんだけどなー。
 よし。
「ボクにもわかんないやー」
 ニッコリ笑って言い張った。白々しいにもほどがあったが、俺と違ってピュアななのはちゃんは「そっか~」と信じてくれた。罪悪感が心地いい。
 ちゃんと百まで数えて風呂から上がった。ゆでだこになってふやけていたなのはをどうにか浴室から引っ張り出し、タオルで扇いで冷ます。うにゃうにゃ言って気持ちよさそうだなオイ。
 肌の色が戻った辺りで手を止め、文句を言われながらも本当に母親が何処からか調達してきたであろう女児用の下着と俺の予備のパジャマを渡す。着替えまで俺がやってやったらそれはもうただの要介護者だよ。
 ブルーとイエローの色違いのパジャマを着て俺となのはは、なんかもういい匂いが漂ってきているダイニングへ向かった。


 それからは別に大したハプニングもなく時間は過ぎていった。
 やはり他所様の家ということで若干引き気味だったなのはも、両親のウェルカムな雰囲気と俺が背中を押したことで飯を食い終わるころにはすっかり満面の笑みを浮かべるほどにはリラックスしていた。
 晩御飯はミートスパゲティだった。大好きです。それとハンバーグだった。大好きです。コーンポタージュもあった。大好きです。デザートにバームクウヘンが用意されていた。大好きです。
 でもちょぉっと豪華すぎないかなぁ?こんなの俺の誕生日と同等か、下手したらそれ以上だよ。どういうことだよもう。でもご飯が美味しいから許しちゃうっ。
 夕食を終えてばんやりテレビのバラエティ番組を見ていると、隣のなのはが眠そうに目をこすっているのに気付いた。この年頃の子どもに午後の昼寝なんて無かった様なものなんです。
 しかしここで「眠いのか?」なんて聞いたら「だいじょうぶだよ」とか返ってきそうなので、欠伸をするふりをして、
「俺もう眠いから寝るけど、なのははどうする」
「……なのはも」
 声に元気がない。フラフラと揺れるなのはの手を引っ張ってやりながらくすりと笑った。
 母が新しくあけてくれた歯ブラシに子ども用の歯磨き粉をつけてなのはに渡し、自分の分も絞る。
「(しゃこしゃこしゃこしゃこ)」
「(……しゃ、こ…しゃこ………しゃ)」
 ああもう半分寝てるじゃんこの子。ほらしっかりしろ。手を動かせ。だらしなく口をあけるな涎が垂れる。
 妹の面倒を見るお兄ちゃんとはこんな感じなのだろうかと、俺は思った。結局俺が歯を磨いてやった。いや、小学一年生なら親にやってもらうものだっけ。
 半分どころか四分の三くらい夢の世界へ旅立ってるなのはの背中を押して洗面所から連れ出し、昼もきた寝室へ。
 気がつくと、窓の外から聞こえる音は随分小さくなっていた。コレは天気次第で、もしかしたら夜が明けきらないうちにお迎えが来るかもな、と考えながら布団に潜り込む。
 すやすやと眠るなのはの寝息に俺も釣られるように瞼が重くなっていった。


 本当に夜明けごろに高町一家はやってきた。
 人の気配を感じて目覚めたら丁度我が父がなのはを抱き上げているところだったので大体察することができた。
 玄関先に出ると桃子さんと母さんがぺこぺこと頭を下げあっていた。その隣では慎重に士郎さんへなのはが受け渡されていた。
 最後は四人揃って我が家に頭を下げ、高町家は薄暗い街へと消えていった。……わざわざ全員で来なくても。
 さ、帰って寝直そ。今日は休日だが、クラスの男子とサッカーをする予定なのだ。
 
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